第021話:保育所のお迎えと、極上和三盆プリン
東京ピラー地下大迷宮の地上エントランスロビーを抜け、外に出た瞬間、夕暮れの心地よい初夏の風が吹き抜けた。
迷宮内の濃密な魔素と淀んだ湿気から解放され、俺は思い切り両腕を広げて伸びをした。
「ふう、やっぱり地上の空気はうめえな」
「生き返ったぜ! おい凌、駅前の百貨店に直行だ! 俺、まだ鈴ちゃんに一度も会ったことねえんだぞ! 一番高いプリン買って初対面の挨拶かますぞ!」
タケが鼻息を荒くして拳を握りしめた。
「私も行きます! 鈴ちゃんへのおやつ、手ぶらというわけにはいきません!」
なぜか葵まで対抗心を燃やして財布を取り出している。
「あの、その鈴ちゃんというのは、本当にお二人の、その、お子さんなんですか?」
後ろからおずおずとついてくる雫が、上目遣いで尋ねてきた。
迷宮から地上へ戻る間、ずっと気になって仕方がなかったらしい。
「血は繋がってねえよ。迷宮の近くで身寄りをなくして泣いてたところを、俺が引き取って育ててるんだ」
「そうだったんですか。そんな幼い命をお一人で。先生は、本当に高潔な方なんですね」
「高潔でもなんでもねえ。放っておけなかっただけだ。ほら、余計なこと言ってないで急ぐぞ。お迎えは17時だ」
駅前のデパ地下へ雪崩れ込み、タケは宣言通り、1個1500円もする極上和三盆と濃厚ジャージー牛乳の高級プリンを箱買いした。葵も負けじと、鈴が好きそうな無添加フルーツゼリーの詰め合わせを購入する。
そして俺たち4人は、駅前通りを早足で歩き、ギルド直営の認可保育所『アストラル・キッズアカデミー』へと向かった。
16時55分。
保育所の玄関ドアを開けると、鈴の笑い声と園児たちの賑やかな声が響いてきた。
「あっ、鈴ちゃんパパ! おかえりなさい!」
担任の若い保育士さんが笑顔で迎えてくれる。
そして、奥のプレイルームから、小さな足音がトテトテと猛烈な勢いで駆けてきた。
「りょお! りょおーっ!」
鈴だ。
両手をめいっぱいに広げ、満面の笑みを浮かべながら俺の足元へと飛び込んできた。
「おっと、ただいま鈴。いい子にしてたか?」
俺がしゃがみ込んで抱き上げると、鈴は俺の首元に小さな腕をぎゅっと巻きつけ、すりすりと頬を寄せてきた。
「うん!」
コクンと大きく頷く。まだお喋りは覚えたての単語ばかりだが、全身から溢れ出る嬉しさが痛いほど伝わってくる。
「そうか、偉いな」
頭を優しく撫でると、鈴は満足そうに喉を鳴らした。迷宮での命懸けの戦いも、背筋が凍るような緊張感も、この温もり一つで全て綺麗さっぱり吹き飛んでしまう。
「う、うおお! これが話に聞いてた鈴ちゃんか! ち、ちっせえ!」
俺の後ろから、大柄なタケが恐る恐る顔を覗き込んだ。
見慣れない巨漢の男に、鈴はびくっと肩を跳ねさせ、俺の首元にきゅっと顔を埋めて警戒の目を向けた。
「やぁ」
「ぐはっ! 初対面で拒絶された! おじちゃん怖くないぞ!」
タケが胸を押さえてショックに打ちのめされる。
「ふふ、タケさんは体が大きいから驚いちゃったのよ。鈴ちゃん、あおいだよ」
「あおい!」
見知った葵の顔を見つけると、鈴はぱっと表情を明るくして手を振った。
そして、葵の後ろでおずおずと立っている雫の姿に気づくと、首をこてんと傾げた。
「だあれ?」
雫は息を呑み、胸の前で両手をぎゅっと握りしめてその場に固まっていた。
「か、可愛い! なんですかこの愛らしい生き物は! 天使、本物の天使がここにいます!」
雫の頬がみるみる赤く染まり、声が上ずった。
「しずくだよ。先生の、ええと、お友達の、しずくお姉ちゃんです。よろしくね、鈴ちゃん」
雫がしゃがみ込み、鈴の目線に合わせてそっと手を振った。
鈴はじっと雫の顔を見つめ、やがて真似するように小さな口を開いた。
「しじゅく?」
「ううっ、お名前呼んでもらえました! 先生、私、今日ここに来られて本当によかったです!」
感激のあまり涙ぐむ雫を見て、保育士の先生がくすくすと笑った。
「今日は一段と賑やかですね。鈴ちゃん、みんなにお迎えに来てもらえてよかったね」
「うん!」
元気いっぱいに返事をする鈴を抱き直し、俺たちは夕暮れの街へと歩き出した。
*
タワーマンションの広々としたリビング。
大きなローテーブルを囲み、贅沢なデザートタイムが始まった。
「鈴ちゃん、これ見てみろ。タケおじちゃんが買ってきた、金箔の乗ったすっげえプリンだぞ。甘くて美味いぞ」
タケが箱から取り出した高級プリンを見せると、鈴が身を乗り出して両手を伸ばした。
「ぷりん!」
「そうだ、プリンだ! ほら、あーんしてみな」
タケが小さなスプーンで黄色く輝くプリンをすくい、鈴の口元へそっと運ぶ。
「あむっ」
一口食べた瞬間、鈴の両手がぱたぱたと椅子の上ではしゃいだ。
「んま! んまーい!」
両手で小さなほっぺたを押さえ、足をパタパタと揺らしながら満面の笑みを咲かせる。
「食った! めちゃくちゃ美味そうに食ってくれたぞ! おい鈴ちゃん、俺のことタケおじちゃんって呼んでくれ!」
「たけ! ぷりん!」
「ぐはっ! 名前呼んでくれた! 1個1500円の価値がありすぎる! おじちゃん破産してもいいぞ!」
タケが机に突っ伏して歓喜に悶絶した。
「次は私のゼリーもどうぞ。いちごが入ってるのよ」
「いちご! んま!」
「ふふ、よく食べるわね。間宮さん、夕飯の前にあんまり食べさせちゃダメですよ?」
「おいおい、買ってきたお前らが言う台詞じゃねえだろ」
俺が呆れてツッコミを入れると、雫がそのやり取りを眩しそうに見つめていた。
「先生の周りは、とても温かいですね。アカデミーでは常に成績や派閥争いばかりで、こんなふうに誰かと笑い合う時間なんて、ずっとありませんでした」
「肩肘張って生きてても疲れちまうからな。美味いもん食って、大事な家族の笑顔を見て、明日も無事に帰ってくる。俺にとっちゃ探索なんて、そのための手段にすぎねえよ」
「そのための手段」
雫は俺の言葉を噛みしめるように呟き、静かに頷いた。
鈴がタケの膝によじ登り、今度は葵のゼリーへと小さな手を伸ばす。
「あっ、こら」と葵が慌てる声に、雫が思わず吹き出した。
狭いはずのリビングに、忙しない笑い声だけが絶え間なく満ちていた。
お読みいただきありがとうございます。
ここまでで第3章が区切りとなりました。
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