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地蔵堂の鈴と、解体屋の黒い刃 〜保育所のお迎えに間に合わせるため魔獣を解体していたら、勝手に伝説の解体士と呼ばれていた〜  作者: 草むしり50年
第3章:中層攻略と、二つの才能編

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第021話:保育所のお迎えと、極上和三盆プリン

 東京ピラー地下大迷宮の地上エントランスロビーを抜け、外に出た瞬間、夕暮れの心地よい初夏の風が吹き抜けた。

 迷宮内の濃密な魔素と淀んだ湿気から解放され、俺は思い切り両腕を広げて伸びをした。


「ふう、やっぱり地上の空気はうめえな」


「生き返ったぜ! おい凌、駅前の百貨店に直行だ! 俺、まだ鈴ちゃんに一度も会ったことねえんだぞ! 一番高いプリン買って初対面の挨拶かますぞ!」


 タケが鼻息を荒くして拳を握りしめた。


「私も行きます! 鈴ちゃんへのおやつ、手ぶらというわけにはいきません!」


 なぜか葵まで対抗心を燃やして財布を取り出している。


「あの、その鈴ちゃんというのは、本当にお二人の、その、お子さんなんですか?」


 後ろからおずおずとついてくる雫が、上目遣いで尋ねてきた。

 迷宮から地上へ戻る間、ずっと気になって仕方がなかったらしい。


「血は繋がってねえよ。迷宮の近くで身寄りをなくして泣いてたところを、俺が引き取って育ててるんだ」


「そうだったんですか。そんな幼い命をお一人で。先生は、本当に高潔な方なんですね」


「高潔でもなんでもねえ。放っておけなかっただけだ。ほら、余計なこと言ってないで急ぐぞ。お迎えは17時だ」


 駅前のデパ地下へ雪崩れ込み、タケは宣言通り、1個1500円もする極上和三盆と濃厚ジャージー牛乳の高級プリンを箱買いした。葵も負けじと、鈴が好きそうな無添加フルーツゼリーの詰め合わせを購入する。


 そして俺たち4人は、駅前通りを早足で歩き、ギルド直営の認可保育所『アストラル・キッズアカデミー』へと向かった。


 16時55分。

 保育所の玄関ドアを開けると、鈴の笑い声と園児たちの賑やかな声が響いてきた。


「あっ、鈴ちゃんパパ! おかえりなさい!」


 担任の若い保育士さんが笑顔で迎えてくれる。

 そして、奥のプレイルームから、小さな足音がトテトテと猛烈な勢いで駆けてきた。


「りょお! りょおーっ!」


 鈴だ。

 両手をめいっぱいに広げ、満面の笑みを浮かべながら俺の足元へと飛び込んできた。


「おっと、ただいま鈴。いい子にしてたか?」


 俺がしゃがみ込んで抱き上げると、鈴は俺の首元に小さな腕をぎゅっと巻きつけ、すりすりと頬を寄せてきた。


「うん!」


 コクンと大きく頷く。まだお喋りは覚えたての単語ばかりだが、全身から溢れ出る嬉しさが痛いほど伝わってくる。


「そうか、偉いな」


 頭を優しく撫でると、鈴は満足そうに喉を鳴らした。迷宮での命懸けの戦いも、背筋が凍るような緊張感も、この温もり一つで全て綺麗さっぱり吹き飛んでしまう。


「う、うおお! これが話に聞いてた鈴ちゃんか! ち、ちっせえ!」


 俺の後ろから、大柄なタケが恐る恐る顔を覗き込んだ。

 見慣れない巨漢の男に、鈴はびくっと肩を跳ねさせ、俺の首元にきゅっと顔を埋めて警戒の目を向けた。


「やぁ」


「ぐはっ! 初対面で拒絶された! おじちゃん怖くないぞ!」


 タケが胸を押さえてショックに打ちのめされる。


「ふふ、タケさんは体が大きいから驚いちゃったのよ。鈴ちゃん、あおいだよ」


「あおい!」


 見知った葵の顔を見つけると、鈴はぱっと表情を明るくして手を振った。

 そして、葵の後ろでおずおずと立っている雫の姿に気づくと、首をこてんと傾げた。


「だあれ?」


 雫は息を呑み、胸の前で両手をぎゅっと握りしめてその場に固まっていた。


「か、可愛い! なんですかこの愛らしい生き物は! 天使、本物の天使がここにいます!」


 雫の頬がみるみる赤く染まり、声が上ずった。


「しずくだよ。先生の、ええと、お友達の、しずくお姉ちゃんです。よろしくね、鈴ちゃん」


 雫がしゃがみ込み、鈴の目線に合わせてそっと手を振った。

 鈴はじっと雫の顔を見つめ、やがて真似するように小さな口を開いた。


「しじゅく?」


「ううっ、お名前呼んでもらえました! 先生、私、今日ここに来られて本当によかったです!」


 感激のあまり涙ぐむ雫を見て、保育士の先生がくすくすと笑った。


「今日は一段と賑やかですね。鈴ちゃん、みんなにお迎えに来てもらえてよかったね」


「うん!」


 元気いっぱいに返事をする鈴を抱き直し、俺たちは夕暮れの街へと歩き出した。


   *


 タワーマンションの広々としたリビング。

 大きなローテーブルを囲み、贅沢なデザートタイムが始まった。


「鈴ちゃん、これ見てみろ。タケおじちゃんが買ってきた、金箔の乗ったすっげえプリンだぞ。甘くて美味いぞ」


 タケが箱から取り出した高級プリンを見せると、鈴が身を乗り出して両手を伸ばした。


「ぷりん!」


「そうだ、プリンだ! ほら、あーんしてみな」


 タケが小さなスプーンで黄色く輝くプリンをすくい、鈴の口元へそっと運ぶ。


「あむっ」


 一口食べた瞬間、鈴の両手がぱたぱたと椅子の上ではしゃいだ。


「んま! んまーい!」


 両手で小さなほっぺたを押さえ、足をパタパタと揺らしながら満面の笑みを咲かせる。


「食った! めちゃくちゃ美味そうに食ってくれたぞ! おい鈴ちゃん、俺のことタケおじちゃんって呼んでくれ!」


「たけ! ぷりん!」


「ぐはっ! 名前呼んでくれた! 1個1500円の価値がありすぎる! おじちゃん破産してもいいぞ!」


 タケが机に突っ伏して歓喜に悶絶した。


「次は私のゼリーもどうぞ。いちごが入ってるのよ」


「いちご! んま!」


「ふふ、よく食べるわね。間宮さん、夕飯の前にあんまり食べさせちゃダメですよ?」


「おいおい、買ってきたお前らが言う台詞じゃねえだろ」


 俺が呆れてツッコミを入れると、雫がそのやり取りを眩しそうに見つめていた。


「先生の周りは、とても温かいですね。アカデミーでは常に成績や派閥争いばかりで、こんなふうに誰かと笑い合う時間なんて、ずっとありませんでした」


「肩肘張って生きてても疲れちまうからな。美味いもん食って、大事な家族の笑顔を見て、明日も無事に帰ってくる。俺にとっちゃ探索なんて、そのための手段にすぎねえよ」


「そのための手段」


 雫は俺の言葉を噛みしめるように呟き、静かに頷いた。

 鈴がタケの膝によじ登り、今度は葵のゼリーへと小さな手を伸ばす。

 「あっ、こら」と葵が慌てる声に、雫が思わず吹き出した。

 狭いはずのリビングに、忙しない笑い声だけが絶え間なく満ちていた。


お読みいただきありがとうございます。

ここまでで第3章が区切りとなりました。

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