第020話:前線キャンプの舌戦と、二人のヒロイン
第20層ボスを撃破した俺たちは、猛スピードで第15層前線ベースキャンプへと帰還した。
岩肌を削って設営された巨大な前線要塞。補給物資を積んだ装甲車や、中層から生還した探索者たちが行き交う広場を抜け、俺たちはアルス・テック社の出張ラボ前へと滑り込んだ。
すれ違う探索者の何人かが、タケの抱えるバスケットボール大の超特大魔石に気づき、二度見しながら足を止めてざわめいている。
ゲート前で待機していた葵が、俺たちの姿を認めるなり、弾かれたように駆け寄ってきた。
「間宮さん! タケさん! 無事だったんですね! 転送されてきたボス討伐ログを見て、ラボのチーフが『馬鹿な! 第20層ボスを解体包丁と氷の杭でさばいただとぉぉぉっ!?』って腰を抜かしてましたよ!」
「ああ、なんとか予定通り片付いた」
「先生! お願いですから私の質問に答えてください!」
背後から息を切らせて飛び込んできた雫を見て、葵がぽかんと瞬きをした。
「あれっ? 如月雫さん? なんで間宮さんにくっついてるの?」
「あなたこそどなたですか! 私は今、先生から至高の魔導真理を享受しようとしているところなのです!」
「せ、先生ぇ!? ちょっと間宮さん、この子に何吹き込んだのよ!?」
「何も吹き込んでねえよ。勝手についてきただけだ」
俺が肩をすくめると、雫は憤然と胸を張った。
「先生とお呼びするのは当然の敬意です! 魔力保有量131というごく微小な数値でありながら、変換ロスゼロ、完全な80パーセントの指向性励起により、Aランク相当のボス障壁を粉砕する解体術! これは現代魔導学の定説を覆す奇跡です! 間宮さんなどと軽々しく呼ばないでいただきたい!」
「な、なんですってぇ!? 間宮さんはアルス・テックの専属テストパイロットよ! 私がスカウトしたんだから!」
「アルス・テック、あのような無骨な鉄屑を作る兵装メーカーですか!? 先生の神がかった魔力操作を、あのような機械仕掛けの枠に押し込めるなど言語道断です!」
「て、鉄屑って何よ! 失礼ね! 現場の探索者が生きて帰るための、泥臭く研ぎ澄まされた最高のテクノロジーなんだから!」
「真の魔導とは、自らの魂と精神を極限まで高め、天地の理を顕現させることにあります! 機械に魂を売り渡すなど、帝都魔導アカデミーの誇りが許しません!」
「誇りだけで魔獣に勝てるわけないでしょ! さっきだってアラクネに囲まれてピンチだったじゃない!」
「うっ、そ、それは詠唱の隙を突かれただけであって、先生の黒い刃が完璧なタイミングで目を潰してくださらなければ! あ、いえ、とにかく機械頼りは邪道です!」
「先生はこちらです!」
「間宮さんはこっちよ!」
両側から腕を引っ張られ、俺は文字通り板挟みになった。
肩の関節が変な方向へ軋む。
「痛ぇ、痛ぇって、引っ張るな」
少し離れた場所で、タケが涙を流さんばかりに笑い転げている。
助ける気は一切ないらしい。
科学技術の最先端を走るアルス・テックのテストパイロットと、伝統ある帝都魔導アカデミーの首席エリート魔導士。
水と油のような二人が、俺を挟んでバチバチと火花を散らしている。
「ぶはっ! おい凌、美女2人に取り合われるとか、どんな主人公属性だよ。前世で世界でも救ったのか?」
「うるせえ。茶化してないでさっさと行くぞ。16時の高速シャフトに乗らねえと、17時の保育所のお迎えに遅れる」
「ほ、保育所!!?」
雫がピシリと固まり、口をぱくぱくと動かした。
「こ、子育てとは、何ですか!? 先生に幼子がいらっしゃるなど聞いていません!」
「ふふん、そうよ! 私なんて、いつも間宮さんと一緒に鈴ちゃんの送り迎えをしてるんだから!」
葵がふんすと鼻を鳴らし、勝ち誇ったようにドヤ顔を晒した。
少し頬を赤らめながらも、完全に母親気取りのマウントだ。
「な、なんですってぇぇぇっ!? そんな、抜け駆けです! 私も鈴ちゃんに会いに行きます! 先生の私生活における魔力環境の監査も、直弟子としての責務です!」
「ダメよ! 部外者は立ち入り禁止! 私が鈴ちゃんの専属シッター兼保護者代理なんだから!」
「お前らどっちも保護者代理じゃねえよ」
俺はため息をついて二人を押し分けた。
「ぎゃあぎゃあ騒ぐな、エレベーターが来るぞ」
ゴオォォォン、と重苦しいモーター音とともに、地上へと直通する巨大な高速昇降シャフトのゲートが開いた。
俺たちは騒がしい言い争いを背負ったまま、カプセルの中へと乗り込んだ。
密閉された空間の中、急速に上昇する重力加速度が体にのしかかる。
背後では、まだ「先生」「間宮さん」の応酬が続いている。
その喧騒を右から左へ聞き流しながら、上着のポケットから今朝渡された小さな連絡帳をそっと取り出した。
保育士の丸っこい字で、「お昼寝の前に、りんごを一切れ自分でつかんで食べられました」と書き添えられている。
たったそれだけの一文に、口元が自然とほころんだ。
愛しい鈴の待つ地上へ、俺たちは帰還の途についた。




