第019話:中層第20層ボス戦、黄金連携
迅雷蜘蛛を殲滅し、青白い魔素粒子が霧散した第19層の大空洞。
俺とタケがドロップした魔石を拾い集め、踵を返そうとしたまさにその時だった。
ズズズズズズッ!
足元から、胃の腑を直接鷲掴みにされるような重低音の地響きが伝わってきた。
空洞の天井から鍾乳石の破片がパラパラと降り注ぎ、岩壁に刻まれた青白い鉱物結晶が激しく共鳴して甲高い軋み音を立てる。
「な、何ですか、この揺れは!?」
背後から駆け寄ってきていた18歳の天才魔導士、如月雫が顔色を青ざめさせた。
『間宮さん! タケさん! 如月さん!』
俺のアームレットから、出張ラボにいる葵の悲鳴に近い通信が飛び込んできた。
『大空洞の奥、第20層へと続く境界ゲートの生体反応が暴走しています! 第20層のエリアボスが、迅雷蜘蛛の消滅と如月さんの大規模魔法の魔素を感知して、ゲートの防壁を破りこちらへ侵入してきます! 逃げてください!』
「ボスの乱入だと!?」
タケが叫び、タワーシールドを構え直した。
「嘘だろ!? 第20層のボスなんざ、Cランク上位のフルパーティが万全の準備をして挑む相手だぞ! 中層の門番だ!」
ドゴォォォォォン!
空洞の最奥、頑丈な岩盤のゲートが内側から爆砕された。
もうもうと立ち込める粉塵の中から姿を現したのは、巨大な黒鉄の巨影。
中層第20層の主、『アーマード・コング(重装剛猩)』。
全高5メートルを超える巨大なゴリラ型の魔獣だ。
全身を花崗岩を上回る超硬度の生体装甲で覆われ、さらにその体表には、幾重にも重なる半透明の青白い光膜が脈動していた。
「魔力拒絶障壁!」
雫が息を呑み、杖を構えながら後退した。
「あのバリアは、あらゆる魔導射撃や属性魔法を中和して弾き返します! 生半可な魔法では傷一つつけられません! それに、あの装甲、物理攻撃だけで抜くのも不可能です!」
「二重の絶対防御ってわけか。面倒な奴が出てきたな」
俺は眼前の巨獣を冷徹に見据えた。
怪物の咆哮とともに、空洞の出入口の岩盤が派手に崩落し、退路が巨大な瓦礫で塞がれる。
「退路は塞がれたな。逃げる選択肢は消えたぞ」
「おいおいおい凌! どうすんだよ、あんな化け物! 俺の盾でも、正面から全力で殴られたらミンチにされちまうぞ!」
「倒す。それだけだ」
俺は左手首の時計に目を走らせた。
15時10分。
戦闘に5分。瓦礫をどけてベースキャンプへの移動に15分。
ここで5分以内に仕留めれば、16時の地上行き高速シャフトに余裕で間に合う。鈴の保育園のお迎えにも絶対に遅れない。
「おい、魔導士。名前は雫だったな」
「えっ? ええ、如月雫ですが!」
「お前の全力の氷結魔法なら、あの外装の魔力障壁を中和して割れるか」
俺の問いに、雫はハッと息を呑んだ。
「わ、割れます! 私の氷槍の魔力波長を極大集中させれば、あのバリアの周波数と干渉させて粉砕できます! ですが、割ったところで相手の分厚い生体装甲と骨格は残ります! 装甲の隙間を狙うにも、バリアが割れている時間はほんの数秒しかありません!」
「数秒あれば十分だ。タケ、お前はボスの最初の突進軌道を、右斜めへシールドバッシュで数秒逸らせ。正面で受け止める必要はない」
「斜めに受け流すんだな!? それならタケ様の十八番だ! 任せとけ!」
「雫、タケが軌道を逸らした瞬間、ボスの胸元のバリアへ全力の氷結槍を叩き込め。外装を割れ」
「了解しました! でも、割った後の装甲はどうするのですか!?」
「俺がさばく。まな板の上の魚と同じだ」
俺が言い放った瞬間、アーマード・コングが大地を揺るがす咆哮を上げ、時速80キロの猛スピードで突進してきた。
ウオオオオオオオオン!
巨岩が迫るような凄まじい風圧。
タケが歯を食いしばり、タワーシールドの石突を斜めに構えて踏ん張った。
「来いよ大猿野郎! ここだァッ!」
ドガギィィィィン!
怪物の巨大な剛腕がシールドへと激突した。
凄まじい衝撃波が火花を散らす。タケは正面から受け止めず、シールドの傾斜を利用して衝撃を受け流し、怪物の巨体を右斜め前方へと強烈なシールドバッシュで弾き飛ばした。
「今だ、お嬢ちゃん!」
タケの叫びに応じ、背後から雫が神々しい蒼氷のオーラを爆発させた。
18歳の神童が、その全生体魔力を注ぎ込んだ極大の一撃だ。
「我が言霊に応えよ! 絶零氷楔!」
ドシュゥゥゥッ!
大気中の熱量を根こそぎ奪い去る、巨大な氷の杭が音速で放たれた。
杭はコングの胸元に展開されていた青白い魔力障壁へと真正面から突き刺さる。
キィィィィィン、パリィィィィン!
2つの魔素波長が激しく衝突し、分厚いガラスが粉々に砕け散るような澄んだ破裂音とともに、怪物の全身を覆っていた魔力障壁が完全に中和・粉砕された。
グオッ!?
バリアを割られ、怪物が大きく体勢を崩した。
だが、その内側には花崗岩のような分厚い生体装甲が健在だ。
バリアが再展開されるまで、およそ3秒。
「間宮さん、今です!」
雫の叫びが響くよりも早く、俺の思考はすでに電磁マウントへ直結していた。
シュパァァン!
俺の両腰のホルダーから射出された試作遠隔誘導端末『レイヴン』01、および02。
超音速で飛翔した2機は、怪物の分厚い装甲には目もくれず、装甲と装甲の継ぎ目、もっとも柔らかい関節の隙間へと滑り込んだ。
「装甲がどれだけ硬くても、腕と脚を動かすための腱はある」
レイヴン01が怪物の左肩の関節包へ、レイヴン02が右膝の太い運動腱へと音速で潜り込む。
キィィィィィン!
超高周波の不可視振動刃が、ミリ単位の精度で腱と神経節を泥臭くスライスした。
スパァン、スパァン!
ブモォォッ!?
怪物の巨体がガクンと膝をつき、前のめりに地面へと崩れ落ちた。
両手両脚の自由を完全に奪われ、巨体が無防備に晒される。
胸の中央、装甲の合わせ目がわずかに開き、深紅に脈動する中枢魔石の核が露出した。
そこへ、俺自身が無音の魔力強化ステップで宙へと跳躍していた。
作業着の裾が激しく翻る。
右手の刃渡り30センチの大型解体ナイフ。高周波振動スイッチを最大出力へと弾く。
キィィィィィン!
澄み渡る超高周波が肉厚の鋼身を満たした。
俺は怪物の首筋へと飛び乗り、ナイフを両手で逆手に構えると、体重のすべてを乗せて胸骨の隙間へと垂直に突き立てた。
「終わりだ」
ズッシャァァァァァン!
高周波の厚刃が、豆腐のように滑らかに分厚い生体装甲と筋肉を切り裂き、奥深くに眠る巨大な中枢魔石を一刀両断にした。
ビクン!
怪物の巨体が一度だけ激しく跳ね上がり、そのまま力を失って地響きとともに倒れ伏した。
戦闘時間、わずか4分。
静寂が、第19層の大空洞を満たした。
青白い魔素の粒子が天へと立ち上り、巨大なボスの巨体は瞬く間に消滅していく。
その跡地には、バスケットボールほどもある深紅の超特大魔石が、神々しい輝きを放ちながらコロンと転がっていた。
第20層エリアボスの撃破報酬。市場価値、軽く5000万円を下らない国宝級の代物だ。
「ふう」
俺はナイフを軽く一閃して付着物を払い、腰の革鞘へと静かに納めた。
2機のレイヴンが、音もなく左右の肩口へと戻り、定位置でホバリングする。
「タケ、ボス魔石だ。回収しろ」
「お、おう、って、おいおいおいおい! 倒しちまったぞ! 第20層のエリアボスを、たったの3人で! いや実質お前らの連携で瞬殺しちまったぞオラァァァッ!」
タケがシールドを放り出し、超特大魔石を抱きかかえて雄叫びを上げた。
一方、如月雫は杖を握りしめたまま、その場にへたり込んでいた。
息を呑み、信じられないものを見る瞳で俺を見つめている。
「魔力障壁を割った瞬間に、装甲の継ぎ目へビットを潜り込ませて腱を切断、そして、露出した胸骨の隙間を一撃で解体。な、何なのですか、あの神業は!?」
雫の視線が、俺の右腕のアームレットの生体モニターへと注がれた。
そこには、戦闘終了直後の俺の生体データがリアルタイムで表示されていた。
【術者:間宮 凌】
【体内魔力総量:131】
【瞬間出力:45】
【エネルギー変換効率:80.2%】
「ま、魔力、131!?」
雫の口から、掠れた悲鳴が漏れた。
「保有量131なんて、魔導アカデミーの落ちこぼれでももっと持っています! なのに、変換効率80パーセント超え!? エネルギーロスがゼロに近いだなんて!? そんな数値、現代魔導工学の教科書にすら載っていません! 無駄な発光も熱も出さず、完璧に必要な筋肉と神経だけに魔力を流し込んでいたというのですか!?」
「急所さえ分かってれば、力も魔力も余計に使う必要はねえんだよ。解体屋の常識だ」
「常識なわけがありません! それこそが、私たちが追い求めていた至高の魔導操作の極致です!」
雫がガタッと立ち上がり、前のめりになって俺へと詰め寄ってきた。
先ほどまでの高慢な態度は跡形もなく消え去り、そこにあるのは未知の神業に魅せられた純粋な敬畏と熱情だった。
「先生!」
「は?」
「先生とお呼びさせてください! 私を、あなたの弟子にしてください!」
「断る。俺は子育てで忙しい」
俺は素っ気なく言い捨てると、左手首の時計を確認した。
15時18分。
「おいタケ、急ぐぞ。15時半までにベースキャンプへ戻って、16時の高速シャフトに乗る」
「おうよ! 鈴ちゃんが待ってるもんな!」
「待ちなさい先生! 子育てとは何ですか!? 待ってください、私の話を聞きなさい!」
魔導ローブの裾をバタつかせながら、必死の形相で追いかけてくる18歳の天才魔導士。
俺たちは彼女を適当にあしらいながら、中層ボスの特大魔石を抱え、第15層前線ベースキャンプへと続く通路を一気に駆け抜けた。




