第017話:結晶回廊の激突、大盾と黒刃の共闘
第15層ベースキャンプの境界ゲートを抜け、俺たちは第17層の奥地へと足を踏み入れた。
そこは、第16層の鍾乳洞とはまた異なる光景だった。
洞窟の壁面や天井から、青白く発光する巨大な鉱物結晶が幾重にも突き出している。
冷涼な冷気と濃密な魔素が渦巻く、中層の難所『結晶回廊』だ。
「気配がするぞ、凌。前方から4、いや、6頭だ!」
タケが叫び、背中から身の丈ほどもある巨大なタワーシールドを前方へ構えた。
ドォン!
シールドの石突が地面の岩盤を砕いて深く突き刺さる。
タケの体表から、ドッシリとした黄褐色の魔力オーラが吹き上がり、シールドの表面に分厚い光波防壁を展開した。
同時に、右手に握った肉厚の魔導戦斧がバチバチと青い火花を散らす。
Dランク大盾使いの真骨頂、完全防御態勢だ。
前方から青白い結晶の影を縫って現れたのは、全身が黒い影のように蠢く四足歩行の魔獣、『シャドウ・リカオン』の群れだった。
体長1.5メートルほどだが、中層特有の異常な跳躍力と、獲物を死角から取り囲む高い知能を持つ中級迷宮種だ。
グルルルルッ!
先頭の2頭が低空で疾走し、タケのタワーシールドへと正面から突進してきた。
ガギィィィン!
火花が激しく散り、凄まじい衝撃波が空洞を揺らす。
タケは盾をぐっと押し込み、強烈なシールドバッシュで1頭を弾き飛ばした。
体勢を崩したその頭部へ、右手の魔導戦斧を渾身の力で振り下ろす!
ドガァン!
戦斧の一撃が1頭の肩口を叩き割り、地面へと叩き伏せる。確かな威力だ。
だが、残る4頭のリカオンは、正面の分厚い盾を避けるように左右へ大きく散開した。
壁面の結晶を蹴って跳躍し、タケの死角である左右斜め後方から、一斉に牙を剥いて飛びかかってくる。
「チッ、回り込まれた! 斧を振ると盾のガードが空いちまう! 凌、左右から来るぞ、下がれ!」
タケが叫んだ。
正面を防ぎながらでは、左右の俊敏な敵を戦斧で同時に迎撃することは物理的に不可能だ。
だが、俺の足は一歩も後ろへ下がっていなかった。
「下がる必要はない」
俺の右腕のアームレットが、静かに青紫色の光を放った。
腰ベルトの左右両サイド。専用ホルダーの電磁ロックが、パシュッ、と微かな減圧音を立てて解除される。
シュパァァン!
左右同時に射出された2筋の漆黒の影。
試作遠隔誘導端末『レイヴン』01、および02。
タケの肩口のわずか数センチ横を、音もなくすれすれで追い抜いていく黒い流星だ。
「なっ!?」
タケが目を剥いた瞬間、左右から跳躍してきたリカオンたちの頭上へと、レイヴンが超音速で回り込んでいた。
キィィィン!
不可視の徹甲ニードル弾が、背部バレルから無音で連射される。
バスッ、バスッ!
空中で牙を剥いていたリカオン2頭の眼球を、青紫色の針が正確に貫通した。
ギャウンッ、と悲鳴を上げて空中で体勢を崩す魔獣。
そこへ、すれ違いざまにレイヴンの高周波ブレードが閃いた。
キィィィィィン!
不可視の超振動刃が、リカオンの後脚のアキレス腱と前脚の関節包を、寸分の狂いもなく撫で切りにしていく。
スパァン、スパァン!
太い腱を一瞬で両断され、機動力を奪われた2頭が、地面を激しく転がった。
残る2頭が仲間の異変に足を止めようとした瞬間、レイヴン02が壁面の結晶を反動板にして鋭角に跳ね返り、その喉元へニードルを叩き込む。
敵の突進から、わずか2秒。
回り込もうとした4頭のリカオンは、すべて急所を破壊され、地面に転がって悶絶していた。
「タケ、正面だ!」
「お、おうよォッ!」
俺の鋭い声に我を取り戻したタケが、足元で起き上がろうとしていた正面の個体へ、右手の魔導戦斧を全力で振り下ろした。
バチィィッ!
雷光を帯びた刃が頭蓋を粉砕し、絶命させる。
同時に、俺自身も無音の魔力強化ステップで踏み込んでいた。
右腰の革鞘から抜いた刃渡り30センチの大型解体ナイフが、転がるリカオンの後頭部の骨の継ぎ目へと滑らかに突き刺さる。
左太腿から抜いた魔導ハンドガンが低威力の徹甲弾を正確に放ち、悶絶していた残りの個体を次々と沈めた。
ズチュッ。
バシュッ、バシュッ!
青白い魔素粒子が空気中に立ち上り、6頭の死骸は瞬く間に消滅。
足元には、深みのある藍色に輝く上質な魔石が、コロンコロンと6個転がっていた。
戦闘時間、わずか6秒。
洞窟内に、静寂が戻る。
「は?」
タケが血塗れの戦斧とタワーシールドを構えた姿勢のまま、完全に石化していた。
口をあんぐりと開けたまま固まっている。
その視線の先では、漆黒の短剣型端末『レイヴン』の2機が、音もなく俺の左右の肩口へと戻り、規則正しくホバリングしていた。
「タケ、突っ立ってないで魔石拾うぞ。山分けだ」
「おいおいおいおい! なんだ今の黒い飛ぶナイフはぁぁぁぁっ!?」
静寂を破り、洞窟の天井を揺るがすようなタケの絶叫が木霊した。
タケは戦斧を地面に突き立て、俺の胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「宙に浮いてたぞ!? 勝手に飛んで敵の目を潰して、関節ばっかり切り刻んでただろ!? ビットか!? あれ億単位する超金持ち専用のチート兵器のビットなのか!?」
「うるさい、耳元で叫ぶな。アルス・テック社の実戦試作機だ。さっき葵に連絡したろ。俺の変換効率がたまたま合致したんで、専属テスターとして預かってるんだよ」
「専属テスター!? ビットの!? お前、魔力131の底辺だったよな!? なんでそんな超兵器を自分の手足みたいにスイスイ操れてんだよ!」
「手足っていうか、俺にとっては空飛ぶ解体包丁の延長だな。死角から急所を狙った方が、魔力も弾も節約できるだろ」
「ビットを包丁の延長で使う奴があるか! あんな超高速で腱だけスライスする変態操作、一流のAランク探索者でもできねえぞ!」
タケは頭を抱えてしゃがみ込み、天を仰いだ。
「チクショウ! 特区の高級マンションに住んで、可愛い鈴ちゃんを引き取って、美人オペレーターにバックアップされて、おまけに最新鋭のビット兵器まで手に入れやがって! お前、いつの間にそんな主人公みたいな成り上がり街道突っ走ってんだよ!」
「成り上がりたくてやってるわけじゃない。鈴を安全に育てるために、確実に稼いで無傷で帰りたいだけだ」
俺の穏やかだが揺るぎない声に、タケはハッとしたように顔を上げた。
そして、盛大なため息を吐き出すと、ガシガシと自分の短髪を掻きむしった。
「まったく、敵わねえな。昔っからお前はそういう奴だったよ。どんなに泥臭い下請けでも、道具の手入れを欠かさず、黙々と解体の腕を磨いてたもんな。その積み重ねが、ここに繋がったってわけか」
「大げさだな」
「大げさじゃねえよ! だが、すげえよ凌。マジで誇らしいぜ、親友としてよ」
タケは立ち上がり、ニッと歯を見せて笑うと、俺の肩をバシッと力強く叩いた。
その瞳には、羨ましさと同時に、心からの敬意と喜びが宿っていた。
「おい、せっかくの無敵コンビだ! 16時までまだ時間あるんだろ? 第18層の奥までかっ飛ばして、魔石を山ほどかき集めるぞ!」
「ああ。お前の大盾と戦斧があれば、正面を任せてレイヴンを前線に集中できるからな。助かる」
「へへっ、言ってくれるじゃねえか! 前衛の受けとトドメは俺に任せとけ!」
俺たちは拳をコツンと突き合わせ、青白い結晶回廊の奥へと、軽快に駆け出していった。




