第015話:中層第16層実戦テスト、黒き刃の蹂躙
地上ターミナルから超深度の高速シャフトで第15層の前線ベースキャンプまで一気に降下し、そこからさらに中層進入用の重昇降機へと乗り換える。
ガタガタと無骨な金属骨組みの昇降機が悲鳴のような軋み音を立て、底知れぬ巨大な縦穴をゆっくりと降りていく。
第15層と第16層を隔てる巨大な境界ゲートをくぐり抜けた瞬間、肌を撫でる空気の質が決定的に変わった。
重い。
大気中に漂う魔素の濃度が、浅層のそれとはまるで比較にならない。
紫がかった微細な光の粒子が薄暗い大空洞を漂い、息を吸い込んで肺腑を満たすたびに、チクチクとした微細な刺激が走る。
「ここが中層か」
俺は静かに息を吐き出し、意識を自らの内面へと集中させた。
体内の魔力回路を巡るのは、わずか131の魔力。
相変わらず底辺探索者と笑われるようなショボい総量だ。だが、その純度と変換効率は80パーセントに達している。
俺が神経を研ぎ澄ますと、魔力は無駄な光や熱として体外へ一切漏れ出ることなく、骨格と筋肉、そして末梢神経へと瞬時に染み渡っていった。
魔力身体強化。
一流の探索者たちが派手に青白いオーラを吹き上がらせる中、俺の肉体は何の変哲もないボロい作業着姿のままだ。
だが、その内側では、無駄なエネルギーロスを削ぎ落とした研ぎ澄まされたバネが完成していた。
昇降機の頑丈な鉄格子を押し開け、第16層のフロアへと足を踏み出す。
見渡す限り広がるのは、巨大な鍾乳洞と旧時代の崩壊都市が融合した異様な光景だった。
頭上数十メートルをコンクリートの高架道路の残骸が走り、そこから太い鍾乳石が凶悪な牙のように垂れ下がっている。
遠くから、浅層のゴブリンなどとは比較にならない、低く重い獣の唸り声が響いてきた。
右腕に装着されたアルス・テック社製の薄型アームレットが、ピッと澄んだ電子音を立てる。
ホログラムディスプレイに、中層の生息反応が次々と赤く明滅した。
『前方40メートル、岩陰に魔獣反応3。右前方の高台に大型反応1。間宮さん、警戒を』
耳元のインカムから、待機車両にいる葵の冷静なアナウンスが届く。
「了解だ。最初から賑やかな歓迎会だな」
俺がボヤいた直後、高台の鍾乳石の影から巨大な影が飛び降りてきた。
ドォン、と地響きを立てて着地したのは、全長4メートルに迫る巨獣。
全身を頑丈な花崗岩のような分厚い甲殻で覆ったトカゲ、『ロックシェル・リザード』だ。
浅層の雑魚など子供騙しに見えるほどの威容。通常弾の小銃など豆鉄砲のように弾き返す、中層の門番である。
さらに、その周囲の岩影から、鋭利な四肢を持つ小型の肉食走獣『シザーズ・ハウンド』が3頭、滑るような低姿勢で回り込んできた。
時速80キロを誇る俊敏な中層の狩人たちだ。
4頭の獣が同時に俺を視界に捉え、剥き出しの牙からドロリと涎を垂らす。
普通のEランク探索者なら、気圧されて足がすくむような死線。
だが、俺の心拍数は1ミリも乱れていなかった。
「テスト開始だ」
俺が右腕のアームレットに意識を向けると、腰の左右ベルトにマウントされた耐衝撃カーボン製ホルダーから、カチリと澄んだラッチ解除音が響いた。
シュパッ!
左右同時に、2筋の黒い影が宙へ撃ち出された。
試作遠隔誘導端末『レイヴン』01、および02。
光を反射しないマットブラックの40センチの鋭利な刀身が、重力を無視して俺の左右上空3メートルにピタリと静止する。
頭痛もなければ、神経を焼かれるような過負荷もない。
まるで、自分の肩から見えない腕が2本生え、手慣れた解体包丁を握っているかのような、吸い付くような一体感だ。
グルルッ、ギャアアア!
シザーズ・ハウンドの1頭が痺れを切らし、地面を蹴った。
目にも留まらぬ低空突進。狙いは俺の喉笛。
「遅い」
俺の思考が走った瞬間、左上空に浮遊していたレイヴン01が、推進ノズルから不可視の青紫色の魔力を噴射した。
キィィィン!
超音速の飛翔。
ハウンドの跳躍の死角、頭上斜め後ろ45度から、レイヴンの背部バレルが火を噴く。
バスッ!
発射されたのは、圧縮魔力を極細の針状に成形した徹甲ニードル弾。
音もなく放たれた針は、ハウンドの右目を正確に刺し貫き、脳幹の手前を破壊した。
ギャインッ、と悲鳴を上げて体勢を崩すハウンド。
だが、俺の攻撃はそれだけでは終わらない。
右手上空を旋回していたレイヴン02が、すでにハウンドの着地点へと回り込んでいた。
刀身に組み込まれた高周波ジェネレーターが励起し、不可視の振動刃が空気を切り裂く。
スパァン!
空中で体勢を崩したハウンドの、左後脚のアキレス腱。
解体屋が皮を剥ぐ時に最初に刃を入れる、骨と腱の結節点だ。
レイヴン02は寸分の狂いもなくその急所を撫で切りにし、太い腱を一瞬で断ち切っていた。
機動力を完全に奪われ、転がるように地面へ叩きつけられるハウンド。
そこへ、俺自身が最小限の魔力強化で無音のまま踏み込んでいた。
右腰の革の鞘から、無骨な刃渡り30センチの大型解体ナイフが滑り出る。
高周波スイッチは入れない。
腱を切られ、眼球を潰された獣の頭蓋骨の隙間など、俺にとっては毎日見てきたまな板の上の魚と同じだ。
ズチュッ。
ナイフの切っ先が後頭部の骨の継ぎ目へと滑り込み、中枢神経を一突きで絶命させた。
初動からわずか1秒半。
魔力消費は、ニードル1発と高周波の瞬間励起のみ。極小の省エネ運転だ。
残る2頭のシザーズ・ハウンドが、仲間の瞬殺にたじろぎ、ピタリと足を止めた。
だが、止まった瞬間が死だ。
「遊んでる暇はないんだよ。保育園のお迎えがある」
俺の呟きとともに、2機のレイヴンが左右から交差するように突風となって疾走した。
不可視のニードルが2頭の目を奪い、すれ違いざまの高周波刃が前脚の関節包をスライスする。
ガクンと前のめりに崩れ落ちた2頭の頸椎へ、俺は左太腿から抜いた魔導ハンドガンを突きつけ、低出力の徹甲弾を正確に1発ずつ叩き込んだ。
バシュッ、バシュッ!
中層の俊敏な走獣3頭が、接敵から5秒足らずで物言わぬ骸と化した。
グオオオオオオン!
手下を瞬殺されたロックシェル・リザードが、大地を揺るがす咆哮を上げた。
巨岩のような体躯を低く構え、時速60キロの猛スピードで突進してくる。
幅3メートルに及ぶ岩の壁が迫るようなプレッシャー。並の探索者なら退路を失い、押し潰されてミンチになる突進だ。
だが、俺は後ろへ下がらない。
半歩だけ右へ斜めに滑り込み、身体強化の最小限のステップで突進の鼻先をわずか数センチでかわす。
突進の風圧で作業着の裾が激しく翻る。
かわしざま、俺の指示を受けた2機のレイヴンが、リザードの巨体を挟み込むように超低空で滑り込んだ。
「いくら分厚い岩殻でも、関節を動かすための皮膜と隙間はある」
リザードの右前脚の付け根。甲殻と甲殻が重なり合う蛇腹状の隙間へ、レイヴン01が垂直にダイブした。
キィィィィィン!
甲高い高周波の共鳴音とともに、黒い刃が隙間へと潜り込み、内部の太い運動腱を両断する。
ブモォッ!?
巨体が右へ激しく傾いだ。
そこへ、逆サイドからレイヴン02がリザードの首元へと回り込む。
咆哮のために大きく開かれた顎の下、もっとも甲殻が薄い柔らかい皮膚。
レイヴン02の推進バレルから、3点バーストのニードル弾が喉奥へと撃ち込まれた。
ドス、ドス、ドスッ!
口内から脳底を撃ち抜かれ、巨大なリザードの瞳から光が消えかける。
完全に動きが止まったその隙を、俺が見逃すはずがない。
右手の大型解体ナイフの振動スイッチを親指で弾く。
キィン、と澄んだ超高周波が刃渡り30センチの鋼身を満たした。
俺はリザードの首の付け根、甲殻の隙間へと飛び乗り、ナイフを両手で逆手に構えて全体重を乗せて突き立てた。
ズッシャァァァン!
分厚い筋肉と骨膜を、高周波の厚刃が豆腐のように滑らかに切り裂き、胸骨の奥深くに眠る魔石の核を正確に断ち割った。
ビクン、と巨体が一度だけ痙攣し、そのまま前のめりに地面へと倒れ伏した。
地響きが収まり、あたりに静寂が戻る。
俺はナイフを引き抜き、刃についた魔獣の体液を軽く払って腰の革鞘へと納めた。
2機のレイヴンが、音もなく俺の左右の肩口へと戻り、護衛のように静止する。
残弾、ニードル各7発。魔力消費、全体のわずか3パーセント未満だ。
俺は手慣れた手つきで腰のツールポーチから解体フックを取り出すと、リザードの胸部から最高品質の魔石を手早く抉り出した。
浅層の魔石の倍以上の大きさ、深みのある濃紺色に輝いている。
これ1個で、軽く20万円以上の値がつく代物だ。
「よし。鈴の粉ミルクと離乳食、それと夕飯の特売肉は余裕で買えるな」
俺が満足そうに頷いたその時、耳元のインカムから鼓膜が破れんばかりの絶叫が響いた。
『おいおいおいおい! なんだ今の戦闘ログはぁぁぁぁっ!?』
倉田チーフの怒鳴り声だった。
待機車両を通り越し、アルス・テック本社ラボからリアルタイム通信で割り込んできたらしい。
『いくら実戦特化のブレード型として設計したからって、アキレス腱や関節の筋ばっかりちまちま切り刻む解体包丁の延長で使う奴がどこにいるんだよ! 俺が作ったのは、敵の死角から超音速で急所を一撃必殺するための最新鋭暗殺端末だぞ!』
「うるせえな、耳元で叫ぶな。急所を狙った方が魔力の消費も少ねえし、素材に傷がつかないだろ。職人の常識だ」
『職人の常識を兵器工学に持ち込むな! いや、だが、すげえぞ間宮! 魔力消費率わずか2.8%! 脳波負荷指数ゼロ! 中層魔獣4頭をわずか10秒で完封解体! 完璧だ、俺たちのレイヴンは中層でも最強の暗殺解体端末だぁぁぁっ!』
ラボの向こうで、倉田チーフがデスクをバンバン叩いて踊り狂っている気配が伝わってくる。
続いて、葵の呆れたような、だがどこか誇らしげな声がインカムに割り込んできた。
『チーフ、落ち着いてください。データ送信ラインがパンクします! コホン、間宮さん、本当にお見事でした。レイヴンの追従性、攻撃精度、すべて理論値を超えています。でも、あまり無茶はしないでくださいね』
「ああ、分かってる。この階層のマッピングをもう少し進めたら、早めに切り上げるよ。今日は美味いシチューでも作る約束だからな」
『ふふっ、鈴ちゃん、大喜びしますね。くれぐれも気をつけて』
通信を切り、俺は口元をわずかに緩めた。
左右に浮かぶマットブラックの2機を見上げる。
手のひらを上に向けると、レイヴンはまるで懐いた小鳥のように、俺の手のひらすれすれの高さまで静かに舞い降りてきた。
「頼りにしてるぜ、相棒」
俺が呟くと、レイヴンの刀身の青紫色の光条が、返事をするようにチカチカと小さく瞬いた。
俺は腰のホルダーへとレイヴンを収納し、薄暗い中層の奥へと、軽快な足取りで歩みを進めた。




