第010話:技術屋たちの狂熱と、提示された対価
「で? その『謎の歩兵』とやらが、俺だと決まったわけじゃないだろ」
第15層の薄暗い空洞の中、俺はわざとらしく肩をすくめてみせた。
だが、ショートボブの女探索者は納得するどころか、ますます確信に満ちた目で距離を詰めてくる。
切れ長の涼しげな瞳が、獲物を見つけた野獣のようにらんらんと輝いていた。
「とぼけても無駄よ! この端末の数値を見て! 瞬間魔力出力15に魔力保有量131。それに、エネルギー変換効率80パーセント! あの配信動画で大手クランの魔導工学班が血眼になって割り出した『理論上の最小魔力戦闘モデル』と、コンマ1秒のブレもなく完全に一致してるわ!」
「最近の計測器は性能が良すぎて困るな」
「認めたわね!」
女は勝ち誇ったように唇を吊り上げたが、すぐにハッと我に返ったように姿勢を正し、胸元のギルドタグを指先で示した。
「自己紹介が遅れたわね。私は神崎葵。Cランク探索者よ。それと、業界第2位の魔導兵器メーカー『アルス・テック社』で専属テストパイロットを務めてるわ」
「アルス・テック」
その名には聞き覚えがあった。
最大手ハイペリオン社が派手な外装と大火力で市場を牛耳る中、徹底した現場主義と高効率・無骨な設計で玄人探索者から絶大な支持を集める職人メーカーだ。
「あんたみたいな大手専属が、なんで浅層の亀裂なんかにいたんだ?」
「第15層に生じた高密度魔素の亀裂を利用して、新型センサーと通信ユニットの負荷テストをしてたのよ。そしたら中層のシャドウ・ストーカーが突然迷い込んできて、シールドを割られて、本当に助かったわ。あなたが来てくれなきゃ、今頃首を噛みちぎられてた」
葵は深々と頭を下げた。
気取ったエリートかと思いきや、筋の通った礼儀正しい態度だ。
だが次の瞬間、彼女の視線は俺の手元へと突き刺さった。
「それより間宮さん、その両手に持ってる魔石、見せてもらってもいい!?」
「これか? さっきの影豹が2頭落としたやつだが」
俺が差し出した両の手の平の上で、2つの青紫色の結晶が、まるで互いに呼び合うように淡く脈動していた。
結晶の奥深くで、銀色の微細な粒子が星屑のように煌めいている。
「やっぱり! 地殻変動の超高圧で圧縮された、星霊鋼の結晶変異コアだわ! しかも2頭から同時に落ちた、対の共鳴ペア核よ! お願い間宮さん、今すぐうちの開発ラボに来てくれない!?」
「は? ラボ?」
「このコアの詳しい鑑定をさせてほしいの! ギルドの素材窓口に二束三文で買い叩かれるより、うちの直営開発部なら何倍もの研究費枠で買い取れるわ! それに、あなた自身の生体データについても、チーフに見てもらいたいの!」
「いや、悪いが俺はこれからギルドの託児所に迎えに行かなきゃならん」
「車で送るわ! 託児所の延長料金も全額うちの経費で落とす! 話だけでもいいから、頼むから付き合って!」
Cランクの美女に両手を握りしめられ、必死の形相で拝み倒される。
託児所の時間はまだ1時間ほど余裕がある。高額でコアが売れるなら鈴のオムツや粉ミルクの足しになるし、大手メーカーのコネも悪くない。
「30分だけだぞ。長引いたら容赦なく帰るからな」
「やった! ありがとう! すぐ車を回すわ!」
*
防壁都市の第4工業区。
立ち並ぶ重工業プラントの一角に、アルス・テック社の第3兵器開発ラボはあった。
最大手ハイペリオン社のきらびやかなガラス張りの本社ビルとは対照的な、黒錆びた鉄骨と油の匂いが漂う巨大な作業場だ。
壁際には分解された魔導ライフルや各種フレームの装甲板が無造作に積まれ、天井からは無数の配線ケーブルが垂れ下がっている。
「チーフ! とんでもないものを持ち帰りました!」
葵がラボの自動扉を蹴破るような勢いで飛び込むと、奥の作業台から一人の男が顔を上げた。
頭髪に白いものが混じった、油染みだらけの作業ツナギを着た50代の男だ。
彫りの深い顔立ちに、歴戦の職人特有の鋭い眼光を宿している。
「騒がしいぞ葵。テスト機体はどうした。通信ログが途絶えて、ん? そいつは誰だ?」
「私の命の恩人よ! それとこれ! 第15層の亀裂で採取した、対の変異コアを見て!」
葵が俺の手から奪うようにして差し出した2つの青紫色の結晶を、チーフと呼ばれた男、倉田巌は怪訝そうに受け取った。
そして作業台の大型アナライザーに2つ並べて放り込み、ホログラム解析を展開する。
その直後。
ピピピピピピピッ!
甲高い警告音が響き、緑色の解析グラフが一気にレッドゾーンを振り切った。
「おいおいおい、冗談だろ」
倉田の咥えタバコが、ポロリと床に落ちた。
「星霊鋼の結晶純度が98.4%!? 中層と深層の魔素が臨界点で圧縮された、天然の超伝導共鳴核じゃねえか! しかも2個で一対になって波長が完璧に共鳴してやがる! ハイペリオンの連中が人工チップの歩留まりに頭を抱えてる横で、こんな奇跡の天然ペアコアが揃うなんざ、葵、てめえこれをどこで手に入れた!?」
「さっき言ったでしょ! 第15層の亀裂に湧いたシャドウ・ストーカーを、この間宮さんがナイフ1本で瞬殺してドロップさせたのよ!」
「ナイフ1本でシャドウ・ストーカーをだあ!?」
倉田が血相を変えて俺を凝視した。
そこへ葵が、腕の端末から戦闘記録の映像と魔力波形データをメインモニターに転送する。
巨大スクリーンに、俺が鍾乳石を落とし、前足を撃ち抜き、振動刃を喉元と腹へ滑り込ませた十数秒の映像がスロー再生された。
「無駄がねえ」
倉田の喉がゴクリと鳴った。
「初撃で足の腱を破壊して機動力を奪い、突進の運動エネルギーをそのまま刃に乗せて頸動脈を裂く。魔導ハンドガンの発射タイミング、ナイフの進入角度、ミリ単位で狂いがねえ。それにこの生体ログは何だ? 魔力保有量は131、駆け出しのEランク並みだが、変換効率が80パーセントだと!?」
「ええ! あのネットで話題になってる『謎の歩兵』の正体よ!」
葵の言葉に、周囲で作業していた白衣の技術者やメカニックたちが一斉に作業の手を止め、俺を取り囲んだ。
「マジかよ! 魔石のエネルギーロスが20パーセントしかねえぞ!」
「ハイペリオンのエリートどもでも60パーセント前後だぞ!? 80パーセントなんて理論上のバグだ!」
「だからあんな量産型の安いハンドガンで、中層魔獣の腱を完璧に撃ち抜けるのか!」
技術屋たちの異常な熱気と視線が、痛いほど俺の全身に突き刺さる。
思わず半歩後ずさりした俺の肩を、倉田が筋骨隆々の太い腕でガシッと掴んだ。
「間宮と言ったな。まずこの対の変異コアだが、言い値で買い取らせてくれ。ギルドの通常査定なら1個100万、2個で200万がいいところだが、うちの開発部にとっては喉から手が出るほど欲しい至宝だ。研究開発の特例予算から、2個まとめて即金1200万出す。どうだ?」
「い、1200万!?」
思わず声が裏返りそうになった。
1200万あれば、鈴に一生困らないだけの粉ミルクと離乳食が買える。
だが、倉田の話はそれだけで終わらなかった。
「そして本題はここからだ」
倉田は奥の厳重な保管庫へ歩み寄り、重厚な黒いアタッシュケースを作業台へドンと置いた。
ロックが外され、プシューと減圧音が響いて蓋が開く。
中に収められていたのは、漆黒のマット塗装が施された、鋭利な刃物のような金属パーツが2機。左右対称の美しい対のフォルムだった。
掌の先から肘ほどの大きさ。
ハイペリオン社のきらびやかな銀色や金色の装飾とは真逆の、光を一切反射しない無骨な流線型のフォルム。
「遠隔兵器か」
「そうだ」
倉田が低く唸るように言った。
「自律誘導型魔導遠隔端末、通称『ビット』。ハイペリオン社が市場を独占している花形兵器だ。あいつらは製造歩留まりの悪い人工星霊鋼チップを載せて、1機3000万、3機セットで1億円もの法外なブランド料を取ってやがる。実戦での取り回しなんざ鼻で笑ってやがるのさ。だが俺たちアルス・テックが作っているのは、泥の中でも血反吐の中でも確実に敵の急所を断つ、実戦特化型の兵器だ」
「試作型魔導端末、開発コード『レイヴン』よ」
葵が誇らしげに胸を張る。
「飛翔剣と極小魔力ニードルガンの複合型。だが、あまりにも機動レスポンスを突き詰めたせいで、並みのテスターじゃ脳波と魔力の変換ロスによる激痛に耐えられず、実戦運用テストが完全に頓挫していたの」
「そこへ、お前が現れた」
倉田が真っ直ぐに俺の目を見据えてきた。
「変換効率80パーセント。エネルギーロスが極小のお前なら、端末との同調による脳への負荷は理論上、他人の4分の1以下で済む。さらにさっきの対の変異コアを、この2機のレイヴンそれぞれの動力炉に1個ずつ組み込めば、互いに共鳴し合う完璧なデュアル制御系が完成する。間宮、頼む。このレイヴンの専属テスターになってくれ」
「テスターか」
「月額基本給として300万。実戦データの提供ごとに特別ボーナスを出す。もちろん、ダンジョン攻略で使う弾薬、交換用魔石、装備のメンテナンス費用はすべて弊社が全額負担する」
提示された条件は、Eランク探索者にとっては天文学的な数字だった。
だが、俺は息を吐き出し、ゆっくりと首を横に振った。
「破格の提案なのは分かる。だが断る」
「な、なんでよ!?」
葵が眉を跳ね上げ、勢いよく身を乗り出して叫んだ。
「俺はしがないEランクのソロだ。解体屋上がりの泥臭い戦い方しか知らん。企業の派閥争いや新兵器の実験台になって、命を危険に晒す気はない。平穏に日銭を稼げればそれでいいんだ」
「間宮さん」
葵が絶句し、倉田が悔しそうに眉をひそめた。
だが、倉田は諦めなかった。
じっと俺の作業着と擦り切れたバッグを見つめ、さっき俺が口にした「託児所の迎え」という言葉を反芻した男の目が、ふと細められた。
だが、技術屋たちの熱い執念は、まだ終わっていなかった。




