第4話 騎士様たちが子ども扱いしてきます
騎士団という場所は、もっと爽やかで、きらきらしていて、規律正しい場所だと思っていました。
白い制服。
磨かれた剣。
凛々しい騎士様たち。
物語に出てくる騎士団とは、だいたいそんなものです。
ですが、王国聖騎士団魔獣討伐特務隊の詰所は、私の想像とは少し違いました。
まず、声が大きい。
次に、体が大きい。
そして、廊下の端に魔獣の牙らしきものが転がっていました。
……帰っていいですか?
初日から心が折れそうです。
けれど、それらは些細なことと言えなくもありません。
本当に想定外なのは、これです。
アーヴィン様の左手と、私の右手が繋がれていること。
これに尽きます。
騎士様たちは礼儀正しく、隊長の帰還を喜びました。誰も手繋ぎに突っ込んだりはしません。けれど、その目だけは雄弁に語っていました。
……何だこれ。と。
彼らはまずアーヴィン様を見ます。
次に私を見て、ちっちゃ!みたいな反応の後、二人の手を見ます。断っておきますが私が小さいのではありません。あなたたちが、でかいのです。
一人は私の頭をぽんぽんと叩き、一人はお菓子をくれました。
別に保護された子どもじゃありません。
むしろ保護したのはこっちです。
そもそも、どうして手を繋いでいるのか。
誤解しないでください。
これは必要な措置です。
アーヴィン様の魔力は、まだ魔力門でどうにか流れを整えている状態です。
学院から騎士団までの移動中、馬車の揺れや人混みで魔力が乱れる可能性がありました。
だから、導師である私が手を繋ぎ、魔力の流れを監視しているのです。
治療行為です。
魔法措置です。
師弟関係です。
決して、仲睦まじい何かではありません。
ありませんったら、ありません。
アーヴィン様は、周囲の視線など気にした様子もなく、私の手を握っています。
大きな手です。
あたたかいです。
昨日から何度も握っているので、少し慣れてきました。
……慣れてきた、というのも問題な気がします。
「導師殿」
「はいっ」
「魔力は乱れているか」
「いえ、今のところ安定しています」
「そうか」
「ですので、そろそろ手を離しても」
「詰所内は人の出入りが多い。念のため、このままの方が安全だろう」
正論です。
正論なのですが、なぜでしょう。
少しだけ、アーヴィン様の手に力が入った気がしました。
その時、奥の扉が開きました。
「隊長」
現れたのは、きっちりと隊服を着込んだ青年騎士でした。
年は二十代後半くらいでしょうか。背が高く、姿勢がよく、いかにも真面目そうな人です。
彼はアーヴィン様を見るなり、ほっとしたように息を吐きました。
「ご無事で何よりです。連絡を受けてから、隊は大騒ぎでした。突然消えた隊長が、まさか魔法学院で保護されているとは思いもしませんでしたので」
「迷惑をかけた」
「本当にそうです」
言いました。
部下の方が、隊長に向かって本当にそうですと言いました。
この人、強い。
青年騎士は、それから私を見ました。
私の顔を見て、ローブを見て、繋がれた手を見ます。
一拍。
二拍。
それでも表情を崩しませんでした。
すごいです。
騎士団の方は、動揺を表に出さない訓練も受けているのでしょうか。
「こちらが、導師殿ですか」
「そうだ。リーリア・リーリエ殿。俺の魔力錠を開け、現在は導師を務めてもらっている」
「制度上です!」
私は慌てて付け加えました。
諸々、期待されては困ります。
青年騎士はまっすぐに私へ向き直り、深く頭を下げました。
「副官のカイル・ヴェルナーです。隊長を救っていただき、ありがとうございます」
「い、いえ。倒れていたので、成り行き上、仕方なく」
「それでも、ありがとうございます。隊長は討伐隊の要ですから」
カイルさんはそう言って、アーヴィン様に視線を向けました。
「隊長? どこか痛むのですか? 眉間に皺が」
「えっ?! 魔力の滞りですか? それとも……」
慌てて見上げると、彼は軽く首を振りました。
「なんでもない」
それから、何かぽつりと呟いたのですが、私には聞こえませんでした。
けれどカイルさんには聞こえたようです。
地獄耳です。
「《《仕方なく》》というのは言葉のあやでしょう。そんなに拗ねないでください、隊長」
「拗ねてなどいない。ただ、導師殿にはご迷惑をお掛けしていると、改めて申し訳なく思っただけだ」
「そうですか? そんな風にはお見受けできませんが。まぁ、いいでしょう」
……申し訳ない。ですか。
それにしては、鮮やかな外堀の埋めっぷりでしたけどね?
情け容赦なく、騎士団に連れてきましたよね?
私はじとりとアーヴィン様を見上げました。
アーヴィン様は、視線を逸らしません。
まっすぐ受け止めています。
こういうところです。
こういうところが、非常にやりにくいのです、私の弟子は。
それから、私は騎士団の皆様に紹介されました。
隊長の導師であること。
研究内容は鍵と錠と門であること。
そして、魔獣討伐にも同行すること。
きちんと説明されたはずです。
それなのに、頭はぽんぽんされますし、お菓子は渡されます。
この人たち、情報の上書きがされないタイプのようです。
「導師殿、甘いものはお好きですか?」
「嫌いではありませんが……」
「討伐隊は初めてですよね。怖くなったらすぐ言ってください」
「お気遣いありがとうございます。でも私は一応、研究者として」
「危ないものに触っちゃ駄目ですよ」
「子ども扱いがすごい」
思わず本音が漏れました。
隣で、アーヴィン様の手に少しだけ力が入ります。
「彼女は俺の導師だ」
低い声でした。
騎士様たちは、はっとしたように姿勢を正しました。
「失礼しました!」
「以後、気をつけます!」
おお。
隊長の一声で、空気が変わりました。
私は少しだけ感心しました。
けれど次の瞬間、別の騎士様が、そっと私のローブの袖に小袋を入れてきました。
「……魔力回復用の携帯食です。限定ぶどう味です」
お菓子から携帯食に変わりました。
気をつける方向が違います。
*
部屋に案内された時には、私はぐったりと疲れきっていました。
扉を閉めるなり、ベッドに倒れ込みます。
そして枕に顔を押しつけて、「あああああーーーー!!」と叫びました。
疲れました。
とても疲れました。
彼らは大きいので、圧がすごいのです。
大型犬の群れに放り込まれた小型犬の気分でした。
しかも、やたら餌付けしてこようとする大型犬です。
それに、アーヴィン様の魔力調整も地味に疲れました。
あれはただ手を繋いでいるわけではありません。
魔力の流れを読み、乱れそうになったらそっと押さえる。
見た目以上に神経を使うのです。
……いえ。
手を繋ぐこと自体も、普通に心が疲れます。
大きくて、温かくて、逃げようとするとすぐに捕まえてくる手です。
疲れない方がおかしいでしょう。
もう、何もかもが疲れるのです。
その時、控えめに扉が叩かれました。
私は枕から顔を上げました。
嫌な予感がします。
「……どなたですか」
「俺だ」
アーヴィン様でした。
私は枕に顔を戻しました。
聞かなかったことにしたい。
ですが、導師として聞かなかったことにはできません。
「少々お待ちください!」
私は慌てて起き上がり、乱れた髪を手櫛で整えました。
そして、できるだけ平静を装って扉を開けます。
そこには、黒い訓練用ローブを着たアーヴィン様が立っていました。
似合っていません。
騎士様の体格に魔法使いのローブが負けています。
「どうかなさいましたか」
「魔力が少し乱れた」
「えっ?!」
「大きな乱れではない。だが、違和感があれば報告しろと言われた」
私は固まりました。
……言いました。
確かに言いました。
痛みや違和感は、必ず報告してくださいと。
言うことを聞いてくれています。
偉い。
とても偉い。
ここで褒めなければ導師失格です。
ものすごく疲れていますが、私は導師なのですから。
「よく報告できましたね。えらい!」
言ってから、また気づきました。
またしても、十二歳の子どもに言う言い方です。
私の中に師匠が染み付いています。洗い流せる魔法はないでしょうか。
アーヴィン様は少しだけ目を細めました。
「いい子、か?」
くっ。まだ覚えていましたか。
記憶消去の魔法が使えればいいのですが。
いや、でも待ってください。
私は導師です。
十二歳の子どもだろうが、竜殺しの隊長だろうが、弟子は弟子です。
こうなったらもう、いっそのこと子ども扱いしてしまいましょう。弟子なんですから、文句は言わせません。
「はい、いい子です」
師匠はここで頭を撫でてくれました。
私はそれに倣おうと腕を伸ばしました。
だが、しかし。
届きません。
爪先立ちをしても、指が空を切ります。
するとアーヴィン様は何をどう思ったのか、私の両脇に手を入れて、ひょいと体を持ち上げました。
足がぷらぷら揺れます。
「どうした?」
……屈辱……っ!!
これでは子ども扱いを通り越して、幼児扱いではありませんか。
導師の威厳が……!
しかも、目線が近いです。
近いというか、近すぎます。
銀灰色の瞳が、真正面にあります。
アーヴィン様は本当に不思議そうな顔をしていました。
違います。
そういうことではありません。
私はあなたを撫でようとしたのであって、持ち上げてほしかったわけではありません。
などと心の中で悶えていると、廊下の向こうから足音がしました。
カイルさんです。
彼は私たちを見ました。
アーヴィン様に持ち上げられている私を見ました。
それから、アーヴィン様の黒い訓練用ローブを見ました。
一拍。
「隊長」
「なんだ」
「そのローブ、似合いませんね」
カイルさんはそれだけ言うと、足早に去って行きました。
「……相変わらず失礼なやつだ」
アーヴィン様はそう言って、私に向き直ると、「なあ?」と同意を求めてきました。
やめてください。
それでは猫に話しかけているみたいです。
にゃーとでも鳴けば満足ですか?
そもそも私は、まだ持ち上げられたままなのです。
「……アーヴィン様。魔力の流れの違和感について、教えてください」
私は強引に話を戻しました。
彼は「承知した」と頷き、ようやく私を地面に下ろしました。
足が床についた瞬間、私はほっと息を吐きました。乱れたローブを整え、できるだけ何事もなかった顔を作ります。
「それで、どんな違和感がありますか」
アーヴィン様は胸元へ手を当てました。
「痛みではない。ただ、熱がこもるような感覚がある」
「熱……」
私はすぐに表情を引き締めました。
ふざけている場合ではありません。
熱がこもるのは、魔力が流れ道を探して滞っている時に起こる症状です。
放っておくと、また暴走します。
私は胸元に手をかざしました。
「少し、中を診ます」
一応断りを入れ、魔力の流れを把握します。
不思議なことに、アーヴィン様の魔力の流れは常に変化し続けているようです。朝に作成した門が、夕方にはもう使えなくなっていました。
なんというか、魔力まで常に危機に備えているような仕様です。根っからの戦闘民族です。
私は門を作り直し、ふぅと一息つきました。
「痛いところはありませんか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう、リーリア」
「いえ、導師として当然です」
……今、また名前を呼ばれました。
騎士団に来てから、アーヴィン様は私を「導師殿」と呼んだり、「リーリア」と呼んだりします。
どちらも心臓に悪いです。
導師殿は責任が重い。
リーリアは距離が近い。
どちらにしても、逃げ場がありません。
それにしても、疲れました。
もう寝ます。今度こそ寝ます。
私は部屋に戻り、またベッドにダイブしました。
きっと、また明日には門を作らなければならないのでしょう。
なら、早く寝るに限ります。
そこで、はた、と気づきました。
これ、四級試験に受かっても、門作りを教えないとお役御免にはならないのでは……?
いえ。
そうならないように、魔力制御を厳しく教え込みましょう。
おやすみなさい。
今なら、朝まで八時間は眠れます。
……その時の私は、のんきにもそう思っていたのです。




