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第24話 重たい保護者

 アーヴィン様の核に絡みつく靄。

 外部からの干渉を防げないのなら、毎晩、私が解けばいい。


 そんな考えが浮かんだのは、アーヴィン様に抱きしめられた、あの雪の夜のことでした。


 私が解けば、アーヴィン様は少し楽になります。

 痛みも引き、呼吸も戻る。

 眠れなかった夜も、私が処置を終えれば、彼は静かに目を閉じることができました。


 それなら、毎晩私が解けばいい。


 一瞬だけ、そう思ってしまったのです。


 けれど、すぐに打ち消しました。


 それでは、だめです。


 それではアーヴィン様は、私がいなければ生きられないことになってしまう。


 私は、彼を私のそばに縛りつけたいわけではありません。


 ……そばにいてほしいとは、思います。


 思いますが、それは違うのです。

 彼には、私がいない場所でも、苦しくなく息をしてほしい。


 討伐に出ても。

 神殿へ行っても。

 どこか、私の手が届かない場所でも。


 アーヴィン様には、自由に生きてほしい。


 サラ様が願ったように。

 綺麗なものを見て、美味しいものを食べて、誰かを好きになって、笑って生きてほしい。


 そのためには、毎晩私が解くのでは、だめなのです。


 彼自身の中に、外から来る力を受け止め、流すための門を作らなければならないのです。



 次の春を迎える頃には、術式はもうほとんど完成していました。

 マイヤー博士と父の遺した研究を発展させ、私のしてきた錠と門の研究を組み合わせたものです。


 けれど、重要な問題がひとつ、残っていました。


「合致する魔力型がない?」


 ナヴィード先生が眉をひそめました。


「はい。探したんですけれど、私では見つけられなくて……」


 私は膝の上で、きゅっと拳を握りました。


「最近では竜核が常に何かを取り込もうとするので、アーヴィン様自身の純粋な魔力と区別がつかないんです」


 通常、体内に恒久的な術式を埋め込む場合には、その人自身の魔力を使います。

 そうでなければ、拒絶反応が起こってしまうからです。

 なんらかの事情で本人の魔力が使えない場合は、合致する魔力型の人の魔力を使うのです。


「拒絶反応なら、抑える薬があるが……」


 師匠はそう言って腕を組みました。


「だがアーヴィンの場合は、拒絶というより同化して、術式自体が取り込まれるだろうな。というより、取り込むこと自体が拒絶とも言える」


「はい」


 竜核は、己の強さを高めるために外部の力を取り込みます。それを制御するための術式など、竜核にとっては異物そのもの。魔力型が合わなければ、すぐに取り込もうとするでしょう。


 けれど、術式を取り込むことは、純粋な魔力を取り込むこととは、わけが違います。

 おそらく、魔獣の靄以上に核に絡みつく結果になるでしょう。

 そうなれば、アーヴィン様は、もっと苦しむことになる。


 私はそれが怖くて、何度も登録簿を確認しました。

 学院の記録も。

 聖騎士団の記録も。

 神殿から借りた古い資料も。


 でも、どこにもありませんでした。


 アーヴィン様の魔力型は特殊で、同じ型の人間がいないのです。

 サラ様でさえ、合いませんでした。


「魔法省の持ってる資料はどうだ?」


「魔法省は、探している型を申請する必要があるので、見る人が見たら、竜核由来の魔力型だとバレてしまいそうで……」


「確かにな」


 師匠は、くるりとペンを回しました。


「なら、全部の資料を確認できるように、俺から申請しておく。エリオス経由なら早いだろ」


「本当ですか! ありがとうございます!」


「だが、すごい量だぞ?」


「やるしかありません」


 意気込む私を、師匠がじっと見てきました。


「……なんです?」


「目の下のくまがひどい。眠ってるか?」


「まぁ、そこそこは……」


「夜中の三時に、起きてたって聞いたぞ」


 うっ。

 アーヴィン様からの情報ですね?


「それは、たまたま目が覚めて……」


「うそつけ。お前が倒れたら、アーヴィンはどうなる? 体調管理も研究の大事な要素だ」


「はい……」


「それから」


 師匠の目が、すっ、と鋭くなりました。


「二重核を作り始めたら、マイヤー博士の錠で、すぐに竜核を封じろ」


「……え」


 胸の底が、ぞくりと冷えました。

 師匠の声に、冗談の響きはありません。

 本気で、そう言っているのです。


「それは……できません」


 そんなことをしたら、アーヴィン様はまた痛みに耐えることになる。


「お前がやらないなら、俺がやる」


「師匠!」


「もしあいつが災厄に転じたら、戦うのは、おそらく俺だ。二重核の外側だけを壊すような、器用な戦い方はできん。それなら封じた方がいい」


「で、でも……」


 私はそう言いながらも、言葉を続けることができませんでした。


 もし災厄に転じたら。


 その被害は計り知れないものになるでしょう。


 多くの人が命を落とすかもしれません。

 ナヴィード先生だって、勝てる保証はないのです。


 それに、アーヴィン様は自分のしたことに耐えられないでしょう。


 でも。


「リーリア」


「……はい」


「俺は、お前とアーヴィンならお前を選ぶ。お前と世界でもお前を選ぶ。そんな選択、させたくないよなぁ?」


「……どんな脅しですか?!」


「つまり、よく寝て、よく食って、それで研究も進めろ。お前が先に壊れるな」


「……はい」


「それでもやるってんなら、俺は記憶操作の禁術も辞さない」


「……は?!」


「アーヴィンのことを全部忘れさせる」


「脅しの次元がおかしいです!」


「脅しで済んでるうちに寝ろ」


 冗談だと思いたいのに、師匠の目は少しも笑っていませんでした。


 この人は、たぶん本当にやる。

 私を守るためなら、私に嫌われることすら選ぶ。


 重たい保護者です。


「忘れたく……ありません」


 自分でも驚くほど、小さな声でした。


 師匠が、わずかに目を細めます。


「なら、忘れなくて済むようにしろ」


 師匠は私の手を掴むと、研究室の続き部屋に連れて行きました。

 師匠の私室と化したその部屋には、十歳頃までよく入り浸っていました。

『星を食べたかった竜』を読んでもらった場所、雷が怖くてベッドに潜り込んだこともある、懐かしい場所です。


「あんまり、変わってませんね。本が増えたくらいですか?」


「まぁな。寝れたらなんでもいい。というわけで、お前は今からそこで寝ろ」


 そう言ってベッドを指し示しました。


「今からですか?!」


「ああ。信用ならんからな」


「でも……」


「今から魔法省に申請してやる。資料が届くまでは時間がかかる。それまで寝てろ」


「師匠……」


「資料が届いたら、俺の研究チームとマデリンたちにも照合を手伝わせる。それでいいだろう」


「でも」


「寝ろ」


「……はい」


 私はそれ以上反論することを諦め、のそのそとベッドに潜り込みました。


 師匠の匂いがします。

 魔法草を燻した香りと、銀葉樹の精油の香り。


 ここは、私が弱いままでいられた場所でした。

 守られていた、場所でした。


「絵本、読んでやろうか?」


「こどもじゃないんですから……」


 そう言うと、師匠はかすかに笑い、私の頭を撫でました。


 大きな手が、昔と同じように髪を梳きます。

 雑で、少し乱暴で、でも決して痛くない手でした。


「おやすみ、リーリア」


「……おやすみなさい。師匠」


 返事をした途端、張り詰めていたものがほどけたように、瞼が重くなりました。


 師匠が指を弾くと、部屋は一瞬、真っ暗になりました。

 それから、天井に『星を食べたかった竜』のキラキラの魔法が現れました。


 星が瞬き、流れます。


 私は祈るように目を閉じました。


 私は、竜を助ける魔法使いになるんです。

 ならなくてはいけないのです。


 そう思いながら、私は久しぶりに、師匠の部屋で眠りに落ちました。











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