第21話 師匠を詰めましょう
翌日、魔法学院に帰った私は、師匠の研究室の扉を勢いよく開けました。
アーヴィン様は騎士団の用事で後から来ることになっています。
「師匠!」
「なんだ、うるせぇな……」
「魔法学院の森に、父の研究所がありますね?」
寝間着姿の師匠は、眠そうな目を瞬き、首を捻りました。
「あー、よく知らん」
「嘘です」
「ほんとだって。昔使ってた研究所が森にあるとは言ってたが、少なくとも俺がここに来た頃には、使用してなかったはずだ」
「じゃあ、ルーカス・マイヤー特級魔法使いのことは知ってますか?」
師匠は眉を顰め、宙を見ました。
「……聞いたことはあるが……。確か、魔法省に目ぇつけられてた人だろ? 俺がここに来た時には、もういなかったよ」
「師匠、おっさんなのになんで知らないんですか?」
「んだと、こら。ずっとおっさんだと思うなよ。俺がお前の後見人になったのは、二十歳の時だ」
「嘘だぁ」
「嘘ついてどうする」
「じゃあ、どうしたら森の研究所に行けるんですか! 鍵花の季節は終わってしまいました!」
「鍵花ぁ?」
師匠は私の肩をぽんぽんと叩き、深くため息を吐きました。
「とりあえず落ち着いて、最初っから話せ」
私はソファに師匠と並んで座りました。
珍しく師匠が紅茶を淹れてくれましたが、茶葉をケチったのか、非常に薄いです。
私は水みたいな紅茶を飲みながら、昨日大聖女様とお会いしたところから話し始めました。
アーヴィン様のご両親がルーカス・マイヤー博士と竜のサラ様だったこと。
竜核は何でも取り込む性質があること。
森の中の研究所にそれを防ぐ研究資料が残されているかもしれないこと。
でも、鍵花の季節が終わり、道が分からないこと。
「鍵花の道標か……リーリエ博士らしいな」
師匠は懐かしそうに目を細めました。
「種を蒔いて歩くから、花咲かリーリエって呼ばれてたぞ」
……お父さん……あなたって人は。
「まぁ、話はわかった。つまりアーヴィンを拾ったところが研究棟の前だったってことだろ? なら場所は特定できる」
「なんでです?」
「警戒網は外から来たものを記録してるからな。マイヤー博士が魔法でアーヴィンを転移させたなら、森のどこかの地点に記録が残ってるはずだ。そしたら、その座標に転移すればいい」
「師匠が転移魔法使ってくれるんですか?」
「なんで俺が。アーヴィンに教えただろ。二人で行けよ」
「薄情もの! そもそもどうして転移魔法なんて教えたんですか? 彼はまだ五級ですよ?」
「いや、森で拾った時点でおっかしぃなぁと思っててさ。警戒網に引っかからず入れたのに、なんでお前みたいなやつに拾われることになったのか」
「お前みたいなやつ、とは」
「迷子になった三級魔法使い」
「決して迷子ではありません。鍵花を追っていただけです」
「迷子だろ」
むぅ、と私が頬を膨らませると、師匠は鼻を鳴らして言葉を継ぎました。
「誰かの手引きで入ったとしても、森に放置は変だろ? お前が拾わなかったら死んでたんだぞ、あいつ。と言うことは、誰かが、わざわざ森の奥深くに転移させる術式を組んだくせに、回収に来れない事情があったってわけだ。そいつが死んだか、その場所に入れないか……」
「つまり?」
「つまり、なんか面倒くさそうだろ? アーヴィンに転移魔法教えたら、俺が巻き込まれずに済む」
相変わらずの最低っぷりです。
「……でも」
私は薄すぎる紅茶のカップを両手で包みました。
「師匠は、最初から研究所のことを疑っていたんですね」
「疑ってたってほどじゃねぇよ。森で騎士拾うなんて、普通じゃねぇからな」
「それなら、もっと早く教えてください」
「お前が訊いてこなかったからだ」
「出ました。師匠の悪いところです」
「悪いところじゃねぇ。教育方針だ」
「五級に転移魔法教えるのも教育方針ですか?」
そんなことを言いあっていると、研究室の床がぴかりと光りました。
これは──転移魔法陣。
まさか。
魔法陣から光の柱が立ち上り、音もなく人影が現れます。
「アーヴィン様……?!」
その声に、彼はこちらを振り返り、嬉しそうに笑いました。
「できた」
「できたじゃありません! 何かあったらどうするんですか!」
転移魔法を失敗したら、座標がずれて壁に埋まるとか、魔力核に負荷がかかるとか、体の一部だけ先に到着するとか、とにかく聞くだけで嫌な事故が山ほどあるのです。
褒められることを期待していたのか、彼は少し不満そうに眉を下げました。
「だが、」
「だが、じゃありません!」
「おいおい、弟子が転移魔法習得したんだから、ちゃんと褒めてやれよ、三級導師」
師匠は足を組んだまま、横柄に拍手をしています。
「三級は余計です! 私の可愛い弟子に何かあったらどうしてくれるんですか!」
「だから座標を俺の研究室に固定してるんだろうが。何かあっても俺がすぐに対処できるようにな」
……くっ!
確かに師匠なら、体がバラバラになってもなんとかしそうです。
「可愛い弟子……」
アーヴィン様が、小さく呟きました。
今は、そこに反応しないでください!
あっ、ほら、師匠がにやにやしてるじゃないですか!
私は、こほんと咳払いをしました。
「では師匠。座標の特定をお願いします」
「えー? 俺がぁ?」
「少しは協力してください!」
「もっと可愛く頼めば、協力してやらなくもねぇけどなぁ。あれは七歳くらいか? せんせー、抱っこ〜って。あの頃は可愛かったんだがなぁ」
「黒歴史を掘り返さないでください!」
その時、とんとん、と扉がノックされました。
「おお、入ってくれ」
「失礼いたします」
入ってきたのは、マデリンでした。
「先生、頼まれていた資料……」
緑色の瞳が丸くなり、私とアーヴィン様を見比べました。
「お久しぶりです、マデリン。その節はお世話になりました」
私がぺこりと頭を下げると、マデリンは我に返ったように、優雅な礼をしました。
「そちらの方は……?」
「ほら、この前お話しした、私の弟子のアーヴィン・クライス様です」
「弟子」
「あれ? もう忘れちゃいましたか? マデリンったら、うっかり者ですねぇ」
「覚えておりますわ。けれど、森で拾った弟子が大人とは聞いておりません」
「そうでしたっけ」
「そうですわ。あなたは昔から大事なところを端折るのですから……」
マデリンは、ふぅ、と息を吐きました。
ため息まで優雅です。
「アーヴィン・クライスだ。よろしく」
アーヴィン様が差し出した手に応えながら、マデリンはにこりと微笑みました。
「マデリン・オルブライトと申します」
「マデリンは私のクッキーの師匠なんです。そういえば、ナヴィード先生にクッキー渡してくれましたか? 今年も誰からも貰えないんじゃないかと心配で心配で……」
「うるせぇよ。ほら、マデリン、資料をくれ」
ナヴィード先生はマデリンを手招きし、資料を受け取りました。ぱらぱらと捲り、あるページで指を止めると、そこに記された数字を、さらさらと別紙に写し取ります。
「座標だ。ここに合わせて転移しろ」
師匠はその紙をアーヴィン様に渡しました。
……え? つまり師匠はすでにマデリンに指示して座標を特定していたってことですか?
可愛く頼めとか言っておいて?
「性格、悪っ!」
「できる師匠と言ってくれ」
資料を見ると、学院裏手の森に張られた警戒網の記録が記されていました。
外部から侵入した魔力反応。
その発生地点。
そして、「ルーカス・マイヤー特級魔法使い」の識別認証番号。
「わざわざ故人の番号を削除しねぇからな。よく知ってたんだろう、マイヤー博士は。リーリエ博士が早くに亡くなることは想定外だったんだろうが」
ふと想像してしまいました。
二人が生きていたら、私もアーヴィン様も、今頃どんな生き方をしていたのでしょう。
マイヤー博士のことですから、外部からの取り込みを防ぐ術式を完成させていたでしょう。
アーヴィン様は聖堂で過ごさず、核に苦しむこともなく、聖騎士になっていないかもしれません。
私は、きっと、魔法使いになっていないでしょう。
父ほど頭がいいわけでもありませんし、魔力量も少ないですし。
私が魔法使いになったのは、ナヴィード先生に育ててもらったから。そして、研究を通して父と繋がっていたかったから。
たぶん、アーヴィン様と出会うこともなかったでしょう。
……なんだか、複雑な気持ちです。
「複雑な気分だな」
「えっ?!」
アーヴィン様は私をじっと見つめました。
「いや、父にもリーリエ博士にも生きていて欲しかったが、そうすると、君に出会っていなかったかもしれない」
……同じようなことを考えていたようです。
でも、それを口に出すか出さないかは大きな違いだと思います。しかも人前で。
ほら、マデリンが驚いて目を丸くしています。
師匠の顔は……見ないことにします。
「だが、二人は友人だったのだから、もっと早く君に出会っていた可能性もあるか……」
もっと早く。
つまり、子どもの頃に出会っていたかもしれない、ということでしょうか。
少年のアーヴィン様。
小さな私。
……いえ、だめです。
今のアーヴィン様を見慣れているせいで、まったく想像できません。
きっと子どもの頃から落ち着いていて、私はその横で転んでいたに違いありません。
「その場合、俺は君の弟子になっていただろうか」
「絶対になっていません。たぶん年齢的に私が弟子です」
「それは困るな」
「何がですか」
「君を口説けなくなる」
マデリンが小さく咳き込みました。
師匠は、もう隠す気もなくにやにやしています。
やめてください。
保護者とクッキーの師匠の前で、そういうことを言わないでください。
「そうですよね、ナヴィード先生」
アーヴィン様はなぜか師匠に話を振りました。
「……なんで俺に聞くんだ」
「マデリン嬢から恋人の日のクッキーを貰ったのでしょう? だが立場が上の場合は応えるにしても慎重さが求められ……」
「あー! もういいから、さっさと研究棟へ転移しろ!」
あの師匠が、真っ直ぐすぎるアーヴィン様にやられています。
強い。
強すぎます。
私は心の中で拍手喝采を送りました。
一方、マデリンの顔は真っ赤です。
とっても可愛いです。
アーヴィン様には、師匠をやり込める気持ちなど一切なかったのでしょう。どうして話を遮られたのか分からない、と言わんばかりに小さく眉根を寄せています。
「では……行こうか、リーリア」
アーヴィン様が私の手を取り、座標の書かれた紙を見下ろしました。
転移魔法。
何度かナヴィード先生と一緒に飛んだことがありますが、いまだに慣れません。
手を離したらバラバラになって終わりです。
そんな緊張が伝わったのか、アーヴィン様は私の手をぎゅっと強く握りなおしました。
「俺が君の手を離すわけがないだろう?」
「そ、そういうことをさらっと言わないでください」
「おい、うちの研究室でいちゃつくな。さっさと行け」
ナヴィード先生が私たち二人を追い払うように手を振り、アーヴィン様は力強く頷きました。
足元に転移魔法陣が浮かび上がります。
何も見ずに。
無詠唱で。
意味が分かりません。
そして、光の柱が私たちを覆いました。
次に目を開けた時には、研究棟にいるでしょう。
そこには、何が残されているのでしょうか。
とにかく、アーヴィン様のためにできることをやるだけです。
私は彼の手の温もりを感じながら、目を閉じました。




