5.長髪
優羽の件は未優の未来夢で概ね聞いていた。
髪の短い日蔓が金髪の男を連れてどこかにいた。背景は暗く、ほとんど見えない場所だった、と。
尊音が優羽を連れてきた時の背景は違ったらしい。
日蔓と手を繋ぎ、街中でアイスを頬張る未優を見下ろし写真を撮る。
「未優ご機嫌だね」
「日蔓さんが起きてからはずっとですよ」
「子供だねぇ」
「記憶がある中での親は日蔓さんですよ」
「ずっと親じゃないって言い聞かせてるんだけど」
「育ての親ですよ」
静璐と日蔓の話を聞き流し、全く溶ける気配のないアイスにかじりつく。
今日は月末の勉強を終わらせたご褒美会だ。
毎月、予定通りの勉強を終わらせたら普段食べないスイーツを食べに連れて行ってくれる。
「日蔓」
「何?」
「なんで寒い中アイスなの?」
「……美味しいでしょ」
「寒い」
「そのパーカー寒いの?」
「内臓が寒い」
「どんまい」
痛がる日蔓の腕をべしべしと叩きながらそれでもアイスをかじる。美味い。
「まぁそんなに怒んないでよ。他の班は外出すら控えてる状態なんだから」
「支配人?」
「出くわしたら誰も対応できないからね。僕に感謝してよ」
「あざまーす」
「僕が寝てる間に未優の教育したの静璐?」
「寝る前からっすよそれ」
二人でおっさん化というか、だらけ化の進む未優を見下ろした。この子は一体誰に影響されてるんだろうか。
それから数日して、日蔓と優羽が体育館に揃った。
二人ともジャージにパーカーだ。一番嬉しそうなのは尊音。
「……優羽動けるの?」
「分かんない」
「絶対怪我するじゃん……! そんなんなら尊音の鏡瞳の精度上げた方がマシだって」
「いーのいーの」
二人で準備運動をして、とりあえず体を慣らす。
見学に来ている静璐、未優、線蓮はそれを物珍しそうに見学。
そりゃ日蔓がこんだけ動く準備してるのが珍しいもんな。
「いつものやつ覚えてる? 僕あれならできるよ」
「それしかできないでしょ」
「まーねー!」
「やるよー」
日蔓のその一声だけで、二人でステージ側から小走りで走るとアクロバットの繋げ技を全く同じタイミングでやってのけた。
二人とも軽く弾みながら着地して、優羽はその場に崩れ落ちる。
「ミスった……!」
「成功する時なんてないでしょ」
「ひっどー!」
「事実だよ」
優羽は立ち上がると日蔓を睨み、髪をまとめ直した日蔓はそれに睨み返した。
「……曄雅なんで髪伸ばしてんの?」
「首の後ろに傷があるから」
「刈り上げにしたら」
「坊主にすんぞ」
「やめて」
二人ともふらふらと戻ってきて、優羽は身軽にステージに座り日蔓は片足で上がった。
「未優と静璐はアクロバットやったっけ? 静璐はまだだよね」
「私も覚えてない」
「……やってないか」
まぁ勝手にやってるようなもんだが。
「午後に教るよ。特に未優は小柄だから覚えといて損はないよ」
「そうなの?」
「未優並にちっちゃかった曄雅がフル活用してたからねー」
「んなちっさくねぇ」
「へへー小六まで百五十なかったくせにー」
「優羽は結局結楽越せないままか」
「僕はもう成長止まってたんだよ!」
「俺のは遺伝と筋力のせい。だから筋トレサボった二年で十センチ以上伸びたし」
二人で言い合い、それを未優がうるさいと黙らせた。
日蔓は未優の隣に座るとよしよしと頭を撫でる。と。
いきなり後ろから重い体重がのしかかり、髪が解かれたかと思うと後ろ髪を全て上に上げられた。
「何クソジジイ! 退け優羽!」
「あほんとだ傷あるー」
「大きいな」
「支配人の時のやつ? 曄雅普通の仕事で縫ったことないもんね。あれ、あるっけ? あるわ、あはは」
二人がのしかかって首の後ろの大きな傷を眺める。
未優と静璐もそちらに行き、一緒に覗き込んだ。
日蔓の隠す手を静璐がまとめて退かし、未優は腕をかいくぐってそれを見た。
「おぉ」
「わッ!? 冷たいッ!」
自分でも冷たいと分かっている手を首に乗せると日蔓は首をすくめ、自ら腕を変な方向へ捻ると静璐の手錠を外し未優の手を払い除けた。
ステージから飛び降り髪を押さえる。
「ケーキ買わないよ!?」
「ごめんなさい」
「曄雅、その傷骨大丈夫だったの?」
「ご覧の通り元気に動いてるからねー」
髪をまとめ直し、優羽を退かせて線蓮を未優の横に座らせた。
頭を押え、日蔓より圧倒的に長い髪を解くとゴムを自分の腕にはめる。
「じゃーねー」
「おい曄雅! 返せ! せめて曄雅の寄越せ!」
「心の声だだ漏れっすよ」
「曄雅の頭髪!」
「気持ち悪い。まーすぐ戻ってきますからー」
日蔓はそう言うと体育館を出て行き、線蓮は顔をしかめた。数秒間その顔になったあと、でも曄雅が自分の持ち物身に付けてるんだろと考えて少し気分が良くなる。
「線蓮さんは髪長いね」
「切るのが面倒臭いからの」
「入ってきた時から長かったよね」
「小六の時から伸ばしとるからな。ちょうど曄雅が主任になる頃に一回ばっさり切って、そっからまた放置したらこうなった」
それは十年伸ばしてるってことか。
「にしては短くないっすか」
「……もしかしたら一回どっかで誰かに切らせたかもしれん。覚えてない」
線蓮の髪は後頭部で一つにくくって腰上だ。十年も伸ばしていたら腰下ぐらいには来る気はするが。
「髪長いと重たいよ」
「重いな。そして邪魔」
「切ったらいいじゃないっすか……」
「美容院とか理容室とかが一番嫌いなんじゃ。二時間も自分の顔見て何が面白い。界魔も出てくると言うのに」
「……それもそうっすね」
「日蔓に切ってもらったら? 私日蔓に切ってもらってる」
未優は優羽が編む手元を観察し、未優の言葉を聞いた線蓮は大きく合掌した。
「それいいな!」
「線蓮さんってたまに老人言葉抜けますよね」
「そんなことない。癖じゃ言うとるに」
「でもほら、怒った時とか」
静璐が人差し指を立てると、線蓮はその指ごと静璐の顔を掴んだ。
「こういう時とか?」
「なんかすみません……」
「でも線蓮さん、今から抜いたら老後に困るよ。今年で何歳?」
「未優さん超失礼」
「……死期が近付いた?」
この失礼にこんな乗っかってくる人もまぁ少ないぞ。
静璐のなんとも言えない目で線蓮は真顔に戻り、優羽は線蓮の三つ編みを肩に流した。
「あゴム」
「ちっちゃいやつしかないけど」
「線蓮さん三つ編み似合ってない」
「それこそ失礼じゃぞ」
「ごめんなさい」
「あ曄雅来た」
まだ足音もしてないのに、線蓮は髪を解きながら扉の横に行くと三人に人差し指を立てて見せた。こいつが一番茶目っ気ある。
数十秒して、扉が開き線蓮が戻ってきた日蔓に飛び付いた。瞬間、静璐は未優の目を塞ぐ。
日蔓は線蓮の胸ぐらを掴んで首筋を噛みちぎる勢いで噛み、その場に捨てた。
「お昼持ってきたー」
「未優さんが迷走するのたぶん日蔓さんの影響っすよ」
「えー僕? 別に迷走してないよ僕は」
「曄雅は常に迷走してるでしょ。それが常」
「それはもう迷走じゃない」
日蔓はステージに座ると三人に弁当箱を渡した。
入口付近で首押さえてうずくまってるやつは知らん。
「曄雅のは?」
「僕もう食べたよ」
「え日蔓食べないの?」
「食べたんだって」
「一緒に」
「優羽と一緒に食べな。僕はひと仕事してくるから」
「えぇー……」
未優が残念そうに俯きながら弁当の蓋を開けると、優羽が日蔓をビシッと指さした。
「保護者失格」
「……じゃあ未優一緒に来る?」
「ここで食べとく。歩くの面倒臭いし」
「じゃいい子にしてるんだよ」
三人でちょっとずつおかずの違う弁当を食べながら、主に優羽についてで話し始める。
「優羽さんピアス超開けてますね」
「んーここ数年で着々と増えてるね。ストレス溜まったらピアス開けて発散してるから」
「ピアスって痛くないの?」
「慣れたら平気だよ。僕も、もう一人結楽って子もいたんだけどその子も結構開いてた」
今は首に二個と舌や、耳も増えたし、鎖骨にも二つ開いている。
ここ十何年で十個以上開けた。一年に一個か二個のペースだな。
「日蔓さんは開いてなかったんですか?」
「痛いの嫌がってたからねー。代わりと言ってはなんだけど指輪とかは付けてたよ」
「指輪?」
「そうそう。僕とか結楽が誕生日にあげたりしてたから。……まぁ、休みなんてあってないようなもんだから外出する時は付けてなかったけどね」
しばらくして、日蔓が戻ってきた。
未だうずくまっている線蓮の顔の傍に忘れていたゴムを置いて、三人を呼ぶ。
「三人ともー、出るよ」
「何?」
「僕も?」
「三人とも」
三人とも中途半端に食べていた弁当を流し込み、立ち上がった。
日蔓は線蓮の首を掴み、立たせる。
「ほら行くよ」
「噛んだ……」
「気のせい」
「噛んだ……!」
「捨てるぞ」
線蓮は日蔓の肩に顔を置きながらふらふらと歩き、日蔓はそれを髪を掴んで引き剥がそうとする。
こいつの腕、本気。
「……ちょっと、邪魔なんだけど」
「もうちょっと」
「寒白呼ぶぞ」
「別に良い……!」
「静璐、呼んで」
四人が本館に着く頃、寒白が飛んできた。
日蔓を巻き添えに線蓮に飛び蹴りする。
「いい加減にしろ次聡ッ! お前の世界一嫌いな奴呼ぶぞ!?」
「誰ですそれ」
「兄者」
「呼んでもいいですけど貴方の首が消し飛びますよ。このために鍛えたんですから」
「このため……!?」
「そうですよ。貴方が一番ムカつきますからね」
「お前弟子だろ!?」
「上司ですが?」
「ねぇ邪魔。殺すぞ」
日蔓は線蓮を退かすと、立ち上がって服を払った。
さて、訓練を始めないと。




