3.病院
未優は日蔓に見守られる中ラムネと校庭を走り回り、異常に足が早い未優に追い付かれないようラムネは必死であっちこっち行きながら逃げる。未優は楽しそう。
日蔓はその様子を見ながらタブレットで仕事。
そのうち未優が遊び疲れた頃に、線蓮がやってきた。
「曄雅〜、未優の様子はどうじゃ」
「何しに来たのさ暇人」
「様子見」
「……足の速さは一級品。腕力は超弱いけど」
疲れた未優が駆け足で日蔓の方に戻ると、疲れた様子のラムネも戻ってきた。
指揮台に上がったラムネは疲れたようにうずくまり、尾を何度か振り上げる。
「ラムネも疲れたようじゃな」
「走り回ってたからねー」
「日蔓喉乾いた」
「はいはい」
「砕けたな」
「衝羽の悪影響」
日蔓は未優にペットボトルを開けて渡し、未優はそれをぐいっと飲む。
ここ数日未優を走らせているが、夜は疲れた疲れた言うものの朝になるとまた走りに行こうと元気になる。
足の筋力は平均的なのに使い方の問題か、日蔓よりも遥かに強い。それに対し腕はペットボトルのキャップも開けられない始末。転けた時に自分の体を支えるのも怪しい。
「不思議な体じゃな。日常生活に問題がないならいいが……」
「人がついてる限り特に。……ねぇ未優、前はずっとお兄ちゃんと一緒だったんでしょ」
「ん?……ん? お兄ちゃん?」
「紡舞お兄ちゃん」
「誰?」
「……ん!?」
未優と二年間一緒に住んでいた人だ。つい先日までお兄ちゃんと会いたいと言っていたのに、何故誰と首を傾げる。
「紡舞だよ!? 僕のとこ来る前に一緒に住んでたんでしょ!?」
「お……覚えてない……よ……?」
日蔓は線蓮を見上げ、身の上は分かる限り知っている線蓮も眉を寄せて訝しんだ。
「……解離性健忘かもしれんな。相当なストレスがかかっておるじゃろ。テレビで放送されたせいで警察も相当叩かれとるし」
「検査した方がいいか」
「あぁ」
夕方、ソファに座ってテレビを眺めている未優に声をかけた。
「未優、出掛ける用意して」
「買い物?」
「違うよ。病院」
ここへ来てから何十という検査をしに病院に行き、今まで特に嫌がることもなく普段はすぐに用意し始めるのだが、今日は珍しく不満そうな顔をした。
「今日はもう疲れた」
「すぐ終わるから頑張って」
「むー……」
嫌々ながら立ち上がって、歩こうと一歩踏み出すと同時に膝に力が入らず腕でも支えられず頭から床に突っ込んだ。
「痛ッ!」
「大丈夫!? どうしたのいきなり……」
日蔓は慌てて駆け寄り、未優は立ち上がろうと腕に力を入れてまた膝を立てた。しかしそこから膝を伸ばすことができず、日蔓やソファに掴まって立とうとするがすぐにまた転ぶ。
「痛い……」
「ちょっと待って。今日はやめとこう」
あちこちをぶつけて目に涙の浮かんだ未優を抱き上げ、担当医に連絡した。
現状と、明日の朝一で連れて行くと。
附属病院の小児科。しょっちゅう怪我して過労と貧血、低血糖で倒れていた日蔓が幼い頃からお世話になっている大ベテランの先生だ。
「未優、どこぶつけた?」
「おでこ……ここも」
おでこは見たところ青あざはできていないが、こめかみの方はさっそく紫になってきている。
「座っててね。保冷剤持ってくるから」
「うん」
未優をソファに座らせ、テレビのリモコンを渡すと保冷剤を準備する。
絶対ただの疲労じゃない。特に痛がる様子もないし、痛かったら今みたいに痛がるので感覚がない系統の病気じゃないはず。
「未優、腕は大丈夫?」
「うん」
「他に痛いところあったら言ってよ」
弾むように頷いた未優は両手でリモコンを操作し、毎日のように見ている刑事ドラマをつけた。
日蔓より未優の方が使用量は多いな。
未優が集中して見ている時に邪魔をするとキレるので、日蔓は黙って夕食を作り始めた。
夜、夕食を済ませたあと。
やはり立てない未優はテレビを見ながら邪魔そうに髪を払う。
「……未優、髪切ろうか」
「うん!」
「準備するからまだ見てていいよ」
床に新聞紙を引き、椅子をテレビの方に向けておくと未優を移動させた。
首にタオル、割いた大きめのビニール袋を体に巻き、髪を梳かす。ここ数日でかなり絡まりや切れ毛はなくなった。
「未優髪切ったことある?」
「ない……と思う」
「重たいでしょ。洗うのも疲れるし」
「うん」
「短い方がいいんだよね。……どんなのがいい?」
未優にスマホの画像を見せ、ショートからミディアムまで色々見せる。
その中で未優が選んだのは切りっぱなしボブ。
日蔓的に運動時は結んで視界を保ってあげたいので、前下がりで結べる長さにするか。
長い髪を切るのは初めてだが昔はよく切っていたのでたぶん大丈夫。失敗したらごめん。
そんなことを思いながら散髪用バサミと空きバサミでかなり髪を減らしながら整える。
何度か櫛を通し、毛先を整えた。前髪もなかったので前髪も作って、パッツンで。
「……うん、上々じゃない!?」
「できた?」
「いい感じ。お風呂は無理だから……ドライヤーで髪飛ばそうか」
未優が耳を塞いでいる間にドライヤーで切った髪を飛ばし、櫛で軽く整える。いい感じ。
「……おっけー。軽くなったでしょ」
「動きやすい!」
「そうでしょー。似合ってるよ」
「ふふん!」
嬉しそうに髪を触る未優をソファに移動させ、道具を片付けた。
翌朝、日蔓はソファから起きてベッドで寝ているはずの未優の所へ行った。
まだ寝ているようだし、病院前までは寝かせておくか。
未優の朝食を作り、仕事の確認をしているとキッチンに繋がる部屋の扉が開いた。
ひょこっと未優が顔を出し、走ってくる。
「おはよう!」
「おはよう。足は大丈夫?」
「うん。頭ももう痛くないよ」
「よかった。朝ごはん準備するからちょっと待ってね」
「はぁい」
向かいの椅子に座り、上機嫌でご飯を待つ。
「はい」
「いただきまーす!」
さっそく食べ始めた未優に後で病院に行くことを伝え、やっぱり病院を嫌がる様子はないよな、と。
「……そうだ、今日も夢見たよ」
「どんな夢?」
「真っ白なベッドで寝てた。こっちに窓があって……あの部屋よりちっちゃかった。こっち……壁じゃなかった気がする。ふわふわしてた」
「なんだろね……?」
右に窓と左にふわふわしたものがある真っ白なベッドの部屋。
また正夢的なものか、そんなファンタスティックなものでもないので可能性としてはあるな。
「未優はどこにいたの?」
「ベッドの上。他はねー……誰もいなかったと思う」
「一人?」
「うん。……ちょっと寂しかった」
気を落とす未優の頭を撫で、夢よりもご飯を食べて元気になろうと元気付けた。
少しして、日蔓が未優のはねた髪をアイロンで伸ばしているとインターホンが鳴った。
「誰だろ」
「衝羽?」
「そうかも。ちょっと待ってね。これ触っちゃ駄目だよ」
アイロンを切って机に置き、インターホンに応答した。
「……あぁ」
『仕事』
「ごくろーさん」
『俺学生の時より持ってこさせられてるの何!? お前小学生か!?』
「学校のプリントより大事だろ。文句があるなら上にデータ化してもらえ」
つーかたぶん一人が勝手にデータ化したら全部データ化されるんだろうけどな。
『入れろ! 目の保養を!』
「じゃあ十分待って」
『じゅっ……!?』
インターホンを切り、また未優の身支度に戻る。
ちゃんと待っていた衝羽はショートで顔が良く見えるようになった未優をこれでもかと可愛がり、日蔓はその間に書類に目を通した。
「……データ化させるか」
「あー可愛い。……お前の一存でどうにかなるものか」
「上に何人かっつーか上のほとんどに気に入られてるんでね」
書類をリビングに置き、パーカーを羽織ると玄関の靴を履いた。
「お出かけか」
「病院。昨日の夜に立てなくなって」
「なんで?」
「分からん。あと記憶の混乱があるから」
「俺もついてくぞ」
「いいよ。未優、おいで」
三人で病院に行き、小児科の先生に朝一で見てもらった。
色々な検査を終え、疲れた未優は衝羽と外で待機。日蔓だけ診察室で話を聞く。
「脳に異常はなかったよ。ほんとに……心理性のものだろうね」
「……ちょっと前に」
未優の正夢のことを伝えた。
「蛇の夢が吉兆の印とか、天災の夢は不吉の前兆とか言うけどそんなんじゃないんだよね。ほんとに、夢の中で未来の一部を全部見てた」
「……鏡界に三日もいて界魔に守られていたのはあの子が初めてだから。もしかしたら支配人が何かをしたのかもしれない。……そもそも人間じゃなかったり、ね」
「いや人間の出生届ありますから」
「人間に近い界魔を知らない人が人間として処理した、とかさ。新生児の取り換え事故とかね。……なんにせよ、要観察になるよ。その夢も、これからの記憶が消え続けるのかも」
足の方にも特に異常はなかったが、これに関しては立てない状態の筋肉を調べて比較する必要があるらしい。
「時間によるものなのか日によって変わる、例えば気分とか天気とかで左右されるものなのか。前例がないから全部を調べていくしかないよ」
「それじゃあ、また立てない時に来たらいい?」
「あぁ。……足だけなんだね?」
「寝転がった状態から起き上がったりリモコン操作とか腕振り回すとかはできてたよ」
「また変わった様子があったらすぐに連れておいで」
「助かります」




