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鏡界館  作者: 織優幸灔
二章
81/155

1.新人

 三人組が解散してから、ずっと一人が好きだった。一人だとどこへでも行ける気がして、二人の所へも行ける気がして。



 でも、何故か知らないが一人の子を見ると哀れに思ったらしい。自分でもエゴイストだとは思うが、人間ってだいたいそういうもん。








 うつ伏せで寝ていた体を揺すられ、ハッと目を覚ました。


「ひ、日蔓(ひかづら)さん……」

「ん、おはよう」

「お客さん……ピンポン鳴って……」

「ほんと? 気付かなかったや」


 まだ少し脅えた様子を見せるみゆうを抱き上げ、インターホンへ向かった。


 あくびをしながら返事をする。



「はーい……」

『寝坊助、仕事持ってきたぞ』

「データで送れよ」

『データがねぇから持ってきてやってんだ』

「みゆう聞いてるから口調何とかして」

『入るぞ』


 未だ平で頑張っている衝羽(つくばね)が入ってきて、みゆうを下ろすと玄関に向かった。



「おはようみゆうちゃん。早起きだね」

「仕事は?」

「これ。お前いい加減部長にでも専務にでも上がれよ。班になれる平がいんのに上が主任を怖がるせいで昇進が止まったまま」

「じゃあ専務の一人でも引退させたら? 足一本ぐらいなくなったら辞めるでしょ」

「お前なぁ……」

「さぁ出てった出てった。朝飯食ってないんだから」

「みゆうちゃんに下手なもん食わせんなよ料理下手!」

「出てけロリコン」



 衝羽を追い出し、書類を適当にソファに投げるとキッチンに入った。

 みゆうがついてくるのをキッチン前で止める。



「キッチンは危ないから入っちゃ駄目。ちょっと待っててね」

「あ、はい……」

「固いなー。もっと気楽にしてくれていいよ?」


 少し申し訳なさそうに頷くみゆうの頭を撫で、キッチンからも見える椅子に座らせた。






 数日前に保護した際、みゆうは鏡界の中で数体の界魔に守られるようにして座っていた。

 ずっと泣きながら、お父さんもお母さんもお友達もいらないからお兄ちゃんを返して、と。

 その時は泣き疲れたのか身体の限界だったのか眠ってしまい、一昨日起きた時には病院では泣かなかったらしい。でも日蔓の家に連れて帰ってくると初っ端から泣いて食って寝て泣いて、そんなんを繰り返していた。

 昨日の夜から少し落ち着いたかなという感じ。


 家族より家族と思っている兄といきなり会えないと言われたら、そりゃ誰でも泣くわ。唐突の別れはどんなメンタルでも容易に引き裂く。




 普段朝食は食べないのだが、早くもみゆうの奴隷になりつつある衝羽に買いに走らせた卵とかソーセージとかあるし適当に作るか。

 アレルギー検査でアレルギーがないことは分かったし、特に苦手なものもないようなので至って普通のご飯。いつもは食堂に食べに降りるんだけど。子連れって目立つんだぞ。



「みゆうはお箸は使えるよね」


 こくっと頷くみゆうを見て、顔が顔なだけに人形のようだなと思いながら食卓を用意した。



「食べていいよ。熱いから気を付けてね」

「い、いただきます……」


 他人との食事なんていつぶりかなと思いながら、長い箸でも器用に食べるみゆうを眺める。



「みゆう、今日はよく眠れた?」

「はい。えっと……夢を見ました。髪が茶色い女の人がいて……暗い部屋に、女の人がスーツ着てて」

「みゆうは一緒にいたの? 遠くから見てた?」

「遠くから見てたんです。んっと……皆が大事そうな話をしてたけど、女の人は笑ってました」

「幸せな夢ならいいね」


 少し嬉しそうに頷くみゆうの頭を撫で、日蔓は立ち上がるとソファに捨てられた書類の入ったファイルを手に取った。

 また椅子に戻り、足を組んでそれに目を通す。


 長らく前線で仕事をしていないし、いっそこのまま育休ついでに引退したろかな。上は歴代最強の唯一残った一人をなんとしてでも保持したいみたいだし、静かに隠居でもできる気がする。



 そんな妄想を膨らませながらファイルから薄っぺらい紙の束を取り出すと、どうやら奥に封筒が挟まっていたようでそれが落ちた。封筒を拾うと紙を机に置いて封を切る。



 中には線蓮(せんれん)たちから、心配しているという言葉や無理するな、ゆっくりでいいから、必ず仲間はできるからと、恥ずかしげもなく綴られている。何人かで書いたんだろうな。

 文章ごとにペンや筆跡が違う。一人で埋めれないならこんなん送ってくんな。


 封筒を畳んで中に入れようとすると、封筒の中に何かが当たった。出してみれば、日蔓が中学卒業の年に優羽(やう)結楽(けいらく)と日蔓の三人で撮った写真が一枚。くだらな。




 写真ごと丸めてゴミ箱に投げ入れた。ナイスシュート。



「……みゆう、ご飯美味しい?」


 輝いた目で何度も頷くみゆうに少し癒されながら、ゆっくり食べるんだよとまたみゆうを眺める。

 本当に、こんなませてない純粋無垢な子供がこの世にいたなんてびっくり。













 その数日後、全主任に召集があった。出るしかない日蔓は面倒臭い重い腰を上げ、私服に着替えてパーカーを羽織る。


「みゆう、おいで」


 未だみゆうの漢字不明。



 走ってきたみゆうを抱き上げ、ソファに座らせた。隣に座って、軽く髪を編む。子供らしい柔らかくて細い髪なので少し編みにくいが、その分綺麗に編めるとより輝くというかなんというか。



「みゆう髪は長い方が好き?」

「……み、みじかいの……長いのは、引っ張られるから……」

「それじゃあ今度切ろうか。どんな長さがいいかな」


 言語は発達しているみゆうの言い方に少し疑問を持ちながらも、髪をあんで顔がよく見えるようになったみゆうを抱き上げた。

 みゆうは小三というか、小二ですと言われた方が納得するほど小さいので抱っこには苦労しない。

 でもさすがに抱っこのまま外に出るのは日蔓が嫌なので降ろすが。




「みゆう、出掛けるよ。靴履いて」

「買い物?」

「ううん。ちょっと面倒臭い用事。何時間も留守番は嫌でしょ」


 頷くみゆうの頭を撫で、タブレットとスマホと鍵だけ持つと外に出た。太陽光で目が痛い。



 部屋の鍵を閉め、手を伸ばしてくるみゆうを見下ろして首を傾げた。

 みゆうは少し固まったあと、慌てて手を引っ込める。


「お兄ちゃんといる時はずっと手繋いでたの?」

「うん……はぐれるからって……」

「じゃあ繋ごうか。行ったことない場所だし危ないもんね」


 みゆうは小さく頷きながらおずおずと手を伸ばし、日蔓はその手と繋いだ。




 道を歩き、皆がギョッとして見てくるのを無視してマンションから本館へ。何会議室だっけな。


 エレベーターの中で一度手を離し、スマホのメールを確認した。本館の四階は会議室がびっしりなので少し分かりにくい。



「……日蔓さん着いた」

「ん、行こうか」


 ついでに線蓮に日蔓の昇進か引退かを選ばせよう。自ら選んだ主任という道だが、上が割り振らないんじゃ意味ないし。上の駒になるから出世街道進んで会長よりさらに上に立つほうがいい。



 中にはまだ数人の主任と専務も鬼燈(きとう)だけ。皆日蔓を見てかみゆうを見てか揃って目を見開いた。


 その中で一人、勢いよく机を叩いて壁と柱の角にもたれた日蔓を指さす。


「おい日蔓! ここは保育園じゃないぞ!?」

「ビービーうるせぇなぁ。お前より静かでおとなしい子供一人連れて何が悪い。お前の方がよっぽど正義正面に押し出す小学低学年? 餓鬼にしか見えねぇよ」

「はぁ……!? 俺はお前の上司で……!」

「主任間に上司もクソもない。んな事も知らねぇ無能で主任になったのかよ。班の子が可哀想だわ」

「クッ……ソが……! 班も持ってないお前に言われたくはない!」

「言われてんじゃん。哀れ哀れ」



 日蔓はみゆうの肩を叩いて耳を塞がせ、怯えて寄ってきたみゆうの頭を撫でた。



「お前いい加減に……!」

「うるさいぞ! 何故毎回毎回会議が始まる前から騒ぐ。ちょっとは黙っとれ」

「あ、鹿咲(ろくさく)いないと思ったらもう来てるし」

「鬼燈お前一人面倒臭い仕事を押しけよっ……て……」


 日蔓の真ん前を通り、日蔓の気配より先に少女の気配に気付いた線蓮は目の前で固まってから日蔓の方に視線を向けた。

 タブレットに視線を落として全くこちらを見ない日蔓に、隙ありと言わんばかりに手を伸ばすが即殴り落とされる。



「邪魔。早く行け」

「曄雅……! 久しぶりじゃな!? 手紙読んだか!?」

「なんのこった。邪魔」

「この子が例の守られてた子か。可愛いの」

「そうでしょ。だから穢らわしい手で触んなジジイ」


 怯えたみゆうの頭を撫でようとする線蓮の手をタブレットで防ぎ、足を蹴った。みゆうは日蔓にしがみつく。



「……羨まし」

「あ?」

「行くぞ皇雪(こうゆき)

「お前今女児に嫉妬しただろ」

「お前は嫉妬がなくていいの」

「俺だからな」


 何だったんだあの二人。




 日蔓はわけの分からないものを見る目で見送った。


 それから少しして、西木課長ともう一人誰か知らない人が来て役者が揃ったらしい。

 扉が閉まり、少し怖がるみゆうが日蔓の服を掴んだ。


 みゆうの頭を撫で、一切全く興味無いのでスマホをいじる。いちいち誰かの引退だとか新主任だとか、そういうので集めないでほしい。言うなれば関わりのない他部署のグループリーダーが辞めるので感謝発表会しますとか言っているのと同じだぞ。


 やっぱすっぽかせばよかったと思いながら、やることもなくなったのでぼんやりと時計を眺める。早く終わんねぇかな。




 数分して退職する方の挨拶が終わり、皆がぱらぱらと拍手を送った。代わり、統括の皇雪が新主任になる奴の名前を呼ぶ。


罌粟(けし)癒稞(いむぎ)。自己紹介と軽く挨拶を」

「はい!」



 茶髪に小さな背をしたはつらつとした女性は立ち上がるとハキハキとした声で喋り始めた。


 名前、年齢、配属された班、趣味特技、好きな食べ物嫌いな食べ物。



「私は初めて界魔の存在を知った時、班所属の方に助けて頂きました。結局その方の名前は分からないままですが、自分だけの強さを手に入れ大きな成長を始めた班所属の皆の役に立てるよう精一杯頑張ります! 不束者ですが同じ主任という立場になる仲間として、これからよろしくお願いします!」



 主任になる人の多くは仕事能力だけ高く、実際はそんなに強くない人が多い。力の序列的には平、主任、班所属、部長だ。

 この新人も班所属にはならず班の形態を見ずに夢だけ追っかけたんだろうな。


 初めはハツラツ、後輩が来る頃には仕事を取るだけの機械か、たまに早々に辞める人もいるらしいけど。どうなるかな。

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