30.夢の続と現の淵
「痛った……!」
「縫い傷作って帰ってきた方が悪いんだよ」
「何回目だよそれ……」
「曄雅が珍しいねぇ」
「徹夜明けなんだって……」
優羽に肩の後ろを縫われている曄雅は痛みで顔をゆがめ、曄雅の足に寝転がっている結楽は曄雅を見上げた。
数日間の徹夜明けの眠さで耐性が弱っているのか、かなり痛そう。
「寝てたら? 寝返りしないでしょ」
「うーん……」
「縫い傷作って帰ってきた方が悪いんだよ」
「それしか言わねぇし!」
「ぬ……!」
「うるせぇ!」
怒った曄雅はハサミで糸を切ってしまい、結楽の上に寝転がると顔を埋めてふて寝した。
結楽は曄雅の頭を撫で、優羽は続きを縫い始める。
「寝てないなら断ればいいのにね。結楽でも片付けられた仕事なのに」
「ちょっと暑くなってきた」
「リモコン無くしたの自分でしょ」
現在九月の頭。
仕事漬けの夏休みを怠惰に過ごした三人は蒸し風呂状態の部屋で瀕死。
ちなみに優羽は恒例として夏バテになったし曄雅も夏風邪になった。
曄雅は過労もあるんだろうけど。
曄雅の肩を縫い終わった優羽は医療機器を捨てて、上から消毒液を吹き掛けた。
変に消毒するより一回ずつ替えた方が安全だし楽だし。特に後者が大きい。
「アイス食べたいなぁ」
「作ってあげようか」
「作れるの? マジ?」
「材料あればね」
優羽が作るアイスを楽しみにしながら曄雅の頭を撫でていた結楽はいつの間にか寝落ちした。
ハッと起きた頃にはすっかり西日が差しており、曄雅はまだ結楽の上で寝ている。が、服を着直しているので一度起きたのだろう。
「やうぅ……」
「あ、起きた」
「寝てた……」
「知ってる。おはよ」
優羽は結楽の頭側に座ると頭を撫でた。
「お腹空いた?」
「すいた〜」
「だろうね。僕お昼一人で食べたもん」
「アイスできた?」
「できたけど」
「食べる食べる」
「僕一人で食べたんだよ!」
「寂しいなら寂しいって言えよ」
ハッと見下ろすと、結楽がいなくなったせいで起きた曄雅が頭の後ろに片腕を敷いて足を組んで目を開けていた。
「おはよう」
「よく寝た……!」
「寂しいから次から叩き起すね?」
「いーけど拒否るよ」
結楽は曄雅の上にまたがるとその上に座り、曄雅の両腕を掴んだ。
肩が痛い曄雅は痛がって、結楽を退かすと肩を押えながら立ち上がる。
「痛った……」
「怪我してんだから当たり前。馬鹿じゃん」
「うるせぇ」
「優羽! ご飯!」
「ないよ」
「えー……。仕方ない。曄雅、食べに行こ」
「ねぇ!?」
「しょうがないなぁ」
「あるからさァ!? ねェ!?」
優羽は置いて行こうとする二人に抱き着き、二人はそれを仕方なさそうに見下ろした。
曄雅と結楽は美味しそうにパスタを食べ、優羽は何を思ったのか結楽の腰を指で刺した。
「わッ」
「反省しろ」
「食事中ぐらいおとなしくしてろよ」
「うるさいな。黙って食っとけよ」
「うわ怖」
結楽はくすぐったさか何かでケラケラと笑い、優羽ははははと乾いた笑みを零した。
八時頃になり、優羽と結楽で取っ組み合いをしていると結楽のスマホに電話がかかってきた。
「結楽電話」
「出て! も〜!」
「牛!」
「黙れチビ!」
「もしもーし」
電話主は主任で、出ると早々戸惑いの声が聞こえてきた。
『あれっ、結楽くん……? 曄雅君……』
「優羽と結楽が喧嘩中」
『じゃあ曄雅君にかけた時に出てよー!』
「着拒しちゃった」
『もー! 仕事だよ!』
「取れたん珍し」
『回ってきたの。専務が敵わなくって』
「二人とも仕事!」
専務が逃げたものに一班が行くのは普通は有り得ないのだが、今の専務は異常に弱いのと今の一班が異常に強いということもあり仕方がない。
「専務も年々弱くなってるよねぇ」
「歳だろ」
「結楽、曄雅」
「……まぁた撮ってるし」
「愚痴っていいよ。専務に見せるから」
「そーいや弟子ってあれ強いの?」
「まっさかー。上が悪いのに下がいいわけねぇじゃん」
「そっかー」
曄雅と結楽は揃ってハッハッハと笑い、優羽もくすくすと笑った。
三人で山を滑り降り、結楽は木の枝に飛び乗る。
「ねー」
「これ俺ら来た意味ある?」
「しょーがないよ。一応一番強いって言われなきゃの専務が逃げたんだもの」
「ようがぁ、僕うどん食べたぁい」
「俺より優羽に言って?」
「やうぅ」
「しょーがないなぁ!」
水面下に蔓延る大量の界魔。
しかし一体ずつはたぶん五ランクにもならない雑魚。それが、まぁ軽く千は超えてるよねってだけ。
「なぁんで逃げたんだか」
「鏡瞳使えなかったからじゃない?」
「老体に応えたんでしょ」
「老害出てますよー」
結楽は大笑いし、曄雅と優羽は結楽の傍の木に移った。
「結楽くんお願いしまぁす」
「はぁい」
結楽が池に一度、弾を撃ち込んだ瞬間。
魚が一斉に池を飛び出し、その瞬間優羽が鏡瞳を開いた。
優羽の鏡瞳は対地点。
脳内で点と点で結んだ範囲内、またはその点の場所に鏡瞳を使える。
ただでさえ少ない鏡瞳、対生物よりも遥かに少ない希少な人材。
鏡瞳が開かれ、界魔が潰れると同時に湖の水が蒸発した。
蒸発と言うか、ただの消滅。
「さー終わり」
「うどん〜!」
「よく食べるねぇ」
「バッチリ撮れたよ優羽君」
結楽は優羽にタブレットを渡し、優羽は木の枝から池を見下ろしている曄雅の横顔を撮した。
「どうしたの曄雅」
「いや……これマジで親玉なし?」
「やってみたら?」
「ちょっと守っといて」
優羽が鏡瞳を開くと、どこかの雑魚にしては強すぎるほどしっかり鏡瞳が開けた。
瞬間、曄雅が地鳴りのするほどの鏡瞳を開く。
そのせいか優羽が水を消したせいか、たぶん曄雅のせいだろうな。
湖のそこが抜けて、崖が崩れ始めた。
三人でわぁとそれを見上げる。
瞬間、曄雅は二人を掴むと木を蹴ってほぼ絶壁の山を登った。
「派手にやってんなー」
本気で死ぬかと思った三人が顔を上げると寒白の弟子の線蓮が帽子のつばをつまみながら三人を見下ろしており、三人は顔をしかめた。
「負け犬がなんか用」
「負けたのは師匠と松笠さん。勝手に負け犬扱いすんな」
「なんで来たの?」
「雑魚の捕縛ついで。殺したけど」
あの変な口調がない線蓮は帽子を脱ぐとマネージャーに渡し、長い髪を一度梳いた。
その顔に無性に腹が立つ三人は立ち上がり、曄雅は盛大にため息を零す。
「あーあ無駄足。こいつ来んなら俺ら来る意味ねぇじゃん」
「専務の管理も案外ずさんだねー」
「ほら、棘さんが抜けたから。寒白さんが降りりゃ良かったのにね」
「繰り上げ形式の方がどうにかなる気がするんだけどなー」
三人でべーべー愚痴りながら駐車場に降りると負け帰った寒白と松笠が立っており、優羽は大きく手を振った。
「やっほー寒白さーん! 結楽にうどん奢ってあげて〜!」
「おつかれ三人とも。急遽悪かったね」
「なんで俺らに振られたの? 平でも余裕のレベルだろ」
「近場に一ランクが出たから飛び火にも対応できるように。それが今こっちに向かってるんだけど……」
寒白が向いた方を見上げると、空気を割く轟音を響かせながら界魔がやってきた。
曄雅は結楽の頭を押さえるとそれをバネに結楽と車を飛び越え、頭を蹴り飛ばした。
斜面に叩き付けられ、生気が盛れる。
「飛び火って何?」
「こういうこと」
「なんで寒白さんがやんないの?」
「うーん歳?」
「あっそ。早く代わった方がいいよ」
優羽は結楽とともに車から降りた曄雅の傍により、頭の後ろで手を組んだ。
「あ〜タバコ吸いたい! 結楽持ってない?」
「松笠さーんタバコちょーだい!」
「未成年ッ!」
「ケチー!」
優羽と結楽は片腕ずつ曄雅の肩に腕を置き、曄雅はスマホから顔を上げた。
「禁煙しろよ」
「久しぶりにさ?」
「俺あの匂い嫌い」
「えーじゃあ我慢しよ」
「犬みたい」
「黙れ下僕」
優羽と結楽は腕を組みながら火花を散らし、曄雅は二人の間に割って入るとうどんの話に変えた。
たとえ毎日が仕事、常に死の崖のふちでも、ずっとこの生活が続けば良いのに。
続けば、良かったのに──




