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鏡界館  作者: 織優幸灔
一章
7/155

7.侵入

 何かが見える。何か、高くて細い黒いもの。

 ぼやけて上手く見えないが、何かが見える。何か。



 未来だ。予知夢。糖が足りないせいで上手く見えない。




 人だろうか。


 いつも見上げている人達よりも遥かに大きい人。いや、鏡界魔。












 大きく息を吸うと同時に目を覚まし、全身が濡れた感覚に包まれる。


 汗じゃない。たぶん湖で濡れて、そのまま寝かされたのだろう。変に脱がされるより断然いい。




 体を起こして、二重にズレたり滲んだり、端が白く飛んだりする視界で手を見下ろした。当然暗闇なのでほとんど見えない。

 うちは窓に遮光マスキングテープと遮光カーテンは縁を画鋲で止めている。


 反射するところには全て遮光マスキングテープ。



 食器は全て竹製か木製で、鏡にはいつも遮光テープを貼ったプラスチックの板をはめている。

 この鏡界館のマンションに風呂場や洗面所の鏡なんてものはない。






 布団の中から這いずり出て、力の入らない足を引きずって這いながら台所に向かう。


 しかし部屋の途中で力尽きてしまい、少し止まるとそのまま動けなくなった。




 こんな反動が来たのはいつぶりだろうか。ずっと界魔を利用して脚力を最低限に制していたので、動けない。動けないし、意識が朦朧とする。


 せめて糖分補給で未来図を記憶しておきたいのに、そんなことも叶わぬままほぼ気絶に近い形で眠りに落ちた。眠りというか、脳が強制シャットダウンした。













 目が覚めると、何故かリビングのソファに寝転がっていた。朝方の五時。普段起きる時間だ。


 昨日の夜起きたのは何時だったのだろう。時間確認をしていなかった。



 ゆっくりと体を起こせば布団がずり落ち、窓辺の机にはケーキの箱が置いてあった。周りにたくさんの保冷剤が置かれ、わざわざフォークまで。誰だよ。



 とりあえず足を引きずって椅子までよじ登り、それを食べ始めた。


「美味っ……!」















『……で今それ食べてんの?』

「そう。合鍵持ってんの日蔓(ひかづら)しかいないじゃん。トンカチ君にも貸してないのかなと思って」

『トンカチ君? 静璐(せいろ)のこと?』

「そうそれ」

『ひっどい名前。……僕も静璐も部屋には行ってないよ。合鍵も誰にも貸してない。本キーあるの?』




 オペラのケーキを半分ほど食べたところで日蔓主任と電話をする。状態報告と現状報告。



「本キーはあるよ。誰かが出入りした形跡もない」

『言うてもそこベランダからリビングまで区切りないよね』

「窓が一枚。マステとカーテンで固定されて動かないけど、カーテンが動いた痕跡はなし!」

『……あとでカメラ確認しとくよ』

「いや自分でやるからいいよ。それより部屋来てくんない? 足動かないんだよね」



 夜よりも多少振れるようにはなったが、体重を支えるのはまだ無理だ。当然仕事も無理だし、なんなら日常生活すら危ない。


 こういう時に親や兄弟がいたら便利なのだろうが、そんなものはいないので日蔓に頼む。




『いいけど君の言うトンカチ君も付いてくるよ』

「いいよ。女子の部屋にお招きしてあげよう」

『凄く嫌そうな顔してる』

「……いつからそんな反抗的な顔するようになったのかな、後輩」

『女子の部屋にお招きしてあげようとか言われてやった行こうとはならないっす……』

「まぁなったら変態確定だからね。それじゃあ待ってるよ〜」

『うーい』




 電話を切り、スマホを伏せて置く。


 フォークを振りながら電気の点いていない真っ暗な部屋で電球を見上げた。


 元々設置されていたランプシェードをまんま使っているが、そう言えばあの電球も反射するよな。





 ケーキを頬張り、感謝の意を示すために適当に手を振っておいた。どんなやつかな。








「未優〜来たよ〜」

「暗っ! お、お邪魔します……」



 数分してからやってきた日蔓とトンカチ君こと静璐は声を掛けながら上がり、日蔓はリビングの電気を点けた。

 電球を茫然と見上げていた未優は目潰しを食らい、目を覆い隠す。



「馬鹿! 消せ!」

「点けときゃそのうち慣れるよ」



 日蔓はソファに座り、静璐は床に散乱する保冷剤を拾った。



「これ戻しますよ」

「うん」

「未優、フラッシュバックはどうなった?」

「忘れた」



 聞いた日蔓は目を丸くし、未優はまだぼんやりと天井を眺める。



「……過去を?」

「そう。一番古いのが……」

「もう忘れたの!? 前は一ヶ月近く残ってて……!」

「仕方ない。未来が見えたんだから」




 どうにもいつもより遠い未来が見えると記憶が消えるらしく、昨日は覚えていた気がするが今はさっぱり覚えていない。一番古いのでここに来た時だ。


 今回は未来もぼんやりしか見れなかったし、なんならほとんど覚えてすらない。忘れ損だ。




「……まぁ、忘れたならいいや」

「未優さんの足はどれくらいで回復するんですか?」

「明日には戻ってると思うよ。今回は短時間しか使ってないから」

「……長時間使ったら反動が大きい的な?」

「そうそう。遠くの未来を鮮明に見れば見るほど過去を忘れるし足も限界以上を長時間使えば使うほど長く動かなくなる」

「ハイリスクハイリターンっすね」

「そんなとこ」




 食べ終わったケーキの箱を片付け、未優のリクエストで軽食を作ることになった。


 自炊してなかったりしてとちょっと期待しながら冷蔵庫を開けて、思わず薄笑いになる。




 下段にはケーキが一箱、ロールケーキ二本、シュークリームとマカロンが山になり、上段には生クリーム、製菓用チョコレート、板チョコ、飴、グミ、無糖炭酸水二本、原液ジュース四種。


 こんな糖で満たされた冷蔵庫初めて見た。





 でも意外にも、チルドルームには肉や魚も少し入っていたし、団子や餅と言った和菓子で圧迫された野菜室には野菜も少しだが入っていた。少しと言うか、和菓子に場所を譲ってギリ入れる量。





「未優さんってほんとに甘いもの好きなんすね」

「まね」

「なんか嫌いなものとかないんすか?」

「ゼリー、寒天、杏仁豆腐、プリン、魚の脂身」

「……プリン嫌いなんすね」

「ぷるぷるしたのが食べれないんだよね。気持ち悪いじゃん」

「食感が無理なんすね」

「そ。プリン味とか杏仁味とか琥珀糖とかは食べれる」






 未優が米が食べたいと言っているが、今から炊いている時間はないのでパエリアにする。

 ちなみにこのキッチン、炊飯器がないので早炊と言うものは存在しない。




「アレルギーとかないっすよね?」

「わざわざ家には置かん」

「ですよね」






 未優はその間に座って足のリハビリ。




「トンカチ君の仕事は?」

「今日は勉強の日。しばらくはそうなるよ」

「勉強? お前が?」

「学校の方じゃなくて仕事の方のね。見習いで習う予定だったのをすっ飛ばしたから」



 本当は見習いから初めて、未優を使って最速で班に入れる予定だった。それが一番角が立たないし上から文句も言われない方法。


 でも蓋を開けてみれば超人的な体力に、ほぼ初対面の未優を牽制する力と素質のある人格。人員不足の今役立てなくていつ役立てるのか。



 見習いから始めては最低三ヶ月。それよりかは今班に引き入れて使いながら育てた方がこちらの得になる。

 何も知らない真っ白な子だからこそできる利用方法。ズルいとか残酷だとかは思わない。それが大人、それが鏡界館のやり方だ。











 未優が自室で監視カメラを見ながらご飯を食べている間、静璐と日蔓は勉強を再開する。




「……さっき話したところまでは覚えてる? 復習する前に終わっちゃったけど」

「えっ……と」




 未優のところに来る前に勉強していたのは鏡瞳(キョウド)のこと。昨日静璐が無意識に使ったもの。


 言わば人の存在感のようなもので、使える人は極わずか。使えると言う人も極限状態じゃないと無理という人が大半、それほど難しいもの。



 詳しくは分かっていないが、界魔が放つオーラが関係しているとされているらしい。

 界魔がオーラの中心として、放射線状に発されるそれを何故か一部の人間が跳ね返すことができる。その状態が鏡瞳。


 鏡瞳はコントロールできてもその質はオーラ源の界魔に()る。




「そう。それが鏡瞳の基本的な知識」

「基本的な?」

「基本的な。……あとはまだ生徒は知らないから知らなくていいよ」


 静璐は首を傾げ、日蔓は薄く笑った。






 日蔓が何か言おうと口を開いた時、隣の部屋にいる未優が大きく日蔓を呼んだ。




「ねぇ! ちょっと!」

「どうしたー」



 二人でソフィの後ろにある扉を開けて中に行けば、中はもう真っ暗。真っ暗だが、未優のところは明るい。それもそのはず。


 計十二枚のゲーミングモニターが縦三横四で並び、未優は向かいのゲーミングチェアに座ってヘッドホンを片耳外している。プロやガチ勢でもやらなそうな配置だぞ。




「見てこれ」



 下二枚に映った画面。

 一枚は昨日の映像記録で、一枚は音声効果の画面。今はまだ揺れはない。



「昨日の未明三時。再生するとさぁ」




 ヘッドホンを外して再生すると、これは未優の部屋。

 目が覚めて、布団から這いずり出るのが暗視モードで見える。その音も拾われていて、グラフも上下に振られている。


 で、未優が動かなくなって数十分後の三時二十分。

 いきなりカメラが暗くなって夜間モードが切れた。




「センサーで明るい時は普通に、暗い時は暗視モードに変わるように設定してんだよ。暗いまま普通になるのは有り得ない」

「壊れたとかは?」

「ないね。今は普通に暗視になってる。……こっち見て」



 視界は消えても録画は続き、時々音が未優が起きた時よりも大きく振られている。



「……今扉開いたね」

「そこの扉っすか?」

「たぶん」

「開けてみても?」

「いいよ」




 廊下から入ってくる向かいの、キッチンに続く扉。



 静璐はリビングの電気を消し、扉を開けるとカメラの下側に立ってみた。


 今は昼で多少の明かりは漏れる。当然夜も、窓側には夜間も動いている本館があるのだから明かりは少しばかり来るはずだ。




「それ、暗視モードが切れたんじゃなくて隠されてるんじゃ……?」

「……切れて隠された線が濃いか。この後さぁ」



 音を大きくしてから録画を再生し、三人で耳を澄ませる。


 扉が開いて、何か雑音が聞こえて、その後。向こうの部屋で何かやっているような音が聞こえる。



「向こうのカメラは?」

「切り替わってるよ」


 同じ状態と。



 たぶん誰かがケーキと保冷剤を用意しているんだろうな。





 硬い保冷剤がぶつかる音やカトラリーが鳴る音がしばらく聞こえたあと、無音になってからいきなり暗視モードに切り替わった。


 ソファには部屋で倒れていたはずの未優。机にはケーキと保冷剤。




「……こういうこと」

「怖! 未優危ないよ!?」

「界魔……っすよね。玄関の音は聞こえてなかったしテープ剥がすような音もなかったし」



 日蔓は椅子の後ろから未優に腕を回し、未優は日蔓の腕をつねりながら部屋の前の監視カメラ各種を全画面に映す。こう見ると圧巻だな。




「この辺りから界魔が出た様子はない。だから私の部屋から直で出たことになるんだけど」

「この部屋から出れるってことは相当な上物。しかも未優の活動源も知ってるし人の人間の技術も分かってる。……相当知能が高い。厄介なことになるよ」

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