8.上の人
雷が止まない梅雨最後の大雨の日、未優は自室のゲーミングチェアに座って茫然と天井を眺める。
あの謎の侵入事件があってから、日蔓に行動は制限されるわストレスで熱は出るわ嫌なことは起こるわ製菓材料はなくなるわでもう気分はどん底。
今は十二モニターを全て繋げて好きなMVを流しながらヘッドホンで音楽を聞いている。
音漏れ上等の大音量で聞いてるから耳が悪くなるんだろうな。
ぼんやりとしているうちに肩を揺すられ、ゆっくりと視界をそちらに移した。
途端、口を塞がれる。
「……うま」
「糖分切れっすよ」
「うっまこのシュークリーム美味!? どこの!?」
「賞味期限間近のが約七つ」
「マジ!? 食う食う!」
未優はヘッドホンを投げ出すとすっかり動くようになった足で走り回り、冷蔵庫を開けてシュークリームを全て食べ始めた。
最近は動いていないのでスイーツも控え、そのせいで中途半端に切られているケーキが三つ。この際全部食べちゃえ。
「ねぇ炭酸ジュースちょうだい!」
「糖尿病になりますよ……」
「大丈夫! 腹八分目でタバコも酒もやってない!」
「その八分目はおかしい! タバコも酒もやってないけど糖尿病になった人はたくさんいますよ」
「いいよ別に糖尿病になっても。どうせ人間いつかは死ぬんだから」
頬杖を突きながらケーキを頬張る未優を呆れた目で見下ろし、お望み通り炭酸ジュースをお出しした。
日蔓主任、早く帰ってきてくんねぇかな。
日蔓は現在未優の部屋侵入の界魔について上の人達と話し合っているらしい。
数日間これが続いて、今は未優は任せたと放置されている。
「マジで美味い」
「それは何より。……未優さん、一つ聞いていいっすか?」
「何?」
「未優さんの部屋の本棚って新聞とかニュース雑誌とかでしたけど、未優さんってそういうの詳しいんですか?」
「ニュースは基本スマホ。情報保管したいのだけ部屋に置いてある」
保管したい事件は一種類。でも、それが必要とは分かっているが何故それに執着するかは分からない。
過去に何か絡んでいたのか、何か関係しているのか、ただ気になっただけなのか。
何も分からないが見付けては買っているうちにこんなことになっていた。
何を買ったかも覚えていないので同じ新聞が五面あることも。
「過去を思い出した時にノートに書くとかは?」
「そもそも思い出したのが今回で二回目だから。……前回は記憶がなくなるとは思ってなかったんだろうね」
「記憶がないってのも大変ですね。俺は忘れたいことだらけなのに」
「そうなの?」
「過去に囚われてたらやる事成す事全部意味不明になるんですよ。それはそれでまた一興って感じですけど!」
こいつ、絶対他人に怒らないタイプだ。全部許してしまうタイプ。
「学校はどう?」
「普通っす。人が特別多いわけでも特殊な授業があるわけでもありませんし」
「つまんない答え。もっと友人が〜とか教師が〜とか言いなよ」
「……そう思ったら前の学校よりはつまんない気がします。人数が少ない分特別盛り上がることもありませんし」
「まぁこれからじゃない? 合同訓練競技大会が終わったら人も増えるし」
「……ゴードークンレンキョーギタイカイ……?」
荷物を片付けるため冷蔵庫を開けていた静璐は目を丸くして首を傾げ、未優も首を傾げた。
「……聞いてない?」
スーツに西木課長と自分のカラーが合わさったパーカーを着て、無礼を承知でフードを被りながらポケットに手を入れて中に入った。
ちなみに靴はスニーカー。革靴なんて履いてられるか。
「……お前はもう少し自分の表向きの立場を理解しろ」
中には真っ暗な部屋に、向かいに三人と左右に五人ずつ。後ろには警備が二人。
「大丈夫ですよ。皆俺がこう言う性格だって知ってますから」
「怪しまれても知らんぞ」
「別に。……それより未優保護の件は考えてもらえましたか?」
「あぁ……今度、合同訓練競技大会の日にアクシデントがもしも起こったなら考えよう」
「それはそれは。じゃあ起こらなかったら未優をフリーで活動させても?」
机が強く叩かれ、向かいにいる一人が勢いよく立ち上がった。
「ふざけるな! どれだけお前のわがままを聞いていると……!」
「まともに守りもしない界館で未優を押え付ける得はありますか? ただでさえ可哀想な子なのに」
「そいつの事情は知らん! 我々の利益のためだ!」
「そっちこそ知りませんよ。利益のため? そうでしょうね。外聞のためなら人を殺す。問答無用で記憶を消すような非人道的な組織に利益以外の理由があってたまるか。俺は未優と静璐にとって最善になる道を選ぶまでです」
「落ち着け二人とも。……どうした曄雅、今日はやけに饒舌じゃないか」
後ろに立っていた護衛二人のうち、一人がそう言いながら前に進み出た。
全員がそちらを見たが、当然気付いていた日蔓は動揺もしないまま肩を組まれる。
「外聞のために人を殺す非人道的な組織だって?」
「嘘は言ってませんよ」
「……まぁ、それはそうだな。太薰蛇の件は俺が動いてやるよ。感謝しろ」
「どーも」
「待て。何故お前に渡さねばならん」
もう一人の護衛、と言うか護衛になりすましていた二人のうち一人も寄ってきて、一人を払い除けると日蔓の腕を掴んで自分の方に寄せた。
「早い者勝ちだろうが!」
「それを言うならわしはこれの話が出た時から声を掛けておったわ! 邪魔するでない!」
「はぁ!? 俺に礼言ったなら俺のもんだろ!?」
「どーも結構ですに決まっとろう! なぁ曄雅!」
「別に貴方がたお二人に渡ってもこちらの利益はないと言いますか」
「おい日蔓無礼だぞ!? あとお二方! 来るなら前へ! 何故予め仰ってくれないのですか……!」
「予め仰ったら曄雅のこの服は見れんじゃろ!」
「だー離せ出遅れジジイ! 出遅れて僻んでくんな! あとお前は黙ってろ!」
「なんじゃと!? わしがジジイならお前もジジイじゃ出しゃばりジジイ!」
「はぁ!?」
五月蝿すぎるこの二人。
機嫌が悪い日蔓はほとほと嫌気が差し、フードを脱ぐと二人の頭を掴んでほぼ同時に足を払って床に押さえ付けた。
周りのお偉いさんたちは阿鼻叫喚。
「日蔓今すぐ離せお前……!」
「五月蝿いよオッサン。そんな叫ぶなら会長に話通しとけ」
「わ……分かった……! 分かったけど……!……しばらくこのままで」
「同じく」
「マジで嫌いになるわこいつら」
二人の頭を踏み付け、もう話すこともなくなったので部屋を出た。
未優と静璐は上手くやれているだろうか。静璐が柔軟に対応してはいるだろうが、それに理不尽にキレるのが未優なので心配だ。
パーカーを脱いでネクタイを外し、先に自室に向かう。
「あれ日蔓。スーツは珍しいって……無視すんなおいボケ!」
「黙れ罌粟」
途中の罌粟には目を向けることもなく、そう言えば静璐に競技大会のこと話したっけと記憶を探りながら自室で私服に着替えた。
「未優〜、静璐〜、上司様が来たぞー」
「あ、日蔓さんこんちは」
「上司は帰れ」
「そんなこと言うなって」
中に入ると静璐が扉から顔を出し、部屋の奥から未優の声が聞こえてくる。
「日蔓さん、前に寄ったケーキ屋ってなんて名前でしたっけ?」
「え〜忘れた。ケーキ屋なんてどこも同じでしょ」
「未優さんがあそこのシュークリームが美味しいって絶賛して」
「聞いとくよ。それより静璐、競技大会の話したっけ?」
「未優さんから聞きました」
「仲良しそうで何より」
合同訓練競技大会。
その名の通り、実践の始まっている研修生から現役の部長や専務がこぞって参加する大会。
優勝、二位、三位、MVPには報奨金数百万と名声が得られ、昇進に強く関係する。
ちなみに弱肉強食のこの会社で、部長や専務に勝てるわけがないと思うだろう。そんなことはない。
毎年、一人は課長所属が入賞している。まぁ、だいたい同じ人だが。
「今年はねぇ、静璐がMVPで未優が一位かな〜。大型ルーキー君と最強ちゃんで」
「無理でしょ。今年は皇雪さんが出るらしい」
「余裕でしょ。それは残りの二人が潰す」
「皇雪さん?って?」
「あぁ、知らないか。まずはこの会社のピラミッド関係からだね」
この会社のピラミッド関係、つまり縦の関係。
上から会長一人、専務三人、部長十五人、次長十八人、課長三人、班所属、平、研修、見習い。
皇雪は専務の中の一人、統括専務。
もう二人、予算専務と鏡界専務と言う変人専務がいる。
「専務って全員変わり者で嫌われてんだよね。関わらない方がいいし顔覚えられない方がいいよ。話し掛けられてもシカトしときな」
「してもいいけど余計目立つと思っときな」
「……そんな変人なんすか?」
「ナルシスト! ヤンデレ! サイコパス!」
「ナルシスト統括皇雪、ヤンデレ予算線蓮、マゾサイコ鏡界鬼燈。統括は厄介だよ。無視しても反応しても構ってくる暇人だから」
酷い言いようだけど、それほど面倒臭い人なんだろうな。二人の目が死んでいる。
でもナルシストとヤンデレは過去に経験があるしサイコパスもある程度は抑えられているだろう。きっとどうにかなるというか俺がどうにかしないとこの二人がマジでヤバい。
「た、大会には日蔓さんは出ないんすか! 日蔓さんの実力!」
「面倒臭い」
「これが出たらゲームバランスが崩壊するよ」
「未優もなんなら静璐も変わらんよ?」
普段は馬鹿な未優も金がかかると本気になる。
関わって三日四日で鏡瞳を使った静璐。
そこに殺戮馬鹿と呼ばれているらしい日蔓が出たら、それこそゲームバランス崩壊だ。
日蔓は過大評価しないが過小評価もしない。
「静璐と未優が見たいって言うなら出るけどー」
「興味無い」
「面倒臭いなら無理は言いませんよ」
「出るっつってんだろ言えよ」
「構ってちゃんかよ」
「やりたいことあるんだよね」
「じゃあ日蔓さんの実力見たいっす!」
「君優しいねー……?」
未優は唖然とし、静璐は首を傾げて日蔓は苦笑いを零した。
まぁ元々やりたいことはあったし、ちょうどいいか。殺戮ゲームだ。




