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鏡界館  作者: 織優幸灔
一章
6/155

6.未優七不思議二

 たぶん静璐(せいろ)が無意識に使ったであろう鏡瞳(キョウドウ)はすぐに消え、ベンチに座る未優(みゆう)の変わった様子に日蔓(ひかづら)は首を傾げた。




「……思い出したって、何を?」

「全部だよ。生まれる前から、今生きてるまで全部」

「覚えてんの? 俺と会った時は記憶力なかったじゃん」

「覚えてる。覚えて、思い出せない状態だった。でも今は全部覚えてるし目に浮かぶよ」

「……気を付けなよ」

「何?」

「なんでも。行くよ」



 未優の過去は本人こそ忘れるべきものだ。

 何を何故思い出したのかは知らないが、余計なことまで思い出さないでほしい。




 未優の頭に手を置いてから先に山を降り始めると、数歩のところですぐに後ろから倒れる音が聞こえてきた。

 振り返れば、未優は座り込んで冷や汗を流している。



「言わんこっちゃない……!」



 冷や汗に過呼吸に、焦点の合わない目と早い脈。




「未優! みゆ……」

「誰……か……!」

「未優! 戻ってこい!」

「い、や…………待って……」


 駄目だなこれは。現実が見えていない。




 日蔓は未優を抱き上げるとしがみついてくる未優を横抱きにして、そのまま山を滑るように降りる。


 麓には足が酸が付きかけながら気絶して倒れている静璐と、静璐の手に握られた小さな小さな界魔。ずいぶん可愛くなったものだ。




「静璐! 静璐!」



 木にもたれさせて肩をゆすっても頬を叩いても起きない。完全気絶状態か。






 こんなのはいつぶりか。

 首に静璐を掛けて片腕片足を押さえ、横に同じく気絶した未優を抱えてまだ酸が流れる山の麓を歩く。麓と言うか、ほぼ斜面。



 酸欠で視界が点滅しながら、ようやく応援に来た班のところまで戻ってこれた。




「日蔓! それ……えぇ……!?」

「おど、ろい……ひま……たすけろ……!」



 二人を同僚たちに渡し、ようやくまともに吸えた酸素を肺に満たす。


 界魔は静璐が意地でも離さず、引っ張ってみても界魔が痛がるだけだったのでもう任せっぱなしにした。

 同じ主任たちも取るのに困ってるし。




 木の傍に座り、頭を掻きむしる。



「日蔓、何があった?」

「んー……。……次世代は粒揃いだよ。確実に僕らの代を越えるね」

「はぁ?」

曄雅(ようが)

「……なんすか」



 訝しんだ二班の女子主任、罌粟(けし)の他に一班主任の下野(しもの)もやってきた。


 一応歳上で数字が小さい班の主任なので敬語。罌粟に関しては元後輩だ。




「仕事ランクが三に変わったことを報告に」

「ふーん……」

「十段階の三、高難度に区分されるものだ。底辺班の寄せ集めができていい仕事じゃない」

「うちは基本三か二ランクしかやらないんで」



 仕事の難易度で振られるランクは十段階。一が一応の最難関で十は平社員と見習いが見に行っても説明しながらできるほど。


 三つの課の中でも最弱と呼ばれる西木課の、しかも三班ができていい仕事じゃない。

 仕事じゃないが、うちは特別だからなんでもやる。



「俺たちの代を越えると抜かせるのも今のうちだぞ。三でこれなら成長してない」

「何を。うちの班員はこれからですよ。天才と大型ルーキーが揃った」

「贔屓目がすぎるぞ。百歩譲って他班の前では絶対に言うな」

「譲ってもらわなくて結構。揃う前に相応の実力見せるから。未優を三班に追いやってくれて感謝するよ」




 下野を見上げ、にっと笑った。


 下野は通達書を捨てると傍を去っていく。相変わらず未優を女の餓鬼だからという理由で一班入班を拒否したのを悔やんでいるのか。

 悔やんでもらっていい。日蔓もそこまで好きじゃない。




「大型ルーキーってあの男子? 未優ちゃん怒らせたって言う」

「凸凹が上手くハマってくれたからね。一方の芯が強すぎるからもう一方の芯は柔らかい方が助かる」

「芯が太くて硬い二人は衝突しまくりだからね」

「まぁねー」



 事実なので否定はしない。毎日のように衝突している二人だ。


 最年少タッグなんて不名誉な名前を付けられて、穏やかに過ごせるか。



「別に不名誉じゃないんじゃない?」

「不名誉さ。誰よりも歳下ってことは全員から見下されるんだから」




 日蔓が最年少で班に加入した時も、主任になった時も、未優が最年少で班に所属した時も。


 それこそ叩き上げで伝説級の噂を作ってそれに見合った実力を持っていないと、なんの噂もなく上がれば贔屓だの賄賂だの家柄だの言っていくる。

 才能はここでは付いて来れないとか、餓鬼の遊びじゃないとか。



「今はもういいんだけどね。笑ってくるやつは誰もいないし」

「案外苦労してんのね」

「史上初とか史上最年少の栄光を掲げる人はだいたいそんなもんだよ」






 暗く曇ってきた空を見上げ、一雨来るなと感じて立ち上がった。



 蒼白い顔でぐったりしている未優の傍にしゃがむ。




「未優」

「あ、日蔓さん、まだ……」

「雨降るよ」

「……ほんとだ曇って……」

「未優!」


 強くゆすれば未優はハッと目を覚まし、目を瞬いた。



「……最悪な夢」

「夢だよ。立てそう?」



 未優を立たせ、背の土を払った。

 未優は髪を払い、盛大なため息をつく。



「パーカー」

「濡れてるよ」

「じゃあお前の貸せよ」

「持ってるわけないでしょ」



 濡れたままのパーカーを渡し、未優はそれを羽織った。



「未優って太ってないんだね」

「は?」

「あんな甘いものばっかり食べてオーバーサイズ着てるから」

「お前マジ喋る価値ないよ」




 未優はゆっくりと歩き始め、日蔓は目を覚まして空を見上げていた静璐の方に駆け寄る。




「静璐!」

「……日蔓さん、お疲れ様です」

「お疲れ。気分どう?」

「あんま……良くないっすけたど大丈夫です!」

「無理しないようにね。車戻ろう」

「はい」



 こう見たら静璐って身長高い。

 百七十ない日蔓と、百八十以上の静璐。ちょっと凹むな。




「あー俺も身長高くなりたーい!」

「……今伸びられても」

「それは分かってるんだがね」



 日蔓は高く腕を伸ばすと一気に脱力し、雨が降ってきたのに気付いて慌てて走り出した。

 せっかく湖で濡れずに済んだのに雨で濡れたくない。



「静璐早く!」

「俺もう濡れてるんすけど……」

「じゃあ先に戻る!」

「待ってくださーい……」



 静璐は日蔓に手を引かれながら気だるい足を動かし、シートタイプの防水カバーが張られていた車に乗った。



 運転席の後ろに一人で座ってていた未優は顔色が悪く、壁に寄りかかって少し苦しそうにしており、それに気付いた日蔓は振り返って口を開いた。




「みゆ……」


 名を呼ぶ前に未優は糸が切れたように意識を失い、ふっと表情が消える。



「日蔓さん、未優さん……」

「そのうちまた戻るよ。前にもあったから」

「そうなんですか?」

「うん。その時は……なんか、遠い未来を見たのと代わりで戻ったかな。いつか迎えが来るとか言って」

「迎え? 死神っすか」

「いや知らん」




 静璐は未優のシートベルトに手を伸ばすと、シートベルトを伸ばしてから未優を膝に寝転ばせた。


 靴を脱がして足を上げて、パーカーの前を開けて腕が動きやすいようにする。



「慣れてるねー」

「そうっ……すか?」

「うん」

「なんでですかね?」

「それも知らん」







 本格的に雨が降ってきて、運転手や各班とその主任達が慌てて車に戻っていく。



「お、お待たせしました……! すぐに出します」

「お願いします」

「途中でケーキ屋かどっか寄って」

「あ、はい!」












 運転手が来てからすぐに発進し、途中で行きとは別のケーキ屋に寄った。


 気絶している未優と未優の枕役の静璐は置いて、運転手の(かんざし)とともに中に入る。



 平日の昼なのでそこまで混んでいない。




「日蔓、仕事帰りに寄り道しないでよ」

「先帰ってればいいじゃん、罌粟くん」

「何その呼び方。気持ち悪っ!」

「簪さん、好きなの選んでいいですよ。今日は奢り」

「え!?」

「日蔓! 私は!」

「俺なら気持ち悪い奴に奢ってもらいたくないけどー」


 こいつ絶対わざとだろ。



 そう言いたいほど腹の立つ顔でニヤリと笑い、罌粟は躊躇いもなく日蔓の足を踏む。




「……お前がいいなら奢ってやろうと思ったけどやめた」

「あんたねぇ!?」

「うるさいぞ」



 未優はこの前チョコケーキを食べていたのでフルーツケーキと抹茶にするか。




「……フルーツが駄目なんだっけ……」




 前に記憶が戻った時はフルーツ、確かいちごとぶどうを拒んでいた気がする。あの時特有の症状か、でも同じような症状が出るかもしれないし食べたいなら自分で買うよな。




「簪さん、決まった?」

「モンブラン……!」

「了解」


 静璐も甘いものは食べれたよな。





「すみません」

「はい」

「レモンのタルトとオペラの五号をワンホールずつとロールケーキ二本。それと……シュークリームとマカロン八つ。モンブランとキャラメルケーキと……」



 未優分のケーキを注文してからほぼ全種類を約一つずつ注文し、箱を六つに分けてもらう。



 まだ子供の未優の代わりにこういうところで頼むことが多々あるので店員の面食らった様子にも慣れたが、さすがにいきなりこの量は迷惑になるんだろうな。


 いつもは未優が作るのでこういうことはないが、仕事終わりにこういう店を見かけると絶対に連れて行かれる。普段はこれの倍だが、今日は皆の分もあるのでちょっとだけ。







「日蔓あんたどんだけ食べるのよ……」

「まさか主任してるくせに未優の大食いを知らないわけがない」

「まさか細々したのも全部……!?」

「いや未優のは前半だけ。さすがにショートケーキもチョコケーキも買ったら子供が泣くから、半分だけ」

「半分て……」

「いつもは五号を四つとロールケーキもシュークリームも焼き菓子もあるだけ買ってくから」

「迷惑でしょ」

「ちゃんと予約してますー」





 いつものケーキ屋より高いせいで馬鹿高くなったが、糖は未優の活動源なので仕方ない。今日は後輩の面倒を見て頑張ったご褒美だ。



「日蔓って金持ちね」

「伊達に未優の主任やってないんで」

「……主任って一律じゃないの……!?」

「歩合制なの知らないの……? うちはランクも高いし数も多いし班も一人しかいなかったからねー」



 行きのコンビニで予め下ろしていたお金で支払い、大きな袋でまとめられた六箱と焼き菓子が詰まった紙袋を貰った。




 唖然とする罌粟を引きずって外に出る。






「それじゃ、たまには酒は休みなよ」



 そう言って、罌粟に箱を渡すと簪とともに車に帰った。

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