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鏡界館  作者: 織優幸灔
一章
5/155

5.湖

 湖に着き、三人で絶景を眺める。

 人がいないのでまさに自然の絶景。湖自体半人工だが。




「ほんとに一人もいないっすね!」

「警察が爆破予告があるからって立ち入り禁止にしてくれてるからね。あんまり派手にやらないでよ。近くに建物もあるし」

「うす!」

「でしゃばると死ぬよ」

「気を付けます!」






 未優(みゆう)が水面に触れると波紋が広がり、水が吸い上げられたかと思うとこちらに向かって勢いよく突進してきた。

 しかしそれは一滴も誰かを濡らすことはなく、未優の指元に吸い込まれると鏡界が開く。




「相変わらず凄い力だね〜」

「これって皆できるんですか?」

「未優七不思議の一つだよ」



 つまり未来が見える力と似た感じ、と。






 鏡界が開いた瞬間、蒼白い手が水辺を掴んだ。

 手だけで八階建てのマンションはありそうな巨体。これ、普通に人間の体の比率ならあんまり派手にやらないでよどころか、何をしても派手になるぞ。




「……あ、人間比率だ」

「予定変更。中でやってくる」

「二時間以内に戻らなかったら応援呼ぶから」

「必要ない」




 未優は静璐の胸ぐらを掴むとその場を飛び上がり、出てきた頭に真上からかかとを落とした。


 一瞬の間の後、周囲の細い木は倒れるほどの強風が吹いて界魔の頭が凹む。と同時に二人と一体はその場から落下した。




「鏡界内って種類があるんだ……!」

「だいたい違うね。行きたい鏡界があるならそこを通っていかないと無理」

「……針山……!?」



 約八百メートル程の奈落に垂直に落ちて上を見上げていた未優は静璐の言葉でハッと見下ろし、静璐を壁側に突き飛ばした。

 何故空中でこんなに動けるのかって、筋力と異常なほどの体幹があるから。





 静璐は壁の取っ掛りにしがみつけたがさすがの未優でも空中闊歩はできず、そのまま針山に落ちた。

 針の上にスっと立ち、両手を掲げて胸を張る。



「おぉぉすげぇ!? 七不思議だ!」

「秘密道具だよ。靴裏に金属板が入ってる。私の体重だからこそ支えてもらえる板さ」

「界魔どこ行った!?」

「君の下」



 収縮自在か。

 今は手のひらに収まるほど小さくなって、壁の小窓のようなところに座っている。いや小窓というか小鏡。



 蒼白い肌にお爺さんのようなシワシワな顔に般若の目をした界魔。






「そのまま下の凹み蹴った後に上に上がっといて。上に逃がしたら殺す」

「う……ぅす!」



 静璐は細い出っ張りを掴むと大きく足を振って下の凹みの中にいる界魔を蹴ろうと頑張る。が、当然のように界魔は逃げ出し、未優は落ちてきた界魔を掴もうと手を伸ばした。




「でっ……かくなった……!」

「あっぶねっ……!」

「未優さん大丈夫!?」

「問題ない」




 界魔は剣山に刺さっても問題ない程に巨大化すると、そのまま腕を大きく振り上げた。

 腕はさらに巨大化し、未優に振り下ろす。




「未優さん!」

「問題ないって」

「なんかやった方がいいこととかありますか」

「私の邪魔するな」


 そうじゃないじゃん。




 


 何か指示を待っていた静璐は思わず眉を寄せ、静璐の斜め向かいの凹みに逃げた未優は目ざとくそれを見つけて睨む。



「文句あるなら口で言え」

「いや……」

「人を守るって意思はあるくせに小心者なのな。使えねぇ」

「……俺の行動に指示を下さい! 邪魔するなじゃなくて!」

「私の邪魔にならない程度に行動しろ。私はお前を助けるのも界魔をうっかり殺してどやされるのも御免だ。そのぐらい考えて解釈しろウスラトンカチ」




 静璐は合点し、未優は舌打ちをするとそのまま界魔の方に飛んだ。



 体を捻って大きく足を振り、あの巨体をこの小さな体で、いくら勢いがあったとはいえ足一本で蹴り飛ばした。

 界魔は壁に叩き付けられ、小窓のように付いていた鏡が振動で割れる。




「すごっ……!」



 狭いところで体勢を立て直せない界魔を足だけで袋叩きにし、最後に顎を横に蹴り飛ばした。


 一旦下がって様子を見れば、界魔はぐったりと座り込んで動かない。




「……終わり!?」

「でかい割に弱いな……」

「なんも出来なかったし……」




 未優は項垂れている顔を覗き込み、指先を軽く蹴って気絶していることを確認する。

 界魔は怪我をしても治るやつは治る。これもだいたい治っているが、治る方に体力を全振りしすぎたか。



「ちっさくなってもらいたいんだけど」

「上から体重かけて見るとか?」

「潰れるだけだろそれ。まぁいいや。あとは日蔓(ひかづら)に投げよ」




 未優はその場にしゃがむと、靴に鉄が入っているとは思えない身軽さで飛び上がって静璐の前にしゃがんだ。


「手掴んで」

「あ、はい」

「私掴めないから離したら落ちるから」

「……肩抜けんじゃ……!」




 この体重を片腕にぶら下げたままいきなり飛び上がったら肩が抜けるはずなのに、未優は何食わぬ顔で飛び上がり湖の鏡界を消した。瞬間、湖に落ちる。


 泳げないらしい。と言うか、靴が鉄のせいで泳げていない。




 未優の腕を掴むと脇に腕を回して、死ぬ気で湖面を目指す。





「……ぷはっ……!」

「げほっ……! なんで水!? ゲホっ!」

「湖だからっすよ!? なんでその靴履いてきたんすか!」

「ゲボっ……! ゲホッ!」



 小さいのに重いせいで静璐の筋力では無理がある。


 未優の脇下から腕を入れて、顔を支えて一番近い後ろ側の陸にまで泳ぐ。

 沈む人一人担いでこの距離はさすがにキツい。腕がつりそうだ。




「未優さん大丈夫っすか……」

「し……死ぬかと思った……!」

「なんで湖にその靴履いてきたんすか!?」

「だって前に出た時は陸地の傍に出たから! 私の愛用スニーカー!」

「普通履きませんから……!」

「私の人生に一般の普通を押し付けるな。もう十分異端な存在なんだ」

「おとなしくお礼言えばいいのに……!」

「これで中と外の助け合いでチャラだ」



 そういうのに拘るタイプの人なんだな。




 未優は防水ではないパーカーを脱ぎ、髪をしぼる。

 ウェアは防水だがパーカーや服は普通に濡れる。ずぶ濡れ。



「これ断熱防寒防水だけど隙間からの水は防がないから気を付けなよ」

「あ、はい!」

「君が風邪引いたら仕事が減る」

「……はい!」




 二人でパーカーを脱いで木に掛けていると、突然湖が揺れて鏡界になり、界魔が出てきた。

 先程の蒼白い界魔じゃなくて、薄紫の巨体に二つの目が縦向きで喉に口があって本来口があるべきところには縫われた裂けた口がある界魔。


 相変わらず胸上だけでも馬鹿みたいな大きさだな。





「新しいやつ!」

「同じ奴だ。厄介だな」



 稀に界魔の姿が変化することがある。

 それは多くが生気を吸ったり界魔を食べたりした時。まぁ、いわゆる進化。



 あそこで縮小して回収しておくべきだったか。





 二人が警戒していると、界魔の縫われた糸というか縫っている口を大きく開いて顔に穴を開けた。中から紫味の強いどす黒い何かが溢れてきて、それは湖面に触れた瞬間固まる。



「何あれ」

「さぁ……?」



 溢れ続ける液体は水に触れたところから固まり、この塊を伝って四方八方に広がる。

 やがて最も近い岸に避難していた二人のいる陸にもそれが流れ付いて、石がドロドロに溶けた。



「酸だ」

「危ないな」




 二人は自分のパーカーを取るとまだ酸が陸地から遠い方に走る。

 しかし界魔はそれが見えたのか、顔をこちらに向け手を伸ばしてきた。


 固まった酸が界魔にぶつかるごとにもろもろと崩れ、崩れたものは鏡界内に落ちていく。どういう条件下でのどういう原理だ。




「ヤバいヤバい!」

「未優さん飛べねぇの!?」

「足が限界! 私は翼も浮遊能力もないんだよ!」

「どうするよ!?」

「君が考えろよ! 今日なんにもしてないじゃん!」



 図星を突かれた静璐は真顔になると、未優を脇に抱えて山を登り始めた。

 未優は草木で怪我をしないよう頭を抱え、静璐は既に限界の腕の筋力で木の枝や岩を使って山を駆け上がる。




「何何何!? 何する気!?」

「未優さん限界なんでしょ!? とりあえずあのバケモノ湖の中に戻すから!」

「そのぐらいの体力ありますけどぉ!?」

「俺なんもしてないし!」

「君ここ来る前に半日走ってたの覚えてないの!? 人一人抱えて泳いでさぁ!?」

「記憶力ないんで!」




 山の頂上付近に設置されていたベンチの傍に未優を落とすように置くと、まさに火事場の馬鹿力だろう。痛みも怠さも感じず、木々を飛び移って真正面から突進する。







「未優! 静璐は!?」

「私落とされたんだけど!? あのトンカチ!」

「んな事より!」

「向こう。もう疲れたから休もう」

「未優……!」

「心配ないよ。見えたから」




 未優はベンチによじ登ると、その辺に生えていた何かの花をちぎって宙に投げた。


 本来ならふわふわと浮いて落ちるような花は、その瞬間に放たれた圧により地面に叩き付けられたように落下する。一般人なら瀕死だろうな。




「……なんじゃこりゃ」

「あれの力見た? 無限の体力に私抱えてあの距離泳いだ後に山駆け上がって枝飛び移ってったんだよ。初対面の時も私の速さに難なくついてきたしその時から身体能力は常軌を逸してた。私が突き落としたあと、無意識に受け身とってたでしょ。結局は日蔓が助けたけど」

「初対面の時覚えてたんだ」

「思い出した」



 ベンチに座って、背もたれに腕をかけていた未優は地面に向かってしおれる花を握ってもう見えなくなった静璐がいる方を睨んだ。


 それは何か、怒るような笑うような、とても高揚した目で。




「思い出した、全部。あいつ、危ないよ」

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