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鏡界館  作者: 織優幸灔
二章
67/155

17.ストーカー

「お邪魔しまーす」

「ねー曄雅なんで着替えちゃったの」

「動きにくいから」

「江戸の運動着だよ」

「今平成だぞ」



 結局数少ないタクシーでやってきた二人はぶつくさ文句を言いながら中に上がった。




「で、尊音君は?」

「向こう。その部屋入っといて。なんもないけど。来て後悔して二度と来んな」

「二回も来る気はないけどさぁ」


 二人を部屋に入れると駆け足で居間に戻った。



 いっつもこうだ。

 霖弦(りんげん)の父親は酒が入ると尊音(たかね)に突っかかる。殴るか蹴るか脱がすか、今日は頭を抱えて身を守る尊音の服を脱がそうとする。


 祖父は泥酔、祖母は台所、父親は笑い母は黙って見ているだけ。ろくな大人がいない。



「退けやジジイ」


 霖弦父の顔面を蹴り飛ばし、すぐに尊音を立たせるとパソコンとマウスを持たせた。



「ちょいお前! 何すんねん!? 目上の相手やぞ!?」

「こっちのセリフ。殺されなかっただけ有難いと思え」

「はぁ!?」

「お前もお前の父親も顔面変形するまで殴ってもいいけど? やる? どうせ暇だし優羽も結楽も喜んで参加すると思うけど」

「ふざけとんのか!?」

「曄雅、尊音、お友達が来たんでしょう。早く行きなさい」



 母に背を押され、ぼろぼろと涙を零す尊音とともに踵を返した。瞬間、曄雅が反射神経で尊音の頭に手をかざし、その手の甲にぶつかった湯呑みは割れて破片は曄雅に刺さった。


 いきなり後ろで大きな音がした尊音は片手で頭を抱え、母は尊音を抱き寄せる。



「尊音先行っといて」

「兄さん……!」

「尊音おいで」

「兄さん一人! 危ないよ!」

「尊音!」


 駄々をこねる尊音は母親によって連れて行かれ、霖弦と晴縺は立ち上がると曄雅の前に立った。










「なんで勝てると思ってんだこの馬鹿親子は。動けねぇから事務仕事に就かされたくせに機械音痴とサボり魔に酒癖が悪い父親? クズの集まりじゃねぇか」



 まだ悪態を吐いてくる霖弦の上に座り、首を押さえ向かいの二人を睨み下ろす。

 晴縺はまだ意識はあるが父親は完全に泥酔&失神状態。



「俺がチビだからのろいとでも思ったか。平の時から成長してないとでも? お前らの大好きな先代が貰えなかった歴代最強の名を俺一人と俺の班一つの二つ謳われてんだぞ。走るのもままならないお前らが勝てるわけない……だろ」


 まだ声を絞り出す霖弦のこめかみを殴り、立ち上がると顔面を蹴った。



「ねー曄雅。まだ?」

「なんでそっちで遊んでんの」



 声が聞こえ、振り返ると襖が開いて目を泣き腫らした尊音が優羽と結楽を連れてきていた。母親も、祖母も後ろにいる。



「曄雅手の甲怪我してんじゃん」

「……あぁさっきの界魔」

「あそ。で、その人ら誰? お偉いさん?」

「えーと一人はいとこだっけ?」

「ドッペルいとことその父親」

「ふーん……いとこねぇ」



 曄雅が意味もなく人を殴らないと分かっているのに加え、今回は尊音の必死の説明もある。

 優羽と結楽はそれを見下ろすとにこっと笑った。



「曄雅おいで」

「なんで俺ガキ扱いされてんの」

「そりゃ歳下だし?」

「なんでもいいのー。先にその傷の手当。結楽もだよ」

「またやったんだ」

「いやー無意識?」

「家の刃物全部捨てるか」



 曄雅がそんなことを言いながら抱き着いてきた尊音の背をさすり頭を撫でていると、ふらっと居間の奥から祝(いはる)の妹が出てきた。

 スマホで惨敗した三人の写真を撮り、ふっと結楽を見上げ指さす。


「厨二病キモ」

「……見る?」

「何魔法陣でも書いてあんの? 俺の右目がーってやつ?」

「違う違う。生傷口」


 あ、それは二重の意味でヤバい。



 優羽と曄雅が止める暇もなく結楽は解けないようにした包帯をちぎって解き、血濡れたガーゼを外した。


 少し顔に角度を付ければ、よく生きていられたなと思う程の傷口が現れる。それと同時に顔を捻ったせいで傷口が開き血がどっと出て、妹は失神した。



「こいつ血見たら倒れんの……! 結楽血!」

「頭ぶつけて死ねばいいのに」

「ちょっと優羽」

「そんなことより止血! お前ショック死で死ぬぞ!」

「それもまた一興!」

「せめて界魔関係で死ね!」


 曄雅は結楽の首を押え、グッとそれを押した。

 気管が締まって結楽が咳き込み、余計に血が出た。



「結楽五分間ぐらい息止めて死んどいて。後で起こすから」

「起こすで起こせるもんじゃないんよ」

「三人とも中に入りなさい。曄雅、それ退かして」

「優羽退かして。離せない」

「引きずっていいの?」

「切り刻んでいい」

「汚い」


 優羽は邪魔ところに倒れている父親と晴縺(せいれん)霖弦(りんどう)の上に重ね、座った結楽の傍に行った。


 たすき掛けをした曄雅の祖母は救急箱からガーゼを出すと、結楽に一声かけてから曄雅の手と代わって首の一点を押えた。数秒すれば血が止まり、優羽はあっと驚く。



「曄雅、包帯を巻いて。キツめにね。離したらすぐ血が出るようになるから」

「薬は?」

「血が止まってからガーゼを替えるときに」



 包帯を首に巻き、少しキツめに縛った。


「……首……締まる……!」

「ちょっと曄雅それはキツすぎよ」

「だってキツめにって言うから」

「加減が必要よ加減が」

「死ぬ……!」

「いいよ起こすから」

「曄雅そのネタさっきやった」

「だってもうない」

「誰もやれとは言ってねぇ」


 包帯を解き、いつもより少しキツい程度に直した。



 結楽は曄雅の首を絞め、曄雅はケラケラと笑う。こいつどれだけ絞めても笑ってる。



「……もう! 効かないじゃん」

「やり返されることをやると思うか」

「やる」

「じゃあやってみろ」

「腹立つー」

「曄雅首絞まらないの?」

「むかーし寝てる時に誰かに首絞められて死にそうになってからは慣れた」


 殺人未遂犯おるやんけ。



 結楽は顔を引きつらせたが、じゃあと言って優羽は曄雅の首に両手を伸ばした。


 喉元と喉仏真下を絞め、ぎゅっと力を込めた。


 瞬間、曄雅は優羽の顔を突き放し咳き込んだ。



「やり返したぞー」

「ナイス優羽」

「ケホッ……! 殺す気か優羽! 限度考えろ!」

「自分に言え!」

「そーだそーだ!」

「結楽のは一種の戒め」

「まぁそれは必要だよね」

「優羽寝返らないでよ!」



 結楽も優羽の首に手を伸ばし、騒ぎながら大笑いする三人を他所に祖母の曄乃(あきの)は霖弦の上に腰掛けた。


 コットンに消毒液を染み込ませ、切れて擦れて血が出た霖弦の頬に当てた。



「いっ……たッ! 何すんねん!?」

「こっちのセリフよ取らないでちょうだい。貴方の父親まだ十歳の甥っ子に何してるの? 貴方が代わりなさいよ。親子でしょ、趣味嗜好も分かってるんじゃないの? 父親の趣味にぐらい付き合ってあげなさいな親不孝者め。よくも酒に弱い実の祖父に酒飲ませて大人悪ノリに誘ってこんな恥晒せるわね。本当に咲音(さかね)の息子なの? 咲音が貴方の歳には尊音みたいに正月も盆も仕事をこなしていたのよ?」

「またそれか! なんで時代も職場も性格も違う母親と比べられなあかんねん!? 休みぐらい休まねぇや! 土日の休日ないんに正月も盆も仕事しろってんか!?」

「動かないでちょうだい。目にアルコール入るわよ。飲みたきゃ身体中の穴から入れてあげるけど」



 祖母は霖弦の顔を押さえると酷くえぐれているところにちょんちょんとちょっと多めに付けた。霖弦は必死で身をよじらせる。



「別に休んでもいいのよ。ただ、貴方の母親はとっくに自立してた歳なのになんで貴方は自立できないか聞いてるの。別に他人に迷惑かけなきゃ仕事でも泥酔でも過労死でもなんでもすればいいのだけれどね、私の可愛い曄雅と尊音をいじめるなら二度とこの家の敷居は跨がせないわよ。日蔓の名を捨てなさい」



 最後、顎の皮が一枚向けているところにアルコールをちょんちょんと付けた。


「痛い痛い痛い! やめろや!」

「人の話に返事しない子はピンセットで目刺すわよ」

「分かったから黙れサイコパスババア!」

「あんたが黙りなさい」


 孫にも容赦なくげんこつを落とし、次だと言わんばかりに霖弦の父親の上に座った。



「お盆以来ね嘉敬(かたか)さん。聞こえてる?」

「お……お義母さん……」

「そうよ。私の孫の危機感を養ってくれてありがとうね。これで貴方みたいな人の道を外れた外道に惑わされなくて済むわ。……貴方の手当はいらないわね。元々酷い顔だもの」


 この人絶対座りたいだけだ。



 次、晴縺(せいれん)の上に座った曄乃(あきの)は晴縺の頬をピンセットで刺し、それでも反応がないと確認すると髪の毛を一本抜いた。ビクッと体が震え晴縺が目を覚ます。と同時に咳き込み始めた。



「ちょっと汚いわよ。手で押えて」


 傍にあった霖弦の手で押え、霖弦はそれを汚いと晴縺の頬に擦り付けた。


 あまりの汚さに曄乃がちょっと遠くに座り直すと咳が収まる。



「晴縺、曄雅の髪の毛掴んだらしいわね。子供はなんでも見てるのよ」

「ゲホッ……」

「咳ぐらい我慢しなさいよ。遠慮ってものがないのかしら。おかしいわね五歳から躾けたはずなのに。貴方十五の時より失礼になったんじゃないの? あーあー喧嘩するなら勝てる相手にしとけばいいのを。優羽君よりちょっと下でも最低限のいい顔が傷だらけよ。もっとここ使いなさいね」



 晴縺の頭をコツコツとつつき、こいつも手当は程々に結楽の手当に戻った。




「結楽君、血は止まったかしら」

「あ、たぶん」

「曄雅、早く洗濯しないと血取れなくなるわよ。結楽君の着替えも必要ね。うちほとんど着物しかないのよね……」

「一応替えはあるんで大丈夫です」

「本当? それじゃあパーカーだけ洗濯しましょう。仕事服だものね」


 二人のパーカーと上着を脱がせると曄雅の母親の礼焃(れいかく)に渡した。



「礼さん、誰かに声をかけてこれすぐに洗ってちょうだい。曄雅明日の昼には帰るんでしょ? 乾くかしら……ていうか凍らないかしら……」

「な、何とかやってみます」

「お願いね」


 そんな心配をしていると、いきなり雪が降り始めた。



「おー雪だ!」

「積もるわね。……曄雅本当に明日帰れるの?」

「電車止まりませんように」

「電車止まるの? 雪で?」

「富山 積雪で検索してみろ」


 優羽と結楽は画像に大興奮、その間に曄雅と曄乃でささっと結楽の手当をした。



 曄乃が曄雅にも手を伸ばしてきたが、曄雅はそれを断る。優羽に疲れて寝た尊音を抱っこしてもらい、曄雅と結楽もさっさと立ち上がった。



「じゃ、界魔が出た時だけ呼んで」

「朝の七時にお節とお屠蘇やるからね。お屠蘇だけ顔出してちょうだい」

「はいはい」

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