4.欲
昼があの寒さなら朝も震えるほど寒くなり、相変わらず一番起きの曄雅は起き上がると毛布から出ている優羽に毛布をかけた。出てるんじゃなくて、曄雅が起きたから出たんだな。
優羽と結楽の間に寝ていた曄雅は布団から這いずり出ると毛布を整え、冷蔵庫を漁る。朝食べると胃が痛くなることがほとんどなので優羽と結楽の朝ご飯を作るだけだ。
休日や学校をサボる日は曄雅が一番遅いので優羽が作ってくれるが、週に一日あるかないかの三人で決めた登校日は曄雅が作る。勉強は基本結楽の教え。
教師とかマジ何言ってるか分からんし。
味噌汁なんて作っていたら食べている間に遅刻案件なので朝食はサンドイッチかおにぎり、たまに超早寝早起きになった優羽がシリアルバーを作る。
優羽は極端なんだよな。三時起きか八時起き。なんで曄雅が起きる四時とか普通の人が起きそうな六時七時に起きれないのか。
さすがにこの前みたいに三人徹夜は集中力が低下するのでまずいが。
一人一つ、計二つの大きめのおにぎりをラップの上から握ると弁当を作り始めた。三人とも朝出掛ける場所がバラバラすぎるのでもう弁当箱も使い捨て。
卵焼きは曄雅は甘め派。甘めと言ってもプレーンの時だけ。だいたい中にチーズや大葉、海苔などを入れる。
海苔の卵焼き、思ったより辛くなったきんぴら、大葉チーズの肉巻き、小松菜とベーコンのソテー、トマト。
基本品数は四から五品。ご飯の進む品は三品は入れるようにしている。予備で弁当袋にふりかけを一袋入れる程度。
優羽や結楽が弁当を作るとレタス等で綺麗に仕切りを作るのだが、曄雅はそんな面倒臭いことはしないのでプラカップ。どうせ使い捨てなんだからゴミが出ても問題ない。地球には悪いけどね。
弁当袋の上におにぎりを置き、自分の用意をすると昨日の夜に持ってきていたリュックと紙袋を持って朝の五時半から学校に向かった。
リュックをロッカーに片付けるとスマホと財布、それに重たい紙袋を持って校内巡りへ。
この校舎は四階建てで、掲示板は二階以上に二ヶ所、一階には三ヶ所ある。
そこの掲示板に例の優羽と結楽の特ダネ記事を貼り、束をご自由に取ってねボックスに入れる。これを校内全ての掲示板に。
曄雅は二人のペアネタから個人ネタまでを扱う匿名記者だ。知る人は知っているらしいが。知る人からはバレたら辞めてしまうのではと言う懸念から禁句として扱われている。別にバレても辞める気はない。
六時を回る頃には全てに貼り終え、皆が来る前に教室に戻った。
どんなに早い人でも来るのは六時十五分から半頃。その頃になったら早い人が来て校庭に走りに行ったり技術屋志望なら研究を、分析屋志望なら情報を読み漁ったりし始める。
界魔屋以外でこの歳から働いている人は少ない。
スマホで漫画を読んでいるうちにいつの間にか七時頃になっていたようで、顔を上げればクラスの女子の何人かが喜びながら出ていくのが見えた。まだ机に鞄を置いたばかり、釣れたか。
やっぱ校内プリンスペアは違うなぁと感心して出入りする女子を眺めていると、いきなり頭を叩かれた。あまりの衝撃に持っていたスマホが手から滑って机に落ちる。
「何ニヤニヤしてんだお前」
「何すんだ衝羽お前」
見上げれば本を構えた衝羽が曄雅を見下ろしており、曄雅は頭を押えた。こいつ、歴的には後輩のくせに生意気なんだよな。
「こっちが聞いてんだよ。何ニヤニヤしてんだ」
「べ〜つにぃ? お前には関係ない」
「関係ある。気持ち悪い。見てて不愉快」
「ひっでー言い様。つら」
「メンヘラ女子かよ」
「メンヘラでも女子でもねぇし」
前の席に座った衝羽は体を捻ると曄雅のスマホを取り、漫画の履歴を遡る。なんかネタ的に面白いのないかな。
「返せよ」
「面白い漫画ない?」
「自分で探せ」
「最近の漫画って男は冒険もの、女は後宮ものって別れてんじゃん。なんか新しいジャンルが欲しいよな」
「小説からの漫画化が多いからだろ。返せ」
休み時間、午後に体育の授業があるので着替えてから教室でスマホを見ているとまた本で、今度は頭をちょんちょんとつつかれた。
頭を押えて衝羽を睨む。
「何?」
「お客さん……」
「あ?……あぁお客さん」
笑って圧をかけてくる二人の傍に、常連のお客さん。
二人から視線を逸らしてその扉から廊下に出た。
「ごめん気付かなかった」
「ちょっと曄雅、無視?」
「おふざけがすぎるんじゃない?」
「何が?……行こう」
嬉しそうに笑う女子を連れて、そこに他の女子や男子も数人混じって人目の少ないところに向かう。
いつも通りの闇の取り引き。
各々が満足したのを確認して、予鈴が鳴ってからギリギリに教室に帰るとまだ二人がいた。
優羽はヒラヒラと手を振り、結楽はピースしてちょきちょきと動かす。
「……二人ともしつこい」
「目抉り出して口切り裂くぞ」
「磔にして耳引きちぎるよ曄雅」
思ったよりお怒りなので、二人の弱点を使わせてもらおう。ガン見してくる衝羽に見えないようにフードをかぶり、自分が壁で死角になるところまで下がった。二人も引っ張られるようについてくる。
「ねぇよう……」
「だって仲のいい二人のこと自慢したいじゃん? この二人は僕のだよーって」
曄雅が顎に人差し指を当てて二人を上目遣いで見上げると、優羽は両手で口を覆って膝から崩れ落ちた。結楽は目を押えて壁にもたれる。ちょろ。
「……いっぱい自慢していいよ……」
「死ぬまで曄雅のものです……」
「早死しないでね?」
「曄雅が死ぬまで生きるよ……!」
「死ぬ時は三人でね……!」
「んじゃ俺授業あるから」
二人の間を通って教室の席に戻った。
待っていた教師は廊下にうずくまる優羽と壁にもたれてしゃがみ胸を押える結楽を指さし、曄雅に問題ないか確認した教師は三時間目の授業を始めた。
四時間目の体育が終わり、空腹の皆が教室に戻ると曄雅の席に三人群がっていた。
衝羽は曄雅の背を押し、曄雅は面倒くさそうに顔をしかめる。
「よォ日蔓さまァ」
「餓鬼で一班になってイキってるらしいなぁお前〜」
「イキってねぇし邪魔。人の邪魔する時間あるならイキってるの意味辞書で引いてこいや」
「あぁ……!?」
たぶん十八歳の先輩たち。図体だけでかいが、特に筋肉もついていないので弱そう。ついているとしたら脂肪かな。
「いやぁ俺ァ足踏まれたんで謝ってもらいたいだけなんだよなァ。地面に頭付けて土下座しろやチビ」
「踏まれただけで謝れ? あぁ、切り落とすか撃ち抜けってこと。いいよやったるから動くなやデブ」
腰の拳銃を抜き、ハンマーを降ろすと皆が顔を引きつらせて逃げていく。
さすがの実銃にビビったのか、だらけ切っていた相手も身構えた。
「に、人間に使ったら即アウトのはずだろ!」
「鏡界が開いたとでも言っといてやるよ。感謝しろ、お前の踏み足りねぇっつう文句で貴重な弾と時間使ってやってんだ。一発で済ませろよ」
曄雅が睨み上げると、二人は即逃げ出し、たぶん主犯らしきデブもすぐに逃げていった。それを見送った皆の顔が引きつり、何も気にしていなかった曄雅は衝羽によって後ろを見る。
「おい頭掴むな……!」
「お前の守護神怖すぎだろ……」
「……おぉご機嫌ななめだ」
百八十センチ近い結楽は扉の上のフレームに手を置き、笑って三人を見下ろす。
窓の柱にもたれている優羽は腕を組んでにこりとも笑わず冷酷な目で見下ろすだけ。
「何曄雅と遊んでたんですかセンパイ。優羽に馬鹿にされた報復ですか。そんな時間あるなら唯一できる暴食でもしときゃいいのに。アザラシちゃんは食べるだけしてたらいいんだよ〜?」
「結楽キモいからさっさとそれ退かして。そんな汚い奴と喋った口で曄雅と話さないでよ」
「えへ〜酷くない? 触ってもないのに」
「曄雅に汚い菌が伝染る」
「近くにいるお前も同罪だかんな」
優羽はすたすたすたと逃げていき、優羽がいなくなったことでできた細い隙間を通ろうとしたが、結楽が窓下の壁を蹴ってそれを止める。
「逃げて済むと思ってんの? 頭お花畑かよ」
「けーいらく! うるさい! 俺に用があるならさっさと来い俺朝食ってねぇんだかんな! 動いた後だし!」
いよいよ何人かが教師を呼びに行こうとした時、弁当片手に腕を組んで机に座っていた曄雅が爪で机を叩いた。何度も叩き、怒りを表す。
フードを被って長い前髪でよく見えない曄雅の眉が吊り上がっていると、優羽が廊下側の窓を開けて大きく手を振り上げた。
「ようがー! 結楽ほっといてお昼行こー! 」
「優羽抜け駆け! 曄雅行くよ。中庭行こう、綺麗に晴れてるよ」
「寒い。土で汚れるから却下」
「いつものとこでいいよねー」
優羽が曄雅の頭を抱き寄せ結楽が曄雅の肩に腕をかけ、他人を寄せ付けぬ鏡瞳とはまた違う圧を放つ。
一見この二人が曄雅に異常に執着しているだけに見えるが、実はそれだけじゃないんだなぁ。
優羽がしつこい女子や男子に絡まれたら結楽と、主に曄雅が威嚇するし、結楽がネットのファンに絡まれたらこれまた主に曄雅が威嚇する。
曄雅は二人に対して、二人は曄雅に対して自分の物だという主張が激しい。もう三人とも執着心の塊だな。




