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鏡界館  作者: 織優幸灔
一章
49/155

49.教師

 最近日蔓が静璐と静璐の専属技術屋ばかりに構うせいで未優が拗ねて一人でいることが多くなった。

 たまに見つけた衝羽や陽南花(ひなか)希愛(のの)姉妹、遊びに行くと丁字(ちょうざな)が相手にしてくれることが多いが、それでも皆仕事があるしあまりそちらに行くのも迷惑なので今は部屋でケーキ生地やタルト生地を量産している。量産して冷凍しておけば丸かじりでもクリーム塗るだけ、中に何か流して焼くだけと、結構役に立つ。


 抹茶やいちご、チョコ、マーブル、ハーフハーフなど色々作っているが正直これを全部消費できる自信があるかと言われたら否。まぁ死ぬまでケーキは食べ続けるはずなので消費するんだろうけど、でもなぁ。




 一人でぬいぐるみを抱えて心臓の音が聞こえそうなほど静かな部屋に一人特にすることもなくぼんやりと天井を眺める。暇だしちょっと寂しい。


 なんで日蔓が出張から帰ってきてようやく落ち着いたと思ったのにこんなことになるのかな。

 明日から境界大会。聞いても静璐の道具が落ち着くまで仕事はないらしいし、もう暇で寂しくて死にそう。なんだっけ、寂しくて死ぬ動物いるよな。聞いたことあるぞ。




 今日は平日だし、学校でも行くか。数学と理科が同じ教師だが、そいつが物凄く嫌いなんだよな。


 普通の制服にリュックを背負って、気にかけてくれている先生に今から行くと連絡してからイヤホンを持って校舎に向かった。校舎も先日の戦いのせいで少し壊れているが、塔界や技術棟の方に比べたらまだマシ。



 早くも帰りたいと思いながら職員室に行くと書写と家庭科を担当している王樹(おうじゅ)が出てきた。


「未優さん……! 連絡あってびっくりした! よく来たね」

「暇だったから。自習室の鍵貸してください」

「うんうん。……あ、イヤホンはパーカーで隠してね。また怒られちゃうから」



 王樹は未優の首にかかっていたイヤホンを指さし、苦笑いを零した。未優はハッとするとイヤホンをパーカーの中に入れ、襟を少し寄せた。



 このあと授業はないらしいので王樹と二人で空き教室に向かう。



「最近お仕事の方はどう? 怪我とかしてない?」

「チームメイトの方が忙しいから最近は全然行ってない。主任も全然いないし」

「そうなの? じゃあちょっと休憩期間だね」

「でも一人だし」

「うーん……クラスの皆と遊ぶとか! 平日の昼間も勉強だけじゃなくて、顔見せるだけでも来てくれていいからね」

「……気が向いたら」



 学校は好きじゃない。教師の頑張って接してる感も、クラスメイトの好奇的な視線や何かを狙っているような視線も。

 授業だって出ていないせいで分からないし、分からなかったら怒られるのなんてしょっちゅう。団体行動もなんでもっと効率的な動き方をしないのか、何故規律の取れないよう頻繁に組み合わせを変えるのか理解できない。それを聞いたら教師は面倒臭そうな顔をするし、それを聞いて見ていたクラスメイトもどこかに行くし。

 せめて何がおかしいかぐらい教えてほしいんだけど。



 廊下に落ちていた雑巾を蹴って空き教室に着くと、鞄を置いて理科の教科書を取り出した。

 その他の教科は日蔓が教えてくれるが理科だけはどうしても無理なので王樹に教えてもらっている。王樹は小、中の基礎五教科と書写、家庭科なら分かるらしい。



 未優が教科書を開いて日蔓が付けた付箋を探していると、いつも未優のクラスの体育副担任をしている人が来た。名前は知らない。


太薰蛇(たしげだ)さん! 今体育やってるんだけどどう!? 跳び箱!」

「……なにそれ」

「あれ知らない!? 見たことあると思うんだけど……」


 前に日蔓と静璐が爆笑していた気がする。トランポリンがどうやらこうやらって話してなかったっけ。あとあれ、なんやらばん。



「……ほらこれこれ! 段々高くなってくの飛ぶの」

「こんな高さ一般人飛べないでしょ。無理な人は腰の高さも無理なのに」


 スマホで画像を見せてくれて、その画像を元に色々説明してくれる。ロイター板やら縦飛び横飛び、馬跳び、馬乗り、開脚飛びとかそんなん。



「……そんなん使わなくても十分飛べるし」

「じゃ、じゃあ、高く積んでどこまで高く飛べるかとか!? 無理しない程度で!」

「その棚なら飛び越えられる」

「すげぇ……」


 天井につくギリギリの高さの棚を指さし、それに体育教師は素で言葉を零した。



 結局体育館に行って好きに動くか、疲れたり暇なら戻ってきても見学でもという話になったのでとりあえず体育館に向かう。体育館は日蔓の訓練以外では初めて来た。普段はこんなに狭いらしい。



「ほら、あれが跳び箱だよ。飛んでみる?」

「なんであんなん練習すんの?」

「筋力目的と言うよりかは飛び越えられた達成感とか、普段使わない運動能力の向上とかかな。この授業で才能が開花するかもしれないでしょ」

「ふぅん」


 そんなん開花するぐらいなら界魔屋になるだろうと思うがたぶん言ったら面倒臭がられるので適当に返しておく。


 あまり興味が湧かない未優が入口で突っ立って見ていると、クラスメイトの声で体育教師が未優に気付いた。大きく手を振って体全体で手招きする。こんな激しい人だっけ。人だったかも。



「太薰蛇よく来た! 飛ぶか? 飛ぶか!? 脚力俺よりあるだろ!」

「……一番高いので何段?」

「よっし準備しよう!」



 体育教師二人でせっせせっせと準備を始め、それを見た皆も手伝い始めた。唯一ある競技用のやつを皆で三十段まで積み上げ、その前にロイター板を置く。



「あれ踏まないと駄目なの?」

「あれはバネだから高く飛ぶの。跳び箱には必須だよ?」

「いらなくない?」

「……いらないかな……?」


 王樹と二人でお互い何も分からないので首を傾げていると、目を輝かせた皆が未優を呼んだ。今更いらないとも言え出せない雰囲気になってきて、それよりも早くやってという空気。仕方ない、やるか。



 未優は軽く足を伸ばすと、それを見上げて高さを確認した。


「ロイター板近いよ。走って真上とか無理」

「ロイター板近いですってー!」

「離せ離せ!」


 一声で皆が動くのを見ていたら少し面白くなってきた。取り残された何人かも面白い。



 二メートルほど離れたロイター板の分後ろに下がり、軽くその場で飛んだ。軽く走り、そのロイター板とやらで片足で踏み切って両足を抱え高く飛び上がった。高く飛び上がりすぎた。


 跳び箱より五メートル近く飛び上がり、危うく天井に頭をぶつけるところを頭を抱えながら着地した。癖でそのまましゃがまず軽く小走りのまま走って衝撃を逃す。落ちた衝撃はなかったが頭の中は衝撃だらけ。


 慌てて王樹の元へ走り、飛びすぎたというのを無言でハクハクしながら訴えかける。でも王樹も他の皆も驚いて全然見てくれない。




「ほんとに、飛びすぎた! 飛びすぎただけ……!」


 小声のかすれる声で自分でもびっくりか興奮か、少し慌てて弁明する。

 ハッと我に返り始めた皆は未優に大きな拍手を送り、先生中心で未優を担ぎ始めた。初めての体験だらけに未優が楽しさで興奮していると、突然体育館の扉が壊れんばかりにガンっと開いた。


 皆の馬鹿騒ぎはしんと静まり返り、そちらを見れば鬼の形相の数学教師。名前は知らん。




「馬鹿っ面で騒いでるとこ申し訳ありませんねぇ。もう授業二十分もオーバーしてるんですが」

「……誰かチャイム聞いた人!?」

「問題の中心にはいつも貴方がいますね太薰蛇未優。戦うだけでそんなに偉いんですか。最近じゃ新入りに立場取られたって話ですけど。所詮十五の女の子供でしょう。でしゃばるからこんなことになるんですよ。さっさと辞めてまともな中学生にでもなったらいいのに。あぁ記憶がないんでしたっけ? 厨二病じゃまともにはなれませんねぇ」



 指をさして見下してくるそれの冷酷な威圧感のある目に固まって言い返せず耳を塞ぐこともできずにいると、代わりに体育副担任と王樹が言い返してくれた。


「なんですかその言い方!? 太薰蛇さんは界魔屋として威張っても立場取られても厨二病でもありませんから!」

「そうですよ! 守られてるのになんですかその言い草は!? 界魔出たら一番に突き出しますよ!?」

「それパワハラじゃないっすかー? 世間に出ないからって辞めてくださいよー」

「これがパワハラなら未優さんには虐待じゃないんですかねぇ!?」

「私は早く規律を守る生徒になれと言っただけでー……」



 教師二人の怒声と一人の冷酷な視線から目が離せず、足が震えて喉が締まって自分でも分かるほどに早脈が頭に響いていると。


 いきなり視界が遮られ、嫌な熱の篭った耳が塞がれた。



「ちょっと子供に対してキツすぎない? うちの部下に何言うの? そっちの生徒の前に俺の部下で班長なんだけど」

「……誰?」

「主任の日蔓。よくもまぁ教師ごときが班所属貶せるよ。なんも役に立ってないくせにさぁ」



 日蔓の未優の耳を塞ぐ手に力が篭もり、未優はその日蔓の腕を掴んだ。



「なにそれ役職贔屓? ハイハイ戦う人が偉いんですよねー」

「そうだよー? この鏡界館っていう会社は対界魔を専門に戦うためだけに作られた会社だからねー。君ら教師も技術屋も医療屋もぜーんぶ未優みたいな最前線で戦う子供たちのためのもん。補佐が生意気な口聞くなよ」

「何が生意気だよ。たかが主任のくせにさぁ……。誰がその餓鬼の面倒見てやってると思ってんのか……」





 二人の喧嘩が勃発し、日蔓が未優放置で教師を一方的に罵倒する形になっていると、いきなり先ほどまで泣いていた未優が日蔓の背を軽く蹴った。


 我に返った日蔓も気付き、苛立ちと焦りと不信感やら嫌悪感やらで首を押える。



「……クッソ」

「トンカチ君は?」

「祝(いはる)のとこ。丁字(ちょうざな)が仲取り持ってくれてる」

「すぐ来るかな」

「来るよ。線蓮も鬼燈も空いてるから。皇雪は相変わらずの遠征だけど、今日は班所属も部長もほとんど揃ってる」

「絶好の殺し日和だ」



 日蔓は腰につけていたハンドガンを取り出し、マガジンをはめた。大扇が超特殊な弾丸を量産している間、ずっとエアガンで射撃練習をしていた。おかげで精度も戻ったし特殊弾も少しはできた。言っても百発ないが。



「珍しいの持ってるね」

「剣よりこっちの方が慣れてるには慣れてるんだよ。……ちゃんと援護できるからね」

「足引っ張らないでよ」

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