48.いとこ
ぼんやりと意識が浮上し、眩しい光に顔を背けた。
「……起きたんじゃない?」
「夢見てるだけじゃないか」
「いや起きてそうじゃ」
三人の声が聞こえ、眩しい視界を慣らしながらゆっくり開けた。
線蓮、鬼燈、それともう一人、見たことのない人が覗き込む。
「起きた起きた」
「おーい」
「まぶし……」
「そのうち慣れるよ」
まるで日蔓のようなことを言う人の言葉を聞き流しながらまたつむった目を開けた。ちょっと慣れてきたが、天敵ドライアイ。超痛い。
「目薬……」
「目薬?」
「俺めっちゃドライアイなんです……」
「ご愁傷さま。ないよ」
本当に日蔓のようなことを言う人がいる。日蔓の顔じゃなかったんだけどな。
そんなことを思いながら死ぬ気で涙を出そうと目を瞑り、ようやくマシになった目を今度は本当にちゃんと開けた。
「……俺窓から飛び降りた後の記憶ないんすけど……」
「安心せい。特に何も起きとらん」
「いやいやいや張本人だろ」
「言う意味ないじゃろ。ベッド起こすぞ」
「いや起きます」
何本か管の繋った腕以外は自由で特に怪我もない体を起こし、線蓮の首を絞めている鬼燈に声をかけた。
「鬼燈さん、何時間ぐらい経ちました?」
「まだ一日も。今……深夜の二時!」
「ここ面会の制限ないんすか……」
「いや個室じゃん?」
個室ならないんだ。
「代望の様子見帰りに寄ったらこれがいたから。じゃあ三人で起きるまで帰らないって話になってな」
「どういうことっすか……」
放電少女の見舞いのついでに来るのは分かる。既に一人いたのも分かる。なんで起きるまで帰らないって話がすっ飛んだ。その会話の流れが気になるんだが。
「……どなた?」
「あ、曄雅少年から君の専属技術屋を頼まれた姫水仙祝陽だよ。皆からは姫さん、姫様、せんちゃん、せんゆんとか呼ばれてるかな」
「じゃあ祝陽さんは俺のウェアとか見てくれるんですか?」
「君堂々と呼び方破ってくるねー?」
「だって初対面でニックネームて……」
「まぁいいけど。そ、今から君のスーツは全てこの祝陽が見るからね」
足元の柵に腕をついた祝陽は静璐にピースを見せ、ちょきちょきと動かした。言葉は日蔓に似てるけど言動はまるで違うな。いや、案外日蔓もしたりするんだろうか。ふわふわした雰囲気は同じなのでやってそう。
「……君今曄雅少年と似てるって思っただろ」
「ま、まぁ……」
「何を隠そう……」
「祝陽と曄雅はいとこじゃからな。多少似ていてもおかしくあるまい」
「いとこ!?」
「いとこ。曄雅の実家は代々界館を支えとるからな。まぁ大きいし多い」
「……へぇ……」
あの人が由緒ある家の出なのか。この人も。ちょっと想像つかない。
「ちょっと次聡全部言わないでよ。祝陽言いたかった」
「知らん」
「曄雅少年にもそんな態度取るのか! 贔屓だぞ!」
「曄雅とお前は別じゃろ! いくら似とるからって同一人物ぶるな!」
二人が角突き合わせて喧嘩し始めたので、もう慣れた光景だと静璐は鬼燈が倒れて寝るベッドに寝転がってまた眠り始めた。
「せいろー」
「やっほートンカチ君」
「あ、おはようございます」
何か袋を持った日蔓と相変わらずケーキを持っている未優が顔を出し、ベッドに座っていた静璐に手を振った。
周りには椅子に座ったままベッドに突っ伏して寝ている鬼燈と静璐の横に堂々と寝転がって寝ている祝陽。線蓮は帰った。
「……すごい惨状だね」
「起きてみたらびっくりっす」
喧嘩してる最中に寝て、起きたらこんな惨状。俺もびっくり。でも初めてなのでちょっと楽しい。
「起こす?」
「んー……昨日夜遅かったみたいですし……」
「それショートスリーパーだから大丈夫だよ」
未優は鬼燈の向かいの椅子に座り、日蔓は祝陽の耳を引っ張った。何か言うのかと思えば、何も言うことなくただ無言で引っ張り上げるだけ。
耳がちぎれそうなほど引っ張られた時、ようやく祝陽が日蔓の手を払って布団の中でだるまになる。
「い……たぁい……」
「静璐が鎖骨見せるって」
日蔓がそう言えば、一拍置いてから布団から顔が出た。
「マジ?」
「嘘。はーい降りてー」
「痛い! ぶつかったし!」
「知らん」
日蔓は祝陽の首根っこを掴むとベッドから引きずり下ろし、慌てて立ち上がった祝陽は日蔓に文句を言う。喧嘩はするが仲は良さそう。立場的には日蔓が上かな。
「……僕は静璐の技術面を任せただけで自分の欲を満たせとは言ってないよ」
「福利厚生だよ」
「そうだ。日蔓さんいとこいたんですね」
「ん? そう。父親の妹のね」
「祝陽の方が歳上だよ」
「……ギリシア人?」
「いやこれは普通の日本人。僕の家系面倒臭いから赤の他人で思っとけばいいよ」
色々ありそうなので静璐が軽く頷いていると、ずっと聞いてケーキを食べていた未優が首を傾げた。でも何も言わず、ケーキを食べ続ける。成長の証。
祝陽はスマホが壊れたからと日蔓のスマホを奪って鏡替わりに耳がちぎれていないか確認する。大丈夫そう。
「……トンカチ君、すぐに退院できるんでしょ」
「はい。今日の夜か明日には」
「んじゃお見舞いはいらないね」
「元々いらないっす」
「そう。じゃあ私は線蓮さんのとこ行くから」
未優はゴミ箱にトレーとフォークを捨てると椅子から立ち上がり、扉に向かった。日蔓は二度見すると呼んでも止まらない未優を心配し、祝陽を殴ってスマホを取り返すと静璐に一声かけて未優を追いかけて行った。
「……嫉妬かな」
「ぅわびっくりした起きてたんすか!?」
「こんだけ騒がしけりゃそりゃ起きる」
のっそりと起き上がった鬼燈はあくびをするとベッドに上がった。この人たちなんで帰らないんだろう。
「嫉妬って未優さんですか?」
「今まで曄雅は太薰蛇に構いっきりだったからな。未優のために切ってた親戚関係とか友人関係が見えてきて曄雅との時間が減って嫉妬してるんだろ」
「……そんなタイプじゃない気がしますけど」
「だって一週間弱離れただけで寂しがるんだろ」
「あぁ……」
そう考えたらそうなんだろうか。よく睨み合う二人だが確かに未優は日蔓に頼りきっているし、日蔓も未優を我が子のように守っているし、未優が嫉妬して拗ねてもおかしくはないか。
「太薰蛇にとって曄雅は父親でも兄でもないけど記憶のある限り一番初めから一緒にいた人だからな。家族的な認識で間違いはないだろ」
「なるほど……」
「曄雅少年も太薰蛇さんのことはペンギンの親子みたいに大事にするよねぇ。あれ子育てとでも思ってんのかな」
「まぁ部下以上に思ってるのは確実ですよね」
「子育てと言うより……担任が問題児育てるの方が近い気がするな」
「柄でもなーい」
祝陽がケラケラと笑い、鬼燈が反論していると部屋にノックが鳴った。
「静璐、来たぞ」
「おぅ線蓮」
「また来たんか」
「この人達帰ってないっすよ」
線蓮を探す未優の後を日蔓が追いかけたと聞き、鬼燈を引きずりながら出て行った。鬼燈さんって結婚してるはずなんだよなぁ。
「よし、じゃあトンカチ君」
「それ嫌っす」
「ルーキー君」
「変わってないっすよ」
「コネ入館野郎」
「俺のニックネームまともなのねぇし……」
もうなんでもいいやと諦め、温情的な何かで技術屋の中で呼ばれているルーキー呼びになった。日蔓さんめ。
「とりあえず君の戦闘スタイルと今のスーツとかに対する不満を聞いていこう」
「基本体術です。不満は……特に?」
「欲がないねー。もっと筋力を支えたいとか安定感がほしいとかないの?」
「だって今のままでも十分使えるじゃないっすか」
「欲がない! 壊滅的。もっと頑丈なのが欲しいとかサイズが見た目が機能が! ないの!?」
「ないかな」
「なんでー!?」
半ギレの祝陽は靴のままベッドに足を置き、静璐にこれでもかと文句を言うが、そもそも不満ないように作られたウェアなので文句はない。
「……つまり丁字が作ったスーツで満足してるってこと? そういうこと?」
「ま、まぁ……そういうことになりますね?」
「はぁ!? それじゃあ祝陽は用無しって!? 酷くない!?」
「そうとは!」
静璐が激昂する祝陽を落ち着けていると、いきなり部屋の扉がバンと開いた。
「ルーキー君! やっほ〜」
「丁字さんここ病院」
元気に手を振り上げた丁字と、見たことのない人がやってきた。
「だって錦合さぁ、挨拶からしんみりしてたら大怪我したみたいじゃん」
「うるさいって言ってるんです! 声を抑えて!」
「二人とも一緒っすよ……」
何をしに来たのか、後ろから戻ってきた日蔓にバインダーで頭を叩かれた。
日蔓は二人を中に押し込み、開いたままの扉を閉める。
「ごめんね。そいつちょっと鬱陶しい奴だから二人きりにするんじゃなかったよ」
「全然大丈夫なんですけど……」
どうやら未優は線蓮と出かけて行ったらしい。日蔓は未優のせいで除け者に。
で、我に返って慌てて静璐の部屋に戻ってきたらこの二人がいたと。
「丁字は何しにきたの」
「私は付き添いです」
「聞いてない」
「ルーキー君の担当が祝陽君になったって聞いて様子見? 七竈さんはどっか行ったし未優さんもいないしさ」
「ちょうざなぁ! お前祝陽の仕事取るなよ!」
「なんかした? ごめん」
丁字はキョトンと首を傾げ、祝陽は何度も丁字を指さして無言で怒りを表す。それを日蔓がバインダーで叩いて抑えた。
「やりたいならやられる前にやれ。やられて僻むな」
「九年前祝陽まだそんな知識なかったし!」
「甘えんなよ。知識持ってたら作んのは当たり前。誰も知らないとこから作り出すから評価されんだろうが」
半泣きで拗ねた祝陽は頭を抱えてふいっと顔を逸らした。と思ったら静璐を睨んで指をさす。
「明後日までにスーツの新要素十個考えとけ。一年以内に作ってやる」
「それまで生きてたらね。さぁ出てった出てった」
「不謹慎! 超不謹慎!」
日蔓は叫ぶ祝陽をバインダーでぱたぱたと追い払った。




