46.講習会
今朝、今日の四時に全鏡界屋対象の講習会が開かれると連絡が来た。講師はもちろん教学屋の巨匠七竈大先生。
専務から見習いまで誰でも行っていいらしい。普通なら誰もいかないんだろうけど、数日間の七竈の洗脳の後だから、皆行くんだろうなぁ。
「未優と静璐はこれ興味ある?」
「ない」
「俺もあんまり……なんか、未優さんと日蔓さんのとこいたら勝手に強くなってるらしいですし……」
「静璐は線蓮のお気に入りだから教えてもらえるからね。大人数対象の講習会よりよっぽどいいよ」
じゃあ今日も普通に仕事ということで。
朝の四時半、今日も朝から仕事へ出発。昨日は休みで皆寝るのは早かったので今も普通に起きている。
「よし、じゃあ行こうか」
今日はちょっと少なく三ランクが五件だけ。他は他班と部長やらに取られた。
最近は静璐の腕も上がってきたし二人の息も合ってきたので誰もやりたがらない二を中心にやっていたが、息抜きということで。
最近はずっと深夜二時帰りが多かったが、今日は移動時間によっては日を越える前に帰れるかも。
「静璐はずっと自主練?」
「いや、鬼燈さんとか西木課長とかに稽古付けてもらうことが多いです」
「……西木と関わりあったっけ?」
「初めから」
一番初めの未優の説明のあとから、週一から二で会っては出かけたり訓練したりの繰り返し。あの人結構面白い。
「あーそこに繋がりあるのか……」
「なんかまずいですか」
「まずくはないんだよ。まずくはないけど、ちょっと驚き? びっくりしただけ」
静璐を通じて色々と監視されてそうと、ただそう思っただけ。
くしゃみをして、強く背を叩かれる。
「汚いぞ西木」
「人間なんやから仕方ない」
日蔓を育てた教師として知る人ぞ知る、七竈明夏。その講習会など聞きに来る価値大ありだ。だから引きこもり三課長が全員出てきている。
西木は白梅を睨み、白梅はふんっと顔を逸らした。潔癖女め。
「お前らが月に二回も外に出ること自体珍しいんやから今日ぐらいおとなしぃしてろよ。人を叩くな」
「お前は私の母親か? 父親?」
「どっちでもない……」
「二人ともうるさいです」
椅子に足を抱えて耳を塞いで睨んでくる苺米の頭を掴み、左右に振る。
「酔う酔う酔う……!」
「うっわきったね……!」
「苺米、耳元で叫んでやるから外でよか」
「やだぁ!」
「お前が一番うるさいわ」
半泣きになる苺米の頭を離し、ハンカチで口を押える白梅の顔にも手を伸ばした。白梅は苺米の方に逃げると二人で抱き合って西木を威嚇する。
「白梅、さっき苺米咳しとったの知らんのか」
「うわっ!」
「失礼すぎです」
「きったねぇ……」
どこからかスプレーを取りだしてどこぞの悪ギャルが香水を吹きかける並に液体を全身に吹きかける白梅を二人で横目に、モニター前の机に出てき始めた銃器に目をやった。古代から使われていそうな古典的なものから近未来の絶対ここで開発しただろというものまでさまざま。
「あ……れ、使うんですか」
「知らん。知らんけど日蔓も剣使うしそうやろ」
「師匠の教えだったんですか」
「知らんて」
そもそも歴的には日蔓の方が早いし長い。後輩の西木に聞かれても困る。
ぶっきらぼうに答える西木を苺米が横腹を刺して文句を言っていると、最近話題になっている未優の専属技術屋とその付き添いらしき人がやってきた。
「おぉ手榴弾からリボルバーからカトラスから薙刀まで! 揃ってる〜」
「ちょ、丁字さん声大きい……!」
「excellent children! 久しぶりぃ!」
「えーと……久しぶり?」
「覚えてんですかほんとに」
丁字はとりあえず手を振り返し、ゴーグルを取りながら走ってきたその人のハイタッチを避けた。そういうノリは苦手。
「お名前伺っても?」
「七竈だよ!……ほら、曄雅少年の短剣作った第一責任者!」
「曄雅……」
「日蔓様のことですよ」
「あぁ明夏さん! 顔変わってませんね〜。会ったことありましたっけ?」
「丁字さん言ってること無茶苦茶ですよ」
だって丁字が研究室に移った頃にはもう海外にいたのに、顔を見たのも先輩に写真を見せられたから。直接会った記憶はない。
「いや、曄雅少年と一個違いなんだから会ってるよ。覚えてないかな。曄雅少年と結楽。武器使い同士で結構会わせてたんだが」
笑顔で固まる丁字を見て二人とも覚えていないと判断し、付き添いは丁字の頭を叩いた。
「丁字さん最近の研究で頭いっぱいになって昔のこと全然思い出せてないでしょ。分かるんですからね」
「いやぁ……正直まったくその通り」
悪びれる様子もなくへらへらと笑う丁字を付き添いが説教混じりに呆れていると、時間になったのかマネージャーの一人が七竈を呼びに来た。
七竈はキョロキョロと部屋を見回してから戻っていく。
見習いと研修生のほとんど、平の半数以上が集まった会議室で講習会は始まった。
内容を要約すると、今の研修や訓練、稽古は緩すぎる。また本人に合っていない、全員同じ形で教えているのでそりゃ一人一人が伸びるわけがない。伸びたとしても一人二人、それがピッタリ合っている子だけ。それも大人数対象なら伸び切らずに死の危険性は増す一方。
だから本人に合った武器や作戦、距離を育てる側が考慮して、それを伸ばせばもっと犠牲や緊急召集等は減らせると言うもの。
「私の教え子は百人以上いるが、皆が各々に合った戦い方で少なくとも今の部長並の力は付けている。遠距離でも近距離でも一人で大抵の界魔は片付く。距離に合った戦い方を教えているからだ。この中に体術は苦手だが地形利用が得意と言う子は、逆に単身で真正面から突っ込んだ方がやりやすいという子はどれほどいる? 今現場でその戦い方はできているか?」
自分に合わない戦い方をすれば危険性は増すばかり。こちらの戦力が減るのはすなわち相手、界魔側の戦力が高まるということだ。それはなんとしてでも阻止せねばならない。
「そのためにも私はやる気のある皆に戦い方を、自分や仲間を守る術を教えたい。そのために日本へ帰ってきた」
いい洗脳の仕方だな。現状の否定、思考の共感、同情しながらの誘い。人の心が揺れる状況をフル活用した洗脳というか、本人的には説得の部類に入るのか。
傍から見たら洗脳も説得も勧誘も強要も変わりないが。
あとから君は優秀だとか貴重な人材だとか、個人個人に声をかけて思い込ませるんだろうな。
地べたに座って立てた膝に腕を置いて、武器を近中遠で紹介していく七竈を眺めながら漏れるあくびと滲む涙を拭った。
なんで技術職が戦い方なんか聞かなきゃならんのか。
そんなことより武器の説明をと思って寝落ちた。
強く頬っぺを叩かれ、肩を震わせながら目を覚ます。
「ねむ……」
「ちょっと何寝てるんですか!? 丁字さんが来たいって言って課長から許可取ったのに!」
「ちょ、待って……」
べしべしと頭を叩いてくる錦合を落ち着かせ、その場から逃げ出した。
「逃げるな!」
「だって技術屋が戦い方聞いても意味ないよ!? 君戦うの!?」
「戦いませんけど礼儀ってものが……!」
怒りに染まっていた錦合の表情が一変、顔面の血の気が引き、表情が唖然としたものに固まった。
丁字は眉を寄せ訝しむ。
「何?」
「う、しろ……とびらが……」
「はぁ?」
説教してくるなり何言ってんだと言わんばかりに振り返れば丁字もびっくり。モニター前に大きな、地獄門でも開いたかと言いたいほどに大きな扉が現れ、そこが僅かに開いていた。
僅かに開いたそこから見えるのは大きな鏡と、鏡から這い出でる巨大な界魔。長い触手みたいな髪で顔が隠れた、どこぞのホラー映画を彷彿とさせるシーン。
支配者がここを見付けたって話だし、この扉がこの界魔の異能でもない限り支配人の計らいか。
来ていた課長三人が研修と平を外に避難させようとするが、廊下に通じる扉に逃げ出した平や見習いはすぐに戻ってきて外への扉を閉めた。
「なんで戻ってきた!?」
「廊下の両方に扉があるんです! 同じような奴が左右から……!」
「右のやつはもっとデカい!」
「扉を開けろ! できる奴は窓から降りて!」
「ここ六階ですよ!?」
しかし見習い、研修生を押し退けベテラン平社員が扉を開け、数人が見張り、数人で窓を開けた。
プロの平が歴の浅い見習いと研修生を連れて降りていく間に部屋の中から無数の悲鳴が上がり始める。
それとほぼ同時に廊下でも戦闘が始まり、何度も窓の割れる音が響き渡った。
「ここの廊下反響すごいね」
「座ってる場合ですか!? 早く逃げましょう!?」
「あんだけデカいんだからここは死角になるよ。七竈さんだっけ? あの人現場経験ないのかな」
あんだけ洗脳して経験ないのは笑えるぞ。
丁字は平然と角に座り、対応できる状況になるのを待つ。変に走り回るよりずっとマシ。
「丁字さん……!」
「大丈夫だって。……泣かないでよめんどくさいなー……」
普段界魔を見ることがない技術屋が怖がるのも分かるが、泣かれると泣くという状況に慣れていない丁字が困る。
錦合を隣に座らせ、背をさすって落ち着いていると未優から連絡が来た。
『もしもし。講習会参加するって言ってたでしょ』
「そー! 今界魔が出てきてパニックになってる状態」
『やっぱり? 三ランクに分類されたからたぶん専務とか部長がすぐに行けると思うけど、計七ヶ所で界魔が出たんだって』
「ここに三つあるよ。全部三?」
『うん』
「じゃあここは大丈夫だよ。課長三人に七竈さんもいるし」
『すぐ逃げてよ!』
「んー」
情報が来たので通話を切り、しがみついて顔を埋める錦合を落ち着かせる。早く誰か来ないかな。
そう待っているうちに、勢いよく部屋の扉が開いた。




