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鏡界館  作者: 織優幸灔
一章
45/155

45.上機嫌

 鏡界大会が近付いてきたせいで仕事がかなり余っているらしい。皆、怪我しないように今はおとなしくしているそう。


 未優の怪我もある程度治ってきたので今は静璐と未優二人別々で仕事に駆り出されている。と言ってもどちらも近場で、何かあれば誰かがすぐに駆けつけられる場所。骨折が治っていない日蔓は界館で待機。




「ねー大扇(おおおぎ)、もっと切れ味よくできないの?」

「そもそも玉鋼(たまはがね)が超貴重かつ私独自の加工方法で人一倍切れるようにしてるんですよ! 毎夜毎夜手入れしてるせいで昼夜逆転生活で今も超眠いんですから」

「君の生活リズムはどうでもいいのー」

「支配人の腕切り落とせただけ凄いと思ってください」

「支配人より硬いやつは無理だったし」

「人が勝てない能力が異能なんです!」

「別に刺さったからいいけどさー。二十歳超えたら身体能力は落ちる一方だし、武器変えようかなぁ……」



 そもそも日蔓がこれを使い始めた原因はあの銃器先生に大人になっても戦えるようにと押し付けられたからであって、自ら選んだわけではない。わけではないからこそ身体能力そこそこの武器に特化したスタイルになってしまったわけだが。

 本当は静璐みたいに体一つで戦って、一つで無理になったらさっさと引退したかったんだけど。なんで家の仕来りで戦ってんのか戦う理由が分からんし。



「変えたいんだったら種類は七竈(しちくど)先生に聞いた方がいいですよ。技術屋は……」

「その先生呼びやめてよ。あんな教師いる価値ない」

「……変えるなら七竈さんにどうぞ! 技術屋はお願いされたものを作るだけですので! 私は寝ます!」


 気に食わなかったのか怒って出ていった大扇を引き留めることなく、そのまま机に突っ伏した。




 あの教師は嫌い。生徒を死ぬのは当たり前と言い聞かせながら育て、自分の思考を押し付ける。気に入った生徒だけを守り、他は目の前で殺されても知らんぷり。たとえそれがお気に入りの仲間でも兄弟でも、自分の子供でも。


 あんなのは人に教えるに相応しくない。なんで教学屋の巨匠とか呼ばれてんだか。











 寝落ちた顔面に何かが押し付けられ、数分して窒息しそうになって顔を跳ね上げた。


「死ぬッ……!」

「起きたよ」

「適当すぎません?」

「起きたからいいの」



 日蔓は慌てて息を吸い、未優と静璐の声をする方を見上げた。

 未優は淡い水色の羊のぬいぐるみを両腕で抱っこして、静璐は何か大荷物を持っている。あと部屋の角にはヴァイオリンを持っている丁字(ちょうざな)



「未優どうしたのその凶器」

「トンカチ君に貰った」

天葵(てんぎ)さんにゲーセン連れ回されて」

「ゲーセン好きだもんなぁ。よく取れたね」

「やったら取れるもんすね」


 才能あるぞこいつ。



 日蔓は羊のぬいぐるみの顔をつまみ、未優に扱い方を教える。人の顔に押し付けるのはダメ絶対。マジで死ぬから。


「はぁい」

「……丁字はなんで楽器持ってんの?」

「未優さんが聞きたいって」

「足足うるさいから」

「君ほんとになんでもできるねー?」

「教養の一種だよ」



 楽譜も何もない中で未優が最近よく聞いているアニソンを弾き始め、未優は羊を持ったまま上機嫌で歌う。ちょっと可愛い。


 部屋の角で足を組んでヴァイオリンを弾く丁字と鼻歌交じりにあやふやな歌詞を歌う未優の写真を撮っていると、丁字がピタッとヴァイオリンを止めた。未優も歌を止めて口を尖らせる。


「どうしたの」

「いや、客が増えたから」

「……うわっ」



 振り返れば、両開きの扉の僅かな隙間から衝羽(つくばね)希愛空(ののあ)(おどろ)と皇雪がガン見していた。衝羽と希愛空はガッツリカメラを構えている。スマホ録画と一眼レフの良いやつ。



「未優さん、続きお願いします」

「とても素晴らしいヴァイオリンの腕ですわ。お兄様、コンサートに出ても違和感ないと思いませんこと?」

「俺の方が上手い」

「お兄様より遥かに上手ですわ」

「歌声いいな……」



 丁字は足元にあったケースにヴァイオリンを片付け、未優に渡されたぬいぐるみを受け取った。これ中身を綿と合成繊維を混ぜたものに替えて弾力性と形状記憶性を高めたら未優大喜びするだろうなぁ。せっかく外はいい手触りなのに。



 羊の背を叩いて顔を変形させて遊んでいると、未優にそれを抜き取られた。


「良くできる?」

「おまかせあれ」

「優秀!」

「未優テンション高いねー。ぬいぐるみそんな嬉しかったの?」

「だってなんか可愛い」

「ハマりそうだねー」


 記憶にある中でぬいぐるみと触れ合う機会がなかったので楽しいのか。このまま順調にハマるなら今年の誕生日はぬいぐるみだな。




「……そういや静璐の誕生日っていつ?」


 聞こう聞こうと思って聞いてなかったなと思い横で突っ立っている静璐を見上げると、静璐はケロッとした様子で答えた。


「8月1日です」

「この前じゃん!? なんで言ってくれなかったのー!?」

「いや、だって、今日俺誕生日って図々しくないっすか」

「ないね!」

「じゃあ日蔓さん誕生日かその前ぐらいに自分で予告してくださいね?」

「性根腐ってきたねー?」



 心底驚いた日蔓が唖然としたまま椅子に座り直していると、衝羽ががっと未優の肩を掴んだ。


「未優さん、俺の誕生日は七夕の七月七日です」

「言うのが遅いよ残念だったね。また来年」

「来年お祝いしてくれるならそれはもう……!」

「へへー来年まで生きてたらねー」


 ふざけて不吉なこと言う日蔓を衝羽が睨んでいると、希愛空と皇雪に囲まれていた丁字が大きく叫びながら手を上げた。


「未優さん! 今日誕生日なんだよ!」

「……そだっけ? おめでとう」

「誕プレちょうだい! 足片方でいい!」

「あげないよ!?」

「誕生日はなんでも好きなもの貰えるんだよ!?」

「好きなものすぎ!」




 丁字はぬいぐるみを構えぬいぐるみの腕を広げながら逃げ回る未優を追いかけ、机を二、三周した未優は日蔓と静璐の間に隠れた。


「それ以上近付くなら担当変える!」


 強い言葉が出た。じりじりと近寄っていた丁字はピタッと止まり、三歩引いた。

 未優はホッとして、日蔓の膝に座る。椅子が一脚しかない。



「……じゃあ未優さんケーキ」

「作れってこと?」

「作るのでも買うのでも。持ってきて」

「いや食べに行こーよ……」

「やだ面倒臭い」


 未優は日蔓を見上げ、日蔓は別にそのくらいならいいんじゃないと頷いた。


 しゃがんでぬいぐるみに隠れた丁字はにこっと笑う。


「じゃあ中に未優さんの指いれ……」

「却下」

「……大きめのチョコプレート付けてね」

「子供っぽ」

「あれ美味しいんだよ!?」


 噛み付いてくる丁字を黙らせ、日蔓は未優を立たせると立ち上がった。



「静璐、その荷物どうする? 一緒に来るでしょ?」

「ここ置いといていいよ。その人も未優さん帰ってくるまでいるでしょ」

「ついて行きます」

「じゃあ衝羽、トンカチ君の荷物頼んだ」

「ラジャです」


 未優に指示された衝羽はコロッと意見を変え、静璐は衝羽に袋を渡した。





 三人でケーキ屋へ。


「丁字はねー……和風が好きって言ってた気がする」

「あの人って洋風で育ってんすかね。和風?」

「さぁ? ヴァイオリンなら洋風じゃない?」

「でもこの前緑茶飲んでなかった?」

「着物とか想像つかない」

「スーツも私服も想像つきませんよ」


 それはそう。






 抹茶ケーキにホワイトチョコのプレートをつけてもらう。下の名前は嫌いらしいのでHappy Birthdayだけ書いてもらった。

 いつも大量に買うせいで顔を覚えられ、今日は一つでいいのかと笑われる。



「今日はお友達の誕生日?」

「そうです。さっき誕生日だって言われて」

「優しいですね。きっと喜びますよ」

「チョコプレートが好きらしいです。付けてねって言われました」

「小さい子? 特別感があって好きって言う子多いんです」

「んーん、普通の大人」


 未優が扉前で待っている日蔓を指さしてあれぐらいと伝えると、定員はくすくすと笑った。



「あ、蝋燭はどうします? 数字のやつがありますけど」

「何歳か知らないからいらないです。なんか、たぶんそういうのいっぱいある気がする場所で祝うので必要ならあるの使います。蝋とか型とかはあるし」

「どこかの工場?」

「そんな感じのところ」

「仕事終わりに?」

「休憩時間? みたいな時に。三時のおやつで」

「とても喜ばれそうですね」



 お金を払って定員さんから箱を受け取り、おまけで何も書いていないチョコプレートも一枚貰った。週二でケーキを十近く買ってくれるお得意様の証らしい。そりゃこんな頻繁に大量に買う人いないよな。



「ありがとうございます。絶対喜びます」

「また来てね」

「近いうちにまた」



 何気にケーキを一人で自分で買ったのは初めてだなぁと思いながら外に出て、静璐にケーキを渡した。


「おまけでチョコプレート付けてくれた。なんにも書いてないやつ」

「そりゃ店側としてはこんだけ買う客は手放したくないだろうよ」

「日蔓さん荒みが出てます」

「……よかったね」

「もう遅いよ」


 未優は日蔓を睨むと一番に車に乗り込んだ。









 先ほどの部屋には丁字(ちょうざな)の姿はなく、ただ一人ぽつんと待っていた衝羽の姿だけ。


「ただいま。衝羽、丁字は?」

「おかえりなさい! 人形持って出ていきましたよ」

「未優、呼んできて」

「はーい」


 たぶん丁字の個人ラボかな。あそこで色々作ったり研究したりして寝泊まりしていると言っていた気がする。

 寝泊まりまでこの中でやってるなら棟から出られないと思っても仕方ないでしょ。




 壁についているブザーを鳴らし、少ししても出てこないので左右に開く引き戸のパイプのような取っ手を掴んでめいっぱい引いた。

 これ、片方開けたらもう片方も一緒に開くタイプだからなのか片方だけで物凄く重い。こんな重い扉を未優と変わらないあの細い腕で開けられるのか。




 数十秒頑張って、諦めると自分で出て来いとまたブザーを押した。数秒してゆっくり扉が開く。


「無理だった?」

「その扉重すぎ」

「ううん、内から閉めてた」

「はぁ!?」



 片手にぬいぐるみ、片手で怒る未優と手を繋いで、皆のいる部屋に戻った。既にケーキが出され、ケーキにはプレートが二枚。



「ねぇ日蔓これ酷いよ! 私で遊ぶ!」

「未優が遊ばれるのはいっつもでしょ」

「あ、未優さん、はいぬいぐるみ。中身替えたよ」

「はや。ちょーだい」


 ころころ表情が変わる上機嫌な未優にぬいぐるみを渡し、丁字と未優は日蔓の向かいに二人で並んで座った。向かいから衝羽がケーキと未優だけを撮る。



「かわっ……!」

「それじゃあ丁字ハピバ。はいフォーク」

「じゃあ未優さん食べよ」

「いいの?」

「この量一人じゃ無理」

「やった! いただきまーす!」

「まーす!」


 二人で大きく合掌すると、そのままケーキを丸ごとつつき始めた。

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