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鏡界館  作者: 織優幸灔
一章
44/155

44.丁字

「次。高ランク界魔対策のための新ウェア開発について、は……」

「あの、我々は常に研究と改良を続け、現実問題可能なまでに毎日誠心誠意研究しているんです。でも、作るとなればそれなりの費用や、特殊繊維を用いるのでそれの確保も必要ですし……」

「費用はどのくらいじゃ?」

「何人分作るかにもよりますが、一人あたり三十から五十万は……。大きさや体型、その方に合わせた調節も必要ですので……」

「……ちょっと待て」


 線蓮が頭を抱えた。




 技術屋を代表する技術統括課長は隣にいる誰かと怖々しながら色々と説明していく。こう聞くと技術屋も大変なんだなぁ。こんなことをあの極寒の地の中でなんて。



「……いや、予算的には全員の上がった給料を削ればいけるんじゃがな」

「おい線蓮!?」

「あ、一人、太薰蛇(たしげだ)様の専属が自分の給料四ヶ月分を全て太薰蛇様の新スーツとそれ以外の給料のいくらかを靴の開発費用に当てて作った奴がいます。だいぶん変わった奴ですが……」

「待て。そいつ生活は?」

「あれ実家が鏡界館知りながら開業医と大学で研究者やって親戚が弁護士とかパイロットとかなんかそんなエリート揃いの家系でめっちゃ可愛がられてる奴なので……」


 そんなすごい家系の一人だったんだ。



 全部を聞いた線蓮は椅子から落ちて膝を突き、机に突っ伏した。


「援助に欲しいんだが……」

「……もしかしたら、太薰蛇様がなんかやったらいけるかも……? しれません。交渉術とか話術とかなんかそんなんもできる奴なんで……」

「なんでそんな奴が普通の専属やっとる!? もっと上に上げろ!」

「いや、だって上に上がったら専属はできないじゃないですか……」

「幼女趣味か!?」

「主食足の足フェチです」







 技術屋が一人丁字(ちょうざな)を呼びに行っている間、少しの休憩が挟まれる。


 日蔓は皆に引きずられて行っていなくなったので未優の傍にいるのは静璐だけなのだが、未優が先ほどから全く動かない。



「……未優さん」


 少し心配になって肩を揺すると、未優の体が力なく抜けた。嫌な予感がして体を起こせば、やっぱり糖が足りずに完全脱力状態になっている。



「ちょっ……衝羽(つくばね)さん!」


 遠くで未優をガン見していた衝羽を小声で呼び、自分を指さした衝羽を手で招き寄せる。早く早く。



「未優さんが低血糖的なやつで……」

「ちょっと、三分待ってて。はい飴」

「あ、あざます……」



 お礼を言う頃には衝羽は既にいなくなっており、静璐は飴を未優に食べさせた。少しばかり顔色が戻るのを、まだ気分が悪くて頭が支えられていないので机に寝かす。



「静璐! 未優大丈夫?」

「だいぶん重症っす」

「衝羽が行ったんでしょ。部屋に未優用の甘味は常備してるはずだから大丈夫だとは思うけど」

「……常備っすか」

「あれの身体能力すごいよ」



 本館から木々を伝ってマンションまで飛び移り、即刻戻ってくるだろう。ほら。



「未優さん! 褒めて! 違う持ってきました!」


 心の声ダダ漏れ。




 日蔓は衝羽から箱を受け取るとそれを開けて少しずつ未優に食べさせる。数口食べたところで目が開いた。


「うまっ」

「テンプレね。あとで丁字(ちょうざな)君来るから」

「来れんの?」

「来れないの?」

「だって技術棟から出れないでしょ。ねぇトンカチ君」「確かに前扉から飛び出でる寸前で止まってましたね」


 あれ線蓮も見ていたが、線蓮はあれを誰か分かっていないのだろうか。まぁいいか。丁字って案外頑固だし、無理なら連れてくる方が折れるだろう。





 そう思いながらケーキを突っついていた約一時間後、ようやく扉が開いた。いつも通りハーフアップに白衣を着た丁字と、疲労困憊が滲み出ている呼びに行った同僚。


「未優さん!」

「やっほー。出られたんだ」

「そりゃ靴さえ履き変えればね」

「遅かったね」

「そう? 呼ばれてすぐ来たよ」

「お前一時間はすぐじゃねぇよ……?」

「え? だって未優さんも日蔓さんもお前も主任も遅刻は二時間四十三分が相場でしょ?」

「……それは謝る」



 白衣のポケットに片手を突っ込んだ丁字は口元に人差し指を当て笑ったまま同僚を返り討ちにし、未優に靴の調子を聞いた。途中でケーキを一口貰ってから。



「ん、このケーキ美味しい」

「店のだからね。靴どう?」

「悪化はしてないけど、でもやっぱりかかとの負荷が大きいんだろうね。中もかかとから弱ってきてる」

「歩き方の癖?」

「未優さんの歩き方的に母指球中心のはずだからそれは違うかな。よく走るからじゃない?」


 未優の前の地べたに座り込む丁字を同僚が脇に手を突っ込んで引っ張り、それでもびくともしない丁字を未優は立っての一言で立たせた。


 靴を履き直して日蔓を見上げる。



「なんで丁字呼ばれたの?」

「さぁ?」

「ウェアの予算とか構造とか聞くためですよ。聞いてなかったんすか……」

「だって関係ないじゃん」


 これは関係ないに分類されるのね。



 未優は足をガン見してくる丁字の手を引いて専務たちの前に立たせた。口型に並んでいる机の真ん中。



「あ、母指球で強めに蹴ってるから足首の動きが大きいんだよ。だからゴムの伸縮が増える」

「……やめた方がいい?」

「それに合わせるのが技術屋の仕事だよ」

「そう。じゃあ頼んだ」


 未優は机をくぐって自分の席に戻り、未優がいなくなったことで人の多さに気付いた丁字は目を丸くする。


「え、何? 拷問? パワハラされる?」

「違う。色々聞きたいことがある」

「はいはーい。なんでもどうぞ」

「未優の新ウェア、いくらかかった?」

「お金? 作る面ではだいたい……百五十万前後? 靴はもっとかかってるけど! 設計して制作に入ったあとから完成まで約三ヶ月ちょい。でも未優さんの身体能力に追いつくスーツだからちょっと高いかもしれないけど、普通の人なら六十万前後で作れる。もっと削減しろってんなら機能をいくつか落として四十五万円までなら」


 後ろのモニターと少し見える専務の一人が持っているメニューと、線蓮の机に置かれた紙の計算表を見て必要そうな説明をザックリと。



 未優のスーツは色にも見た目にもお金をかけているので美しいかつ実用的だが、機能面のみを考え未優のものより伸縮性や耐酸性を抜けばコストは抑えられる。さらに未優のものは筋肉が痛みすぎないよう力が抜けすぎないようかなり特殊な釣り上げ効果も付けているが、それも一般人には必要ない。

 ただの耐衝撃性や斬撃耐性なら五十万もかからない。色は一色、形も大きさもこだわらないと言うなら四十万前後には抑えられるはず。

 もっと言うなら特殊繊維を胴体だけに使い、腕や手足と言ったなくても生きられる部分に普通の布を使えばグッと減って二十万前後に。


 金がかかるのは手足のゴムや特殊繊維の特殊加工のため、胴体だけ従来のスーツ型に作って服で隠せばまぁ見た目も普通だし、着心地も悪くはないだろう。それで一着十五から八万。これが最安値。


 全て未優サイズの話だが、大人サイズでも最安値で二十五万はいかない。




「従来のものでも十分使えるでしょ? スーツの機能だけ上がっても着る本人が下手くそじゃ意味がないから未優さんのしか作らないんだ。下手くそな人が着たらスーツが勿体ないからね」

「それはその通りじゃ。……スーツは誰でも作れるのか? 技術屋のお手製?」

「人によるけど未優さんの含めお手製が多いかな。業者に依頼したらだいたい数ミリズレて届くから。日本のはまだマシだけど安く作るには海外が一番だからね」

「なるほど……未優の百五十万かかるスーツを……例えば静璐サイズで使ったら?」

「静璐君身長は? ちょっと立って」


 静璐は立つと呼ばれた通り丁字の向かいに行き、少し離れた丁字は片目をつむりながら色々とサイズを比較していく。



「……最安値で百八十。でも信頼できるところを頼るなら二百は越えるかな」

「最安値と信頼の違いは?」

「繊維買って布から織んの。繊維の扱いで差は酷いよ。雑な業者は繊維が傷むし丁寧な業者は顕微鏡で見ても傷一つない。繊維の強度はまんまスーツの強度と伸縮性に繋がるから」

「なるほど……」

「布で買ったら裁断するのに特殊な機械が必要で、それも千万近くするし一人一台買ってたら億は優に超える」



 少しずつ静璐の足に近付く丁字を呼び止めて元の場所に戻らせる。こっちには最高の()があるので丁字は未優の言うことは聞いたりする。普段人の命令は全く聞かないけど。



「……専務さん、他に聞きたいことは?」

「給料を開発費用に回してるそうじゃな」

「うん。一人数十万で良い作品が作れるわけがないからね」

「いくらかの支援も」

「援助の話?」

「そう」

「本人達に言ったら早いんじゃない? 皆鏡界館には恩あるし、たぶんくれると思うよ」




 そもそもこの丁字という人間、元界魔屋として普通に界魔捕縛をしていた。それを飽きたからか興味があるからかなんかで技術屋へ。

 約八年前に現在のスーツを研究、開発、量産した結構凄い人。その後足の観察に明け暮れ、昇進放置後に未優の足に惚れて今に至る。


 年齢も性別もイマイチ分かっていないような人間の家系を誰かが知っているわけがない。聞けば何についてもだいたい熱弁されるか、知らないことには返事もしない超両極端な人間だぞ。




「……分かった。情報提供助かる」

「それじゃあもういい?」

「あぁ。……他、技術屋のこと以外でも質問があるものは?」

「あの、繰り返しで申し訳ないんですが」


 また技術統括課長が立ち上がり、未優と四班の間に割り込んで膝立ちしていた丁字の方を見る。



「太薰蛇様の新スーツは丁字君一人で勝手に作ったものなんです。ここじゃなくてもいいので量産するとなれば技術共有をして頂かないと……」

「一人で作ったの?」

「だって皆それぞれの担当の開発で疲れてるでしょ。未優さんの靴を大扇(おおおぎ)に伝える必要はないし未優さんの特殊スーツの技術を課長に言う必要もない」

「必要性出てきましたけど」


 丁字は口を開けて未優のケーキを貰い、予備の使い捨てフォークを見付けると一緒に食べ始めた。珍しく未優が威嚇しない。



「必要なら教えるよ? でも教えても作る予算はない」

「その予算の話してたんじゃないの?」

「……新しいスーツ作る開発費用の話じゃないの?」


 二人で顔を見合せて首を傾げ、体を百八十度ねじって日蔓に問い掛けた。あくびをしていた日蔓は何も聞いておらず、日蔓も首を傾げる。


「静璐に聞いて?」

「違うのトンカチ君」

「ルーキー君」

「未優さんのウェア量産の費用の話ですよ? 開発費用って新しいウェアは開発されたんですから」

「……じゃあ未優さんのために開発したスーツ技術が無断使用されるってこと!?」

「そこは上司がなんかするでしょうよ……」



 全てを理解した丁字は信じられないものを見る目で課長を見て、課長は線蓮に流した。線蓮は頭を押える。


「契約でもなんでもやるから今は黙っとれ……!」

「はぁい」

「未優もだよ」

「私? 分かった……」



 未優は少し納得いかない顔で、丁字は何も気にすることなく二人でケーキをつついた。

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