38.学校
一ランクの緊急要請二回に厄介な専務の相手と学校問題と、やっぱり傍を離れるんじゃなかったな。
線蓮からの連絡メール内容にため息をつきながらいくら請求しようかと吟味する。
「……もしもし? 未優の様子どう?」
『学校はとことん嫌がっとるな。不良と化しとる』
「やっぱり? 集団行動が苦手だもんな……」
ホテルの椅子に座って悩み、誰か暇な人はいないかと探す。衝羽は駄目。構いすぎるし未優が嫌がったらすぐやめるのでわがままになる。
希愛姉妹も従順すぎるので却下。
苺米課二班の三人は結構馬鹿なので宛にならないし、静璐とやらせたらぶつかるだろうしなぁ。ぶつかって未優が手を出したら静璐が牽制できる気がしないので駄目。
そう思ったら未優と結構相性いいんだな。
だって未優もまぁ気が強いのにそれに張り合うだけの気の強さだろ。ヤバいじゃん。
「……線蓮明日暇?」
『暇な日があるわけないじゃろ。でも曄雅の頼みならなんでも聞く』
「未優に無理やり勉強教えんの誰かできないかなと思って。団体行動をやったことがないからたぶん理解してないんだよね」
『……それこそ学ばせるべきではないか?』
「いや学校ではいいよ。どうせ静璐も入ったし色々新人も来るし」
これから交友関係は勝手に広がる。そのうちに合わない人とも尽くす人、尽くすべき人、友人的立場もライバル的立場も全て学ぶんだから、今学校で嫌々やらせる必要はない。嫌な環境下で置いても全員と敵対するだけだ。
『勉強ぐらいなら手伝うが』
「頭はいいから逃げそうになったら椅子に縛るぐらいでいいよ。糖分補給させながら決めた時間は絶対やらせて」
『分かった。寮? 学校でか』
「んー……いっつも空き教室でやってるしそこにいるんじゃない? 未優がいた場所でいいよ」
静璐の報告ではクラスにはほとんど行かず担任にも噛み付いているみたいだし、今は支配人による怪我で行動がかなり制限されているので空き教室にいると思う。
「それじゃ任せたよ」
『ラジャ』
と任されたので昼前に来てみたが。
少し教室の扉を開けると未優が座って寝ていて、向かい合わせになった机いっぱいに教科書や周りには日蔓が書いたであろうホワイトボードも並んでいた。
九九や時間の求め方、速度の求め方等暗記するものは何も覚えていないのでホワイトボードを見ながらやっているのか。
未優本人机に腕を投げ出してペンを持ちながら寝ている。こうやって見ていると可哀想に見えてくるな。
向かいの椅子に座って未優の歳の教科書をペラペラとめくり、付箋で日蔓が目印を付けていた所に目を通す。
何日から何日で何ページを、何日は何ページの練習問題をと全て書かれている。
元々漢字を書けないで有名だったのだが、今は小学校レベルの簡単な漢字は書けているようだ。スマホに打って会話したり普段の会話の分には違和感ないが、こう見たら本当に基礎教育ができていないのを実感する。
未優の頭をつついて寝ている未優を起こした。
「未優、起きろ」
「……んー……」
飴を口に突っ込んで待っているうちに目が覚めてきたのか起き上がって、腕を伸ばして大きなあくびをした。髪が短い理由が分かった気がする。
「……線蓮さん」
「日蔓の代わりじゃ」
「日蔓の席だよ」
「代わりじゃて」
「代わりは本人じゃない」
「黙れ」
未優は何が気に入らないのかムスッとしたままノートと教科書を読み返し始め、教科書の問題を自分なりに噛み砕いて理解したところの解説を書いて進めていく。
見ていて、確かに基礎教育が分かっていたら理解はできそう。今も小学校の教科書を見ながらだが少しずつ飲み込んでいる。
「……平方根……?」
「累乗の式のことじゃな」
頭に疑問符を浮かべる未優に、ホワイトボードを使って解説した。
ホワイトボードに書くのをノートに写すのを見ていたら本当にただの授業。
「……累乗が平方根ってこと? 呼び方分ける意味なくない? 暇人か?」
「ちょっと違う」
未優の謎の探究心を埋めるべく色々と調べながら説明しながらしているうちに勝手に納得したらしく問題に取り組み始めた。案外真面目だなとパソコンを開き、仕事を始める。
時々様子を見ていれば、だんだん集中力が切れたのか顔を上げてキョロキョロを繰り返す。少し怪しくなってきて、警戒しているといきなり未優が静かに立ち上がった。
ペンを置いてどこかに行こうとするのを腕を掴んで止める。
「おい」
「……トイレ」
「じゃあスマホ」
「離せ!」
「さっきまで寝てたじゃろ」
「もう飽きた! やだぁ!」
「傷に触るぞ」
未優の腕を掴み、教科書を開いて進行状況を確認する。遅れていた分は取り戻せたが今日の分がまだだ。追いついただけで安心して集中力が切れたか。
「終わってるでしょ」
「今日のところがまだじゃ」
「明日やるのー! もーやだー!」
「明日は社会。数学は今日。曄雅が帰ってくるのに怒られるぞ」
「だってもうやだやりたくない! 疲れたし!」
「ちょっと休憩してでもやるぞ!」
体を振って子供のように駄々をこねるが、それで許されるわけがないのでそのまま椅子に座らせた。
未優はペンを持たないという固い意思の表れか手を袖に隠したまま机に突っ伏す。反抗して新しい飴を食べようともしないし、一体どうしたものか。
「……じゃあ未優、今日の分終わったらアイス買いに行こう」
「どこに?」
「どこでもいい」
「線蓮さんちょっと老けたね」
「アイスなしにするぞ?」
「すみません」
未優は嫌々ペンを取ると飴を食べながら教科書を読み始め、未優の言う通り少し老けた線蓮は仕事を再開する。線蓮の美の根本は好きからの福利厚生。仕事をした分労われる。でもここ数日は労いがない。腐るに決まっとろう。
スイーツで釣られた未優は凄まじいということもないスピードで三時間近くかけて二ページを終わらせた。もう半泣き。
「終わったァ……」
「それじゃ行くぞ」
「よっしゃァ!」
たぶん日蔓がいる時はこんなご褒美もないのだろうが、普段日蔓から半日以上は離れない未優が七日間近く頑張ってこれからも頑張るご褒美。
あとは単に線蓮に釣る以外でやらせる技術がない。
「行きたい場所は?」
「新宿!」
「遠い……」
「んな田舎に美味しいソフトクリーム屋があるかってんだ」
未優に半ば強引に車に乗せられ、ソフトクリーム一つを目的に車で一時間半。
「着いた!」
「離れるなよ。ただでさえ絡まれやすいのに」
「……その顔で言われても」
「女の子供が危ないと言っとる」
未優に手を差し出され、それを掴むと未優は掴み返すことなく歩き出した。
いつも日蔓と一緒に手を繋いで歩いているのを見ていたが、いざ自分になると違和感。
「未優は自分で手は繋がんのか?」
「繋いでる」
「握り返したり」
「だって自分で握ったらはら……われ、る……? 何言ってんの?」
「こっちが聞きたいわ」
未優は不可解なものを見る目で線蓮を見上げ、同じく分かっていない線蓮も首を傾げた。
「ほらあんじゃん存在意識? 潜在意識? え? なんかそんなんだよ」
「雑すぎんか」
「いーの」
人が多いのではぐれないよう絡まれないよう手を繋ぎながらアイスを頬張る未優を写真に撮り、日蔓に送った。
日蔓からは一言、誘拐すんな。してねぇ。
「線蓮さん、日蔓の出張ってどこ?」
「今回は福岡の支部じゃ」
「……一週間って長いね」
「未優の中では最長じゃな。寂しいか」
「ちょっと不安。皆日蔓関係で良くしてくれてる人達だし、静璐に頼りすぎるのも迷惑だし」
普段考えなしに過ごしていそうな未優の少し意外な本音に驚きながら、未優の頭を撫でた。
「皆曄雅から未優を取ろうとするほど未優が好きじゃろ。そんなことで不安になる必要はない」
小さく頷いた未優の手を引きながら、また車に戻った。




