22.あばら骨
パンと言うよりかはバンに近い平手打ちの音が鳴り、周囲にいる皆が顔を引きつらせた。
「お前が保護するからと言って任せていたのに。何が拉致られただ」
「待て」
会長と日蔓の間に人が入り、会長は一歩下がった。
「……退け寒白。お前には関係ない」
「大いにある。俺の弟子も重症で、俺の弟子がお前に太薰蛇を保護しろと掛け合っていたらしいからな」
会長は息を詰まらせ、寒白はこっそり連れ込んでいた弟子二人に日蔓の縄を解かせる。
「何故太薰蛇を保護しなかった。もっと前から接触はあっただろう」
「役職持ちでもないのに目にかけることはできない。夢を見たら知らせろとは……!」
「夢を見るのはコントロールできないと知っているだろう!? 今回のように外すことも今までにあったはずだ! お前自身が周囲の批難に怯えて行動に起こせなかっただけじゃないのか!?」
寒白の怒声に皆が首をすくませ、椅子に縛られていた縄が解けた日蔓は立ち上がると寒白の肩を掴んで下がらせた。
やられたら三倍返しが日蔓のモットーだ。だから殴られたら殺すし罵倒されたら瀕死になるまで殴る。
でもそれをしたら確実に犯罪者になるのでとりあえず顎を殴るだけで。
「こんなんしてる暇あるなら今すぐ鏡界開く方法でも探せよ。静璐だって戻ってきてないのに」
「あいつはもう……!」
「あーはいはい見捨てる主義ね。……どうなるか考えとけよ」
会長を退かし、包帯が巻かれた手で扉を開けて部屋を出た。
二度ノックして扉を開ける。
中でスマホを見ていた線蓮は驚いた様子で笑い、日蔓に手を伸ばす。
「曄雅が見舞いか? 珍しいの」
「一応助けてもらったんでお礼」
片手だけ手を掴み、二秒してから振り払う。
「助けてなどない。連れ去られてしまったのは事実じゃ」
「でも」
「でもも何もその真実は変わらんじゃろ。……支配人は未優と静璐が殺されることを懸念したし未優の腕を治した。あの二人は無事じゃよ」
「静璐は……」
「静璐も支配人の傍にいる。……未優の夢ではあの子と静璐が狙われていたんじゃ。行動は違えど本筋は変わらんはず。たとえ別の界魔が連れ去ったとしても支配人は殺して静璐を手に入れるじゃろう。何をされてるかは知らんが心配するな。絶対にまた三人揃うから」
線蓮の言葉に小さく頷いていると、線蓮がいきなり膝立ちになって日蔓の頭を両手で撫でた。
「なんじゃ曄雅らしくない! 男が背を丸めるなと何度も言うたろうに! しゃんとせい!」
「うわっ、ちょっ……!」
日蔓はそれを嫌がるが怪我人の手前強くは振り払えず、線蓮はひとしきり撫でて満足したあとに手を離した。これでしばらく若返る。
「……線蓮の骨折は?」
「二本折れて胃破裂じゃと。あの人も本当に力加減を知らぬ。困った人じゃ」
「手術は終わったんだよね」
「仕事より体を優先しろと怒られた。慰めてくれ」
「こっち来んな……!」
両手を伸ばして近付いてくる線蓮の顔面を突き放し、日蔓に元気が出てきたのを確認した線蓮は惜しがりながらも引っ込む。
「まぁよい。静璐が帰ってきたら静璐に手引きしてもらうから」
「僕と静璐の中引き裂こうとしないで」
「曄雅はわしだけ見といたらよい」
「さらっとヤンデレを出してくるな」
流れに流され、日蔓が線蓮に膝枕をしていると病室に他のお見舞いがやってきた。
「あ、師匠。皇雪と鬼燈も」
「お前また若い男に手を出して……」
「まだ手は出しとらん」
「永遠に出される気はない」
「日蔓君、新入りに目がいかないよう気を付けてな」
「そうなったら出るとこ出るんで」
線蓮の頭に手を置き、よしよしと撫でた。よしよし、一生下僕でいろよ。
「いいなぁ線蓮。そこ変われよ」
「嫌じゃ」
「日蔓、お前会長に呼び出されたんじゃなかったのか」
「終わった」
「鬼燈、今年の大会はどうなる? 中止か?」
「会場が整い次第再スタートだと」
「一から?」
「一から。楽しそうに内容考えてた」
「あのクソジジイめ」
日蔓の言葉に線蓮と鬼燈が頷いていると、皇雪が鼻で笑いながら腕を組んだ。
「お前は棄権だな」
「一人で出ていいなら出ますけど? やりたいことできてないし」
「よいぞ!」
「良かねぇよただでさえ狂ってるゲームバランスが崩壊する。ただでさえ崩壊寸前なのに!」
「良いではないか! 既に崩壊しておる!」
「そーだそーだ!」
「せめて一年だけでもバランスを保て!」
専務三人がギャアギャア言い合っていると、通りかかったナースにうるさいと怒られた。
「……次聡、お前喋って平気なのか?」
「別になんともない。研修生の時に比べたら百倍マシじゃ」
「そんなキツかったっけ」
「皇雪はほとんどサボっとったろうが! 才能もないくせに自惚れおって!」
「うるさい」
線蓮が無言で皇雪を指さしていると、何を思ったのか皇雪が同じ人差し指を絡ませた。
線蓮は固まり、鬼燈は大笑いし始める。
「あははは! お前頭……! メル、ヘン……!」
「だってさされんのやだ」
「離せ気色悪い!」
「お前もまぁ気色悪いぞ」
日蔓は線蓮の額を爪で刺し、線蓮はへらへら笑い、鬼燈は日蔓に罵倒される線蓮を羨ましがる。俺も俺もと言ってくるが言ったら喜ぶので無視。それでもちょっと楽しそう。
「寒白さん、これって結婚すると思います?」
「いや無理だろ」
「そもそも次聡、お前恋愛対象が男なのか?」
「いや普通に女じゃが?」
「じゃあ退けよジジィ!」
「なんで日蔓君に執着するんだ」
「……強いて言うなら推し?」
「意味分かんねぇ……」
日蔓が線蓮の頭に手刀を落としまくっていると、線蓮のスマホに電話がかかってきた。
日蔓が勝手に取って相手を見る。
「女だ。部長の名前じゃない」
「見せて見せて」
三人ともが覗き込み、しかし寒白が見る寸前で線蓮がスマホを奪い取った。
部長じゃない。白梅課長の下の名前だ。そりゃ皆が知らないはず。
「はい」
『入院中失礼します。希愛姉妹って知ってます?』
「当たり前じゃ」
『未優さんがいなくなってから半狂乱で、普段ならそばとうどんで落ち着くのに一切落ち着かないんです』
あんな海外チックなお嬢様なのに好物は日本なのね。
日蔓の膝から体を起こし、髪を適当に梳いた。この長い髪も切りたいんだけどな。
「鏡界でエンドレスに戦わせておけば良い。それか捜索に当てろ」
『動いていいんですか? 皇雪さんからの指示がまだ届いていませんが……』
「届いてないんじゃなくて出てないだけじゃ。構わん」
『では至急捜索に当たります。……他の班にも?』
「いやいい。やりたいやつにだけやらせておけ」
大会が再度行われるならもっと鍛えたい人もいるだろう。無理に捜索に当てる必要はない。そのくらいは専務と部長で補える。
『では希愛姉妹を中心にやりたいものを集めます』
「指揮は任せる」
『はい。失礼します』
通話を切り、白梅に必ず主任とともに行動するよう伝えろと送っておく。
部長数人にも班の数名が動くと伝え、なるべく行動範囲が被るようにと伝えておく。あとで白梅から行動人数が来るはずなのでスケジュールを合わせないと。
「次聡は早く統括になれ。なんのために鍛えたと」
「分かっておる」
「分かっててもこいつは俺に勝てないから無理だ」
「いや上が予算から外したがらないから。曄雅、早く専務に上がれ」
「それはお前と線蓮と一生口聞かないっていう申し出に通じるけど」
「良い良い一生主任で良い! 好きなところで働け! なんなら働かなくてもわしが養う!」
「一生無視もあり……?」
「やめろお前の趣味にわしを巻き込むな!」
線蓮はすっかりおとなしくなった日蔓に抱きつき、鬼燈は腕を組んで割りと真剣に考え始めた。
日蔓は線蓮を剥がすと立ち上がる。
「どこへ行く」
「帰る。くどいし」
「ついて行く!」
「お前入院中だろ」
寒白は線蓮を押え、線蓮は日蔓を掴み、日蔓は線蓮の手を握ると緩んだ手から離れた。
「あぁー……」
「じゃーねー」
「ようがぁ……」
日蔓が出て行ってから数秒してしょんぼりしていた線蓮はケロッと顔を変えた。
「さてと皇雪」
「ん?」
「ラムネはもちろん連れて帰ってきな? 忙しくて一言も聞いていないが」
皇雪が両手を差し出すと、皇雪はそこに手を重ねた。
「それがなぁ?」
「なんじゃ。まさか」
「うん。逃げた」
皇雪の両手を掴むと肋など気にせず腹を蹴り飛ばし、みぞおちに入った皇雪は思わずしゃがみ込む。
ラムネとは線蓮が飼っている青い猫だ。品種はバーミラで、天災を予知できひらがなを読み言葉を理解できるという謎の猫。真っ青というわけではなく、薄い水色がかったシルバーの毛。それに蜜のように深い金の目をしているのでとても美しい猫と評判だ。
皇雪が遠征に行くのに、大地震が危惧されていた頃だったので少し借りて行った。結果、逃げた。
「どこで逃げた? いつ?」
「き……もち、わる……」
「どうでも良い。喋れ」
逃げたのは一ヶ月半前。家から出ていなかったのでどこに行ったかは知らない。
「次聡、一般人の手に渡れば大変なことになるぞ」
「闇市で取り引きされたら国の経済動くな」
「そんなことより心身の無事じゃ」
未優捜索は界魔たちから聞けばいい。未優捜索以外の全班と未優捜索含めた全部長はラムネの捜索に当てよう。
もし一般人の手に渡れば鏡界に出入りしてしまうかもしれない。そうなればネットで鏡界のことが広まるのは一瞬だ。
普段は線蓮としかいかないが、元々鏡界生まれ鏡界で会った猫。一人で鏡界に行けてもおかしくない。
鏡界内には猫なんぞ簡単に殺すような界魔がうじゃうじゃしているのに。




