21.拉致
界魔の塔から出てきた界魔を殺し、線蓮から聞いた未優の元へ向かう。
木々を登り、反射防止の特殊ガラスを蹴り割った。
ガラスの音とともに何か水の音も聞こえ、病室内の光景に絶句する。
ほとんど息をしていないあの電気の少女に、支配人に首を押えられ足が付かないせいで呼吸がまともにできていない未優。抵抗できないよう腕の腱が切られ全身の肌が青白い。異音の混じった呼吸音。
「おや、保護者が来ましたか。……もう一人の子がよかったんですが」
「……ひ……か……」
「その手離せ。今すぐ帰れよ」
日蔓の鏡瞳で床に溜まった血液が波打ち、全身に痺れの走った支配人は未優の首を絞めていた腕を離した。
腕が大きく痙攣し、内から激痛が走る。
足が動かないまま落ちた未優はそのまま倒れ込み、咳とともに吐血すると、そのまま気絶した。
「……貴方のその力もまぁ面倒臭い。……先に殺しておきましょうか」
「死ぬのはお前じゃ人喰い界魔め」
日蔓が割った窓辺でもう一度勢いを付け直した線蓮はそのまま支配人の顔面を蹴り飛ばした。どんだけ威力があるのか、支配人は壁に叩き付けられる。
その間に日蔓は未優の傍に寄り、未優の脈と呼吸を測る。
「息が……!」
「失血性ショックじゃ。連れて体育館に行け。医者がいる」
「わかっ……」
「何故行かせると」
支配人は立ち直すと、目では追えない早さのまま線蓮の顔面を押えて床に叩き付けた。床にヒビが入り、少し風穴が空く。
たぶん朝の師匠の膝蹴りで肋が二本か三本か折れていたんだろうな。今明らかに内臓に刺さった感覚がした。
血を吐きながらもその腕を掴むと足を払って床に押さえる。
「曄雅! 行け!」
「無理だと」
支配人は床に溶けるようにいなくなると、外の窓から姿を現して落ちていく日蔓と未優を鏡界に引きずり込んだ。
「言ったでしょう」
日蔓だけは別の鏡界へ。こちらへ来て荒らされると困る。
「……死にかけか」
「支配人、もう一人が別の奴に取られました」
「あぁ、だからいなかったの。……喰っていいよ」
未優を治すのは部屋に連れて行って鎖で繋いでから。
人間は平らな土地に建物を建てるが、我々、人間の言う鏡界魔は植物を基にして住居スペースを作る。ここは最も定番の木の幹をくり抜いて作った居住地。
こちらの木々は一周するのに一日かかるほど大きな太い幹を持つ。そして、そんなに太いくせに一センチも繋がっていれば普通に成長するのでこれをくり抜いて使うのが主流だ。
たまに球根や花の茎に作る奴もいるがそういうのはこの辺りにはない。
未優をベッドに寝かし、手足に人間の言う鉄よりもよっぽど強固な鉱石で作られた鎖を繋いだ。
鎖は天井四つ角に留められ、これは支配人もちぎれない。それほど強固なものを作らせた。
鎖が根元から抜けることもない。既に植物が飲み込んでいるので抜ける時は燃えた時か植物が腐った時だ。
「支配人、もう一人は無事でした。……そこの人間よりは」
「逃がさないように。彼の力は未知数だから」
「承知しています」
未優のみぞおちと右胸下に指を一度ずつ当て、手をかざした。
「いっ……あァァ……! 痛い……!」
「すぐ楽になるよ」
未優は傷だらけの体をよじらせ、うつ伏せで体を抱える。この小さな体にその痛みは可哀想なので背に手を置き、さすりながら痛みを取った。
未優は荒かった呼吸を整え、顔を上げて支配人を睨む。
「元の場所に返せ……!」
「おとなしくしていれば明日にでも。先ほどの状態では人の手では治せませんからね。それではごゆっくり」
「おい!?」
「あ食事はちゃんと用意しますよ」
緩く手を振って、大きな重たい二枚扉を閉めてから鍵をかけた。
三つ隣の部屋へ行き、扉を開けた。
中にはまだ気絶している静璐。ずいぶん酷いことをされたようだ。
体中痣だらけになっている。可哀想。
ベッドの傍にしゃがみ、静璐の頬を突いた。
何度かやっているうちにゆっくりと目を覚まし、ベッドから勢いよく飛び退く。
「ななな誰!? どこここ!?」
「元気で何より。君はしばらくここにいてもらうので早く慣れてくださいね。人間と同じ生活は保証するので」
「支配人……!」
「おっ……と、鏡瞳は意味ありませんよ。殺そうとしても無駄。私に死の概念は通用しないので」
「鎖外せ! 皆は!?」
「無事ですよ。君がおとなしく捕まってくれたので。……誰にも手は出していません」
人間、理にかなったことを言っておけば疑心暗鬼になっていながらも信用してしまうものだ。それもこの心配と不安の積もる状況下では尚更。そう観察結果が出た。
「一週間もいれば戻れますから。君がおとなしくしていればね」
「一週間!? ふざけんな!」
「まぁまぁ。我々は人間との共存を望んでいるだけです。……悪いようにはしませんよ。鎖以外で不満があればだいたいは受け付けますし」
皆が無事と分かって相当おとなしくなったらしい。これは連れ去った界魔に悪いことをしたな。お礼をするべきだった。可哀想。
「それでは、食事はまた運んでくるので」
扉を閉め、二重の鍵もかけると指でキーリングを回しながら自室に戻った。
メロンを出し、ナイフで切ると八等分をさらに六等分にして食べる。
味はない。感情はあれど感覚はない。あるのはずいぶん前に得た聴覚と視覚だけ。
感触も痛覚も味覚も温覚も何もない。何もないが何があっても耐えられる体なので問題ない。便利な体でしょ。




