20.合同訓練競技大会⑶
「疲れた……!」
「三位お疲れ様」
「せめて二位になれよ」
鬼燈に邪魔され希愛海に越され、鬼燈をかわしながら頑張った結果三位。
「トンカチ君にも疲れたってあるんだ」
「精神的に疲れました」
「それは……ご苦労」
「未優、次パン食い競走だってー」
「走らせすぎだろ」
「静璐出してもいいよ」
「出る出る! 何パン!?」
「知らん」
菓子パン狙おう。
ルールは簡単。パンを食ってゴールした奴が勝ち。コースアウト以外なら何してもいいよ。
「菓子パン全部かっさらおう」
「お好きにどうぞ」
「未優さんもまぁまぁ卑怯っすよね……」
「高潔な人間が社会で勝てると思うなよ」
未優は上機嫌でコース上に行く。
既に白梅一班の班長である繰紫がいて、パンを見定めていた。いや、驚いているだけか。
未優の身長でも、百八十以上ある繰紫でも飛んだとして届くか分からない位置に設置されたパンが計十四個。何十人かは確実に落とす気だ。
あの高さならギリ届くなと思っていたら、未優の視線に気付いたのか知らないがもっと高くに棒が上げられた。いじわる。
「なんだよあの高さ……!?」
「甘党ツートップだ……!」
「未優様頑張って下さいまし!」
「班長大人の対応を見せてくださいませ!」
既に観客が楽しみ始め、未優はあくびをしながら先頭に並んだ。
腕を組んだいかつい男がパンを見極めているのが面白いな。
「未優ちゃん、どのパン食べたい?」
「メロンパン」
「じゃあ俺は塩バタークリームにしよう」
「あの形状のメロンパンは高崎のメロンパン……!」
「明石職人社のクリームパンが一番よ」
甘党の二人が菓子パンだけ分析していると、未優の隣にもう一人立った。
「……陽南花部長」
「なんだ太薰蛇」
「邪魔なんでもうちょっとそっち行ってください」
信じられないようなものを見るような目で未優を睨み下ろしたあと、ちゃんと横にずれてくれた。この人無口で冷淡と言われるが結構律儀で真面目で人情に厚いんだよな。
「……日蔓が出るらしいな」
「いつ出るかは知りませんけど」
「殺戮馬鹿が何をするか知ってるか」
「さぁ? でもまぁ殺人ではないと思います」
「それは前提条件としてだな……」
陽南花の言葉と被せるようにいきなり審判の掛け声がかかった。
「位置について! よーい……」
ピストルの音とともに未優が先頭を突っ切る。
大きく踏み込んで、内ももと足のバネをフル活用して高く高く飛び上がった。
未優の場合、その場で飛ぶより助走をつけて飛んだ方が高く遠くへ飛べる。
「飛んだ!」
「高いねー……。あれどうする気だ……」
どうする気だと思えば、未優は棒の上に軽やかに着地して先ほど暗記した順番で菓子パンを奪っていく。
すぐに追いついた繰紫と陽南花には取られたが、他のパンは全部取れた。
「おい卑怯だぞパン落とせ!」
「ガキだからって許されると思うなよ!?」
「ガキだからって大人の言うこと聞くと思うなよ」
フックにかかっていた紐の輪を指にかけ、ぶらーんと吊り下げながら平や研修生、いることに全く気付かなかった皇雪を嘲笑う。
メロンパンをかじると食べながら一番にゴールした。
ゴールテープを切り、むしゃむしゃとパンを食べ続ける。
パンを食ってゴールした奴が勝ちと書かれていたが完食しろとも一つだけとも書かれていない。この会社に染ったらこうやってひねくれるんだぞ。ひねくれた究極形態が現会長だぞ。
「一位、西木課三班チーム太薰蛇未優さん。二位、部長Aチーム陽南花大燿さん。一位には十点、二位には五点。それ以下は二点です」
参加者やそのチームメイトから大量のブーイングとBADが送られていると、いきなりマイクの声の主が変わって鬼燈の声が聞こえてきた。
『文句言ったやつ三点減点』
『鬼燈、勝手に変なことを言うでない。誰が文句言ったかなんぞ分からん』
『パン取れなかった奴ら全員引いとけ』
『お前自分の首絞めたぞ。皇雪が一番文句言うとるのに』
マイクが切られたかと思えば今度は地声の鬼燈の怒鳴り声がどこからが聞こえ、未優はゲラゲラと笑いながらパンを食べる。
『……これが分かったら一般ルールに従わないことじゃな。今年は例年よりぶっ飛んどる』
マイクが切れ、日蔓は未優からカレーパンをもらった。
「これ競技より抗議の方が時間取られるねー」
「毎年そうだよ」
「毎年やってんのに毎年抗議されるんすか」
「毎年違うやつが抗議するから」
約七種目を終えて昼前になり、既にげっそりしている静璐とまだ一度も出ていない日蔓はともに昼食のおにぎりをかじる。未優は出店巡り。
「鬼燈と仲良くなってたねー」
「ま、まぁ……?」
「上の人と仲良くなるのはいいよ。自分に理不尽が降りかかった時に守ってもらえる。まぁ静璐と未優は僕が守れるけどねー!」
「それより日蔓さん、未優さん一人で行かせて大丈夫なんですか?」
「小学生じゃないんだし」
「いや、あの顔だし……」
有名テレビ番組美人大賞の優勝にも勝つような美人だし。
静璐の言葉に日蔓は黙り込み、二人で無言で首を傾げ合う。
「よし行こう」
「ぅす」
出店通りを歩いているうちに人集りに出くわして、静璐が中心を見るとやっぱり絡まれていた。そりゃコンビニで百パーセント絡まれる人はいつでも絡まれるんよ。
「いました」
「やっぱり? 未優!」
大きく呼べば、皆がこちらを見たので人の輪を割って中に入る。ケロッとした様子でたい焼きをかじっていた未優は二人に気付くとこちらを見ながら唇を舐めた。
「日蔓とトンカチ君。お昼は?」
「やっぱり一人で行動させない方がよかったね」
「未優さん、もしかしてお昼甘いもので済まそうとしてます……?」
「もちろん」
「糖尿病になりますよ!」
「僕無視されてる?」
日蔓が未優の頬をつつくと、未優はその手を払い除ける。
「それよりこの暇人がさっきからしつこいんだよね。言われた通り無視してたけど」
「暇人より僕の無視問題じゃない?」
「影が薄いんだからしょうがないよ」
「は?」
「俺未優さんとお昼買ってくるので日蔓さんこっちお願いします!」
「はいはーい」
日蔓が来て絶句していたナンパ四人組を掴んで去っていき、未優は残りのたい焼きが焼き終わるのを待ってもらう。今はカスタードとチョコマシュマロを焼いてもらっている。
「二人は何食べたの」
「おにぎりっす。未優さん今日おとなしいっすね」
「いつもが暴れてるみたいに言うなよ」
「事実じゃないっすか」
未優は静璐の脛を蹴り飛ばし、焼き立て熱々のたい焼きを受け取ってから静璐に渡した。
「持っといて。……食うなよ」
「食べませんよ」
「食ったら倍奢らせる」
「食べませんて」
しばらくして未優が焼きそばを食べていると、少し騒がしくなってきた。遠くで部長の怒号が飛び交っている。
「なんかあったんすかね」
「鏡界が開いたんだよ。何時?」
「い、一時っす……。鏡界が開いたって……」
「時間もちょうどいいし。夢に見たんだよ」
「行かなくていいんすか……?」
「行っちゃ駄目だよ。相手の狙いは君だから」
未優は焼きそばを食べ終わると唇を舐めながらごみを捨て、日蔓に電話をかけた。
「もしもし」
『はいはーい。……夢の内容を教えてくれるかな』
「開いて一ランクが出てくる。静璐と電気人間死守。電気人間は殺しに来てるから注意」
『自我と知性があるのね。……支配人関係?』
「たぶんね」
『それじゃ未優も危ないな……』
「こっちは気にしなくていいよ」
『気をつけて』
通話が切れ、振り返って静璐の方に視線を向けた。
後ろのベンチ。木で薄く反射するベンチから黄色い人のような手が伸び、静璐を引きずり込んでいく。
反射的に静璐の腕を掴もうとしたが、それは間に合わないまま空を切った。
夢と違うことが起きた。まただ。なんでこういう時だけ違うことが起こる。今までどれだけ嫌なことを回避しようとしても夢と同じことになったのに。
駄目だ、ここじゃ鏡界が開けない。未優の力が弱すぎる。どうにかして静璐を連れた界魔をおびき出さないと。
「線蓮! 夢と違った! 静璐が拉致られて界魔の塔で鏡界が開いてる!」
『界魔の塔が開いて静璐に手は出んはずじゃろ!?』
「分からない……! なんで違うことが……」
道を走って界魔捕縛の塔へ走っていると、今度は校庭の指揮台から鏡界が開いた。
反射防止を徹底している窓も壁からも、鉄の小道具からも、うじゃうじゃと低ランク界魔が湧き出て。
混乱と動揺で全身から冷や汗が吹き出ていると、未優が先ほどいた出店通りから女子一人の大きな悲鳴が聞こえてきた。
途端騒ぎが一気に広がり、即放送がかかる。
『平以下は体育館へ待避! 西木課六、五、四は校庭、曄雅と皇雪と鬼燈は界魔の塔を! 未優以外の班所属は警備と開きつつある鏡界の対応! それ以上は界魔の塔に捕縛されている界魔を確認しろ! 一匹たりとも逃がすな!』
線蓮の怒声混じりの放送のあと、本人が未優を飛び越えて指揮台から出てこようとしていた一か二ランク程の界魔を蹴り飛ばした。
「未優、夢は合っている部分もある。今は静璐よりあの子の護衛に当たれ」
「通りの方で新しく鏡界が開いてる」
「分かった。……皇雪! 鬼燈! そこは曄雅一人で十分じゃ! 避難を護衛しろ!」
さすが先代統括専務の弟子。指示も判断も完璧。
未優はそこを校庭を走ると、希愛空が相手をしていた比較的大きい界魔の頭を踏んづけた。瞬間、界魔の頭が凹むと同時にその反動で未優は飛び上がる。
そのまま窓を蹴り割って館内に入った。
「うわっ……!」
中からもうじゃうじゃと湧いている。こんなの夢にはなかったというか、この状況自体もう夢とはまるで違うので夢は役に立たないか。
「線蓮! 中にもいる!」
「白梅課は本館に入って界魔を押さえろ! 未優は気にせず行け!」
襲ってくる界魔をかわしながら病院へ走り、向かう途中に警報を鳴らして電気人間の元へ走った。




