23.環境
「ご機嫌いかが〜っと……また食べてないんですか。もう二日になりますが」
「こんなまずいもん食えるか」
「まずいんですか」
「死ぬほどまずい」
これは新しい人間を連れてきて作らせた方がいいんだろうか。たしか三日間食べないと死ぬんだよな。既に目が虚ろで肌が青白い。
「うーん……」
部屋の角にまるまって警戒する未優の頬を挟み、左右に揺らして体調を確認する。低血糖に低血圧、ちょっと脱水。
「水は飲んでるんでしょう。無味なら食べます?」
「水は無味じゃないし無味の食材があるなら探してみろ」
「ないんですか。へぇ」
「離せ……!」
顔を強く振ってその手から逃れ、支配人を睨む。
相変わらずの中折帽に紳士的なスーツに、くすんだ白の肌と謎の仮面。
「今晩には食べてもらわないと困りますからね」
机に置かれたままの食事を消し、部屋をあとにする。
両方食べないんなら本当にまずいんだろうな。別に変な組み合わせはしていないと思うが、根本的な味が違うのだろうか。意味が分からない。
「支配人」
「なんか……料理ができる人間一人連れてきて。使えなかったら喰っていいから。あでもわざとはやめてよ。片付けが面倒臭い」
「はい」
右腕的立場と自称しているこの界魔。まだ人前には出ていないが、これから支配人の計画が進むにつれ支配人に代わり表で動く役。
薄紫の肌に真紅の目、裂けた口。
支配人より遥かに弱いが他の奴らより頭がよく能力も多い。支配人がずっと気に入って仕わせているので支配人がフルーツをわけたりいらない生気を無理やり吸わせたり、他の界魔を無理やり喰わせたり。今はそんなことしないけどね。
癖というかなんというか、天井に向けた人差し指をぐるぐると回しながらまた静璐の部屋に入った。
中では静璐が本を立てて積み重ねている。
「……何してるんですか」
「だってスマホが使えないから」
「読めばいいでしょう」
「読んだことあるのばっかだし当たり前のことしか書いてないし」
静璐は本の塔を崩すとそれを普通に積み重ねて端に寄せた。
この支配人に本気で敵意や殺意がないというのは分かった。食事はまずすぎて食べれたものではないが。定期観察とたまに遊びに来るぐらいで変な実験とか見物者が来たりとか、そんなんはない。
「体に異変は?」
「腹減った」
「えぇそうでしょうとも」
「……特にないかな。低血糖で目眩はするけど」
「それに関しては今夜には解決させますから。……関節が痛いとかは?」
「ない」
「不思議ですねぇ」
未優は未来を覚えるため過去を忘れる。人の脳ではそれが限界。あの異常な脚力もあとから足が動かなくなる。前助けたが、筋力が伸び切ったせいで力が入っていなかった。
あの自我を持ち始めた界魔が勝手に連れ込んだ子供も放電で体力を使い果たすし関節の痛みが強いという副作用が出ている。
これといった副作用が出ていないのは静璐だけ。体が異常なほど丈夫になったのでそれによる相殺なのかはたまた副作用が出ないものだったのか。
椅子に座り、机に積んであったりんごを手に取るとそれをかじった。無味。
「フルーツは食べました?」
「食べてない。変な味したらやだし」
「味に関しては何も言えませんからね。……まぁ、近いうちにすぐ改善するので」
「うーん……」
疑心暗鬼なまま頷かれ、まぁ納得はできないよなとそれに納得しながら部屋の外に出た。
夕方、腹心から人間を捕らえたと報告が来た。
また指をくるくる回しながらキッチンに降りる。
「こんにちは」
まだ幼い、未優と同じかそれより少し上ぐらいの子供だ。中性的な顔立ちだが女だな。
壁に背をつけて座り込み、声を抑えながら泣いている。
「……関係者?」
「違うかと」
「鎖外していいよ。……君、従ってる限りは喰わないから安心して」
調理をするにあたって約束事項が一つ。指定された食材は味見をせず全て使い切ること。
一応人間のフルーツに近い味にはしているが、人間のフルーツの味を知らないのでどうなっているかは知らない。
「だいたいの材料は揃ってるから。……いいね?」
女は小さく何度も頷き、腹心は両手足の鎖を外すと鎖をそれぞれ端に寄せた。
関係者でも関係者じゃなくてもこの世界では人間一人では生きていけない。そもそもこの密室から出ることも難しいだろうし、たとえ出たとしても即捕まって生気を吸われて終わり。鎖がなくても問題ない。
「……あ、時計持って来といて。向こうのやつね」
「分かりました」
「君は一週間もしたら帰れるからね。おとなしくしてるんだよ」
三人分作ればいいと伝え、監視を任せて自室に戻った。腹心もついてきたので白いブルーベリーのようなフルーツを枝ごと渡す。自分は黄色いさくらんぼのようなフルーツを食べる。種はない。
「美味しいかい」
「……はい」
「嘘をつくのが下手だ」
「味がないです」
「そりゃそうだ」
二人に食事を運び、昨日の昼間から動いていない未優の前に座った。
チャーハンのようなものをスプーンですくって口の前に差し出す。
まず色が正常になった。あと普通にカレーの匂い。でもなんだろう。奥に甘酸っぱい匂いが隠れている。
「……いらない……」
「美味しいはずなんですが」
未優は頑なに顔を逸らす。未優には食事よりスイーツの方がいいな。
「まぁ食べたかったら食べてください。あとで取りに来ます」
静璐の方に行くと、器用にフルーツだけをどけながら肉巻きの具なしを食べていた。
まんま食べてもらわないと困るんだが。
「……美味しくないですか」
「うん。肉は美味いけど! 中に巻いてあんのはちょっと甘辛くて合わなかった」
「……まぁ食べれたならいいんですが」
キッチンに降り、隅で白米と肉と野菜を簡易に炒めたものを食べていた女に声をかける。
「まずいって」
「そ……そんな……! でも、だってレシピ通り……!」
「でもまずい」
「な、何が……!」
「ん〜、肉の方は巻いてる方が甘辛くて合わない、と」
「え……!? りりりんごじゃないんですか……!? 甘辛いって……!」
「残念ながら我々には味覚がないのねで」
女は顔面を真っ青にすると、食事を雑に置いて台所に置いてあったりんごの皮の匂いを嗅ぐ。
初めは甘いりんごの香り。でもよく嗅げば鼻の奥を突き刺す唐辛子の香り。
「……フルーツと同じ味って言ったじゃないですか……!」
「違うかったのか」
「食べたら駄目なんですか!? 一口! 吐き出すでも舐めるだけでも! こんな食材じゃ何も作れない……!」
感覚はないが感情はある。今回は意図せずとも嘘をついてしまったこちらが悪かったし、味見を許可して最後に殺すか。
「……味見はいいよ。味見はいいけど一週間後に殺す」
「え……あ、味見しなかったら……? 舐めるだけ、とか……」
「殺す。しないなら帰してあげるけどもし料理が全部まずかったらそれも殺す」
女は呆然としたまま、小さく頷いた。
「わかっ……り、ました……。……し、死んでもいいので……! やります……!」
なんだろうか。もしかしたら味見してもしなくても喰うと言うのがバレているのか、ただの馬鹿か、プライドか。人間って不思議。
「まぁ……いいか」




