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鏡界館  作者: 織優幸灔
四章
149/155

9.けいらく

 天爾(テンエン)忌厭(キエン)を殺して、右眼を負傷した静璐は一度医療班の元へ戻る。



「静璐……!」

「緋愴、未優さんの援護頼む」

「目は?」

「平気、見えるし」

「よかった……」

「まだまだこれからだから」




 正直ほとんど見えないが、ガーゼを当てて包帯で固定した。



「静璐さん、手は……」

「平気っす。ガーゼ勿体ないんで」

「お気を付けて」

「うす!」




 結構深く切れた腕は止血だけしてもらって、支配人の元へ行こうとしていると優羽から通信が入った。



『静璐手当終わったんなら未優の援護!』

「緋愴は!?」

『間に合わない!』



 地面を強く蹴って、反対側の敷地外に出た。



 校庭よりも酷く荒れ、人のいない民家や田んぼも知ったこっちゃない。ぐちゃぐちゃの戦場。



「未優さん……!」

「静璐!? なんでこっち来た!?」

「戦うため!」

「じゃ俺とやろう。休憩挟んだら疲れなくなっちゃった」



 音もなく真横に飛んできていた青い界魔から距離を取って、着地しハッとした瞬間には界魔の手が目の前に伸びてきていた。


 右目は既に見えないのでもういいや。



 その手を左にかわして、腕を掴むと地面に叩き付けた。



『優羽、ちょっと貸して』

『わぁ寧』

「寧サン……!? 寧サン!」


 何故か体勢が入れ替わり、地面に押し付けられた静璐の無線から聞こえる寧の声に異常に反応する青界魔。



『静璐、そいつは生まれたてでまともに力を使いこなしてない。緋愴と変われ。緋愴なら暴走させられる』

「寧サン! なんでそっちに……!」

『曄敬、二度と口を聞くな。静璐、変われ』

「緋愴ッ!」



 上手くハメ技を使っている時でも、呼ばれたら即切り替えるのはさすがの犬だな。



 緋愴は状況を視界から確認すると、地面を蹴ってブチギレるままに曄敬を蹴り飛ばした。



「死ね地獄に堕ちろ」



 曄敬は木や建物を突き抜けて界館の方まで飛ばされ、寧と優羽は二人で顔を引きつらせた。



「緋愴、力暴走させたらいいって。生まれたてらしい」

「あぁ……」



 この二体、なんか気持ち悪いと思ったら日蔓家を種として作られた界魔か。そりゃ知ってるわけだ。



 緋愴は起き上がろうしている静璐の前に立ったまま、向かってきた尊悔(そんかい)の顔面を掴んだ。


 そのまま握り潰して、寧のいる方を向く。



 正直とても静璐から離れたくないのだが、静璐を守るためだと自分に言い聞かせる。

 頑張れ俺。静璐も応援してくれてるぞ。




『ちょっ……緋愴早く! こっちきた!』

「緋愴!」



 地面を蹴って寧の方に行った緋愴を見送り、すぐに立ち上がった。



「優羽さん、未優さん達の場所教えてください」

『……未優より線蓮優先でお願い。近くの建物のそばにいるはず。未優は田んぼのそばで寝てる』

「はい」




 探すと、潰れた古民家の下敷きで線蓮が倒れていた。



「線蓮さん!」

「ッ……死にそう」

「よかった生きてた……!」

「一回医療班とこ戻る。未優は? 重傷のはず」

「連れて行きます」

「何人か回収班送ってもらえ」

「はい」




 寧と優羽の阿鼻叫喚を聴きながら、田んぼ道で倒れていた未優を抱き上げた。


 片足泥まみれだ。





「すみません、未優さんお願いします」

「かっ……肩脱臼! 左足捻挫! 手当!」

「どっちも重症!」



 奥には、既に大怪我でほぼ意識のない皆が横たわっている。


 皆の分もしっかり働かないと。



「それじゃあ……」

「静璐、恐念呼んで」


 起きた未優は脱臼だけ治してもらうと、痛みで溢れる涙を我慢しながら自分で左足をテーピングした。



 かかとを引き上げるようにテーピングを巻いて、でも足首は自由に回るように。



「なんだみゆ〜」

「右腕の痺れが取れない。治して」

「痛いぞ?」

「もう十分痛い」



 未優はフードを被ってそれを掴みながら右腕を差し出した。


 恐念は少し躊躇いながら、二の腕を掴んだ。



 恐念のこれは治すんじゃなくて、早送りにするだけ。あった事実は消えないし、筋繊維や神経を強く刺激するため激痛が伴う。




「……はい」

「ありがとう。丁字、靴替えて」

「泥流そう」



 ウェアの上から半分固まってる泥を流してもらって、軽く拭いてから靴を履いた。


 涙を拭って、気合いを入れ直す。




「行くぞ」

「うす!」



 二人で地面を蹴って、人と人の隙間から支配人の元に突っ込むと未優の衝撃波と静璐の殴りで支配人を斜め下に吹き飛ばした。



「二人とも……! 静璐目が!」

「大丈夫っす! 日蔓さんより軽傷!」



 たぶん左腕が機能していない日蔓はホッとして、消えた望欲の先を作り直した。




「未優合わせるから暴れていいよ」

「はぁい」



 もう、刀組も皇雪に庇われていた希愛海以外ほぼ全員虫の息だ。

 希愛海も立っているのがやっとで今入ってきても邪魔になるだけ。



 あとは、緋愴と寧が来れば。









 何度首を切断しても切断した傍から再生されるせいでまともに効いているのか分からない。これでは人間側が消耗する一方だ。



 どうしたものかと考えながら大きく振りかぶって肩から切断しようとした時、その刀を振り下ろす前に突然地面が強く揺れた。



「うわッ!?」

『地震!?』

『違う。……支配人……!』





 人間側だけが進化していると思ったら大間違いだ。


 もちろん新しい界魔もそうだが、あれは使い捨て。




怨納(オンノウ)……!?」

「……違う。怨納の体に……誰の生気だ!?」



 曄敬を潰し、寧は屋上の柵から身を乗り出して緋愴もそれを凝視した。



「……結楽(ケイラク)だ……クッソ見付けやがった!」



 唯一、結楽の墓が探されていたのを知っている寧は飛び出すと体と生気が同調しきらないうちに殴った。



 緋愴も加勢する。前に、明るいグレーの怨納の体に生気を吹き込まれた結楽は寧を叩き落とす。


 触れただけで、軽く弾いただけで。



「あはは、ほんっとに界魔になってる」

「結楽ッ! 結楽! まだ逝ってないよね!?」



 手を見下ろしてにこやかに笑う結楽に、優羽は思い切り叫んだ。


 唖然として固まる日蔓を静璐が抱えて後ろに下がらせ、線蓮に押し付けると未優の元へ戻った。




「曄雅、曄雅! しっかりしろ!」

「け、い……らく……」

「曄雅!」



 声が聞こえていない。

 自分が守れなかった親友が、界魔となって現れたら絶望するのも分かるが。今はそれどころじゃない。



「緋愴日蔓さん守って!」

「ま、に……合わない……!」



 結楽の元から日蔓の元へ、支配人と日蔓の間に入ろうとしたのに、間に合わない。



 終わったと思った瞬間、支配人の異能でできた剣が刺さった。



「ッ……!」

「静璐ッ……!?」



 日蔓と支配人の間に立ち、剣を防いだのは静璐で、右眼をかすりながらその腕を逸らした。


 刺されたのが静璐ということに誰よりも早く反応した支配人は剣が脳に到達する前に剣を消し、静璐に手を伸ばした瞬間緋愴に上から蹴り飛ばされた。



 衝撃波が二回鳴るのも束の間、今度は寧が結楽(ケイラク)に叩き落とされた。



「クッソッ……! 緋愴! 静璐でも未優でもいい! 手伝えッ!」

「線蓮さん日蔓さんお願いします」

「静璐手当!」

「誰かッ! 未優さん腕が……!」




 希愛海の切羽詰まった声に、皆がそちらを向いた。



 静璐が日蔓を退かし、その二人の背を守ったのは未優だ。

 日蔓に向けられた攻撃、一回目を受けたのは未優。



 右腕、肘少し上から切れて腕を落とされた未優は左腕で右腕の先を押さえた。




「未優さんッ!」

「丁字曄雅頼む! 未優!」

「日蔓動けッ!」

「絶望でしょうね。自分を庇って部下が二人機能停止。過去の弱さで死んだ友人が敵として現れて、今度は自分で殺さなければならない。それはもうさぞ悲しいでしょうね」



 緋愴に叩き付けられたことにより凹んだ地面から起き上がった支配人は割れた仮面の隙間から高く上がった口角を覗かせ、丁字は支配人を警戒しながら後ろに下がった。



「でもまぁ悲しいと言うなら私も同じです。貴方が思ったより愚鈍だったせいで子供たちに傷をつけた……」

「私の親馬鹿にすんのも大概にしろこの腐れドクズ」



 未優は支配人の仮面を叩き割る勢いで蹴り飛ばした。







 支配人が一時的に動かなくなったので皆で医療班の元に戻り、未優はパーカーを脱ぐと右腕を差し出した。



『静璐君も一回戻って。たぶん攻撃しない限り反撃は……』



 優羽の言葉がその先に紡がれることはなく、静璐は通信のない緋愴と寧を掴んで一度下がった。










「けい……らく……」

「久しぶり〜。大変そうだねぇ?」

「せいっ……き、取られたんじゃ……!?」


 半透明の体を横にして、宙に浮いたまま足を組んで手を頭に敷きながら頭だけを反らせてこちらを見る。


 その髪も服も、全て重力に逆らって。



「生気と魂は違うよ」

「よっ……曄雅の心がへし折られたの! 助けて……!?」

「……いいの?」



 起き上がった結楽が見下ろすのは、ピンクの髪に青と紫の目をした少女。

 杖を突いて、俗に言うドレスを着て。



「別にいいんじゃないか。怒る者が起きた時には成仏してるだろう」

「たぶん?」

「今まで一人で我慢したご褒美だ」



 少女が手を振った瞬間、半透明だった結楽は屋上に落ちた。



「痛ッ……!」

「おぉご愁傷さま」

「大丈夫? 骨折とかあるの?」

「骨折はあるが治らない。時間は止まったままだからな」

「まいいや。どうせ本体じゃないんでしょ」

「ひどぉい」

「行くよ」





 二人が屋上を降りた瞬間、少女が屋上の柵に立って校庭にいる支配人を見下ろした。



「休戦を命ず。人に安らぎと弔いの時を与えよ」

「お前の言うことなど……」

「命令ではなく決定事項だ。……あまり背くと存在が崩壊を始めるぞ?」

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