50.創造神の娘
「支配人」
フルーツを食べ終わって、暇になったので天井の大きな鏡を見上げている支配人に声をかけた。
「何」
「緋愴奪還を進めよう」
「……なんで?」
静璐を連れ去れば勝手に戻ってくると言っているのに。
支配人は寧に視線を移し、また浮いている寧は肩を押さえて微かに首に角度をつけた。
「緋愴は戻るより支配人を殺す道に進むみたい」
「聞いたの?」
「緋愴は寧のこと仲間だと思ってるからなんでも話す。寧なら鏡界を開けなくても話せるから」
「静璐を殺されるとは思わないわけ?」
「殺されてでも殺す気でいる。緋愴にはそれができる力があるから。殺されて暴走したらどうなるか分からない」
でもそれだけ恨まれてるのに連れ戻したとて力添えはされないよなぁ。
なんで界魔の力が消えるのかも分かっていないし、下手に行動したくない。
一応寧の力で従えることは可能かもしれないが、それに対抗できる隠し球があると怖い。あれだけには勝てない。
裏切らないと思ったから一日に十個も二十個もフルーツを渡したのに。
「寧は緋愴と仲良いよね。君が人質にされても緋愴は裏切る?」
「たぶん殺される」
「……恨みで強くなれるなんて考えるんじゃなかったな」
「支配人、記憶を消す界魔はいないの?」
「あぁー……探してみる価値はありそう」
「探すよう伝えるよ。記憶が戻っても緋愴がいたら拐かすのは難しいだろうから」
寧が一歩分後ろに下がろうとした時、突然部屋に地鳴りのような音と地震のような揺れがきた。
鏡の数枚が割れ、植物の壁にヒビが入り、浮いている寧と平然と椅子に座った支配人は一つの鏡に目を向けた。
「寧、下がれ」
「ずいぶんと事を広げたようだ」
小さな手鏡の一枚が門へと変わり、支配人は立ち上がると寧を下がらせた。
自分も二、三歩下がって仮面に手をかける。
「異世界人が何の用だ」
「異世界人とは失礼な。仮にも…………君に宿る力を創った者の娘だぞ。そして今はこの世界を管理する女神でもある」
「何……?」
「しかしあの貧弱な君がよくもまぁここまで生き残ってこれた。あの子……緋愴に取られると思ったのに。彼は取らなかったのか。せっかく、妹の珍しい優しさで教えたのに」
人を恐怖に陥れる空の目が支配人を見据え、盛大に顔を歪めた。
桃色の髪に薄い鮮やかな青い目の少女、杖を突いて、選定と殺意に満ちた目で。
茶色い三つ編みの髪に蒼眼の女性、赤い髪に薄紫の目の少年。
両端には青い髪に赤い目の十五の少年、紫の髪に青い目の十九の青年。
「擬似家族を作った感想はどうだ? つまらないだろう。家族なんてそういうものだ。……妹は餓死寸前の君が家族を知りたいなんて言うから先代を殺して君に力を譲渡したのに、人間の頃の記憶を忘れ欲望の赴くままに……まぁ、結局は寂しがり屋が出たみたいだが。楽しかったか?」
膝を突いた支配人の前まで進んだ少女は支配人の仮面に手を触れた。
怯えた顔を隠すその仮面をゆっくりと取り、頬に手を滑らせる。
少女以外、誰も彼の顔を見ることはできない。
できないが、たしかに、手に取るように、彼は彼女に怯えていると分かった。
彼女にはそうさせるだけの圧があるから。
「何度も言っただろう? 妹の欠片には手を出すなと。死ぬことになるのは自分だと。何故分からない? 妹が創り出した力を持ってるくせに」
少女の顔に怒りが混じり、しかし数秒の沈黙のあとでふっと表情が軽くなった。
「まぁいい。離れた力の操作ができなかったのは妹だ。手に入れたものを自由に使った君に非はない」
面を渡し、踵を返すと四人の元へ戻りまた体の向きを返した。
「君が余計なことをしたから回収に時間がかかる。本来君の力はもう妹にはいらないが、まぁ久しぶりにここに来た土産代わりに君の力を貰おう。私は妹より遥かに優しい。君が行った愚行……神の絵空事のためだ。時間は巻き戻さず、君だけを消させてもらう」




