1.新界魔
腹減った。死ぬほど減った。別に死なねぇけど腹減りすぎて腹痛てぇ。力が出ない。
のそのそと歩いて、なんかでっかいところに着いたので塀によじ登ると中にアラートが鳴り始めた。
なんだろうと見下ろしたら、こりゃ運のいいこと大量の生気。
中に降りて、逃げ回る子供を遊び半分で追いかけ回していたら突然顔面を強く蹴られた。
その瞬間蹴りとは違う衝撃で吹き飛ばされ、一回転してうつ伏せで倒れる。
「クッソ……! なんで人が多い行くとこなるとこお前らがいんだよ曉尊のガキィ!」
絞り出した叫び声を同時に腹が鳴り、顔を伏せた。
ねみぃな。
「恐念、何しに来た!」
「待って、寝るわ」
「起きろ頭でっかち」
仰向けで腕を枕に足を組んだ恐念を、駆け寄ってきた緋愴は勢いのまま蹴飛ばした。
相変わらず重く、壁を破壊するつもりで蹴ったのに恐念は三メートルほど飛んだだけで落ちる。
「なにすんだ!」
「こっちのセリフだ。何しに来た?」
「腹減って適当にさまよってたらさ? 美味しそ〜な匂いが聞こえたから来たからこいつらかよあーあガッカリ! 寝る!」
「静璐、界魔に喰わせよう」
「まぁまぁ……」
静璐と日蔓が駆け寄ってくると、未優は日蔓の後ろに隠れた。
「どうしたの未優」
「こいつ飛ばなかった。強くもない」
「どういうこと?」
「三人の中では一番弱い。常に恐れを抱き、強化されるのは五感ばかり。……つまり身体能力は人間並ってこと。重いのは一種の力せい」
「未優、大丈夫?」
「気持ち悪い。嫌い」
「……寝てる?」
「こいつだいたい寝てるから」
夢の中が唯一恐れない時間。寝中が唯一心休まる時間。
緋愴は恐念のそばに行くと腕を掴んで持ち上げ、両腕で必死に引きずりながらこっちに持ってきた。
「未優、これ頭に衝撃波入れて」
「嫌」
「未優、蹴るわけじゃないからいつもと一緒だよ」
未優は嫌がって代人に静璐を指さし、緋愴から頼まれた静璐は頭に足を置いた。
軽く勢いを付けて衝撃波を出せば、なんだろうか。
正しく化け物そのものの雰囲気、空気、圧が全身を突き抜け、今まで感じたことのない痛いほどの鳥肌が立った。
慌てて後ろに下がり、緋愴の影に隠れる。
「どうした?」
「いや…………殺気みたいなんが……」
「未優、これ?」
小さく頷く頭を撫で、猫のように警戒心を露わにする未優を落ち着かせていると緋愴が恐念の頭に足を置いた。
三人を十メートルほど下がらせて、軽く踏む。と空気に薄いガラスか氷のようにヒビが入り、それはスっと消えた。
「いッ……てぇ……! 何すんのじゃゴラァ!」
「人の話の途中で寝るな。お前、また増えたか?」
「腹減ったんだもん。アレ腹膨れねぇのな」
「寧は?」
「知ってんじゃね? 知らんけど」
緋愴は頭を抱えて叫びにならない叫びを発し、恐念はそれを見てゲラゲラと笑った。
緋愴は恐念の頭を蹴り踏み付け、恐念は叫びながら頭を抱える。
「助けて助けて助けて! なんで蹴んの!」
「その傍若無人な行動を何とかしろッ! なんのために寧が各々の力を把握してるとッ!」
「いだァい! しょーがねーじゃん行けないし来てもくんねぇしそこら辺に落っぽってんの食ったらフルーツだったんだし! 俺悪くないもん!」
「お前が悪い! 全面的に全部!」
「働かせるだけ働かせて守らねぇお前が言えることじゃねぇだろ! 守れよ俺に力を! 生気または界魔でも可とする!」
「黙れ! 俺だって全部離したわ! だから土の中に引き篭っとけと!」
「暗ぇし臭ぇし寂しいし! 一緒に入るか!?」
「気持ち悪い!」
なんとも言えない界魔同士の物珍しい喧嘩に降りてきた皆が首を傾げ、静璐は緋愴を止める。
「まぁまぁ……! 一人ぼっちは寂しいしさ! いいじゃん!」
「大人と子供の会話とは思えねぇな」
「俺だって現代で見ればまだッ……子供の部類だし」
話の途中で力を抜いた恐念の腹を蹴り上げ、日蔓を見下ろした。
「何が子供の部類だよ」
「十七は子供だろ」
「……マジで言ってる?」
「天爾見たら分かるだろ。界魔は生物だった時の人格は変わらないし、最低限喋れるなら精神年齢とか特徴もそのまま受け継ぐ。それ以上成長も老化もしない。見た目が変わるだけで中身は見事にそのままに」
「歳下……!」
「どうした静璐」
「ちょっと待って」
日蔓と静璐は頭を抱え、緋愴は静璐の頭を撫でた。
「……マジか!」
「元気で何より」
「日蔓、大丈夫?」
未優は頭を抱えてしゃがみこんだ日蔓の頭を指で刺し、緋愴は静璐を立たせると日蔓を見下ろした。
「そんなにショックか?」
「いや……同世代と思ってた奴に裏切られた感」
「年代的に言えばまぁ同年代? 五十で死ぬ時代だし」
「違ぇよやめろ」
「じゃあこれも子供?」
「十八……だっけ?」
「俺は入ったのが千年近くあとだし」
「そう! そうだよ! お前千年以上生きてるし!」
「中身変わんねぇんだって。知識とか常識が入れ替わるだけ」
「ひかづらー」
絶望する日蔓を未優がツンツン刺して、静璐は日蔓を慰めた。
「大丈夫ですよ日蔓さん。線蓮さんとかもっと歳上ですし……」
「あいつは親世代だよ」
「尊音さんも……」
「あれは弟!」
「あそっか……。あ、でも優羽さんとかは同世代の歳上でしょ」
「……それもそうだな。それに比べりゃまだ三十なってないし」
「顔は線蓮さんの方が高校生みたい」
「黙りなさい未優」
日蔓は立ち上がると未優の頭に手を置き、未優はその手を掴んだ。
「大丈夫ですよ。未優さん娘みたいなものでしょ」
「ただの後見人だよ。それより緋愴、こいつここに置く気?」
「いや……喰いかねん」
「力系はないの?」
「ない」
「じゃあ口輪でも作るか。放すなら放すで、口輪付いてたら喰えないもんね」
「俺普通の肉も食うんだけど!?」
「そうなの? 別に食べなくても問題ないでしょ。いらないね」
「鬼畜野郎!」
「黙れ発狂界魔」
何故か鏡界館と接触する恐念を鏡越しに見下ろし、静かに溜め息をついた。
「見えるか?」
やってきた支配人の方に振り返り、鏡から指先を離す。
「恐念が緋愴と接触した。……新しい力を手に入れてる」
「なんの?」
「さぁ。……気配、殺気に関係あるもの」
「聞いておけ」
「めんどくさ……」
あの一件以来機嫌の悪い支配人は寧の小さな呟きなど耳にも入れず、さっさと去っていった。
寧はそれを睨み、支配人とは反対へ浮いたまま移動する。
長らく歩いていないのでたまには歩くのもいいかもしれないと思って床に降りた途端、後ろから強い衝撃が走った。
「寧! どっか行くの!」
「はシルなヨォ……」
「わ、寧がちっちゃい……!」
「メズラしィなァおリテるのハ」
後ろからやってきた天爾と忌厭を見上げ、近すぎるので二、三歩下がる。
「久しぶりに歩こうと思って」
「言ってるそれがおじいさんなんだよね」
「天からすりゃ誰だってジジイだ」
「そんなことないよー! 寧はお兄さんっぽいし!」
「じゃあジジイ呼ばわりすんな」
驚いたように一歩後ずさった天爾の頭に忌厭が手を置き、けらけらと笑った。
「あ、ネイ、オンノウは?」
「今から確認しに行く」
「天あの人怖いからきらーい」
「へんなジソンしんアるよナァ」
「そういう奴だし」
「力取られたくせに」
「おマエもダろ!」
「天は取られてないよッ! 残ってるもん!」
「はんブんトらレタだロウがッ! シハいニんもアキれテルぞ!」
「天いい子だし! 刀の組紐の呪い支配人に教えたら褒められたし!」
手を繋いだまま親子喧嘩をする天爾と忌厭を眺め、行っていいかなぁとそれを眺めていると二人の向こうから餓性が歩いてきた。
戦闘時ではないので片手は元の大きさだが、もう片手はどっからか捕ってきた界魔を引きずっている。その反対には生気を喰って。
「よー。こんなところで油売ってんなら生気の百個捕まえてこいよ、天爾。何千取られたと」
「うるさぁい。支配人に助けてもらったくせにそっちこそ速度戻ったの? 支配人はフルーツあげてないみたいだけど」
「これだから無知は。……そういや寧、新しいのが入るらしいな」
「苛襍の代わりがね。……ちょうどいい、新しい順位を教えようか」
寧は吹き抜け廊下の柵に立つと、手を二度鳴らした。
寧の前に三体、右から赤、青、薄ピンク。
「三体……?」
薄ピンクの界魔は寧より少し大きい程度で、たぶん天爾と同じほど。
そのせいなのか、二人の視線がバッチリあった瞬間お互いが指さした。
「ウスラチビ!」
「能無し」
餓性と忌厭は天爾を見下ろし、二体は薄ピンクを見る。
「仲良くなりそう。右から尊悔、曄敬……」
「ちョットマて!? しハイにンおコルぞ!?」
「ふん、支配人公認よ。支配人が聞いてくださったもの」
「はァ!?」
「そういうことだ。尊悔、曄敬、警穿。尊悔は苛襍の代わり、曄敬は怨納の代理として仮加入。あれが死に次第正式に、他の誰かが死んでもこれが入る。順番は餓性の下二つ」
「おい待てあの赤は!?」
「恐念が戻らなかった時の代わり。これも仮で。忌厭の上、天爾とは実力を見て決める」
「ハァ!? かリならイチばンしタでいいダろ!?」
「納得いかねぇよ! 第一できたばっかだろうが!」
「誰の納得も求めてない。支配人は許可した。文句は?」
「寧、天と赤の順位は何で決めるの?」
「捜し物」
「さが……し……」
「金草結楽が入ってる墓を探せ。完全体を作る」




