41.仲間
手をカイロで温め、じんわり痛みが出てきた傷をさする。
「もう六時か」
「八時まで!」
「無理だね。あと二時間は優羽にペース崩された時の対処法と意識の切り替え方教えてもらって、続きはまた明日。ついでに老化組も呼んできて」
「分かりました」
希愛海は水筒と氷砂糖とカイロを持って刀を持つとすぐに走って行った。
棘と皇雪は玄関の石畳を挟んだ反対の庭で巻藁を切り続けている。年中、暇があれば女中たちが作り続ける巻藁。使う予定はなかった。ただの恒例というか習わしというか。
「希愛海が一番成長しとるな」
「まぁ希愛海以外おまけだからねー。阿菫が手見て選んだだけある」
「あれ選別しとったんか……!」
「刀教えてから刀オタクの刀脳になったからね。分かる人は体付き見ただけで分かるんだと。線蓮が匂いで僕のあと嗅ぎつけるのと一緒じゃない? 第六感」
「なるほどなぁ」
納得されてもなぁ。
十時に夕食が終わり、皆がバラバラな行動を始めたので希愛海が自主練をしようと庭に移動すると既に先客がいた。
日蔓は静璐と線蓮と衝羽を同時に相手にし、錨野は休憩中。優羽はカメラに繋がったボタンを握っている。
「希愛海ちゃん、自主練?」
「真面目だなぁ」
「よ……四人とも凄いですわね……」
静璐と線蓮は分かるが、衝羽も二、三ヶ月前より格段に素早く力強くなっている。
「四人ともって言うけどお前自分の上達分かってないか」
「曄雅が褒めてたよ。一番成長してるって」
「本当ですか?」
まぁ言ってたのは線蓮で日蔓は同意しただけだけど。
日蔓のスマホにはGPSが一つ、常に付けている無線にもGPSと盗聴器が一つか二つか三つかいくつか。
「毎月月末に動画撮って定期的に見返すのおすすめ。不調の日と絶好調の日で何したかとか前日の出来事とか」
「なるほど……」
「あれもいいぞ。呪いの巻藁作って打ち込み練習」
「……なんですのそれ」
「なんでもいい。巻藁に藁人形打ち込むとか巻藁の中に嫌いな奴の髪の毛とか血染み込んだなんか入れるとか。腹立った時に打ち込むだけでも呪いは篭もる」
「それ大丈夫ですの?」
「ちなみに俺はそれを始めてから腕に引っ掻き傷が増えた」
「それ大丈夫なんですのッ!? そんなもの勧めないで下さいましッ!」
ホラーが大の苦手の希愛海は錨野の腕の引っ掻き傷に悲鳴を上げ、逃げようにも冬の真夜中の屋敷を一人で逃げる自身はなく、その場でガタガタと震えているといきなり衝羽が錨野の頭をタオルで叩いた。
「どうせダニかなんかで掻きむしったんでしょ」
「怖がってくれて何より!」
「ホラーは夏にお願いしますわ! 私の! いないところで!」
「姉と間違えて連れてくかも」
「髪型変えますからッ!」
希愛海は発狂し、呆れた衝羽と日蔓で錨野の頭を叩いた。タオルとペットボトルで叩かれた錨野は頭を抱え、後ろに寝転がる。
「一生軽蔑しますわ」
「悪かったって。今さら見間違えたりしないし」
「そうか? 俺普通に間違える」
「僕も希愛海がおとなしい時は間違えるかな。希愛空より希愛海の方が圧倒的にテンションは高いよね」
「私は毎朝うどん食べてますから。テンションが低い日は仕事明けで食べてない日ですわ」
「よく飽きねぇな」
「好きなものに飽きる人は浮気する人ですのよ」
まぁそれはそうなんだろうけどな。
優羽は電話をしにどこかへ行き、希愛海は地面に降りると衝羽に首を絞められもがいている日蔓に話しかけた。
「曄雅様、稽古を付けてください」
「続きは明日だって……」
「もう日は越えてますわ」
「うそ」
日蔓が驚いて衝羽の腕時計を見ると、まだ十時半。
希愛海の頭を小突き、衝羽に腕を返した。
「無理しすぎると体壊すよ。それは困る」
「何故ですの?」
「皇雪って家族のことになると人一倍うるさくなるんだよ」
「……お兄様はすぐ黙らせれますわ」
「僕自主練あるから無理。優羽は?」
「実技を積みなさいと」
「阿菫連れてきたら良かったな……。棘さん呼んできて。いなかったら静璐か未優」
「分かりました」
希愛海が刀を置いて屋敷に奥へ入っていくと入れ替わるように髪の濡れた尊音といつもの未優がやってきて、それに釣られるように界魔も三体ほど出てきた。
皆が戦闘態勢に入るのを日蔓が止める。
「ストーップ。未優、罌粟と下野と希愛海呼んできて」
「はぁい」
「尊音はここ。裏も出てる」
氷が割れて鏡界が増えたか。
一気に出てきたな。
「曄雅様!」
「呼んできたー」
「三人は向かい三体。衝羽、静璐、線蓮は裏。静璐、三体取っていいよ」
「五体ですか?」
「そう。ヤバくなったら戻ってきてね」
錨野と未優と尊音以外皆いなくなり、日蔓は甘えモードの未優を抱き上げると腕に座らせた。
「あ、未優手冷たい」
「お風呂入ってた」
「湯冷めか。寒くない?」
「平気」
珍しくパーカーから手を出している未優の手に触れ、温めるようにさすった。
未優は羨ましそうに見上げてくる尊音に手を伸ばしたが、尊音は未優の手に首を横に振ると日蔓の服の裾を引っ張った。
「兄さん、僕も」
「やだよ」
裏組はものの五分ほどで帰ってきたが、刀組、特に下野は苦戦している。たかが三ランク。
「日蔓さん、手伝わなくていいんすか?」
「静璐は出ちゃ駄目だよ」
「曄雅、戻ろう」
「駄目。中に一ランク以上が入ってる」
寝始めた未優を静璐に預け、疲れた腕を振った。
掴んでくる尊音とおとなしく手を繋ぎ、時間を確認する。
皆が戻ってきて五分弱経つが、まだ出てこない。外から攻撃され弱ってるならそろそろ出てきていいと思うが。一ランク以上だし知能ありと判断していいのだろうか。
そんなことを思っていると、ふと勘が働いた。
尊音の手を離し、何もないところに向かって思い切り蹴りを。否、何もなかったところに。
日蔓が手を離した瞬間に出てきた界魔は尊音の片腕を掴み、しかし尊音が叫ぶ前に日蔓が界魔の顔面を見事に蹴り飛ばした。
尊音を抱き留め、安堵して肩の力を抜く。
「に……にいさ……」
「大丈夫だよ。なんもされてないでしょ」
しがみついて頷く尊音を連れて回廊に戻ると、優羽がやってきた。
尊音を優羽に預け静璐に未優を起こさせる。
皆が警戒を高めていると、塀の外に落ちた界魔が塀をよじ登り屋根にしゃがむ。
「……あぁお前緋愴の子供か」
「そ……その言い方は語弊が」
「支配人のお気に入りと緋愴の子供、曉尊の子孫が……一、二、三、四。んで刀使いが一、二、三。今どき幻水刀は珍しいな。ブームか?」
ベラベラよく喋る青黒い界魔は皆を指さしながら、喋っている途中で大きくあくびをした。
「あぁ……眠てぇ……」
「日蔓さん、緋愴が言ってた同盟の相手って……」
「あぁあれ。ねぇ緋愴と同盟組んだってマジ?」
「マジマジ。支配人殺して終わったあとにお互いがお互いを殺す同盟っちゅうか約束? 支配人の監視が多いからここでは言えんが」
本館に招いてもいいが、あまり界魔を中に入れると天涯孤独の誰かの生気を取られても気付かないからな。緋愴は静璐で止めるとしてこいつは餌がない。招かない方がいいか。
「緋愴はこっちで匿ってる。てか緋愴が匿ってくれてる。ある程度の現状も聞いた」
「あそう。全操まだ使ってんのか。まぁいいけど。あー……なぁなんか生気くれ」
「断る」
「じゃあ界魔! 腹減った眠い疲れた!」
どこのわがまま主人だよ。
界魔が叫んでいると、未優が目を覚ましてフードを脱いだ。
「……見たことある」
「あぁ?……た……たしかに……」
一体なんなのか、界魔は口元に手を当てて未優を凝視した。
未優はふいっと顔を逸らすと日蔓に手を伸ばし、日蔓は仕方なくまた抱っこする。
「あぁ思い出した! お前支配人にし……寝たし」
日蔓は未優の前で眠り香を焚き、思い出してスッキリしていた界魔は不満を顔に表した。
「悪いね。未優の記憶が戻ったら支配人が来るんだよ」
「なんで?」
「お気に入りだからじゃない?」
「……つまり支配人は記憶を保持するフルーツをもう持ってんのか」
フルーツは喰ってみないと能力は分からない。が、緋愴か寧が確認系の力を持ったんなら喰わなくても分かる。フルーツは種類によっては一口喰えばその一口に宿る力が根こそぎ持っていかれる場合もある。
心配性で臆病な支配人がそんな賭けするかな。臆病だからこそ二人、特に未優が界魔と遭遇した際は目を離さないし未優が鏡界で二晩越した際には自らが守っていた。
静璐が久しぶりに鏡界に入った時も界魔が近付かぬよう制していたのに、そんな支配人が。何億分の一の確率で出るフルーツで賭けをするなんて。
「守ってやるから支配人呼んでみようぜ」
「断る。信用する値がない」
「こっちも臆病者の塊か」
「警戒心って言えよ。人間は界魔みたく永遠に近しい命なんて持ち合わせてない」
「なんだ受け売りか?」
「あ?」
「いや……機嫌悪くすんなよ」
曉尊と容姿が被ったので聞けば低い声で凄まれ、慌てて何もないと弁明する。
この一族の長は代々気が強い。嫁や女は物理的に弱いのが多いのに。
「……まぁいいや。適当に喰っとくから」
「喰ったら殺さざるを得なくなる」
「じゃあそっちの使い終わった界魔くれよ! 俺数百年なんも喰ってねぇ!」
「喰われてたもんね」
「もう寝飽きた!」
なんて言いながらあくびをされるんだからこっちも反応に困る。
「自分で界魔殺して喰えばいいじゃん」
「……俺戦闘系の力ないもん」




