26.対魔
「支配人。餓性の様子はどうですか」
「まぁまぁ。殺す勢いでやってるから怖いんだよねぇ」
一体の腹心、六体の右腕、一体の裏切り。
支配人の周囲を囲むその八体は支配人が統括の異能を手に入れる前に作った界魔のため統括が適用されない。
前に本館を襲わせた蔓の界魔。あれは統括後に創造したものなので支配人が異能の決定権を持つが、この八体はそうはいかない。
特に裏切った緋愴、あれは支配人に対抗できる異能をいくつか与えているので厄介だ。さっさと消したいが、なんせ目的の子に深く関与しているからな。無闇矢鱈に手を出してあの子たちを傷付けたくはない。
何度も言うが我々にも感情はある。
新たに腹心に選ばれた怨納はフルーツをかじりながら、鏡に映る四人に目を向けた。
かつて支配人を殺しかけたという曄尊の血と異能を僅かに引く男、支配人でも理解できない体の構造を持つ男子、支配人が守っている女子。
厄介な三人がまとまった上に、その周りにも面倒なのが三人を囲うように立ち塞がっている。
「苛襍も四分家の一柱に殺されたんでしょう? 右腕達も案外弱いんですね」
「ただの実験体に過ぎないよ。その子らも、君も」
「酷い言い様ですね」
「私が欲しいのはあの子らだからね」
「二人だけさらってあとは殺せばいいのに」
「二人の目の前で殺すことに意味がある。恐怖と絶望を頭に刻んで操らないとそれこそ裏切られるからね」
何百人もさらっては実験し、一番おとなしく従う方法は分かっている。
あの二人、特に静璐に通用するかは知らないが、なんにせよもう身寄りのない子だ。未優とともに過去を思い出し、それと同時に周囲のものを殺せばこちらに頼ってくるはず。
そうせざるを得ない状況はすぐに作れる。
「……全く、どいつもこいつも歯止めが効かない。行ってきて」
「ご自分じゃなくてよろしいのですか?」
「緋愴が出てきたら面倒になる」
地鳴りとともにどこかで土煙が立ち上り、白い界魔は無傷の日蔓に踏み留められる。
「支配人は殺したくないくせにお前ら送ってくんの何? それとも支配人に黙って勝手に行動する制? 支配人は界魔の統率取れないの?」
力なく投げ出された腕に乗り、顔を踏んだ。
「退け……!」
「自分で逃げろよ。案外弱い」
これじゃあ一ランクもない。被害状況だけ-ランクか。
こいつは拘束できないし子供界魔と喧嘩されても面倒だ。殺すかー、と僅かに足に力を入れた時、優羽からの通信が再開した。
少しやりすぎて途絶えていたのだ。
『曄雅! やっと繋がったアホ!』
「馬鹿がなんの用?」
『全国生中継始まってる報告』
「お得意のハッキングで消せよ」
『数に限りがあるんですわ』
スマホを見ると、もうネットで拡散されていた。ただ、数秒すれば即消されていく。
「だる」
『さっさと殺して』
「もうちょっとかかる。……静璐!」
『うるさっ……』
未優の足を止血していた静璐はハッと顔を上げると未優をおんぶしながら駆け寄ってきた。
「なんですか?」
「線蓮との訓練の成果見せる時。できる限り広範囲の人間鏡瞳で気絶させて」
「や、優羽さんとかは……俺そこまで……」
「優羽の周辺と必要な奴は反発できるから大丈夫。はいせーの」
「えちょっ……!」
静璐が僅かに目を細めた瞬間に静璐を中心に鏡瞳が開き、無線で聞いていた優羽と日蔓は自らの鏡瞳を開きそれに軽く反発した。
優羽の鏡瞳は対地点、日蔓は対生物だがその精度の高さから百人いても一人だけを気絶させることができる。
今は高いにしてもかなり精度が落ちたので範囲は限られるが、たぶん全盛期なら界魔のオーラさえあれば北海道から沖縄の一人を気絶させることもできた。
そんな広範囲にオーラが充満するなら先に界魔を鏡瞳で潰すが。
「うーん……周りにいくにつれて弱くなってるね」
『やろうか?』
「いやいいよ。十分」
「やっぱ下手でした……?」
「入って半年でこれなら上出来だね……っと」
鏡瞳が閉じると同時に飛び上がった界魔を見上げ、日蔓は鏡瞳を開いた。
「静璐下がれ」
場所が開けると同時に鏡瞳を拳に流し、界魔の相変わらずでかい拳と真正面からぶつけた。それと同時にもう片手で界魔の腕を掴み、体を捻って地面に叩き付ける。
上からの攻撃は重力を使いやすいので楽だ。
『曄雅』
「いらないよねー」
『いらないねー』
のほほんとした声とは裏腹に、日蔓は殺意に満ちた目で界魔を見下ろした。
ただでさえ凹んでいた地面が二段階凹み、駄目押しでもう少し開く。
あの優羽が日蔓がいる場で-五ランクを付けただけあって、オーラは十分。実力は不十分、か。
退化しているのは人間も界魔も同じだなと思いながら留めを刺そうとしていると、今の今まで全く動かなかった界魔が突然日蔓とは真逆の方に飛び逃げた。あいつの気質からして逃げないと思ったが。
『曄雅!』
「逃げたわけじゃないか」
優羽を狙ったな。
さすがに音速には追い付けない日蔓が鏡瞳で押さえようと界魔を睨んだ瞬間、既に優羽の目の前にいた白界魔が跳ね返るように弾き飛ばされた。
『まずいね』
「静璐と未優に守ってもらって」
『死なないでよ』
「二度死すんなよ」
これは冗談言ってる場合じゃないな。
宙に浮いた、身長も四肢も人間比率の薄水色の人型界魔。右手には空間が歪んだようななにかがあり、明らか普通の界魔とは違う雰囲気を放っている。
オーラは界魔の心を映したものだ。常に欲に飢えている界魔は欲が強いし、逆におとなしい子供界魔のような界魔のオーラは弱い。
それは界魔の自我の強さを表す指標としてよく使われるが、これは自我なんて話じゃない。実力はどうであれ、オーラは確実に支配人より強い。
下手に手出したら即死だな。
「やっば……」
『大丈夫?』
「大丈夫なこと願っといて。鏡瞳負ける」
『……ま?』
未優ならいけるかもしれないが、たぶん先ほどの戦いで意識を失っている。無理やり叩き起すにしても糖が足りているか。
即死相手なんて何十年ぶりだろうか。
『尊音にやらせる?』
「バレる方が面倒」
『……もうバレてんじゃない?』
方角的に本館の方を見た化物界魔を見て、冷や汗を流す。
尊音か優羽の生気取られたら支配人を越えるのは容易に想像できる。が、界魔が見ているのは尊音か子供界魔か。
ベラベラ情報を流す子供界魔を殺したいのは向こうも山々だろう。何故か知らないが支配人はあいつを処分しに来ないし。
界魔でラッキー、尊音でアンラッキー。
『曄雅!』
アンラッキーかもしれないが、ラッキーかもしれない。
突風が吹き荒れ、酷い土煙の奥に薄暗い影が見えた。
「界魔!?」
『なんでここにいんの!?』
「こっちのセリフ!」
日蔓はどさくさに紛れて動いた音速の白界魔の前に立ち塞がって優羽の元へ向かうのを止め、何故かいる子供界魔は怨納の腹に蹴りを入れた。怨納は右手の反光籃で受け止めたが、それでも威力は殺されずダメージが入る。
ダメージを受ける前に相殺するタイプだからこそ、異能なしの純粋な馬鹿力には弱い。
「俺に反光籃は効かないぞ。支配人にも手が出されないようにここまで耐えてきたんだ。お前なんかに邪魔されてたまるか」
「裏切り者がッ……!」
怨納は両手で反光籃を作り出して緋愴の足を跳ね返したが、緋愴は一回転して地面に着地すると怨納の反光籃をものともせず首に手をかけ地面に押し付けた。
「今の界魔屋は代々退化してるらしい。俺たちはどうだと思う」
「馬鹿をッ! 弱くなる人間を圧するための我々だ! 支配人は強くなり続ける! 支配人に作られる我々もそれに比例して……!」
「俺は今生気を一つも取り込んでない。子供の一人も。お前もまだか? 臆病なあいつは自分の傍に置く界魔にはしばらく生気も界魔も人間も異能も与えない。お前、異能はあるよなぁ?」
異能はあるのに、なんで生気は吸ってないのかな。それとも吸ってなお無力の子供に勝てないのかな。
明らか煽り目的で押さえ付けた緋愴は首を押さえる手の指先を地面に刺し、さらに首を押えた。
こいつの首なら押すだけで押しちぎれる。
「お前も支配人に異能を貰ったくせに……!」
「あいつから異能を植え付けられた奴らが束になってその元凶殺そうとしてんだよ。誰が好きで殺戮馬鹿になりたがる。俺は除いたとしてまだ子供の二人も血に逆らえないまま受け継いだ奴も誰一人として人間を殺したい界魔になりたいとは思ってない」
ここにいる異能持ちは全員、望まずして力を手にした者たちだ。
わけも分からず食べてしまった者、知らずに食わされた者、死より残酷に無理やり食わされた者、異能を残す血に逆らえず与えられた者。
本来なら人間が食べるべきでないものを支配人によって、界魔によって食わされ、望まぬ力を手に入れてしまった。望まぬままの力、手に入れた代償として死と隣り合わせの戦い。
「お前は望んで手に入れたんだろ。支配人に泣いて縋って、人間の記憶を持ったまま界魔になって」
「強くなって何が悪い! 弱いまま殺される方が悪いに決まってるッ!」
「あぁ悪いさ。全部弱い奴が悪い」
弱い奴が悪い。強くないと未来への道も選べない。
「自分で言えたな。臆病者の脇役」
ハッとすると押さえていた怨納が消え、背に重い圧がかかった。
立ち上がると軽く手を動かして白界魔の音速の異能を消し、日蔓にさっさと片付けさせた。
しかしそれも殺し切る前、頚部を貫いたところで支配人に回収される。やはり頭部を破壊しないと。
「喋るより殺した方が得策だったと思いますが」
「消えろ」
圧倒的に不利だと分かっている支配人はおとなしく鏡界の中に帰り、両手に持っていた二体を落とした。
「し……しはい、にん……」
「やはり記憶は戻ってないか。何かきっかけ……」
「支配人……!」
「うるさいな」
しつこく呼んでくる怨納を睨み下ろすと、怨納は珍しく反光籃の消えた手を胸の前に上げながら怯えたような目で支配人を見上げた。
「何」
「力が…………出ない……!」




