23.書物
日蔓家は名家四家の中でも最も歴が浅く、それはたった数百年で遡り切れるほど。
曄雅世代から遡って四代前の高祖父が起源とされる。
突如として鏡会、今で言う鏡界館。に現れたその男、名を日蔓曄尊。
当時主流だった界魔殺しの道具、日本刀の中でもとりわけ特殊な、幻水刀。界魔を殺した刀の総称だ。
界魔を殺せば界魔の喰らった生気の想いが宿り、使い人がより強く念じることで刀身は伸び燃え消え、まさに幻のごとく変化したという刀。
彼の刀はよく伸びた。それは約五丈の桜の木をも超えそうなほど、遥か高く伸びたそう。
また、その刀は光り輝かんばかりに艶めいているというのに界魔が出てきたことは一度もなく、狙った界魔を逃したこともない。
その刀を折って帰って来るまでは。
そこまではどの文献にも書かれているが、何故刀が折れたのか、曄尊が何故それほどまでに強かったのかが書かれている書物がない。
探し出そうにも、この山じゃなぁ。
本棚にも入らず無造作に置かれた本の山を見上げ、一人盛大にため息を零した。
「あれ、衝羽じゃん」
「玲牙先輩」
普通会うはずのない場所でばったり出会した二人はお互いに目を丸くし、衝羽は錨野の傍に駆け寄った。
豪雪後の積もりに積もった雪を除雪したこの慣れない道を一人で歩き、どれだけ心細かったか。
でもそんなこと言ったらかっこ悪いので黙ったまま。
「先輩も呼ばれたんですか」
「守護神にな。お前もか」
「ですね」
二人でそれを見上げ、同時に少し後ずさった。
「お前逃げてどうすんだよ……!」
「先輩こそッ……! 歳上でしょ……!」
「お前の方が仲良いだろ……!」
「いやいやいや……!?」
二人で足を踏ん張り肩や背を押していると、突然やってきた着物にスーツケースを持った女性がそれのインターホンを押した。
「れいちゃん!? 私よ! 久しぶり〜!」
『兎結様!? す、すぐ開けます……!』
インターホンが切られたと思ったら、兎結と呼ばれた七十ほどの綺麗な女の人は振り返って二人を手招きした。
「曄雅の同級生君と幼馴染君でしょ。結楽君に写真見せてもらったことあるわ。おいで」
「あ、あの……えと……」
「曄雅の手伝いでしょ? 優羽君から聞いてるわ」
二人でおずおずと近付くとほぼ同時に脇戸が開き、着物の女性が出てきた。
「お帰りなさいませ兎結様。お久しぶりでございます」
「久しぶり。……あら、その子……」
「最後にお会いした時はまだお腹の中でしたね。娘です」
五歳ほどの小さな女の子は女性の足元からひょこっと顔を覗かせ、兎結はスーツケースから手を離すとすぐにしゃがみ込んだ。
「可愛いねぇ!? お母さんにそっくりだ! 良い子になるんだろうねぇ! 可愛い可愛い! ほんっとにもう天使みたい! 天使!? 連れてかれないようにね!?」
「ちゃんと手は繋いでいますよ」
兎結は女の子を撫で回すとまだ惜しそうに、渋々立ち上がった。
「この子達曄雅のお友達なの。荷物客間に運んであげて」
「は、はい! 曄雅様の……」
「同級生と幼馴染ですって。……二人とも、同じ部屋がいい? 別もできるけど」
「同じでいいです」
錨野の真顔の返答に衝羽も頷き、兎結は小さく頷き返した。
知らぬ部屋に一人ぼっちなど怖すぎる。
この二人、お互い何も言わないが内心結構なビビりである。だから怖いもの知らずの日蔓にくっ付く。
「どうぞ。除雪してるけど石滑りやすいから気を付けてね」
「お、お邪魔します……」
こんな大きなお屋敷に入るのが初めての二人は恐る恐る中に入り、ガチガチに緊張しながら表明は無表情で平静を装って足を進める。
兎結が扉を開けると框の上には兎結と少し雰囲気の似たこれまたギリシア人顔の同じ歳ほどの女性と、こっちは純日本人のまだ若そうな女性が立っていた。
兎結は草履を脱ぎ散らかしながら飛び上がると若い女性に飛び付く。
「れいぢゃぁん! あぁ癒し! マイナスイオン出てるわァ!」
「姉さん……はしたないわ」
「う、兎結様、お客様ッ……お客様がッ……!」
若い女性、礼焃は少し過激になっている兎結にギョッとしながら兎結を落ち着かせた。
顔のよく似た女性、曄乃はそれを引き剥がす。
「あの、兎結様、そちらのお二方は……」
「曄雅のお友達よ。今大変なんでしょ。あの量一人で読もうとして」
「尊音は呼びたくないって言って、優羽君は尊音の傍に置いときたいからって。でもお友達が二人も来てくれたなら安心ね」
「二人とも、疲れたら遠慮なく曄雅を連れて居間に来てね。お菓子もお茶もご飯も手品もなんでも出すから。でも種は明かせないわよ」
この人ユーモアの塊だな。
荷物のない二人は恐る恐る靴を脱ぐとそれを揃え、手招きしてくれた礼焃について行った。
「お二人とも、名前は?」
「い、錨野玲牙、です……」
「衝羽叡義です」
「錨野君に衝羽君ね。曄雅、また丸一日何も食べてないから二人から声掛けてくれる? 引きずってでもいいなら。あんな食生活小さい頃からしてるから身長が伸びなかったのね」
「わ、分かりました」
二人ともアイコンタクトで全てを指し図り、変な間ができないように会話を続ける。
長い廊下をしばらく歩くと襖に虎と蔓が描かれた部屋が見えてきて、当主様の部屋かなんかかなと思っていると礼焃がそこで足を止めた。
二人も慌てて止まる。
「曄雅、開けるわよ」
礼焃が二枚の扉を左右に開くと部屋の真ん中で膝立ちでそれを読む日蔓が見えて、その周りにはエナドリの缶が二本と栄養補助食品のゼリーが一袋置かれていた。
礼焃は両手で頭を抱える。
「曄雅……ようがッ……! 貴方ねぇ!?」
「なんか用?」
「食事ぐらいしなさい! 早死するわよ!? 未優ちゃんの面倒見てるんでしょ!? 教育者がそんなんでどうするの!?」
「うるさ」
日蔓は本を持ちながら詰め寄る礼焃から顔を逸らし、ふとその気配に顔を上げた。
礼焃を退かして振り返れば、なんとも言えないような目で見下ろしてくる男二人。
「なんでいんの」
「守護神からの御通達」
「……優羽か」
「お前がいないせいで界館の仕事の半分がストップしてんの。早く帰ってこいって現専務代わりの先代組と部長達が発狂してる」
「ちなみに二、一ランクの処理係がいないから重傷者多数」
「それは知らん。仕事ストップは……効率化して」
「守護神が頑張ってるわ」
一瞬の間の後、結局要点を聞けなかった日蔓がまた二人を見上げる。
「……えで二人はなんの用?」
「三班がいないと界館が崩壊するから早く帰ってこいってことでお手伝い。未優さんとルーキーは?」
「未優は線蓮と兵庫。静璐は鬼燈と長野」
「バラバラ……大丈夫なのか」
「専務二人と一緒だし」
毎日日蔓と優羽の地獄訓練を受けている二人なら分かっているはずだ。最も成長が目まぐるしいのはあの専務三人だと。
「手伝いに来たならさっさと手伝え」
「はいはい。……どれを何すればいい?」
「曄尊って奴に関する書物探してる。それが支配人に関わるのか空回りなんかは知らん」
「この山ん中からか……」
「お前どこまで読んだ?」
「え……表紙しか覚えてない」
「じゃあ読んでないやつ渡せ。俺らが読んでる間にお前は仕分け!」
「えー!?」
「はいはい行動しろノロマ」
錨野に急かされ衝羽に本を取られた日蔓は文句を言いながらも本を仕分け始め、その間に錨野は礼焃にエナドリとゼリーを渡した。
黙ったまま捨ててと目で訴え、伝わったのか礼焃はそれを握って頷くと静かに出ていく。
「うわっ、全部古文じゃん……」
「読めるでしょ」
「たぶん」
「ちなみに僕ほとんど読めないから」
「学校ほとんど来てなかったもんなお前」
「どうやって読んでたんだよ」
「フィーリング?」
「やば」
二人が来たのが三日の朝十時。そこから約九時間ぶっ通しで読んでいると、この中で唯一まともに古文を解読できる衝羽が日蔓の肩を揺すった。
「日蔓、これじゃね」
「あ?」
「あったか」
日蔓曄尊は非常に怠惰な男だった。食事を抜き、修行を抜かし、いつも人目に触れぬよう家の奥で絵巻にかじりつくような男。
「お前じゃん」
「僕より酷い」
しかし、曄尊は非常に勘が優れていた。
劇を見に行くと一月前から言っていても、当日になると嫌な予感がすると部屋の奥から出てこない。すればその劇の最中に三日三晩続く大火事が。
冬の日、村の周りにいきなり熊用の鈴を張り巡らせたと思えばその日百六貫を超える人喰い熊が山を降りてきたり。
目隠しのまま太刀筋を直感で避けたり、まだ鏡界すら揺れていなかった湖へいち早く赴き界魔を殺したり。
直感、野生の勘、山勘。人によって言い方は異なるが、とにかくその勘が優れていた。
そんな曄尊愛用の幻水刀、望欲。
よく伸びることが有名だった望欲、堕落しきった曄尊はそれを失くすと飢え死にしても構わないほど周囲を拒絶し、何もしなくなった。
望欲を持っている曄尊は最恐と謳われた。
非道をするなら人間でも切り捨てる。界魔を庇うなら界魔諸共切り殺す。
そんな冷酷非情、怠惰でずぼらな彼が、三十四年の人生で最後に行った界魔退治。
その時、彼は左腕を失い、主の姿を写すかのように幻水刀・望欲は刀身の半分を失って帰ってきた。
そしてその翌々日の晩、日蔓曄尊は界魔の長、傀儡によって生気を取られ頭を喰われ、無惨な死を遂げたと言う。




