22.メニュー
「ペースアップ!」
夜中の校庭に日蔓の声が響き、既にほぼ本気の皆はさらに足を動かす。
十分ごとにペースアップして後半になるとそのペースの時間が長くなる。
今はそれで体力作りの最中。
日蔓は疲れたのでトラック外でぶらぶらほっつき歩いている最中。
約三十分してまたペースアップ。さらに小一時間走り、走り出して約二時間してようやく終了の声がかかった。
皆が寒いのも構わず水を浴びるように飲む。
「それ飲んだら次筋トレ。バービージャンプ百回終わったら訓練生が使ってるその線使ってジャンピングスクワット端から端まで。それ三セット終わったら五分休憩していいよ」
「地獄かよ……!」
「これが地獄? 仕方ないなぁ。いいよ、じゃあ特別に百五十回の五セットに増やしてあげる。時間使ってもらえることに感謝してさっさと動けノロマ」
下野の向かいにしゃがみ、肩に手を置いてにこやかに笑う。二百回十セットは死にたくなるので、モチベを保つためにもこのぐらい。
「地獄で済むと思うなよ」
水を片手に固まる皆をさっさと行けと追い払い、やってきた優羽に体を向けた。
「曄雅、調子どう?」
「来た時の優羽たちみたい」
「僕も久しぶりにやろっかな。パーカー貸して」
「はいはい」
日蔓からパーカーを借りた優羽は温かいと喜びながら皆の自尊心を削ぐべく真横で、一秒間にワンセットの速さでやり始めた。
筋トレ自体は優羽もやっていた。ただ、筋肉を使った動きができないと言うだけで。
優羽が来てきた普通のパーカーを羽織り、極寒の地で冷たいエナドリ片手にタブレットをいじる。
皆の身体能力を記録しているが、さてさて能力は上がっているのか。明日は休みで明後日体力テストだな。
「ようがー、終わったー!」
「……もうちょいやる?」
「やろうかな。四時まででしょ」
「じゃいつものメニュー行ってら」
「落ちてるだろーなー!」
楽しそうな優羽は手を振り上げながら消えかかった白線でそれをやり始める。
しゃがんで飛ぶ時に半回転。半回転、半回転、一回転をワンセットとし、それを二百セット。
終わったら幅跳び的な感じで二歩走って飛び、片足着地で重心切り替え反対へ同じこと。左右でワンセットを二百セット。
逆立ちでジャンプを両手、右手、左手をワンセットとしてそれを五十セット。
「僕らの時準備運動が今の二つプラスあれだから」
「……お前マジで言ってんのか」
「そーいやそんなんやってたなぁ」
「あれ準備運動だったのか。通常メニューかと思ってたわ」
「懐かしいの。いっつも曄雅一人だけ別のやってるイメージがあったが」
「まぁ優羽と結楽が遅かったし」
見覚えのある線蓮と衝羽と錨野は納得し、その時はまだ知らなかった残りの専務二人や部長たちは顔を引きつらせる。
「日蔓さん……まさか今日のやつこれからウォーミングアッ……」
「久しぶりぃ花盞! どうしたの青い顔して。体調でも悪い? こんな子供騙しでそんな顔するなら相当だね。無理しなくていいよー?」
恐る恐る声をかけてきた花盞の肩に手を置き、遠回しにこの程度で済むと思うなと言っておく。
「君らもあれやるんだから覚えとくんだよ」
「ご慈悲を……」
「じゃあ休んでもいいよ。一回も休まなかったやつだけ支配人たちから守ってあげる」
「慈悲……!」
「あ? 無能守って俺が死ねって?」
「すみませんでした」
指揮台の上に立ち、大きく冷たい空気を吸った。
遠くまで走りに行っていた優羽にスピーカーがなくても聞こえる声で声をかける。
「優羽! 終わるよー」
優羽は自分のスマホを見て、足を止めるとスマホを振るジェスチャーをした。
日蔓はタブレットを振り返し、優羽が戻ってくるのを確認しながらまたしゃがみ直す。
「お前今ので伝わったの?」
「ま、だいたい。時間の確認だったし」
「すげぇ……」
「ようがー、上着返して」
「先に俺の返せ」
「ほい」
二人で同時に上着を投げて交換し、そそくさとそれを着る。
「あったか。相変わらず体温高いこって」
「全然温かくない……!」
「袖通してなかったからな」
「ちょっとー」
「人様の上着汚して済まそうとするなよ」
優羽はぶーぶー文句を言いながら日蔓の横にピッタリくっついて座った。
タブレットを覗き込み、日蔓が見せてくれた専務たちの体力テストの記録を見る。
「平の子とほとんど変わんないじゃん。え思ったより弱かったりする?」
「対界魔の戦い方だけ覚えてる。基礎がみじんもできてない」
「だからあんぐらいでへばってたの。寒白さんの弟子どれ?」
「この二つ」
「……棘さんの」
「棘さんと松笠さん」
優羽はその顔面も台無しなほどに破顔して絶句し、口を押えた。
「……マ?」
「嘘だったらどれだけ良かったか。んじゃ終わりますか」
日蔓はタブレットを付けたまま立ち上がり、大きく挙手した線蓮に目を向けた。
「何?」
「体力回復した。続けよう」
「俺ももうちょいいける」
「……俺も」
「俺も四時までならいけるかな」
線蓮と衝羽につられたように花盞も錨野も小さく手を挙げ、やる気のあるものは皆手を挙げた。
しかし、日蔓は顔をしかめてそれぶった斬る。
「二徹明けの睡眠時間奪うな」
「じゃ曄雅、タブレット内容送っといて。僕が見とくよ」
「書いてあるやつの三分の一ぐらいでいいから」
「はいはーい」
マンションの方に歩いていった日蔓を見送り、早速送られてきた表を確認する。
「んー……僕もやりたいし皆も一回は最終形態やっときたいよね。まんまやろっか!」
「あの、優羽さん……三分の一……」
「体力回復したんだよね。一日に一ランク十五体倒す十五歳がいるんだから大丈夫! じゃ始めるよー!」
優羽のスマホから聞こえる無線を鼻で笑い、イヤホンを外した。
お互いGPSを付けているが、音声筒抜けタイプは日蔓だけ。日蔓の方に付き合わせた挙句優羽の無茶ぶりに付き合わされてたら皆の体が死ぬ。
頭の上から冷水と差し違えない常温の水を被り、徐々に温まってきたシャワーを浴びながら俯いてあくびをした。
明日の朝一で未優の部屋に行ってケーキのストックと、未優本人も最近調子悪そうだし確認してあげないと。
拾った時から抱え込みやすい子と言うのは分かっていたのでこちら側から確認した方が本人的にも楽だと思う。疲れたかと聞かれて嘘はつけない子だ。
静璐も、最近睡眠時間を極端に短縮しての生活なので様子を見に行こう。
寝起きの隈がひどいのは知っているが、最近は何しててもあくびしてるし。
それでも本人は全く疲れた様子を見せないのでこっちが心配になる。あの二人は少し休ませた方がいい。常人以上に体を使うのだから常人以上に休まないと。
風呂からあがり、髪を乾かすのも適当に、リラクゼーションドリンクを一気飲みするとアラームを確認して寝た。
翌晩、日蔓はエナドリ片手に衝羽の肩にもたれながら寝る。
「ようがーっと……寝とるな」
「エナドリ飲みながら寝るってヤバいですよ」
「悪かったな」
「寝てていいよ曄雅君」
「曄雅、寝不足か?」
「僕訓練生朝五時から教えてんのね。二十三時終わりでしょ。二十四時から朝の四時まで大人陣の訓練でしょ。三十分仕事したり皆の様子見て回ったりして寝たり寝なかったり寝なかったり寝なかったり……」
線蓮はエナドリを取り上げ、衝羽は自分の膝にそれを寝かした。瞬間寝落ちする。
「……こいつの部屋エナドリ地獄だったらどうしましょ」
「未開封のやつ諸共捨てる」
「あとで確認しに行きましょうか」
二人でしかと目を合わせ、深く頷いた。
また毎朝のように爆音アラームが耳をつんざき、日蔓は丸くなった。
少しして、昨日の記憶の違和感に気が付く。
勢いよく顔を上げると知らない部屋で、いつもより少し大きいベッドで寝ていた。
家の構造自体はどのマンションも同じなので扉を開け、リビングのソファに寝ていたそれを見下ろした。
ソファの後ろから頬を突き刺す。
「痛ったッ!?」
「ねぇ、なんで僕ここで寝てんの?」
「お前の家の鍵分からんかったから俺の部屋で寝かせた。感謝しろベッド譲ってやったんだから」
「そりゃどうも」
飛び起きた衝羽は頬を押え、まだ納得いかない日蔓は衝羽を睨む。
「昨日の訓練は?」
「やったじゃん。地獄よりキツいコースで」
「……え?」
「え? お前が指示したんだろ」
「僕寝てたんじゃないの?」
「後半ほぼ寝てたけど。指示出してたじゃん」
「記憶ない。マジで。……昼飯食べた記憶もない」
「エナドリ片手に頑張ってたのに。はたから見たら廃人になりかけてた」
「マジか。まぁやったんならいいけど」
やった。やったけど、日蔓にはイヤホン付けて優羽の膝に寝転ばせ、線蓮の指示に従ってやった。他の人だと甘えで軽くするから。
寝不足で昼頃から記憶ないならさらに好都合。
「……もしかしてお前の部屋行く話も忘れたか」
「は? 入れるわけないじゃん。頭腐ってんじゃない」
「その言葉が出なかった時点で平常心じゃなかったんだな。でも約束は守れよ。俺見たいもん」
「えやだ。お前とか絶対入れたくない」
「俺と優羽さんと弟君とせん……」
「断るッ! 断固として断る! 尊音と線蓮は死んでも入れん!」
「おっけー俺と優羽さんは入れんのね。まぁお前の部屋とか見飽きたけど」
「なんで来んのさ……」
「怖いもの見たさとその場のノリ」
「ギャルか」
「ギャル馬鹿にすんな」
「してねぇ……」
三次元の推しが恋愛成就してから二次元に移ったこいつを見下ろし、頭に手を置いた。
「来ていいけど床以外触んなよ。ダンボールにも缶の山にも」




