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鏡界館  作者: 織優幸灔
三章
108/155

18.線蓮

「久しぶりやな、次聡(じそう)

「誰やお前」



 なんでこっちの名前知ってんだ。別に売名したわけでもないのに。


 未優を下がらせて少し警戒すると、若干口元が似てる気がするそいつは未優を見て目を丸くした。



「子供……!? お前結婚しとったんか!?」

「だいぶん前にしとる。誰やお前」

「嘘やろ。まさかたった数十年会わんかっただけで忘れたとか抜かすなや」

「あ?」

「お前兄貴おんの忘れとんか?」

「……兄貴……」


 兄弟子が多すぎてちょっと。



 首に手を当て、未優に視線を逸らした。さて、なんて名前だったかな。



「……いたんは覚えとぉけど……名前は忘れた」

「嘘やろ……!? じいちゃんの葬式で会ったやんけ……!」

「この家の持ち主は葬式やっとらんけど」

「母方の!」

「そっちは……出とらん。いつ死んだん」

「会った言うとるやろうが!」


 怒り混じりの苛立った声に未優が少し怯え、線蓮の後ろに隠れた。



「会っても何年前やねん。俺知らんし。用あるならさっさと名前言って用事済ませろや。くどいぞ」

「……線蓮晁武(あさたけ)。四十五歳、男。既婚で、子供は二人。結婚式に呼ぼうとしてもどこに行ったか分からんし、住んでたじいちゃんはいつの間にか死んでるし、どの家ももぬけの殻……。お前今までどこおった。なんで親にも俺にも連絡一つ寄越さんのや」

「俺十九から東京で仕事して今も東京住み。親の連絡先もお前の住所も知らんし兵庫にはもう家持ってない」

「東京……!? 十九で!? 家は!?」

「社宅」



 別に間違ったこと言ってない。あれは社宅。血縁の連絡先は知らん。以上。家持ってないことは、まぁ。嘘も方便よ。



「つーかお前なんで俺の家の住所知っとんのや。年賀状なんか送ってきやがって」

帆聖(ほみち)から聞いたんや」

「誰やねん……」

「お前忘れすぎやろ。お前の元カノや」

「ふーん。でなんの用や。出てけ俺の私有地やぞ」



 近付いてきた晁武(あさたけ)を警戒する。


「お前家戻ってこい。母さんたち、お前が行方不明になったって半狂乱になっとんのや。警察もなんか知らんけど受理してくれんし」

「は? ネグレクト起こして捨てたん誰や思っとんねん。お前と親が虐待してきたんやろ」

「何歳の時の話やねん。俺覚えてへんし」

「五、六歳差ならお前十歳前後やぞ。それ覚えてないって、俺より記憶力悪いやんけ。覚えてないなら親になんで俺が出てったか聞いてみろや」



 二人が言い合いをしていると、いきなりラムネが鳴き始めた。


 未優は線蓮の袖を掴み、気付いた線蓮も振り返って街を見下ろす。



「行ってくる?」

「いやまだいい。警察に連絡だけしとくか」




 困惑する晁武を退かし、家の鍵を開けると中に入った。

 ラムネを放し、未優とラムネが歩き回る中窓を開けて換気する。



「未優、あんまり走ると疲れるぞ」

「たまにここ来るの?」

「正月とお盆だけな。あと仕事でこっち来た時とかに」

「だからよく遠出してんだ」

「それはただの仕事」



 珍しい形の鍵を慣れた手つきで開ける線蓮の手元を見学し、ラムネと未優を連れて家の裏に回った。

 裏には倉庫ともう使っていない畑や竈があって、かなりごちゃごちゃしている。



 ラムネが怪我をすると面倒なので抱き上げ、未優に持たせた。



「……山持ってるって言ってたのここか」

「そう。開拓して界館の教育にでも使うかな」

「山での訓練って楽しいよ」

「一番の問題は大型車が入れんから全部手作業ってこと」

「……いっそ引き入れた人にやらせたら? イノシシ出るんだっけ。殺せないの?」

「えー……どうだったかな」


 動物愛護法なんて覚えてない。あとで調べとくか。




 倉庫の方も扉と窓を開け、換気しながら何も盗られていないか確認する。


 晁武に関しては本当に何をしに来たのか縁側でペットボトルの水を飲んでいた。



「何入ってんの?」

「色々。主に酒と工具とかナタとか。危ないから触るなよ」

「酒……」


 そういや丁字たちと大酒かっ食らってたな。



 線蓮を倉庫に置いてラムネと縁側に行き、線蓮兄の隣に座った。



「……君次聡(じそう)の子供?」

「違う。線蓮さんは保護者。法的後見人は別にいる」

「あっそう。次聡との関係は?」

「上司と部下の部下。あと日蔓と仲良い。日蔓は私の後見人」

「部下? 何歳や」

「十四。子供でも雇う会社は雇う」

「殺し屋でもやっとんのかあいつ……」


 違う。違うけど、業種的にはたぶん似てる。



 未優はどこかに行きたがるラムネを放し、山の中に入っていくラムネに手を振った。


「いいん?」

「日が暮れる前には戻ってくる。……線蓮さぁん! ラムネ逃げたァ!」

「ほっとけ。そのうち帰ってくる」


 倉庫から戻ってきた線蓮は縁側の前で少し汚れた袖を払い、相変わらず長い髪を手櫛で整えた。



 そもそも元野良猫だ。今も野良に近い放し飼いなので野生の勘は衰えていないだろう。なんなら鏡界通ってでも帰ってくる。

 東北から一人、一匹か。で帰ってきたし。



「お前何の用や。用終わったなら出ていけ。お前の親の息子は生きて仕事しとる。行方不明にはならんし警察も受理せん。以上」

「なんで受理せんのや」

「せんかったんやろ。せえへえんっつぅことや。分かったら帰れ」

「ここお前の名義になったんやろ。東京おんなら俺に貸せや。でっかい旅館建てたるわ」

「景色もクソもないんなところ誰が来んねん。山降りたらホテルなんか山ほどあるわ」

「貸せ」

「断る。イノシシに殺されんぞ」


 歳に見合わずそんな言い合いをしていると、街の方で土煙と火柱が上がった。

 天を貫きそうな程の火柱はすぐに消え、ここまで僅かに風が届く。



「なんや……!?」

「線蓮さん、行く?」

「いや……ほんまに休みなんかあったもんじゃないな」



 緊急連絡通知が届いた線蓮はため息をつき、未優にスマホを渡すとその場にしゃがんだ。


「支配人が動くと曄雅に怒られる。未優はおとなしくしてろ」

「怒られる前に死ぬよ」

「死なんさ。大人も全盛期越えようとしてんやから」



 線蓮はそう言うとしゃがんだ状態からの反動で飛び上がり、急斜面の山を降りる。




 そもそも、鏡界館に入る前から祖父に習い異常な身体能力は身に付けていた。


 体一つで小、中、高校は一年半、この山上から裏にある小さな学校に通っていたのだ。

 小一の時は学校に着けば既に瀕死で学校から虐待を疑われたこともあったが、一人暮らしする前の高二の春になれば携帯見ながらでも余裕で降りれた。


 そのルートを今の体でやれば、そりゃ体感秒で着くよな。




 町の屋根を飛び移り、見知った界魔に目を付けた。



「お前また来たんか、苛襍(かざつ)!」


 大声でこちらに気付かせれば、薄青色の人型界魔は持っていた人間を落として犬のように走りながらこちらに向かってきた。



「久しい顔やのぉ次聡!? 肩慣らし付き合えや!」

「断る。俺お前みたいに暇やないねん」



 鏡瞳を開き、真正面から突っ込んできた界魔の額に足を置いた。




 大人も全盛期を越えようとしている。

 それは、力的にも技術的にも。



 主任やマネージャー、運転手たちが撮った今の界館を引っ張る最前線組の戦い方を毎夜見ては試しを繰り返し。

 特に現在の界館最強と言われる未優や、多少画質は悪いが歴代最強である過去の日蔓の戦い方など。日蔓のものに関しては何年経っても完璧と言える戦い方なので全員のスマホに入っている状態だ。


 分かるのは、未優も日蔓も日蔓の弟子である翠狼(すいろう)阿菫(あとり)紫雲(しうん)篠懸(すずかげ)、全員体格差や歳がどうであろうと体を小さくして戦っているということ。

 小さな状態から伸ばす力に勢いを乗せて、跳ね返すような戦い方をしている。


 上の六人全員が日蔓と日蔓の教えのもの達なので戦い方が似るのは仕方ないが、それにしても皆が同じような戦い方。




 体を小さく縮め、界魔の懐に潜り込み、武器なら武器で。力なら力で。


 鏡瞳を使えるものはその手足に鏡瞳を乗せて。






 界魔の眉間から頭を貫き、地面に着地した。


 やっぱり鏡瞳を体に乗せると力の加わり方が変わる。日蔓のあのふざけた破壊力の原因が分かったな。



 にしても、これを六歳で一人で作り出した日蔓とは。恐ろしや。

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