13.着物
最近、寝るとずっと嫌な夢ばかり見る。
それが未来夢なのかただの夢なのかがはっきりしない、一番嫌な感じの夢。
でも、日が経つごとに結末は少しずつだがマシになりつつある。これは未来夢なんだろうな。
目を覚まして、回らない頭でスマホに夢の内容を書き留めた。普通のメモ機能だが案外見やすかったりする。
場所と人、行動の要点と結末を打っていると襖が開いた。
「未優、起きた?」
声をかけると返事をしたのは未優ではなくうつ伏せの未優に乗っていたラムネで、布団の上から被っているブランケットの端から尾を少し出した。寒かったのかすぐに引っ込める。
「おいで。静璐がコンビニで色々買ってきてくれたから」
ぐでっと小さく丸まる未優を抱き上げ、居間に連れてった。
静璐が既にコンビニスイーツを開けて用意していたようで、机の上が壮観になっている。
「未優さん大丈夫っすか」
「たぶんねー。にしても凄い量」
「経費でお願いします」
「働いて返してよ」
「未優さんの分……!」
「未優のサポートでしょ」
未優を座らせ、フォークを持たせた。
未優は机に腕を置くとそれをパクパクと食べ始め、数十あるうちの十個前後を食べたところで目を開けた。
「……なんで和服?」
「初詣行くらしいよ」
皆和服だが、会長や松笠はいなくなっている。
皇雪は天葵と白梅に絡まれて大変そう。
「日蔓も?」
「僕と静璐は行かないよ。未優行きたかったら行ってもいいけど」
「寒いし」
「あら駄目よ。曄雅、尊音にお札買っていって」
「えー。どうせ優羽とどっか行ってるでしょ」
「仕事で手が離せないから頼んでって連絡来たわよ。息子がダブルで仕事人になって母さん悲しいわ」
「酔ってんのか」
「さっき飲んでたからね」
「飲むなって……!」
礼焃と曄乃はにこにこと笑い、未優はそれをものともせずスイーツを食べ続ける。
日蔓と静璐以外、丁字兄妹も専務組も皆着物や袴だ。まぁ言わずもがな一番の色男は隣のヤンデレだろうな。こいつと歩きたくないもん。優羽より顔は良いし。
「じゃ、曄雅着替えましょっか」
「面倒臭い」
「静璐君着付けてあげて。着物は沢山あるみたいだし」
「そんなことより帰りたい」
「引きこもりになるんじゃないわよ。弟のためでしょ」
笑ったまま声のトーンが一段下がった礼焃に引きつる頬を押さえながら、横から刺さる視線の方に目を向けた。
「……静璐楽しそうだね」
「俺着物初めてっす」
「重いよ。重いし動きにくいし邪魔。なんでギリシア家系が着物着んの?」
「元は日本の血よ。貴方ハーフなんだからいいじゃない」
「ハーフの顔してないじゃん」
「血的にハーフから問題なし!」
酔ってんなこいつ。
普段絶対やらないような、目を輝かせて親指を立てる礼焃を睨むと仕方なく立ち上がった。
「じゃ着付けるだけ着付けてあげよう」
「やった!」
「未優ちゃんは私とね」
「うん」
しばらくして、酒が出てきた居間に三班が戻ってきた。礼焃と曄乃の大興奮する声が聞こえてくる。静璐の楽しそうな声も。
変わらずパーカーの日蔓は襖を開けると静璐を中に入れ、自分も先程と同じ場所に座った。
「曄雅、着物は?」
「着付けるだけ着付けたよ。静璐に」
「袴姿の曄雅が見たかった!」
「知らんし」
「ちょっと曄雅! 貴方なんでこんな可愛い子早く見せなかったの!」
「美人でしょ。前はもっと美人だったよ。腐った性根が現れた気がする」
隣で素面のまま仕事をしていた丁字が寝転がった日蔓にげんこつを落とし、日蔓は頭を抱えた。
皆が注目する中、女子二人にはやし立てられた未優が出てくる。
短い髪を軽く結い、左に簪を付けてその簪とセットの赤白の振袖に黒い帯。化粧をしたのか血色感の良くなった頬と薄く色付いた唇。うん、美人。
「わ……」
「わぁ可愛い! 未優さんクォーター!? 日本人の堀の深さじゃないよ!」
「美人! 足撮りたい!」
と言って手と足に飛び付こうとする丁字兄妹を日蔓が掴んで牽制し、未優に声をかけた。
「未優、歩き方気を付けないと靴擦れできるよ」
「こんなことなら草履も作るんだった……! 夏には下駄作るから!」
「夏に浴衣着せる予定ないんでいらん」
「曄雅! せっかく可愛い女の子がいるのに! それも中学生よ中学生! 花の女子中学生!」
「貴方も昔はずっと着物だったじゃない。そっくりな孫二人の袴……可愛かったわ! 身長も変わらないから双子みたいで!」
「興味ねー……」
日蔓は丁字兄妹を引きずり戻すと起き上がり、全身の写真を撮って未優に見せた。あんまり興味なさそう。
「未優さん……! 足……!」
「振袖から見える細い手首とそこにある小さな尺骨茎状突起……! 袖に隠れてる薄い小さな手と細い指に薄くさらに白い愛らしい水かき……! 見たいッ!」
「足……うっすら骨と筋の浮いた足の甲にローマ型の指と薄くほんのり色付いた爪……! 綺麗に上がった土踏まずも黄金比のかかとも全部見たいッ!」
「え、やだぁ……」
さすがに引いた未優は少し後ずさり、拒否られた丁字兄妹は頑張っていた体を脱力させて潰れた。
「二人とも自分の生き写しがもう一人いるって考えて」
日蔓がそう言うと、いきなり二人で揃って「髪切らないと」と呟いた。双子すぎる。
「なんでいきなり髪……」
「皆そろそろ出ないと間に合わないよ」
「じゃ行ってらー」
白梅の言葉に日蔓が手を振ると、未優が唖然とした表情になった。
「日蔓行かないの!?」
「行くなんて言ってないよ」
「えー!? なんで私着替えたの!?」
「いや知らないよ……」
「行きますよ日蔓さん。日蔓さんが寝てたせいで未優さんストレスかかってんですから」
「あー耳が痛いなぁ」
耳を押えながら静璐に引っ張られ、しかし玄関の手前で礼焃に腕を掴まれた。
「うたちゃん、真統さん、織悟君、先に車出しといて? 息子着替えさせてくるから」
「分かった」
「行く気ないんだって!」
「お屠蘇は各家に別れてやるのよ」
「またあれやらされんの!? 苦行! いーやーだー!」
「いい大人が駄々こねないの」
「いい大人を着せ替え人形にすんなよ!」
女二人に引きずられて行った日蔓を玄関で待っていると、約五分ほどしてからどっと疲れた顔をした日蔓が出てきた。
黒と灰色の袴に着替え、青い羽織りを羽織っている。
「おーイケメン」
「曄雅、こっち向いて」
「マジ無理死にたい……」
「何言ってんの。未優ちゃんの保護者でしょ」
「違うし……なんで俺が……」
「貴方だからよ。静璐君、線蓮さん、頼んだわね」
二人で合点承知之助とふざけた返事をするとしゃがんで嫌がる日蔓を車に押し乗せた。
山で囲まれた村から約三時間弱。
人がごった返す阿蘇神社を見上げ、皆写真を撮る。未優はヘッドホンをして興味なさそう。
未優がヘッドホンしている時の意思疎通手段は基本的にメール。てことで二人ともスマホばかり見ている。
「 日蔓さん、写真撮らないんすか?」
「うーん興味無いからね」
「じゃ俺が送ります」
「静璐……そんな陽キャだったっけ?」
寝てる間にずいぶん明るくなったというか、陽に近付いた気がする静璐にそう聞くと静璐はこの世の終わりのような顔をした。
絵画の叫びのように頬を両手で押え、溶けかけるのを守明が支える。
「日蔓、高校生には刺さるぞその言葉」
「……なんかごめん」
「俺……陰キャ…………でしたけど別にいいですし! たぶん日蔓さんの学生時代の方が陰キャ!」
「毎日のように渋谷新宿で遊び歩いてた学生を陰キャと言うのだろうか」
「俺メンタルやられそうっす」
「陰キャ馬鹿にすんなよお前」
どこからか現れた西木と鬼燈が静璐の頬をつねり、日蔓はそれを一枚撮った。
それに気付いた静璐が日蔓にぷんすか怒っていると、日蔓のスマホに電話がかかってきた。
「何?」
『もしもし? ラムネちゃんが鳴き始めたんだけど、線蓮さんの番号知らないと思って』
「ちょっと待って。線蓮! ラムネの紙どこ入ってる」
「鳴いたか」
「たぶんね」
床にラムネ用のひらがな表を広げてもらい、ラムネが右前足で踏むひらがなを繋げていく。
たぶん地震か噴火を予知したのだろう。前にも阿蘇山の噴火を予知した。
と思ったが。
『こ……か……濁点に……い』
「こがい……?」
「こうがい、じゃないか。う抜きで」
皇雪の言葉にさらに眉を寄せる。
「こうがいって……飛蝗?」
「水質汚染?」
「人の手で起こるものは予知せん」
「ねーあれじゃない」
日蔓の声で見上げると、果ての空から黒い塊が夜闇に紛れて向かってきていた。界魔の気配。
「支配人が飛蝗の界魔を出した、か」
「飛蝗喰ったってこと? 気色悪っ」
「別にネズミとかでもいいんじゃないっすか?」
「いや……どうだろ……? 人喰って人型でしょ」
「それよりあの大群どうするか」
日蔓、静璐、未優、線蓮の鏡瞳は大群に対しては使えない。対生物は一体から多くても三体まで。それ以上いくと一体ずつの狙いが疎かになる。
「……日蔓、親戚使えよ」
「仕方ない。ドッペル兄弟!」




