貴方と一緒なら、大丈夫だから
ルミナスが卒業制作に必死に打ち込んでいる頃、実家であるラクティ侯爵家ではとんでもない騒ぎになっていた。
「結婚を早めるの!?」
大きく響いたのはとんでもなく嬉しそうなマリアの声。
「……あぁ、そうだ」
「本当に!?」
「本当だ、あちらからの要請だ」
「ふふ、うーれしい!!」
マルディグラ伯爵家から届いた書状を見て、マリアは有頂天になっている。
それはそうだろう。
婚約者はとんでもない美形で、マリアのことを全て受け入れ、そして愛してくれているのだから。
その裏に、何があるのかを理解しないまま。
「そうだ、結婚式にはお姉さまだった人も呼びましょう!」
「おい、お前……」
「どうせ、お姉さまはみじめに一生働かないと生きていけないんでしょう? あはは、いい気味だわ! 私に侯爵家長女の役割まで押し付けて、のうのうと楽しい人生なんか送れるわけがないのよ!」
ルミナスは学校で良い点数を取って、勉学に励んでいる、と聞いたマリアが、自分の気持ちを守るために出した結論が、コレなのだ。
別にルミナスはそうまでして働かなくても良いが、本人が研究者として生きていくことを望んでいるのだから、ただそれを周りが叶えてくれているというだけのこと。
「……どうしてこうもルミナスとお前は正反対なんだ……」
「まぁお兄さま、ようやく……」
「馬鹿と、本物の天才。こんなにも違うんだな、と改めて勉強になったよ。さてマリア、お前はさっさと荷造りをしなさい」
「……っ」
結婚おめでとう、も何も言ってくれない。
しかもリリーナはマリアのことを視界にすら入れることなく、淡々と侯爵家夫人としての書類業務を行っている。
(何なのよ……! 本当に腹が立つ……!)
ふん!と鼻を鳴らして自室へと歩いていき、お気に入りのドレスを乱暴に詰め込んでいきながら、マリアはふと棚に視線をやった。
「……」
かつて、ルミナスがこの屋敷に居た時に、散々我儘を言って奪い倒した品物の数々。
(お姉さま……)
もっと早く帰ってくるかと思っていたのに、向こうで婚約者を見つけ、あっという間に婚約してしまい、その報告だってマリア自身にはやってこなかった。
(……お父さまやお母さまから、教えてもらったけど……)
歪んでいるとはいえ、マリアは本当にルミナスのことが大好きだったのだ。全く説得力はないものの、マリアなりに姉のことをとっても大事にしていた。
恐らく百人中百人が『どこが?』と返してくるだろうが、それでも、だ。
(フン! 私が先に結婚するんだから! 悔しがると良いわ!)
乱暴に荷造りを終えたせいで、ぐちゃぐちゃになってしまっているから荷物がパンパンになってしまっているのだが、そんなことマリアは気にしない。
(――伯爵様は、私のことを本当に一途に愛してくれる! そう、これからとっても輝かしい未来が待っているんだから!!)
そうして意気揚々と、マルディグラ伯爵家からの迎えを待っていたマリアだが、迎えのタイミングは思わぬ時にやってくることになるのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……え、やっぱり卒業制作の発表で優秀賞取ったらパールディア王国に行かなきゃいけないの?」
「そうらしい」
「そっか……これは抗ってもどうしようもないのね……」
「諦めようね、ルミィ」
ここ最近、魔道具開発において目覚ましい発展を遂げているからこそ、研究が進んでいるダリス王国から優秀な学生を招いたりしている、とのこと。
特にヴィアトール学院は魔道具の研究を学生の内からしっかり行っているからこそ、将来ある若者に話を聞きたい、ということらしい。
「気になるのは、主催がマルディグラ伯爵家、っていうことなんだけど……」
「ああ、君の妹の婚約者」
「そう」
うん、と頷いたルミナスは、かつてのマルディグラ伯爵を思い出す。
『あはは、妹君は可愛らしいじゃないか。それだけで良いんだよ』
伯爵夫人としての役割を一切求めず、ただ『居る』だけで良い。
はっきりそう言った彼は、顔合わせの席でにこりと微笑んでまた続ける。
『マリアに……夫人としての役割は……』
『求めていないよ。彼女に求めるのは、あくまで見目の良さだけだからね』
あはは、と笑う彼の目は、どこまでも本気だった。
だからこそ、これはまずい……と思ったのだが、愛されることが何より好きなマリアは、何も疑いもしなかった。
ルミナスは、マリアの結婚生活の『先』を知らない。
知らないが、だとしてもよろしくないのでは……と容易に想像はできてしまっていたのだ。
(それが、今回も……)
とはいえ、マリアは己の意思でマルディグラ伯爵家に嫁ぐことを決めたそうだ。
ちなみにマリアはとっても面食い。
婚約者選びにおいて、何より彼女が優先したのは見目の良さ。
(…………似た者同士だけど、マリアがとってもお馬鹿さんだから……ねぇ)
はは、とつい引きつり笑いを浮かべてしまったルミナスの頬を、アリューズはつん、とつつく。
「んえ」
「ルミィ、百面相してるよ」
「……ごめん、つい」
ふにふに、とルミナスの頬をひとしきり突きまくったアリューズは、ルミナスの手元にある成績表をじぃ、と見た。
「まぁ、やっちゃったから……招待される、っていう権利を取得しちゃったんだけどさ」
「何ていうかごめんなさい」
「仕方ないよ、ルミィの考えた魔道具は夢もあったから」
双方笑い合って、テーブルの上に置かれた魔道具をじっと見る。
「とっても小型、だけど……高性能にできたのよね」
「たまたま?」
「ここの線がうっかりくっついちゃったから、それで……?」
「まぁ、運も実力の内……とはいうけど」
揃って溜息を吐いてしまったアリューズとルミナス。
何せ彼らの作品は、優秀賞こそ逃したものの、発想が珍しいからと特別賞を取ってしまったおかげで、めでたくご招待されてしまったのだった。
「実家のお父さまやお母さまからも、久しぶりにお手紙をいただいちゃって……」
「複雑?」
「うん」
ルミナスがずっと過ごしていたのは、祖父母、そして義理の両親。
皆の愛情があったからこそ、こうして真っすぐに、ひねくれることもなく、しかも勉強好きに(ちょっとミーシャのスパルタ教育があったりもしたが)育ったのだ。
「……まぁ、私も手紙を一切送らなかったわけじゃない、けど」
「けど?」
「普通に会えるか、って言われると……ね」
どうしても幼少期の思い出が、ルミナスを苦しめる。
「お父さまもお母様も、決して悪い人ではないの。でも……小さい頃の記憶って、抗えない、っていうか……恐怖心、みたいなもの、っていうか」
あはは、と苦笑いを浮かべているルミナスの頭を、アリューズがぽんぽん、と撫でてくれる。
それがどれだけ安心できることか、もしかしてアリューズは知らないかもしれないけれど、とルミナスは心の中で付け加えつつ、へらりと微笑んだ。
「……うん、大丈夫。アリューズが一緒なら、きっと平気」
「そっか。でもね……無理は禁物だよ?」
「うん」
念を押すようにもう一度言うアリューズに微笑みかけ、ルミナスは甘えるように抱き着いた。
「どうしたの?」
「……ちょっとだけ、甘えたくて」
「はは、好きなだけ甘えて良いよ」
抱き締め返され、背中をぽんぽん、と叩かれてルミナスはまた嬉しそうに微笑む。
――波乱の発表会まで、残り一ヶ月を切っていた。




