幕開け
一ヶ月なんて、あっという間に過ぎ去っていくものなんだなぁ、とルミナスは疲れ切った頭でぼんやりと考えていた。
(準備と発表練習、それから後は……何してたっけ)
そうだ、父と母から手紙が来ていたんだっけ、と思い、封筒を手にした。
きっとそれは、とても懐かしい手紙のはずなのに、何となく気が重くなってしまう。
(だって、私の父様と母様は、もう……)
ルミナス自身、義理とは分かっていても甘えられるのはもうとっくにレノオーラとライルなのだ。元の両親に甘えられるか、と問われれば答えはNOである。
「何事もなく……いけばいいけど」
学校の代表として向かうから、制服が一番の正装とされている。念のために、とミーシャがドレスも用意してくれているし、ミリィも一緒に来てくれるから、ヘアセットやドレスを着ることに関してもきっと問題ない。
ルミナスが呟いたことで、最悪の事態にならなければいいのに……と自分で思いながらも、荷物の中に魔道具の設計書のコピーと、本当の父と母に向けて書いた手紙も入れた。
(マリアには……)
考えて、そしてすぐさまふるふると首を横に振る。
(どうせあの子、侯爵家長女を押し付けられたからって威張り散らすに決まっているわ)
何となく容易に想像できてしまうのだから、困ったものだ。
今のルミナスは、伯爵家令嬢。
マリアは、侯爵家令嬢。
どちらが上の立場か、だなんて小さい子供でも分かる。
国が違えどそれは共通ではあるものの、唯一異なっていることといえば、魔道具を開発していることで、ダリス王国でのルミナスの立ち位置は、他の国とは若干ではあるが異なっている。
マリアがどこまできちんと学んでいるのかは定かではないが、さすがにこれくらいは多少なりとも認識してくれていると良いのだが……と考えて、考えることをやめた。
(いや、マリアに常識なんて通じる訳が無いわ。それに、お兄さまがあの子を早くに結婚させると言っていたし……卒業制作物の発表会なんかに来るわけがない。招待されたとしてもあの子は来ない方を選ぶでしょうね)
はは、と小さく笑ってから荷物の封をしたルミナスは、よっこいせ、と小さく掛け声をかけてから玄関先まで運んでおく。
先に荷物を送って、自分たちがパールディア王国に向かうことになっている。道中に何もないことを期待しておこう、と思ったルミナスは、いそいそとダイニングルームへと向かったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ルミナス……気を付けてね」
「はい、母様!」
「もし、嫌なことがあったらすぐに連絡しておいで。父様が駆けつけてあげるから」
「もう……父様は私に甘すぎます!」
あはは、と笑い合っているルミナスたちは、どう見ても実の親子にしか見えない。
ミーシャをはじめ、屋敷の人たちはほっこりとした様子で、出発前のルミナスを見守っている。すっかりこの屋敷のご令嬢として馴染んでいるルミナスは、とてつもなく皆から可愛がられている。
そのおかげで、ルミナスはようやく自分自身を大切にできるようになってきたのだ。
「ルミナス」
「ルミナスや」
「おばあさまにおじいさま!」
名前を呼ばれ、ぱっと表情を輝かせてそちらへ駆け寄った。祖父であるアレクシスにぎゅう、と抱き着くと祖父は嬉しそうに微笑んでルミナスの頭をとても優しく撫でてくれる。
「うふふ、おじいさまはいつでもこうして優しく抱き締めてくれるから大好き!」
「そうかそうか、わしもルミナスのことが大好きじゃよ」
「あなた……何回も言いますけど、そうやってルミナスの髪をわしゃわしゃと撫でれば髪型が崩れてしまうでしょう! 折角可愛くなっているのに!」
そういえば、昔もこんな会話をしていたなぁ……と、ルミナスはどこか懐かしく感じてしまう。
「ふふ、大丈夫ですわ、おばあさま。おじいさまは、愛情たっぷりに私の頭を撫でてくれるんですもの、嬉しいんです」
「……まぁ……」
ルミナスがそういうなら……と、納得してくれたらしいミーシャは、ぺちん、とかつてのように扇でアレクシスの手を叩く。
「おい、痛いぞ」
「痛くしております」
祖父母のやりとりは、いつ聞いてもほっこりしてしまう。
気が付けば皆が笑顔になっているが、それはルミナスに関するやりとりだから、であるということを本人だけが気付いていなかったりする。
「おじいさま、おばあさま、行ってまいりますね」
「気を付けて行ってらっしゃいな。貴女は立派に課題もこなしたし、やっかみも跳ねのけた」
「おばあさまのスパルタのおかげです!」
「…………ルミナス」
過去の超絶スパルタ教育の件を思い出しつつ、良い感じの過去の記憶を語ったつもりだったが、さすがにやりすぎたかも、という自覚があったらしいミーシャから、ルミナスは軽く頬をむにり、と摘ままれてしまった。
「あう」
「やりすぎた、と思ったこともありましたが……後悔はしておりません」
「ひゃい」
「頑張りましたね、ルミナス。いつだって、貴女は自慢の孫よ」
頬から手を離され、痛くはないが何となく頬を摩りながらルミナスは言葉を続ける。
「おばあさまが……皆が、『私』を、『私』でいさせてくれたんです。それに、大好きな人にも会えたし、大事なお友達もできた。……『家族』だって、出来た」
家族、という言葉に、ミーシャたちが少しだけ目を見開いた。
「ルミナス……」
「確かに、あちらの王国の家族が、私の血の繋がった家族、だと思います。でも……私が二の次になり続けることで平和を保つ家族、だなんて……そんなの違うと思うんです」
どうして、そこまでこの子が背負ってしまったのだろうか、とレノオーラの顔が歪む。
恐らくマリアが何らかで関わっている、と言うことだけは理解できた。
細かいところまでは理解できていないが、もし……もしも、あの子がいなければ、とまで考えてしまう。そうすれば、きっとルミナスはもっともっと普通に、笑えていたに違いないのだから。
「でもね、もう良いんです。私は、きっと幸せになるから。皆と一緒に!」
「……っ、ルミナス……よく、本当によく頑張ったわね!」
駆け寄って来たレノオーラに、ルミナスはぎゅうっと抱き締められる。
当たり前に母親からもらう温もりを、優しさを。四度目で、ようやく手に入れられた。こんなにも嬉しいことはないんだ、と微笑んでからレノオーラをぎゅうっと抱き締め返してから、嬉しそうに頬を摺り寄せた。
「ねぇ母様、待っていてね! 私、アリューズと一緒に帰ってくるわ! めちゃくちゃ褒めてもらって、この国の優秀な生徒だ、って言わせてみせるから!」
「ええ……ええ! 行ってらっしゃい、ルミナス。気を付けてね、私の可愛い娘」
体を離して、ルミナスが馬車に乗るのを確認し、そして見送った。
途中でアリューズを拾って、アリアも一緒に向こうに行くことになっている。アリアまで同行させることは……と学長が渋ったらしいが、ルミナスとアリューズが行くなら、商会の力を使ってあの魔道具を売り込んでやるんだ!と意気込んだアリアを止められるわけもなく、特例中の特例、ということで許可が特別に降りたのだ。
「…………さぁ、私の未来を手に入れに行きましょう」
ルミナスは、もうきっと立ち止まらない。
今度こそ、乗り越えた先の未来へと、歩いていくのだ。大切な人と一緒に。
終わりが近付いてきております!




