ルミナスのお気に入り
「行ってらっしゃい、ルミナス」
「気を付けていってらっしゃいね」
「ありがとうございます、母様、おばあ様!」
にこにこしてレノオーラとミーシャに出かける前の挨拶をしている後ろで、ライルとアレクシスはおいおいと泣いている。
「わしの可愛い可愛いルミナスが……」
「もうお嫁に……」
(まだです)
内心で急いでツッコミを入れているものの、アリューズとの結婚までほぼ秒読みのようなもの。
学園では基本的に行動はいつも同じだし、アリアと一緒だとはいえ学園内でルミナスとアリューズの婚約関係は広く知られている。
この国ではもう王太子は絡んでこないし、その婚約者からも絡まれることはないし平穏そのもの。
だがしかし、まだ気が抜けないのも事実。
今取り組んでいる卒業制作課題が良い点数を取った場合、ルミナスの実家のあるパールディアに出向き、ダリス王国の未来の技術者として挨拶などをする必要があるのだ。
パールディアはそれほどまでに魔道具産業が盛んであり、レノオーラも、そして祖母のミーシャも、魔道具開発に関して良い成績を収めている。
ルミナスやアリューズ。アリアを始めとした今学年の生徒たちは優秀なものがとても多い、と評判になっているくらいだ。
「父さま、おじいさま、私まだお嫁には……」
「だってアリューズくんとめっちゃ仲良しじゃないか!!」
「婚約者ですし……」
「ルミナス~、まだおじいちゃんと一緒に居ておくれ~!」
泣き落としにかかった大人二人の何と見苦しいことか。
レノオーラもミーシャも結構なドン引き顔を披露しているが、男二人は気付いていない。
「あなた、ルミナスの幸せを願えないと嫌われますわよ」
「それは嫌だ!」
「じじいが何をしているんですかみっともない」
「お前辛らつだな!?」
レノオーラ、ミーシャがそれぞれ引き受けてくれている間に、二人揃ってさっさと行きなさい、と言わんばかりに手をしっしっ、と振っている。
ミリィもルミナスの背中をそっと押してくれたので、遠慮なくルミナスはアリューズとの待ち合わせ場所に行かねば、といそいそと家を後にしたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ルミィ!」
「ごめんね、遅くなっちゃった!」
「大丈夫だった?」
「父さまとおじいさまがね……」
「ああ……」
容易に想像できてしまう光景に、アリューズも困ったような笑顔になるが、ルミナスの手をきゅっと握ってから嬉しそうに微笑む。
「仕方ないよね、ルミィはどうやっても俺のお嫁さんになるんだから」
「……うん」
はにかんだように微笑んでいルミナスがとんでもなく可愛くて、アリューズは必死に鋼の理性を総動員している、だなんてルミナスだけが知らない。
(今日もルミィが可愛い)
思わず遠い目をしそうになるが、それはそうだろう。
普段髪を巻かないルミナスが、髪型こそハーフアップといつも通りであるものの毛先を緩く巻いており、前髪も左右に分けている。いつものシンプルな留め具ではなくリボンで髪を結っており、簡素な服ではなく可愛いふわふわとしたワンピースに、バッグは恐らく新しく買ったものだろうか、と色々とアリューズは考えている。
そして、当の本人のルミナスも実は心臓バックバクの状態だった。
(に、似合ってるかな……大丈夫かな、この服……おかしくない? 母様をはじめ、家のメイドたちほぼ総動員であれこれ選んでくれたんだけど……)
普段オシャレをあまりしないルミナスが、婚約者と『普通の』デートをする、と知らされたメイドたちのはしゃぎようはとんでもなかった。
あれでもないこれでもない、と着せ替え大会が始まってしまうし、前日はしっかりとフェイスエステまで施されてしまったのだ。
「そういえば、ルミィ。今日ってめちゃくちゃ顔色が良いけど……何かいいことでもあった?」
決めたデートコースを歩いていると、不意にアリューズに問われ、ルミナスはぎし、と硬直してしまった。
「え、えと」
「ルミィ?」
「屋敷の……メイドたちが……」
ごにょごにょと言うルミナスに、アリューズはポカンとするが、そこまで真摯にデートに向き合ってくれたなんて……!とちょっとだけずれた勘違いをしてしまった。
そう、ひとえに今までルミナスが勉強馬鹿だったせいで、ここぞとばかりに皆がルミナスのことをめかし込みにやって来たというわけなのだが、アリューズが喜んでくれるならそれでいいか、とルミナスも黙ったままにしておいた。
そして、ある程度必要なものを買いそろえた後で、一旦休憩のためにカフェに立ち寄ってランチにしよう、とメニューを眺めていると、とあるメニューが目に止まる。
「わぁ……」
「どうしたの?」
「ねぇアリューズ、これ見て!」
「どれどれ」
覗き込んだ先にあったのは、黒猫モチーフの可愛いメニュー。
サンドイッチは通常のものと、何かを練り込んで黒色に着色されており、交互に綺麗に並べられている。カラフルなサラダも添えられているが、ルミナスが一番心惹かれたのは猫の形に型抜きされた可愛らしい形のクッキー。ココア生地とプレーン生地の二種類が添えられているし、飲み物として提示されているのは恐らくカフェラテ。
これにも猫のラテアートが書かれてあり、ルミナスが目をキラキラと輝かせている。
「これにしようか」
可愛い婚約者のためならば、とアリューズは即決し、店員を呼んで早速注文する。
ルミナスは『やった!』と喜んでいるし、可愛い婚約者がこんなに喜んでくれるのであればお安いもの。注文したものがやってくるまでには少し時間があるしと、メニューを捲っているとアリューズの目にまた別のものが入ってきた。
「ねぇルミィ、これ見て」
「なぁに?」
視線をやった先には、可愛い黒猫のオマケがもらえる、と書いてあるケーキセット。
持ち帰り限定、という文字に、ルミナスはまた目を輝かせている。
「ふふ、ルミィ。これ買って帰ろうか」
「良いの!?」
「お義母さまたちへのお土産に、ってことで良いかな」
「ありがとう! あ、なら私はアリューズのお母さまたちに……」
「え」
「もう少しでお義母さまになってくれるんだから、その……よろしくお願いします、っていう意味も込めて……」
何ていじらしいんだ、とアリューズが嬉しそうに微笑んでいると、先にサラダが運ばれて来た。
いただきます、と挨拶をして食べていると次々にメニューにあった料理が運ばれてくる。サンドイッチにお肉料理、そして少し時間を置いてからのデザート。
食後の飲み物のラテアートがとても可愛いカフェラテ、それについている猫型のクッキー。
アリューズに一番最初にもらったあの黒猫のブローチがきっかけで、ルミナスがこんなに猫好きになっているのだが、さすがにそれを言うと気恥ずかしいなぁ……とルミナスが考えていると、にこにこ顔のアリューズがチキンソテーを一口サイズに切り分けてから差し出してきている。
「へ」
「はい、あーん」
そういえば、過去にはこんな事なんてしたことってなかったな……とルミナスは考えているものの、何となく体が反射的に動いてから差し出されたチキンソテーをぱくり、と食べる。
「……美味しい」
食べてからへらり、と笑って、ルミナスも同じようにすれば、アリューズも躊躇なく食べて、嬉しそうに微笑む。
お互いにこうして食べさせ合うと楽しいというか気恥ずかしいというか、二人揃ってやるならば別に良いか、と笑い合う。
持ち帰り用のケーキを選びつつも、次にはどうしようか、と楽しんでいる二人のことをしっかりとアリアが見ていて、登校した際にアリアに突撃されるのだが、それはまた別の話である。




