何か外れてたらしい(こっちには見えない)
ルミナスがめちゃくちゃに凹んでいる様子を見て、リリーナは少しだけ考える。
自分の言葉でとてもとても凹んでしまったのであれば、少しでも力になってあげたい。まともな思考回路を持っているらしい、しかも大好きな婚約者であるディルの妹(まともな方)。
「……ええと……る、ルミナス、様、でした、かしら」
「あ、はい」
「!?」
リリーナが人の名前を呼んだ!?とディルはぎょっとする。
普段から『どうにも人の名前が覚えられない。あと、顔には何だかモヤがかかっているような感じにしか見えなくて、どうしたら良いのかしら……』とボヤいていたリリーナが、だ。
「リリ、君……無理していない、か?」
「が、頑張ればお顔が見えなくもない、というか……ルミナス様?だけであれば、どうにか……」
普段から見えないものが見えて、人間関係のあれこれで様々な立ち回りを要求されているリリーナが、こんなにも一生懸命になってくれるだなんて、とディルは嬉しく思う反面で、申し訳なさも溢れてしまった。
可愛くて頑張っている妹の力になれれば、と思って婚約者を呼んでみたらまさかこんなことになるだなんて、と困りきった顔を浮かべた。
ルミナスが何かを考えて、こちらの国にやって来た、というのは理解しているがまさか『死に戻り』と言われる現象を繰り返していただなんて。
というか、『死に戻り』が現実に有り得ることなのか、という意味でも、ディルはとても驚いてしまった。
にわかにはいくらルミナスの言うことといえど信じられなくて、本当のところはどうなのだろうか、と思って確認したら紛れもない真実。
「あ、あの、リリーナ様に……何が……」
「……リリは、見えないものが見える、と話しただろう?だから、と言ってもいいのか……人の顔の認識がとても苦手なんだ。普段は声と雰囲気で判断しているんだが、……」
そうなのか、とルミナスは驚いて目を丸くした。
更に、ディルは言葉を続けていく。
「普段は俺が傍に居る、あるいは誰か家のものが傍に居るから問題ないんだが……今日みたいに、ルミナスのことをきちんと認識して見てみるということは、ほぼない、と言っても過言ではないよ」
「え!?」
まさかそこまで!?と驚いているルミナスとアリア。
アリューズは多少なりとも知っていたのか、まさかそんな弊害が……と呟いている。
祖父母や両親もさすがにここまでは知らなかったようで、呆気に取られてしまっている。だがしかし、希少な存在である魔法使いが何らかのハンデ、あるいは日常生活に関しての弊害を持っているのは、あくまで書物の上でしか理解していなかった、ということも自分たちが理解できてしまう機会となったのだ。
「……無理やり、焦点を合わせるようなものかしら」
「おばあさま?」
「彼女……リリーナ嬢は、普段わたくしたちが見えていないものに対して焦点をあてている、だから『人の顔』というものがそれに該当しないのであれば、顔の認識が苦手だ、ということも納得できてしまうわ」
「まぁ……」
先程まで、近眼の人がするようなものすごい顔をしていたリリーナだが、原理を理解して話してくれるミーシャがとても珍しく、また嬉しい存在だったのか、パッと笑顔になった。
「そうですわ!まぁ……まぁまぁ、嬉しい!そこまでしっかり認識してくださったのは、ディル様のおばあさま?が初めてです!」
何故そこで疑問符、と思ったが、恐らく声だけでリリーナは誰が誰なのかを判断したらしい。
確かに声の質でいけば、母ではない人、という判断にもなるだろう。であれば、メイド長があんな発言をするわけもないから、残る選択肢は……ということで絞り込んでいける。
「うふふ、とっても嬉しいわ。皆様、とてもとてもご理解が早くて助かります!」
「リリーナ様のお言葉が的確故に、でございますよ」
「まぁ……!」
嬉しい、嬉しい、とテンションの高い様子で言うリリーナは、きっとここまで普段はしゃいだりしないのだろう。隣に座っているディルがとても驚いた表情をしているから、それで判断できた。
「リリ、嬉しそうにしているところ、ごめんね」
「まぁ、どうさないましたのディル様」
「その……無茶なことを言っている自覚はあるんだが、ルミナスに巻き付いているその悪縁、というか……それは、切ることができたりするのだろうか」
「……」
はて、と首を傾げたリリーナは、もう一度ルミナスに視線をやる。
確かに切れれば最高ではあるが、ルミナスに巻き付いているのは複数で、しかもぐちゃぐちゃしているらしい。
だが実際に、紐がめちゃくちゃに巻き付いている状態であれば、鋏でぶつん、と切ってしまえは何も問題は無さそうに思える。
悪縁とはいえ、所謂紐のようなものなら……と考えただけで口にしたのだが、リリーナはもう一度目を細めてじっとルミナスを見た。
そして、ぱちくり、と目を丸くする。
「え?」
「あら、まぁ」
「あの、リリーナ様……」
「ルミナス様、立ち上がってこちらへ来ていただけまして?」
「?」
何だろう、と言われるがままにリリーナのところへ歩いていく。リリーナ自身も立ち上がっていたので、正面に立ってじぃ、とついルミナスはリリーナを見つめる形となってしまった。
少し失礼かとも思ったが、致し方ないこと。とはいえ何をするのだろうか、というのは気になるので、ルミナスはリリーナの手の動きを見る。
「(……?)」
「これを、こうして……それから、こう……。あとは……こうして……」
ぐるぐると動かされる手を視線で追いかけていると、本当に目に見えない紐か何かを頑張って解いているような動き。
これはもしや……とルミナスがほんの少しだけ期待を込めていると、リリーナの手が止まり、ぱっと表情を明るくさせている。
「できましたわ!途中で切れていたものも巻きついている中に残っていたから、これだけは取り外したいな、って頑張って追いかけましたの!」
「……本当に……?」
「とはいえ、残っている悪縁は二種類ございます。ルミナス様、何かお心当たりはございます?」
「心当たり……」
かつて、自分が死んだ原因を考えてみる。
一つ目は言うまでもなくマリアで、二つ目は王太子によるもの。三つ目は何だかよく分からないが、公爵閣下の花嫁候補になっていたことによる毒殺……と指折り数えてから、ルミナスはあれ、と首を傾げた。
「……今取り除かれた悪縁に繋がる先って……」
「そこまでは分かりませんわ。でも、恐らくルミナス様の将来的なことに関する、というところ、かと……」
何か悪縁の類が巻きついているのは見えるが、誰からの、どういうものなのか、までは追いかけられなかったらしい。
申し訳なさそうにしているリリーナの手を取ったルミナスは、じわりと涙を滲ませながらふるふる、と首を横に振った。
「いいえ……いいえ!たとえ一つだけだとしても、私にはどうすることも出来ない悪縁の紐を取り除いていただきましたこと、本当にありがとうございます!」
「……わたくしの力、というよりは……ほとんどは貴女の努力の結果、とも言えますわよ?今取り除いたものは、恐らく最初こそルミナス様に巻きついていたけれど、何らかの力が働いてプツン、と、切れてしまった……という感じでしたもの」
そういうところまで見てくれるんだ、とルミナスは目を丸くした。
あぁ、だがしかし悪縁はこれで二つになったのだ。一つは間違いなくマリアのことだろう。
実家と縁を切ったものの、それくらいでは逃れることの出来ない死の要因の一つということ。
二つ目が、一体どちらとの悪縁が切れたのか、どうしても分からない。
「ひとまずはこれで安心……というか、原因を取り除くことにまた注力していただけるかと思います」
にこ、とリリーナは微笑んでいるが、顔色が心なしか悪く見える。
「……だから、……大丈夫、です。きっと、貴女の未来は、……今度こそ、明るく……」
顔色が悪く見えたのは気の所為などてはなく、事実。言葉が途切れ途切れになり、ふっと意識を失ってしまったリリーナはルミナスの手を握ったまま床に倒れ込んだ。
素早く反応したディルにより、リリーナの体は支えられたので怪我をするような事態は免れた。
「……ごめんな、リリ……」
「お、お兄さま、私……っ」
「ルミナスも、ごめん。まさかリリがここまでの働きをしてくれるだなんて思っていなかったんだが、ルミナスにもまた、疑問を残す結果となってしまって……」
ぎり、と悔しそうにしているディルの様子を見ていると、これは心からの言葉なんだ、と理解できる。
自分のことをずっと気にかけてくれた、とてもとても優しい兄に対して、ルミナスは首を振る。
「いいえ……リリーナ様がいらしてくれたからこそ、私に巻き付いていた死の要因の一つがなくなったんです。あのままだったら、また縛られてしまっていたかも、しれないから」
恐らく、ルミナスの行動そのものが確実に未来を変えたのだろう。
住む国を変え、通う学校も変えて、友人も作った。マリアは一旦置いておくとしても、色々な環境を変えたおかげなのか、どうにか一つは悪縁を断ち切ることができて、リリーナのおかげでルミナス自身からもそれを引き剥がすことができた、ということだ。
「お兄さま、リリーナ様に休んでいただきましょう。お好きなものを教えてくださいな。用意しておきますわ!」
「あぁ、任せたよ」
メイド長が急いで駆け寄ってきてくれて、客間を準備したから、とディルに声掛けをしてくれた。そんな中、ディルはすっとリリーナを抱き上げ、メイド長について行きながら客間を後にして行った。
「ルミィ……大丈夫?」
「……うん。リリーナ様のお力を、ご配慮を……無駄になんかしないわ」
ぐっ、と拳を握ったルミナスの手を、アリューズが優しく包み込んでくれる。
自然と視線が合い、二人は笑いあった。
そうだ、大丈夫。
悲観することなんか、もう何も無いんだから。




