過去と今、これからの未来
一つだけ、外れていた縁。ルミナスに絡みついて離れなかった悪縁ともいえるそれは、一体何だったのだろうか、と考えていた。
ルミナス自身、どうしてこうなったのかは分からないし、何の因果関係が絡み合ってこうなっているのかも分からない。
ただひとつ言えることは、死因となった原因の一つである公爵様との縁は完全に絶たれた、ということ。
「きっと……そうだ」
何故かは分からないけど、過去を考えれば少しだけ自分を納得させられた。
そもそも、あの公爵の目に止まったのはルミナスがマリアから逃げるべく必死に両親を説得して、更に説得に説得を重ねた結果、隣国に行くことが出来て、さぁこれから私はひとりでたくましく生きていくんだー!と声高らかに叫んでいたところに『帰ってきなさい(強制)』という手紙が来たのだ。
帰ってみたら帰ってみたで、何故だか公爵様に気にいられていて花嫁に……とかいう流れだった。
気にいられる理由がわからないし、嫌でたまらなかったし、もうお願いだから……と神様に祈っていたらあっけなく死んでしまった、という何ともお粗末というか悲惨な事態。
嫉妬なんかしなくても……と、今ならあの時の候補さんに堂々と言ってあげられるに違いない。当時のルミナスは、何がなにやら分からないままで、困惑の中で命を落としてしまい、また繰り返しの海の中に放り込まれてしまった。
今はもうそんな未来やってこないし、やって来たとしてもふざけるな、と一蹴した上で居るであろう婚約者候補さんに向けて、『私、そもそも婚約自体も嫌だったし、結婚も嫌なんだから貴女がそんな風に嫉妬なんかしなくて良いんですよ!』と叫んであげられるであろうことも、追加しておこう。
「ルミィ、大丈夫かい?」
「……うん」
一旦あの場は解散し、自分の部屋に戻ってきたルミナス、アリューズ、それからアリア。
兄は心配だから、とリリーナに付き添っているし、大人たちは色々と話がある、とのことでそのままあの部屋にいるそうだ。
「ねぇねぇルミナス、何か巻きついてたとかいうの、見えた?」
「全然」
ふるふると首を横に振って、ルミナスは困ったように眉を下げる。
「でもさ、あの人何かを掴んでこう……」
よっこいしょ、というかけ声と共に、アリアが先程のリリーナの動きを真似る。
「こんな感じで動いてたじゃない」
「そうね」
「私、解かれる側を経験したから分かるんだけど」
「ん?」
「確かにあれって、紐が絡んでぐちゃぐちゃになってるのを解く動作なんだよね」
「おいアリア」
「ちょっと待ってアリア!」
「何?」
ルミナス、アリューズ、二人ともが神妙な顔をしている。
そんな二人を見たアリアは、きょとんと目をまん丸にしていた。
「あのな、どういう風に動いたらそんな感じに絡まりまくるんだよ……」
「小さい頃の、それはそれは微笑ましい話よ!」
「……それさ、アリアのお父さんとお母さんも、困ってなかった?」
「頭抱えてた。何でこうなっちゃったんだ!って叫んでたわ」
あっはっは、とあっけらかんと笑っているアリアの豪胆さは嫌いではない。
だがしかし、お前どこまで昔から自由奔放だったのか、と問いかけたいアリューズは、我慢が出来なくなってしまい、ジト目を向けて口を開いた。
「お前なぁ、ご両親に心配かけるなよ!」
「うちの商会のおじいちゃんにも言われたわ」
「……そのおじいちゃん、って……確かアリアが話してた、今名誉会長としてあれこれしてくれてる……っいう人……」
「そう!」
その人に、ルミナスもアリューズも会ったことがある。
とても穏やかながら、物事を決める時の決断力はとてつもなかったし、眼光の鋭さも凄まじかった。
だがしかし、アリアのことを孫のように可愛がっていることは、彼の視線ですぐに分かったものだ。
「一旦それは置いといて!」
ごほん、と咳払いをしたアリアは、ずい、とルミナスに顔を近づける。
「だからね、あの人の動きって嘘じゃないと思う!」
「されたことがあるから分かる、っていうことね」
「うん、そう」
そんなになるまで紐絡むって本当に何したんだお前は……という視線は遠慮なく向けつつ、ルミナスは改めてアリアに確認をした。
ルミナス自身、気のせいかもしれないけれど、ほんの少しだけ体が軽くなったような気がしてはいる。
「……多分、なんだけど……」
「ルミィ?」
「解いてもらった縁、よく分かんない公爵様のだと思うの」
あぁ、とアリューズとアリアは揃って頷いている。
そしてすぐにアリューズはルミナスに向いて言葉を紡いだ。
「……ひとまずは死因のひとつを完全に消去できた、っていうことかな」
「多分ね」
こくりと頷いたルミナスは、自分の手をじっと見てから、ぐっと握る。
「マリア……妹とは、確実に縁切りしてるわけじゃない。どうやってもラクティ家は実家だし、書類上は父さまや母さまが私の親だけど、血縁関係で言えば……」
「あちら、だからな」
「……うん」
実の親のことは嫌いではないけれど、きっとこうやって離れてしまわない限りは『ルミナス』という個は大袈裟かもしれないが、死んでしまっていたことだろう。
「あまりに音信不通にしまくっていたから、妹の現状は分からないんだけど……それよりももう一つの死因は、確実には取り除けていない」
「え?でも王太子、って……」
「……祖国の、王太子との縁は切れてないわ」
「いや、それは切るとか以前の問題で……」
物理的に無理なんじゃないか、とアリューズは続けようとしたが、少し考える。
「……学院の卒業制作発表会で、優秀賞を取った学生は……パールディアに行くんじゃないか?」
「……それよ」
ルミナスの性格上、とても真面目なために手を抜く、ということはできない。やろうとしても気が付いたら全力を尽くしているし、本人が手を抜いているつもりでもクラスメイトたちからは『あれのどこが!?』と叫ばれてしまう。
実際、手を抜いたつもりの作品を見せてもらったところ、アリアからはジト目で『いやだわ、ルミナスふざけてるの?』と怒られたものだ。
「……ルミィの性格を考えたら……いやでも……」
「いや簡単だって、アリューズも頑張って優秀賞取りなよ」
「何が簡単なんだ、お前喧嘩売ってるのか」
「ふ、二人とも落ち着いて……」
あはは、と乾いた笑いを零すルミナスだが、否定できないところが辛い。
別に悪いことをしているわけでもないし、後ろめたく感じることもないのだが、どうにもこうにも……と悩んでいると、アリアがぽん、と手を打った。
「二人の合同制作にしたら良いじゃない!!」
「何を」
「卒業制作発表のやつ」
その手があったか、とルミナス、アリューズは顔を見合せた。
一人でやれ、とは言われていないし、二人でやっている先輩だっていた、と聞いたこともある。それに、ルミナスは細かくこだわりすぎるがゆえに、締切ギリギリになって根を詰めてしまうという悪い癖もあったりするものだから、アリューズがいてくれることは丁度いいのかもしれない。
「ルミナスはルミナスで、暴走気味なところがちょーっとあるし。アリューズはルミナスのことが心配で色々大変なことになりそうだし?」
「……」
「……」
二人揃ってそうかもしれない、という顔をしていると、コンコン、とルミナスの部屋のドアがノックされた。
「はぁーい」
「ルミナス、良いかしら?」
「母さま!」
入ってきてくれたレノオーラを見て、ルミナスは表情を明るくした。いそいそと駆け寄ってから何だろう、と首を傾げる。
「何か御用ですか?」
「今日、ディル君は婚約者のご令嬢に付き添って、そのままあちらに帰るそうよ。それから伝言。『頑張ってね、ルミナス。無理はしないように』ですって」
「……はい」
へへ、と嬉しそうに笑ったルミナスは、何かあればまたすぐに兄に連絡を取ろう、と。そして、兄の婚約者であるリリーナにも、近いうちに手紙を書こう、と微笑みを浮かべたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いつもいつもお姉さまお姉さまお姉さま!!」
ばん!とクッションを床に投げつけ、次にデスクに置かれていたスノードームに似たオブジェクトをがし、と掴んで床に叩きつけた。
がしゃん、とガラスが割れて中身が床に広がっていく。
「誰か!掃除に来なさいよ!!」
まるでこれでは単なるヒステリー女だ、と使用人の間で噂されているとは知らず、マリアはふーふーと呼吸を荒くして視線を移した。
「……逃げるから……私がこんなにも大変な目に合っていて……こんなものまで……!」
幼い頃に付けられてしまったイヤリングは、未だに効力全開。外そうとしたら兄に『耳引きちぎりたいなら自分で外せ』と冷たく突き放されてしまったことも思い出して、またマリアは叫ぶ。
「あぁぁぁぁぁ!!腹が立つ!ムカつく!!ふざけんな!!」
だがしかし、これを何回やっても……それが年単位のことであっても、マリアは自覚しない。自分の叫びにまた苦しめられても、繰り返すのだった。




