まほうつかい
リリーナの特殊なスキル、即ち『魔法使い』と総称されるもの。
今、この世界には『魔法使い』は、ほぼいないとされている。
かつて、膨大な体内魔力を有している人が魔法を使い、色々な方面で活躍した、と歴史の授業で習いはしたものの、現在はその存在はほぼいない。
理由は簡単で、『使い潰されてしまった』から。
便利だから、という理由が際たるものだと考えられているが、それよりも『何でもいいから役に立ってほしい、そういう力を有しているのだから』という我儘すぎる人々の願いを叶えるために、気付いたら己の全てを懸けてしまっていた、というものだそうだ。
ルミナス自身、これらのことは全て歴史の授業で習ったものであり、実際のところ何が起こったのかについては、今暮らしている人々は知らないまま。真実は闇の中、ということだろうか。
現在生きている人たちは、体内にほんの少しだけ魔力を有しているから、魔道具を使用できている。かつて魔法が使えた人たちのように極端に魔力の多い人はほぼ存在しておらず、かつての魔法使いたちが残した魔力の残滓が化石のように積み重なって、結晶体になったもの。
それが、魔石となって魔道具の『核』となっているのだ。
これも、授業で習ったこと。
大体が全て教科書やら論文やらに書かれているものであり、本当のところがどうなのかといえば全くの不明、ということである。
そして、目の前にいるリリーナはとてもとても貴重な魔法使いの一人。
魔法使いと呼ばれる人たちは、国が全力で保護しており、研究所に勤めるか、とても権力のある家に保護される、という形で嫁入り、あるいは婿入りするか、ということが常だったりする。
今回、リリーナは『権力のある家に保護される』という方を選んだらしい。本人曰く『わたくしにはそんなにも利用価値がございませんので』とのこと。更に、リリーナは『この人はどうか』と紹介されたディルのことがすっかりと気に入ってしまい、ディルも『とても現実的な考えのリリーナとなら、問題なく長い人生を過ごしていけそう』と考えたからこそ、二人の婚約は叶ったのだ。
――ということをかいつまんで説明され、ルミナスとアリューズ、アリアはポカンとしていた。
何だ、そんな経緯があったのか、と。
なおルミナスは『お兄さまにもこんな一面があっただなんて……』と感動しているのだが、例にもれず見事に考えていることが駄々洩れだったようで、ディルから視線だけでとてつもなく叱られてしまった。
「(お兄さま……鋭い)」
「(お前が分かりやすすぎるだけだよ)」
お互い視線でそんな会話をしているのが理解できたのか、リリーナは兄妹の関係性が微笑ましいな、と思ってくすくすと笑っている。
先ほどの迫力はどこにいったのか、というくらいに可愛らしいその雰囲気に、『別人なのではなかろうか』という思いまでうっかり抱いてしまいそうになった。
「こほん……。まぁ、リリーナは現在を生きている魔法使いの中で、強いとは言えないけど……そうだな、その能力を少しだけ特殊な使い方をしている、と言っておこうか」
「特殊、ですか」
そういえば、さっき思いきり腕を掴まれてしまったなぁ、とルミナスは思い返した。めちゃくちゃ痛かったが、それだけ『何か』を見てしまったらしいリリーナも焦っていたのだろう、と考える。
そして、ルミナスに何やら巻きついているらしいのだが、一体何なのだろうか。自分の体をじっと眺めてみても、何かが巻きついているようには見えないし、感覚もない。
「(でも、何が巻きついてるのかな……)」
ルミナスは、にこやかに挨拶を交わしているリリーナや祖父母、そして義父や義母にちらりと視線をやった。
リリーナたちは、とても穏やかに会話をしているように見えるし、先程の険しい顔はどこへやら、という感じである。
ついでに、巻きついているものが何なのか、と思ってルミナスはじっと己の体を確認するもののどこにも見当たらない。
「……ええと、ディル様の妹様」
「は、はい!」
「実際に目にできるわけではございませんの、……ええと、何と申しましょうか。そう、目に魔力を込めないと見えないんですが……でも、普通の方には難しい……いいえ、不可能かと存じますわ」
困ったような笑みを浮かべて言うリリーナは、すっと目に魔力を込める。すると、少しだけ彼女の目が淡い光を発してから、じぃっとルミナスを見つめた。
「……ええ、そう。すごく嫌な感じで絡みついてる」
「絡みついてる……?」
「何ていうかね、こう……黒い線が……、ぎちぎちに?」
くるくると指を動かしてみたり、腕を動かしてみてジェスチャーしてみたり。とはいえ、その表現はどうなんだ、と思いつつルミナスはリリーナをじっと見つめた。
きっと今彼女の目には、自分には見えない『何か』が見えているはずなのだ。そして、今の顔の顰めっぷりからするに、恐らくとんでもないことになっているのだろう、と思って自然と苦笑いが浮かんでしまう。
「あの……リリーナ様、えっと……もう大丈夫、っていいますか……。何かが巻きついている、ということは改めて理解いたしました」
「うう……ごめんなさいね、つい顔が」
悪い人ではない。だが、ルミナスの『これ』を見る時はどうしてもあのような苦い顔になってしまうのだろう。それほどまでに自分に対して何か良くないものが絡みついているのか、と察することはできるし、何が、どんなものが絡みついてるのかを聞いてみたいものの、聞くに聞けないままである。
「どんな感じで巻きついているのかとか、ちょっと聞いてみたいですけど……でも、いずれは分かるのかなー、って……」
「話せるけれど……っていうかね、貴女って、妹さんいらっしゃるのよね? さっきマリア?とかがどうとか言っていたし」
「は、はい」
「…………」
またリリーナは考え込んで、はぁ、と小さく溜息を吐いた。
「多分……その妹さんが、関係していそうな感じかもしれない……って、わたくしが言えば、貴女は信じる?」
思いがけない発言に、ルミナスをはじめとしたローズベリー家の面々、アリューズ、アリアはぎょっとしてリリーナを見る。
リリーナが言ったその妹が、ルミナスが最初に排除した死の原因の一つ。
「……信じる、っていうか……」
「リリ……それは……信じざるを得ない、というか……」
ルミナス、そしてディルが揃って言うと、リリーナは少しだけ目をぱちくりさせたのちに、合っていたのね、と嬉しそうに微笑んでいた。
あの死因を遠ざけてここにやってきた、だがしかしまだ何らかの縁のような、呪いのような何かが絡みついているというのであれば、それはどうにか排除したいところだ。
「リリ、ルミナスに巻きついているものは切れるのか?」
「切れなくはございません。ちょっと返しがその子?に飛んでいくだけですから」
何だかすごいことをしれっと言ったなこの人、とミーシャやアレクシスが思っていたが他の面々も同じことを思っていたようで、全員の顔が微妙なものになっていた。
返し、というものが何かもわからないが、それさえどうにかすれば根本的なところでマリアの悪縁は根こそぎ排除できそうだ。
そうすれば、きっとアリューズとの未来はまた少しだけ明るくなるかもしれない、とルミナスはグッと手を握ったのであった。
「あ、でもね」
ルミナスが決意を新たにしようとしたとき、はっと思い出したかのようにしてリリーナがルミナスに向けて声を発した。
「色々絡みついているけれど、何だか一種類じゃないような感じもするから、もう少しだけ詳しく見せてくださいまし」
「え」
あっけらかんとリリーナにそう言われ、ルミナスはまさしく『悲壮』を全て背負ったような顔でアリューズを見上げ、そんな婚約者をアリューズはよしよし、と頭を撫でながら慰め、アリアは何となく雰囲気で察してくれたのかルミナスの背中をポン、と叩いた。
「あら……?」
「リリ、情報過多になっちゃったみたいだから、順番にね」
その向かいの席で、リリーナはポカンとし、ディルは困ったような顔をしていたのだが、これはルミナスには全く見えていなかったのであった……。




