未来のお義姉さまとの遭遇
「……そう、不思議なお方なのね」
「驚かないのかい?」
「何となく、色々な予感はあったから。あぁでも……」
ぱちん、と扇を閉じて通信用の魔道具を指先でつつ、と撫でる。
「厄介なのは、貴方が可愛がっていらっしゃる妹君ではなく……もう一人の妹君、でしたっけ」
表情は通話の主には見えないままだが、にこりと微笑む。
「見た目こそ愛らしいけれど、厄介なことこの上ない……無自覚なお方に関しては、色々と対策をいたしましょう」
「ありがとう、君が婚約者で良かったよ。それから、君もこちらに顔を出すんだよね?」
「ええ勿論、わたくしの愛しいディル様にもお会いしたく存じますもの」
和やかな会話ではあるものの、彼女の目の奥は一切笑っていなかった。
「ではディル様、また明後日に。妹君にはどうぞよろしくお伝えくださいませ」
「分かった。気を付けて」
「まぁ、少し馬車で移動するだけなのだから問題ございませんわ」
それでは、と伝えてから通信を切った。
ぷつん、という音が聞こえたのを合図に、もう一度扇をぱらりと広げてひらりと扇ぐ。
「……何だかよろしくないものが絡みついているご令嬢がいたけれど、そう……あれが、わたくしのディル様の妹君……」
呟いた後、すっとメイドがやってきて頭を深く下げる。
「お嬢様、手土産にこちらをご用意させて頂きました」
「ありがとう」
差し出されているのは、最近有名になりつつある砂糖菓子。
フルーツをコーティングしていて、見た目も華やかで味も良い。ただ甘いだけのものではなく、飴の薄さも丁度よく、歯ごたえも味も、色々と楽しめる品物。
売り切れが続いているから買えるかどうか、というところではあったが、メイドが頑張ってくれたらしい。
彼女――宰相の娘であるリリーナ・フォン・ガレスティルム侯爵令嬢は、目の奥が一切笑っていない状態で、口元だけに笑みを浮かべた。
「さぁ、悪い子は……だーれだ……」
リリーナにとって大切なのは、ディル。そのディルの負担になっているらしい妹がどちらなのか、ということ。
ルミナスとマリアのことは聞いている。
だがしかし、名前は聞いていない。個体を表すものに興味があるわけではないし、名前を聞いたところでどちらがどちら、ということをリリーナは持っているスキル……もとい特殊能力故に、とても忘れやすいのだ。
だから、名前は聞かずに、どちらがどちらなのかを、会って判断する。
決してディルのことを疑っているわけではないが、念には念を、というやつだ。
「手土産も用意したし……でも、ローズベリー家……だなんて」
名家なのに、一体何が起こっているのかしらね、と呟いてからリリーナは学校の準備をする。
リリーナもガレスティルム侯爵令嬢という立場があるものの、リリーナ自身は四女のために家を継ぐ、ということはない。既に兄が爵位を継承している。
「どんな悪い子なんでしょうねぇ……」
また一人で呟いて、リリーナはもそもそとベッドに入った。就寝前のディルとの通話は、最早日常の一部。
ああそうだ、久しぶりに会えるんだ、とまどろみながら微笑んだリリーナは、自然と眠りに落ちていったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「緊張する……」
がたがたと震えるルミナス、平然としているディル、何で私らまでいるんでしょうねぇとぼやいているアリアと、ルミナスをどうにか落ち着かせようといつも通りのアリューズ。
そんな面々を微笑ましく見ている祖父母と両親。
「お、お義姉様になる人……なんですものね!」
「落ち着きなさいルミナス」
「だだだ、だって」
「ガレスティルム侯爵家令嬢、という肩書はあれど、とても優しい子だから大丈夫だよ」
それはアンタが婚約者だからじゃないんだろうか、と思わずジト目になってしまうルミナスだったが、さすがの兄。
心を見透かしているかのように、遠慮なくルミナスの脳天にチョップを落とした。
「んぎゃ!」
「はしたない」
「……すみません……」
うぐぐ、と頭をおさえているルミナスと、そこをよしよしと撫でてやっているアリューズ。
とても平和なシーンだが、ルミナスはこの平穏が崩れてしまうことを何より恐れている。このまま何事もなく人生を謳歌したいんだ!と心の中でガッツポーズをしながらも、ガラガラ、と馬車の音が近付いてくると、ぴっと背筋を伸ばした。
「ああ、来たみたいだ。アリア嬢は……そうだな、お客様に接するみたいに挨拶をすれば問題ないよ」
「……は、はい」
ルミナスの緊張につられてしまったのか、アリアの表情も硬くなってしまっていたが、ディルのその一言ですっと彼女は背筋を伸ばした。
いくら騒いでいても、大商会の娘。
腹を括る、あるいは『お客様』の前で失礼などできない、してはいけない、と両親に叩き込まれているから、スイッチを切り替えればどうということはない。
会話の中で、ディルはそれをきちんと見抜いていたのだ。
「俺が最初はお出迎えするから、大丈夫だよ。挨拶はきちんとね」
「……はい」
頷いていると、一台の大きな馬車がローズベリー家の正門前で止まった。
御者に手を借りて、一人の少女が降りてくる。
正門がぎぎぎ、と開かれて、ディルが小走りで駆け寄ってリリーナにすっと手を出した。
「リリ、ありがとう」
「こちらこそ、ディル様。お久しぶりですわ。……ご実家にいきなりお帰りになってしまったのだもの。少し……寂しかったわ」
会話をしている二人を見ていると、とても微笑ましい。
侯爵家令嬢だからか、所作は大変美しいし、何というかめちゃくちゃお似合いな二人だな、とルミナスが見惚れる。
美男美女だ……と感動していると、不意にリリーナと視線がばっちりと合ってしまった。
「あ……」
しまった、一瞬硬直してしまった。とても失礼なことを、とルミナスが思っていると段々リリーナの顔が険しくなってくる。
「……え」
そうしていたかと思いきや、ディルの手を離してずんずんと歩いてくるではないか。
「え、え、えええええ?」
「貴女!」
「は、はいいいい!!」
がし、といきなりリリーナに肩を掴まれたルミナスは、思わず大きな声を出してしまった。
「……っ、マナーが悪く大変申し訳ございま……」
「貴女、何を巻き付けていらっしゃるの!」
「…………?」
何を、というか別に何も巻き付けてなどいない。
「あ、の」
「……何よ、これ……」
ぎりぎりとリリーナの手の力が強くなっていき、指先がぐぐ、とルミナスの腕に食い込んできてしまう。
「い、いたい……」
「何をどうしたら……こんなことに……」
みるみるうちに真っ青になったリリーナの元に、ディルも駆けつけた。
「リリ、一体……」
「ディル様、貴方が厄介だと……手を焼いているのはこちらの妹君ではないわね!? もう一人の方ね!?」
叫ぶように言われた内容に、ディルも顔が強張った。
「お兄さま、マリアのことを……」
「教えていない」
「……え」
「俺は、妹が二人いて、一人が困ったものだ……としか言っていない。一人はここにいる、とは話したけれど、どっちの妹なのかも、事情も説明していない!」
「!!」
何で、と呆然としているアリアの声が、やたらと大きく聞こえた。
「――失礼いたしました。改めましてわたくし……リリーナ・フォン・ガレスティルムと申します。今はほぼなき、『魔法使い』と呼ばれる特殊な存在……と、申しておきましょう」
更に投げ込まれた爆弾に、一同目を見開いた。
もういないはずの、『魔法使い』。
それが、今こうして目の前に立っていて、しかもルミナスの兄であるディルの婚約者、だというのだ。
一体何がどうなって、こうなっているのだろうか、とルミナスはアリューズと顔を見合わせることしかできなかったのだった――。




