秘密を知った日
その日から凜さんは週に三回、この館に来てくださいました。彼はまだ高校生なので、平日は学校が終わってからしか来れないようでしたが、休日は早起きして来てくださいました。そのまま泊まっていったことも少なくありません。
私は、凜さんと沢山お話をしました。今は高校生3年生であること、一人暮らしをしていること、海が近い高校に行っていること、数学が苦手なことなど、沢山彼の事を知りました。
凜さんはとても明るい性格で、とても話しやすかったです。おかげで、だんだん緊張せずに話すことができるようになりました。目を見て話すのは相変わらず苦手でしたが、俯かずに話すことを心がけるようになりました。
凜さんと過ごす時間はとても楽しかったです。凜さんは宣言通り、料理や掃除などをしてくださいました。私は凜さんと過ごしているうちに、次第に彼に惹かれていきました。いつのまにか彼に恋心が芽生えました。彼のことを本格的に意識するようになったのは、いつ頃だったでしょうか。
それは多分、彼が持病のために発作を起こした時でしょう。
「じゃあ、今から作るから待ってて」
「わかりました」
凜さんと出会ってから二ヶ月が経ちました。はじめはぎこちなく敬語で喋ってくれていましたが、私が堅く喋らないでくださいと言うと、次第に溜口で喋ってくださるようになりました。もうすっかり打ち解けています。
「凛さんの手料理はいつも美味しいですね」
「そんなことないって」
「いえいえ、ご謙遜なさらないでください。凛さんの料理、本当に美味しいですから」
彼は照れて笑っていました。
そんな時です。彼が発作を起こして倒れたのは。
「…っ!!」
彼は胸を抑えてもがき苦しんでいます。膝から崩れ落ちた凜さんに慌てて近づきます。
「凜さんっ!どうしたんですか、大丈夫ですか!?」
声を掛けますが彼は返事をしません。ただ胸を掻き毟って、荒い呼吸を繰り返すだけです。
「凜さんっ、凜さん!」
私は必死に彼の名前を叫びますが、凜さんの発作は治まりませんでした。そのうち彼は意識を失いました。
お医者様を呼ばなければ!そう思って受話器に手を伸ばしかけましたが、私は手を止めてしまいました。果たして私にそんなことができるでしょうか?凜さんと話すのもやっと慣れてきた頃だというのに、初対面の方に凜さんの容体とこの館の場所を詳しく伝えることはできるでしょうか?そんな自信はありません。ですが、早くしないと凜さんの容体がどんどん悪化してしまいます。私は凜さんと電話を交互に見ます。そして私は大きく深呼吸をして、受話器を取ります。日本の救急車の電話番号は確か119だったはずです。2回のコール音のあと、電話が繋がりました。
「あ、あのっ、救急車お願いします」
私は凜さんの眠る部屋の外で壁に寄りかかり、先程の診察結果を思い出しました。
心臓病。凜さんは心臓病を患っていたのです。なぜ、言ってくださらなかったのでしょう。凜さんは優しい方ですから、心配させまいとしてくださったのだと思います。
(言ってくださればよかったのに…)
私は凜さんの様子を見るために、部屋に入りました。凜さんは目を覚ましたようで、ベッドに起き上がっていました。
「あっ、気がついたんですね、よかった…」
「キールさん…。おれ…なにが…?」
凜さんはどうやら倒れた時のことをあまり覚えていないようでした。
「発作で倒れたんですよ。本当に一時はどうなることかと思いましたよ。でもお医者様がすぐ来てくださったおかげで助かりました。もう少し遅かったら命はなかったと仰っていました」
「医者…?キールさん、医者呼んでくれたの?」
凜さんは訝しげに尋ねました。
「えぇ、そうですけど…」
「でもキールさん、他の人と話せないんじゃ…」
凜さんは言い淀みました。私は溜息を吐き、苦笑しました。
「えぇ、まあ、そうなんですけどね…。今回ばかりはお医者様を呼ばないわけにはいかないじゃないですか。あまり上手く喋れませんでしたけど…」
「わざわざ、おれのために…?」
「いえ、人として当たり前ですから」
私はそう言って笑いました。見ると、凜さんの目は少し潤んでいました。
「ありがとう、キールさん。本当にありがとう。それと…心配かけてごめんね」
凜さんは涙を拭い、私に笑みを向けました。その笑顔に、私は胸が締めつけられました。私は凜さんに聞かなければならないことがあります。彼自身から聞かなければならないことが。
「あの…、凛さん…。心臓病を患っている、というのは本当ですか」
「…うん、本当。黙っててごめんね」
凜さんはあっさり答えてくださいましたが、その声はとても沈んでいました。しばらく気まずい沈黙が続きます。まるで、初めて会った雨の日のよう。私は凜さんに聞かなければならないことがもう一つあります。
「あのですね、凛さん。えっと、その…」
「いいよ、遠慮しないでなんでも聞いて」
とても問いにくい質問でしたが、私は意を決して尋ねます。
「はい…。あの、心臓病…治らないんですか?」
凜さんは目を伏せて静かに、
「…もう、治らないよ」
と答えました。
凜さんの心臓病が治らないということは事前にお医者様から聞いていたのですが、それでも私はショックを受けました。そんな私を凜さんは横目で見て、再び言葉を発します。
「おれは生まれつき、体が弱かったんだ。心臓病も生まれつきだった。…昔から、大人にはなれないと言われていた」
私は黙って彼の話に耳を傾けます。
「おれは、長く生きられない。そう思ったのは高校に入る前。長く生きられないのならば、限り有る命を有効に使おうと思って、おれはあの街にひとりで引っ越してきたんだよ。あの街は前から憧れていた。海が近い、あの街に」
「そう、なんですか…」
「そんな顔しないで、キールさん。大丈夫だよ、おれは」
凜さんにそう言われ、私ははっとしました。気づくと瞳が涙でいっぱいでした。
「で、でも…」
「おれ、キールさんに会えて本当に良かったって思ってる。だからさ、そんな顔しないでよ。今すぐ死ぬわけじゃないんだから」
凜さんはそう言って私の頬にそっと触れます。私はその手を両手で柔らかく包みました。
「わたしも、あなたに会えて、本当に良かったと思っています…」
「おれは大丈夫だから。心配しないでね、キールさん」
「…わ、わかりました…」
私は渋々頷きました。
私は内心とても嬉しかったのです。凜さんが私と会えて良かったと言ってくださったことが、とても嬉しかったのです。
しかし凜さんはご存知なのでしょう。自分の命があと一週間しかもたないということを。




