出会った日
前作の別視点です
初めて彼に出会った日は、雨が降っていました。
事故で足を怪我して4年が経ちました。そろそろこの館での生活に慣れてきた頃、ある日泥棒に入られました。泥棒は、私の蒐めた骨董品が目当てだったのでしょう。私が寝ている間に忍び込みました。物音で起きた私は、威嚇用にグロック19を持って行きました。もちろん弾丸は装填していません。それと、護身用にメリケンサックを拳にはめました。私は車椅子なので、攻撃されたらたまったものじゃありません。護身には気を配ります。
そして、泥棒と対峙しました。寝室を出たら目の前に居たのでびっくりしました。それは泥棒も同じだったようで、酷く慌てていました。私は銃を構えて言い放ちます。
「…あっ、あの…で、出て行ってくださいぃ…」
私の情けない声が耳に届きます。なんと情けない声なのでしょう。しかし構えた武器の威力は偉大でした。私が持っているのが銃だとわかると、泥棒は冷や汗を垂らし始めました。追い詰めます。
「はやくっ、はやく出て行ってくださいっ!け、警察呼びますっ」
そう言うと、泥棒は何も言わずに去って行きました。
「はぁ…」
とても緊張しました。人と話すのはやっぱり苦手です。
警察は読んだ方がいいのでしょうか、と思いますが、特に盗られたものはありませんし、今回は見逃しましょう。
そういえば、朝食がまだでした。私は車椅子を操り、キッチンへ向かいました。
「…?」
玄関の方が何やら騒がしいです。さっきの泥棒がまた来たのでしょうか。私は再び銃を手に取ろうとしましたが、生憎寝室に置いてきてしまいました。しかも寝室に行くには、玄関を通らなければ行けません。私は仕方なく、フライパンを手に取り、玄関へ向かいました。
「誰かいるんですか?」
玄関は電気が点いていなかったので、相手の顔が見えません。
泥棒は何も言わずにこちらへ足を向けました。攻撃するつもりでしょうか、私は甲高い声で叫びます。
「こ、ここここっちに来ないでください!!あなたは、先程の泥棒でしょう?あなたに渡すものは、あの、これっぽっちもありませんから!」
私がそう言うと、泥棒は足を止めました。辺りがしんと静まり返ります。なんだかおかしいと思いました。そこで私はフライパンを握りしめ、恐る恐る相手に近づきました。彼は呆然とした様子で私を見ています。私は人と目を合わせることができないので、自然と視線が下がります。しばらくしても彼は黙ったままなので、私はフライパンを両手でしっかりと握りしめ、再び叫びます。
「あの、は、はやく出て行ってくださいっ!はやく出ていかないと、け、警察呼びますから!」
彼ははっとして、初めて口を開きました。
「あ、あの、いや、決して怪しいものではありませんから!」
「ど、どうみても怪しいじゃないですか!」
「あの、ホントに違うんです…。あの、おれは雨宿りさせて貰おうと…」
「へ?雨宿り?」
彼の予想外の返答に間の抜けた声が出ました。雨なんて降っていたでしょうか?私は窓の外に目を向けます。確かに雨が降っています。小雨でもなく、大雨でもない天気です。そうすると、この方はさっきの泥棒とは違う方なのでしょうか。私は意を決して彼の顔を見つめました。
はっとしました。私が泥棒だと思っていた彼は、まだ成人すらしていない男の子でした。背の丈からすると高校生くらいでしょうか。癖のある明るいこげ茶色の、ふわふわとした髪。日本人らしい気色のいい顔。利発そうな大きな瞳が揺れています。彼は不安そうに私を見詰めていました。
彼は泥棒ではありませんでした。なんということでしょう!人違いとはいえ、人に武器を向けてしまうなんて!
人違いだとわかると、かっと頬が熱くなります。あまりの恥ずかしさに、フライパンで顔を隠して、私は彼に言いました。
「も、申し訳ありません…。あの、人違いでした…。本当に申し訳ありません…。是非、雨宿りして行ってください…」
「あ、ありがとうございます」
「すいませんでした…」
私は呪文のように繰り返しました。しばらく沈黙が続きます。そういえばまだお名前を伺っておりません。私は緊張しながらも尋ねました。
「あの、お名前、訊いてもいいですか…?」
声が小さすぎたようで、彼は反応しませんでした。それでもめげずに彼の様子をちらちらと探っていると、ようやく気付いてくださいました。
「あ、名前ですか。おれは篠原凛です」
「凛さん、ですか。…あの、よろしく、お願いします…」
凜さんはまっすぐ私を見据えて言いました。対する私は、目を合わせられず俯いてしまいます。失礼なことというのは十分承知していますが、どうしてもできないのです。
「あの、あなたは?」
凜さんに問われ、どきっとしました。
「あっ、そうですよね、すみません…。わたしはキールです。キール=ファッシータ、です…」
「そうですか。キールさん、よろしくお願いします」
それからしばらく、再び沈黙が続きます。私は相変わらず俯いたままです。そんな私の様子を凜さんは誤解してしまったようで、
「あの、さっきのことは気にしないでください。おれも勝手に入って来てすみません」
誤解させてしまった上に、謝らせてしまうなんて、どうして私はこうも駄目な人間なのでしょう。
「いえっ、あの、いえ、そうではなくて…」
緊張のあまり目が涙で潤みます。私は心を決めて、凜さんと目を合わせてみます。凜さんにじっと見つめ返されて、私は更に緊張してしまいました。結局、3分も経たずに目を逸らしてしまいました。彼は訝しげに尋ねます。
「あの、どうかしたんですか」
「い、いえ、あの…。長い間人と接していなかったものですから…。あまり…その、コミュニケーションをとるのが苦手で…」
消え入るような声で言い、目を伏せます。凜さんには聞こえたでしょうか…
「あ、そうなんですか。いえ、別に気にしてませんから…」
「申し訳ありません…。極力頑張ってみます…」
「そ、そうですか」
沈黙が何回も続きます。何か話さなければいけないとは思うのですが、どうしても緊張してしまい、話し始めることができません。先に沈黙を破ったのは、凜さんでした。
「あの…ここで何してるんですか?」
凜さんの目線は車椅子に向いています。仕方ありません。もう慣れています。私は無意識に暗い声で答えました。
「…変、ですよね。車椅子なのにこんな森の中で一人暮らししてるなんて…」
「い、いえっ、あの、そういう意味で言ったわけじゃ」
「いいんです。気になさらないでください」
私はひとつ溜め息を吐き、話し始めました。
「わたしは…美術品蒐集家なんです。ご覧のように美術品以外も多く集めていますが…まあ、骨董品が好きなんです。
数年前事故で足を怪我してしまって、ここに引っ越してきました。ここは元々、集めた骨董品を置いていた倉庫のようなものだったのですが…。あまり他の人に迷惑をかけないようにと思い、一人暮らしを始めました」
「へえ、そうなんですか。でも、一人じゃ何かと不便なんじゃないですか」
「…ええ、その通りです。車椅子じゃ二階に上がれませんものね」
なぜか凜さんと話していると落ち着きます。先程までは緊張しきっていましたが、凜さんが静かに話を聞いてくださって、心が落ち着きました。
「じゃあ、おれが来ますよ」
「えっ?」
凜さんの急な提案に驚きました。
「週に何回くらいか、おれがここに来ます。あの、おれ料理とか掃除とか、できますし。多少お手伝いするくらい…」
凜さんは静かに言葉を紡いでいます。でも、凜さんと話していると、それほど緊張せずに話せますし、なによりお手伝いしていただけるのはとてもありがたいです。
「…よ、よければ…よろしく、お願い…します」
彼は私の言葉に驚いていました。断ると思っていたのでしょう。
「いいんですか?まだ会ってからそんなに経ってないのに」
「ええ。凛さんだからいいんです。…凛さんと話しているとなんだかこのあたりが、ほわーっと暖かくなるんです…」
私は話しながら手を胸に当てます。
「…凛さんはとはあまり緊張せずに話せそうなんです。…多分、凛さんじゃなければ断っていたと思います」
私は右手をそろそろと差し出しながら、凛とした声で言いました。
「よろしく、お願いします」
凜さんはしっかりと私の右手を握り返しました。
「こちらこそよろしくお願いします」
凜さんはにっこりと笑うと、そのまま跪き、私の手の甲に口付けました。私は驚き、咄嗟に手を引っ込めます。頬が熱くなります。
「おれ、頑張りますから!」
気付くと雨は止んでいました。




