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魔力ゼロ判定の山育ち、葉っぱ一枚で旅に出る ~借りて返す魔法で水と魔力を取り戻す~  作者: 他力本願寺


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第58話「通すだけなら、俺にできる」

王立充足院総監、グランツ・オルム。


 彼が四十年間命懸けで守り抜いてきた『大蓄槽』の極大魔力が、青白い防波堤となって灰色の嵐を真っ二つに切り裂いた。


 その光の道を抜け、俺とベレンの爺さんは、ついに第七葉『世界樹谷』の最も深い底――核心部へと辿り着いた。


「……これが、世界を食い尽くすバケモノの本体か」


 俺は思わず足を止め、息を呑んだ。


 谷の底には、天を突くほどの巨大な漆黒の竜巻が鎮座していた。いや、竜巻という生易しいものではない。その渦は、周囲の空間そのものを歪ませ、岩を砂に変え、大気から色と音を剥ぎ取って、無限の虚無の中へ飲み込み続けている。


『カイさん! 聞こえますか!』


 腰に下げた通信魔道具から、ニアの切羽詰まった声が響いた。


「おお、聞こえるぞ! こっちは一番奥まで来た!」


『一枚葉ネットワーク、七つの節点すべての魔力同調が完了しました! 各地の地域備蓄と中央大蓄槽の力を合わせ、各地への最低供給を残しながら、計算した流量をそちらへ送れます! あとは、カイさんたちがその『接続弁』となって、空喰いに限界以上の魔力を叩き込むだけです!』


「よし、よくやってくれた! 待ってろ、今すぐぶっ飛ばしてやる!」


 俺が両手を構えようとした、その時。


『待て、カイ殿!』


 通信機から、グランツ総監の鋭い制止の声が飛んだ。


『ニア君の計算は正しい。だが、致命的な問題がある。七地点分の極大魔力を束ね、一点に放つ。……そのためには、最後に誰かが、束ねた魔力の向きをそろえて空喰いへ通す必要がある』


「誰かの体を通すのか?」


『そうだ。普通の術者なら魔槽に流れを溜め込んだ途端に許容量を超える。肉体にかかる圧も熱も危険だ!』


 グランツの言葉に、通信機の向こうでミナが息を呑む音が聞こえた。


「……なるほどな。ならば、わしの出番というわけじゃな」


 俺の横で、爺さんが静かに杖を構え、空喰いへ向けて歩み出ようとした。


「待てよ爺さん、何言ってんだ!」


「お前たち若い世代に、これ以上重い荷物を背負わせるわけにはいかん。四十年前に逃げ出したこの命、ここで使い切るのが筋というものじゃ」


 悲壮な覚悟を決めたような顔で、爺さんが一歩前へ出た。


 俺は、その爺さんの襟首をガシッと掴み、力一杯後ろへ引っ張り倒した。


「ぶふぉっ!? な、何をする馬鹿弟子が!」


「かっこつけてんじゃねえよ! 爺さんのヨボヨボの魔槽なんかじゃ、魔力が通り抜ける前に一秒で爆発して終わりだろ!」


 俺は尻餅をついた爺さんの前に立ち塞がり、空喰いの渦を真っ直ぐに睨みつけた。


「俺がやる」


『カイ!? 駄目よ、グランツ総監の言葉を聞いてなかったの!? 魔槽が焼き切れて死ぬのよ!』


 通信機越しのミナの悲鳴に、俺はニカッと笑った。


「心配すんな、ミナ。俺は死なない」


 俺は自分の胸をドンと叩いた。


「ミルヴァで冒険者登録をした時、水晶に何が出たか覚えてるか?」


『ええ。測定下限未満って文字と、丸いゼロが出たわ』


「そうだ。俺の魔槽は『0表示』だ」


 俺は両手に風を纏わせ、深く息を吸い込んだ。


「魔槽が測定下限より小さいから、貯めて術にするやり方はできない。でも外から来た流れを、俺はいつも溜めずに返してきた。今回も弁で速さを絞って、体を通す。無茶をすれば俺だって焼ける。だから爺さんの調整がいる」


『なっ……!?』


 グランツ総監の絶句する気配が通信機から伝わってきた。


「もちろん、自分の中に力がないから、魔法を連発することもできねえし、ド派手な攻撃もできねえ。今までずっと、周りからちまちま借りて返すしかできなかった」


 俺は、空喰いの絶望的な渦を見上げた。


「だけどな。弁で一度に通す量を抑えてもらえば、俺は流れを止めずに前へ送れる。時間をかけて空喰いに食わせ続けるんだ。そうだろ?」


 ミルヴァの水晶に0と出た、測定下限未満の魔槽。蓄えは使えないが、決めた流路へ外の力を通す訓練はしてきた。ただし、各地の弁を制御する仲間が一人でも欠ければ、俺の体だけでは何もできない。


「……なるほど。流入を制御して『通す』なら、まだ道はある。だが無傷で済むとは思うな」


 爺さんが立ち上がり、俺の横に並んだ。


「だがカイよ。お前一人では、七地点から押し寄せる複雑な魔力の波長を同調させ、正確に一点に放つことは不可能じゃ。激流に流されて霧散するのがオチじゃぞ」


「だから、爺さんがここにいるんだろ」


 俺は振り返らずに言った。


「俺は通り道になる。ニアに送る速さを絞ってもらい、来た分だけ前に出す。爺さん、あんたが俺の隣で、俺に通る魔力の波長を完璧に整えてくれ。あんたの天才的な設計技術でな」


「…………」


 爺さんは、目を丸くして俺を見た。


 俺一人の力じゃ、このバケモノは倒せない。


 仲間たちが繋いだ世界中の備蓄の力、そして、逃げ出さずに戻ってきてくれた師匠の技術。全部が合わさって、初めて勝てる戦いなんだ。


「……ふん。世話の焼ける弟子じゃ」


 爺さんは小さく笑うと、俺の背中合わせになるように立ち、杖を高く掲げた。


「良いじゃろう! わしが《空環》の設計者の意地にかけて、お前に流れる魔力を完璧にコントロールしてやるわい!」


「頼むぜ、爺さん!」


 俺が気合を入れた、その時。


「……お、おいカイ」


 背中合わせの爺さんから、急にひっくり返ったような情けない声が聞こえた。


「なんだよ、準備はいいか?」


「いや、その……わしは四十年間、山で隠居しておったじゃろ? こういう実戦の、しかもサポート役に回るなど初めての経験でな」


「はあ?」


「わ、わしはどのタイミングで魔力の波長を合わせればよいのじゃ!? お前が『今じゃ!』と合図を出すのか!? それともわしが勝手に合わせてよいのか!?」


 伝説の魔術師が、冷や汗をダラダラ流しながら弟子に指示を求めてオロオロし始めた。


「おい!! なんでこの土壇場でテンパってんだよ!!」


「し、仕方なかろう! 失敗したらお前が木っ端微塵になると思うと、プレッシャーが……!」


「爺さん焦りすぎだ! あーもう、鍋の火加減と一緒だよ! 俺が息を吸い込んだら強火、吐き出したら中火だ! あとは適当に合わせろ!」


「て、適当でよいのか!? よし、わかった!」


『ちょっと! あんたたち、世界を救う最後の手段を適当な鍋の火加減で調整しないでよね!!』


 通信機からミナの激しいツッコミが飛んできて、俺と爺さんは同時に「うるせえ!」と言い返した。


「いくぞ!!」


 俺は両足を大きく開き、第七葉の節点である大地の底へ向かって、そして空喰いの本体へ向かって、両手を真っ直ぐに突き出した。


「ニア! ミナ! ダイン! ザザ! おっさん! 一枚葉のネットワーク、決めた流量で開けぇぇっ!!」


『――第一から第七ゲート、全解放(フルオープン)!!』


 通信機からニアの絶叫が響いた瞬間。


 ゴボァァァァァァァッ!!!


 大地の下から、七地点からの流れと地域備蓄、中央大蓄槽の力が合わさった、目も眩むような黄金の奔流が、俺の足元から体を通って一気に駆け上がってきた。


「ぐ、おおおおおっ!!!」


 凄まじい圧力が、俺の骨を、血管を、魂を軋ませる。


 貯め込めないはずの俺の体でも、その圧倒的な質量に吹き飛ばされそうになる。


「させるかぁっ! 波長同調(フェーズ・シンクロ)!!」


 背後で爺さんが杖を叩きつけ、俺の体を通り抜けようとする暴れ狂う魔力の束を、見事な手綱捌きで一つに編み上げていく。


「みんなが託した分……!! 滞らせずに喰わせるぞ!!」


 俺は喉から血が滲むほど叫びながら、その極大の魔力の奔流を、目の前の『空喰い』の巨大な渦の中心へ向けて、一直線に解き放った。


 ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!!


 世界中の魔力と、世界を食らう虚無が、正面から激突する。


 天地を揺るがす轟音と、視界を奪う純白の光。


 空喰いの無形の渦が、許容量を超える魔力を叩き込まれ、断末魔のような軋み声を上げて膨張し始める。


「押し込め、カイ!! ここで手を抜けばネットワークが逆流するぞ!!」


 爺さんの叫びが遠く聞こえる。


 全身の感覚が白く飛んでいく中、俺はただひたすらに、みんなから借りた力を前に通し続けるため、一歩も引かずに踏ん張り続けた。

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