第53話「六つの土地が返事をする」
空喰いの脅威に対抗するため、各地の魔力と備蓄を相互に循環させる『一枚葉ネットワーク回路』。
ニアとグランツ総監が弾き出したその最終設計図を起動させるため、俺たちはすべての元凶である第七葉『世界樹谷』への出発準備を急いでいた。
その間にも、臨時指揮所の通信天幕では、ミナが汗だくになりながら各地の組合と連絡を取り続けていた。
「ええ、オルムからの第一陣はすでにそちらへ向かっているわ! 受け入れ態勢を……えっ、ミルヴァの出張所の荷馬車、もう見えたの!?」
ミナが通信機から顔を上げ、指揮所の外を指差した。
見れば、灰色の風が吹き荒れる街道の向こうから、見慣れた荷馬車の列が猛スピードで砂埃を上げてやってくるところだった。
「おおっ! 一番乗りはミルヴァの旗だ!」
俺が駆け寄ると、荷馬車の御者席から飛び降りてきたのは、俺が冒険者登録をした時にいたミルヴァの旧ギルド長と、顔見知りの商人たちだった。
「おう、カイ坊主! ちょうどオルム西の出張所にいたんだ。そこに置いていた備蓄と、街道を走っていた先行便を集めた。本店からの追加の荷は後で来る!」
旧ギルド長が、自慢げに白髭を撫でる。
「すっげえ! こんな非常事態に、よくこんなにたくさんの荷物を集められたな!」
「何言ってやがる。お前さんたち『一枚葉』の頼みとあっちゃあ、ミルヴァの商人は赤字覚悟で動くって決まってんだよ!」
商人たちが笑いながら、荷馬車の幌をバサッと開けた。
中には、長期保存が効く乾燥した穀物や、回復用の薬草、それに……。
「なんだこれ。やけに白い袋がいっぱいあるけど」
俺が首を傾げると、ミナが荷物目録の羊皮紙を引ったくるようにして確認した。
「……ちょっと、ミルヴァのギルド長! なんで緊急支援物資の中に、こんなに大量の『塩』が紛れ込んでるのよ! ただでさえ荷馬車の重量制限が厳しいのに、こんなに塩ばっかり送ってきてどうするつもり!?」
ミナが声を荒げると、ギルド長はニヤリと笑って俺を見た。
「カイ坊主が、うちの街を旅立つ時に『一番いいもの』に選んだのは塩だっただろ? 腹が減ってる時ほど、飯の味付けは大事だからな! ミルヴァからの特上の応援だ、受け取ってくれ!」
「うおおおっ! 最高だぜ! やっぱり塩が一番だよな!」
俺が塩の袋を抱きしめて喜ぶと、ミナは「緊急時に味付けの心配してる場合じゃないでしょ!」と眉間を押さえてよろけた。
「隊長! 西の街道からも車列が到着しました! リュドの紋章を掲げています!」
ダインの旧部下である騎士が報告に走ってくる。
「リュドから? 船乗り組合か!」
今度は、オルム近くの船着き場にいたリュドの漁師たちが、そこに届いていた荷を陸路に切り替えた車列だった。
「カイ! ミナの姉御! 船着き場の先行便と、この辺りの川で獲った魚を運んできたぜ! 本隊も後から来る!」
「ありがとう! すぐに中身の確認を……って、ちょっと待ちなさいよ!」
ミナの悲鳴が再び響き渡った。
「なんで樽の中に、獲れたての魚と一緒に『巨大な鉄鍋』と『おたま』がいくつも入ってんのよ! かさばるし重いし、仕分けの手間が増えるじゃないの!!」
「はっはっは! リュドで一番いいものっつったら、皆で囲むダインの旦那の特製鍋だろ? いつでもどこでも炊き出しができるように、鍋用品一式を詰め込んどいたぜ!」
漁師たちが豪快に笑う。
「気が利くな! これならどこで野営しても美味い飯が食えるぞ!」
「あんたは黙ってなさい! ああっ、次はカレドから荷物が来たわよ! ……もう嫌な予感しかしないんだけど!」
ミナの予感は的中した。
鉱山都市カレドから届いた支援物資の目録には、採掘用の硬い保存食に混じって、『特注サイズの巨大な金槌と大工道具一式』が堂々と記載されていた。
「だからなんで緊急物資にこんな大きくて重い工具を入れるのよぉぉぉっ!!」
ミナが完全にブチギレて帳簿を地面に叩きつけた。
「いいじゃないミナ! これでいつでも壊れた馬車を直せるわよ!」
ザザが大工道具を担ぎ上げて大喜びしている。
「……ふふっ」
その光景を見ていたリヴィア王女が、手で口元を覆ってクスクスと笑った。
「各地の皆さんは、カイが選んだ『一番いいもの』を、ただの物資としてではなく、あなたたちへのエールとして送ってくださっているのね」
「ああ」
俺は、広場に積み上げられていく、少し不格好だけど心のこもった『一番いいもの』の山を見て、胸が熱くなるのを感じた。
第一葉の塩。第二葉の鍋。第四葉の直った金槌。
俺が土産話帳に書き留めてきた旅の記憶が、ただの思い出じゃなく、こうして実際に人々の手を動かし、物資として俺たちの元へ『返事』をしてくれたのだ。
「総監閣下!」
通信天幕から、王都の魔術院と通信を繋いでいたニアが駆け出してきた。
「王都グラードの『王立水道局』からも通信が入りました! 王都の備蓄水、第一陣の放出を開始したとのことです。……『俺たちの管理する水は、どんな時でも止めない。水道局の意地を見せてやる』との伝言です!」
ニアの報告を聞いて、グランツ総監は目を丸くした。
「王宮の命令ではなく、末端の水道局員たちが自発的に備蓄を放出したというのか……?」
「はい! 私たちが王都の事故を止めた時に協力してくれた、現場の職員たちです!」
「…………」
グランツ総監は、広場で荷ほどきを手伝う民間人や騎士たち、そして『一枚葉』の旗印の元に集まってきた物資の山を、無言で見つめた。
「制度や命令による強制ではない。人と人との縁が、ここまで巨大な供給網を形作るとは。……カイ殿、君の言う『流す』力の強さを、私は見くびっていたようだな」
「へへっ。だから言ったろ、おっさん」
俺は腰の鉄鍋を揺らし、灰色の風が吹く空を見上げた。
これならいける。
旅で訪ねた六つの土地が、俺たちの背中を押してくれている。七つ目は、この先で俺たちが開く。みんなの力が繋がり、循環し始めている。
この『一枚葉ネットワーク』があれば、空喰いの脅威に対抗する時間は十分に稼げる。その間に、俺たちが第七葉の節点をこじ開ければ、勝てる。
そう確信した、次の瞬間だった。
ピィィィィィィンッ……!!
ニアの持っていた魔力計器が、これまでとは違う、不快な単音の警告を鳴らした。
「……ニア? どうしたの?」
ミナが不審に思って声をかける。
ニアは計器の盤面を覗き込み、血の気が引いた顔でゆっくりと顔を上げた。
「だ、駄目です……!」
「何が駄目なんだ! 言え、ニア!」
ダインが急かすと、ニアは震える声で叫んだ。
「一地点……どこかの都市から繋がっている重要な魔力輸送経路が、完全に断絶しました! ネットワークの循環が、一つ欠けています!」
「なんだと!?」
グランツ総監が顔色を変える。
「まさか、空喰いがすでに経路を物理的に食い破ったのか!」
「わかりません! でも、このまま一地点でも欠けた状態が続けば、ネットワーク全体に過負荷がかかり、相互接続回路そのものが焼き切れてしまいます!」
順調に繋がりかけていた希望の回路が、音を立てて崩れようとしていた。
どこが途切れたのか。何が起きたのか。
灰色の風が、俺たちの不安を煽るように、さらに強く吹き荒れた。




