第50話「一枚葉、組合になる」
七地点同時警報。
それは、この世界を満たしている環境魔力が、七つの節点すべてで同時に枯渇し始めているという、未曾有の破滅の合図だった。
「七つの節点を『相互接続』し、一つの巨大な回路にする……。理論上は可能だ」
ニアの提案を受け、グランツ総監は臨時指揮所の円卓に広げられた王国全土の地図を睨みつけながら言った。
「だが、魔力回路を繋いだだけで民の飢えはしのげないぞ。七地点を繋ぐということは、魔力だけでなく、水、食料、医療品といった物理的な物資も、七地点間で完璧に融通し合う『巨大な広域流通網』が必要になる。……我々充足院のシステムが限界を迎えている今、それほどの大規模な輸送を誰が担うというのだ」
グランツの重い言葉に、指揮所の天幕に集まった役人や騎士たちは絶望的な顔を見合わせた。
だが、その空気を切り裂くように、バンッ! とミナが円卓の上に分厚い帳簿を叩きつけた。
「……あるわよ。最強の流通網が」
「なんだと?」
ミナは自信に満ちた商人の笑みを浮かべ、グランツを真っ直ぐに見据えた。
「あたしたちはね、ただ観光気分でこの国を旅してきたわけじゃないのよ。商都ミルヴァの商人組合、河港リュドの船乗りたち、王都の魔術院と市場の顔役、そしてここカレドの鉱夫たち。……あたしたちがこの足で歩き、関係を結んできた人たちが、そのまま国中を繋ぐ流通網になるわ」
ミナはニアに向かって頷いた。
「ニア、魔術院の通信網を貸して。あたしたちの仲間に、緊急の『商談』を持ちかけるわよ」
「はいっ!」
そこからのミナの行動は、まさに神速だった。
通信魔道具を通じて、各都市の顔役たちへ次々と連絡を飛ばしていく。
『ミナちゃん!? ああ、王都の市場なら任せときな! あの時カイ君にもらった恩、今ここで返さねえでどうするんだ! 備蓄の食料、すぐに出せるぜ!』
『リュドの船乗り組合だ。オルム近くの船着き場には、うちの先行便と人手がある! 水路が生きてる限り、そこからでも運んでやらあ!』
『ミルヴァの商人ギルドです。私はいまオルム西の出張所を巡回中です。ここにある備蓄と先行便を振り替えます。馬車の手配と護衛はすべてこちらで引き受けます』
通信機から次々と飛び出してくる、力強く、頼もしい声、声、声。
「……ば、馬鹿な」
グランツ総監が、信じられないものを見る目で通信機を見つめた。
「命令も、対価の保証もないのだぞ。ただの旅人に過ぎない君たちの呼びかけで、なぜこれほどまでに各地の組織が自発的に動くのだ……」
「おっさん、言っただろ」
俺はグランツの隣に立ち、地図の上に置かれた『押し葉』を指差した。
「一箇所に貯め込んで命令で従わせるよりもさ、こうやって『流す』方が、いざって時に強えんだよ」
金も、魔力も、そして人と人との関係も同じだ。
俺たちが旅の中で残してきた小さな縁が、今、七つの節点を結ぶ巨大な力になって世界を支えようとしていた。
「よし! これで物資の相互融通の目処は立ったわね!」
ミナが汗を拭いながら、円卓の上に新しい羊皮紙を広げた。
「ただ、これだけの大規模なネットワークを迅速に動かすためには、全拠点で共通の『組織名』と『ロゴマーク』が必要よ。荷馬車や船にそれを掲げれば、関所も顔パスで通れるように手配できるからね」
「なるほど、協同ネットワークの名前だな。よし、私にいい案がある」
ダインが真面目な顔でスッと手を挙げた。
「『第一広域遊撃・民間救助特別連隊』。これでいこう」
「堅苦しいわよ! 軍隊の部隊名じゃないんだから、もっと親しみやすい名前にしなさい!」
ミナが速攻で却下する。
「あ、じゃあ俺! 腹が減ってる時に見たら元気が出る名前がいいな! 『満腹肉焼き亭』とか『特盛り葉っぱ飯隊』とか!」
「あたしたちは炊き出しの屋台を始めるわけじゃないのよ! 却下!」
俺の案も、帳簿の角で却下された。
「ふっふっふ……甘いわね、二人とも」
ザザが、不敵な笑みを浮かべながら羽ペンを握りしめた。
「いい? こういう緊急時に舐められないためには、悪党や山賊が一発でビビり散らすような、恐ろしくてイカつい名前が必要なのよ! たとえばそうね……『血みどろ粉砕ハンマー団』!」
「嫌よそんな世紀末みたいな名前!」
「じゃあ『皆殺し葉っぱ隊』!」
「どこからどう聞いてもただの極悪犯罪組織じゃない!!」
ザザが羊皮紙に、ドクロのマークの目に葉っぱが突き刺さった、おぞましいロゴマークをサラサラと描き出した。
「ほら、ロゴも完璧よ! これで馬車を飾れば、どんな野盗も裸足で逃げ出すわ!」
「逃げ出すのは一般の村人よ! あんたの案は全部物騒なのよ!!」
ミナが激怒し、丸めた帳簿で俺とダインとザザの頭を順番にスパーン! と叩きまくった。
「あだっ!」「むぅ」「なんでよ!」
「……ふふっ。あははははっ!」
俺たちが頭を抱えてドタバタと会議(という名の乱闘)をしていると、横で見ていたリヴィア王女とニアが、お腹を抱えて笑い出した。
そして、それまで険しい顔をしていたグランツ総監までもが、呆れたように小さく肩を揺らした。
「……全く、世界が終わろうとしている時に、これほど緊張感のない会議があるとはな」
グランツは、フッと息を吐いて円卓の前に進み出た。
「総監閣下……?」
「名前など、もう決まっているのではないのか? 現に、先ほど通信してきた者たちは皆、君たちをその名で呼んでいたぞ」
グランツの言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
『あの葉っぱのマークの奴ら』
『あの連中の頼みなら』
「……『一枚葉』」
ミナが、ポツリと呟いた。
俺が門で銅貨の代わりに差し出して、突き返された押し葉。
気づけば、行く先々で俺たちはそう呼ばれるようになっていた。
「そうね。変に飾る必要なんてないわ」
ミナはザザの描いた物騒なドクロの羊皮紙をポイッと捨て、新しい羊皮紙の真ん中に、ただシンプルに、一枚の葉っぱの絵を描いた。
「各都市の商人、村、ギルド。みんなが対等に繋がり、世界中へ物資を循環させる協同ネットワーク……『一枚葉組合』。うん、一番しっくりくるわ」
「おお! いいなそれ!」
俺は賛成して、ミナが描いた葉っぱのマークの横に、ドヘタな字で『カイ』と署名した。
「異議なしだ」
「アタシも、まあそれで手を打ってあげるわ!」
「私も、賛成です」
ダイン、ザザ、ニアも次々と羊皮紙に手を重ねる。
ただの寄せ集めの旅団だった俺たちが、名実ともに、世界を繋ぐ一つの強固なネットワークとして正式に産声を上げた瞬間だった。
「総監! 各地からの物資輸送、第一陣が出発したとの報告が入りました!」
通信係の声に、指揮所がワッと沸き立つ。
『一枚葉』の旗印のもと、俺たちの旅の軌跡が光の線となって、灰色の風に覆われた世界を温め始めていた。
だが。
「……喜ぶのはまだ早いです」
一人だけ計器を睨み続けていたニアが、冷や汗を拭いながら声を上げた。
「各地の協力で、なんとか備蓄の循環は始まりました。これで、各都市が全滅するまでの『時間稼ぎ』はできます。ですが……」
ニアは、広域魔力計器の盤面を円卓の上に投影した。
「この飢えの風……ただの自然現象ではありません。まるで意思を持っているかのように、すべての環境魔力が『ある一点』に向かって凄まじい勢いで吸い寄せられています」
「ある一点、だと?」
ダインが問い詰めると、ニアは地図の西の果て、旧断流点のさらに奥を指し示した。
「この異常な渦の中心、震源地は……最後の節点、『第七葉』がある場所です」
ニアは古い回路図と今の計測線を重ねた。
「第七葉は、各地を巡った流れを地脈へ返す旧環路のいちばん深い出口です。四十年前の断流で弱り、中央の吸い上げと今回の接収で最後の流れまで失った。今はその空白へ、周囲の魔力が落ち込み続けています」
「第七葉……。世界樹谷、か」
グランツ総監が、苦々しげにその名を口にした。
「世界樹谷。……そうか、あそこが元凶か」
俺は腰の鉄鍋を揺らし、西の空を睨みつけた。
時間稼ぎの準備はできた。
あとは、俺たちがそいつの元へ乗り込んで、この灰色の風をぶっ飛ばすだけだ。
俺たち『一枚葉』の最後の戦いの舞台へ向け、風は不気味に鳴り続けていた。




